第十五話

 翌日。

 フラトが目を覚まし、洗面所で顔を洗って自室に戻ると、

「侍女ー」

 ノックもなく扉を開けて這入ってきた奴がいた。

「何だよお嬢様。返事もしてねえのに勝手に這入ってくんなよ」

「ねえねえ師匠、あのさ、やっぱ変だと思うんだよ」

 人の話を聞いているのかいないのか――彼女はお構いなしにずんずん這入ってきて、中央に座り込みながら、隅で鞄を漁るフラトに何やら愚痴るように話し掛けてきた。

「僕はずっと変だと思ってるよ、だからずっと言ってるんだけどね、何その呼び方」

 師匠にしろ、侍女ーにしろ。

 昨日一時だけの、気持ちの昂りによるノリみたいなものかと思っていたが、どうやら彼女の中で定着したらしい。不本意である。

「昨日、もらったときは凄く嬉しくてさ、それだけで頭いっぱいになっちゃったけど、よくよく考えたら、一冊とは言え本を壊さないと解けないような謎を織り込んで、この建物にあんな仕掛けまで施した上での報酬としては、なんか噛み合わないなって思うんだよ」

「え、そういう話? お前、僕らの言ってることが噛み合ってないのわかってる?」

「だって、カイガイ先生が言ってたじゃん。この仕掛け、女王様が提案したものだって」

「全然聞かねえじゃん僕の話。何? 何なの? 聞こえてますかー」

「もし女王様が提案して用意しくれた報酬って言うなら……………………ねえ?」

「わかった。もうわかったよ。折れよう。僕が。ただちょっと僕は移動するから、話があるなら、一緒に付いてきながら聞かせてくれ。あと『ねえ?』じゃねえ。同意しづらいことぼかしながら訊いてくんな」

 そう言ってフラトが立ち上がりながら扉の方へ歩いていくと、素直にイチジクも付いてきた。

「移動ってどこ行くの? 朝ご飯なら時間まだだよ?」

「ちゃんと聞こえてんじゃねえか」

 という突っ込みは当然のごとく無視され、少女はまるで動じた様子もないけろっとした顔でフラトの背後をとてとて付いてくる。

 こうまで見事に自分にとって都合の良くないことを無視し続けられる精神性を見せつけられると、昨日食堂でクビキに怒られしゅんとしていた様子さえ『あれもしかして演技だったのでは』と疑わざるを得なくなるのだが、今のところイチジクがクビキに大してふざけた態度を取っているところは見たことがないので、多分フラトが舐められている可能性が高い。侍女ーとか言ってくるし。

 ともあれ――二人は正面玄関から外に出て、建物に沿って回り込んで裏庭へ。

「ちょっと身体動かすから、何かしら見解があるなら、そこで話しててくれ。ちゃんと聞いてはいるから」

 それだけ言って、フラトは身体をほぐしてから、朝の自主稽古を始めた。

「うへぇ…………師匠凄い」

 物珍しいのか、イチジクは喋るのを止めてフラトの動きを食い入るように見ている。

 じっくり見られることに多少の恥ずかしさを感じつつも、フラトは身体を動かし続け、しばらくすればそんな視線も気にならなくなったのだが、ある程度時間が経っても彼女はフラトを真剣な眼差しで見ているばかりだったので、フラトの方から切り出した。

「それで?」

「え?」

「何か引っ掛かってることがあるんじゃなかったのか?」

「あ、あっ、そうだったそうだった。あのね、さっきも言った通りなんだよ師匠。女王様がわざわざ仕掛けたサプライズで、その報酬が光源の魔具一つってのがなんか、変だなって」

「変、なのか? 僕はその女王様を、女王様の気質とか性格を知らないから何とも言えないけど。そもそも魔具自体が割と高価なものだろ? どういう性能であれ、それをあげるってんなら、十分に報酬として成り立ちそうだけど」

「そう言われたらそれはそうなんだけどさ、でもここじゃ魔術使ったり、魔力放出したりしちゃいけないんだよ?」

「昨日のお前みたいに怒られるもんな」

「黙れ! ぶっ飛ばすぞ!」

「情緒どうした…………」

 怖えし。師匠と呼ぶ相手に言う言葉ではない。

「とにかくさあ、こんな場所で魔具を渡しちゃったらそんなの規則を破れって言っているようなものだし、まあそういう意図はなくて単に言葉通りのサプライズなんだとしてもさあ、それはそれで…………女王様って凄い人なわけじゃん?」

「凄い人だな」

「そんな人が仕掛けたサプライズの報酬にしては、ただの光源の魔具ってさあ」

「何だよ」

「しょぼって、なるよね」

「さっきはぼかしたくせに…………言ったな、お前」

 まあ、イチジクの言っていることもわからなくはない。

「だって、旅とかするなら重宝するかもしれないけど、日常生活ではほぼほぼ使わないでしょ」

「まあなあ」

 この施設内、フラトが立ち入りを許されている場所に魔具の類はない。それは、先にクビキが説明してくれた通り、ここでは魔術そのものを禁止しているからという理由もあるのかもしれないが、それはそれとして――魔具がなくても問題なく、なんの滞りも不便もなく、日常生活が送れている。

「けど、仮にそうだとしたら、それで?」

「んー。それは…………今から考える」

「了解」

 そう相槌を打って、フラトはまた自分の稽古に集中し直し、それから三十分くらいは経ったろうか、ひと段落して壁際に座って寄り掛かっているイチジクに近付くと、

「おい」

 寝ていた。

「…………しゃあない」



「師匠ー!」

 朝食後、厨房と食堂の清掃を終えてから部屋に戻って間もなく、叫びながら扉をぶち開けて飛び込んできた奴がいた。

「師匠! 師匠! 師匠!」

 イチジクはずんずん迫ってきて、拳を握り、振りかぶって、フラトの腹を殴りつけた。

「いった」

 そう言って拳を擦るのはイチジクの方だったが。

「何だよ」

「何で起こしてくれなかったの!?」

「だって寝てたし」

「だから起こしてよ」

「何でだよ」

「いやそれこそ何で!?」

「何か気持ち良さそうに寝てたし」

「いやいや、色々話の途中だったじゃんか!」

「それこそいやいやいやいや、話はひと段落してお前が考えるって言って黙ったんだろ」

「だとしても普通起こすでしょうが」

「人の話をまるで聞かない奴に普通を問われてもな」

「私こそが普通だ」

「遂にお前は概念に成り果てたのか」

 勢いだけで、全く意味がわからん。

 普通というか不通である。

「おかげで朝ご飯の時間に遅刻して、昨日バレた勝手な魔力運用の訓練の罰則も合わさって、かなり雑用させらることになってしばらくお昼休みめちゃめちゃ削られるんだけど」

 早口で捲し立てたイチジクは、はぁーあ、と落胆して項垂れながら仕方なさそうに首を振った。

「全部自業自得の結果過ぎて僕から言えることは何もないな。…………で、だったら今のこの時間は大丈夫なのか?」

「授業前のちょっとした準備時間」

「どれくらいあんの?」

「数分」

「すぐじゃん」

「そうだよ。だからこれだけ言いに来たの」

「そりゃあ…………ご苦労さま」

「うむ」

 何か無駄に偉そうだった。

「兎に角、夜ご飯の後また来るから、この部屋にいてね」

「はいはい。僕も手伝いあるからすぐ来てもいないけどな」

「わかった。つーか私も雑用あるしねっ。雑用がっ!」

 ぶつくさ言いながら、その小さな足でわざとどたどた足音を鳴らしながら、イチジクは部屋から出て行った。

「忙しい奴」



 その後のフラトの行動はほとんど昨日と変わらなかったが、唯一お昼休みの時間だけは昨日と違い、洗濯物と木の間に渡したロープを回収した後は、再び裏庭に出て、大きな木の傍で怠惰に昼寝などを貪ってみた。

 大変気持ちの良い、幸福な時間だった。

 夕食後の清掃も終えて部屋に戻ると――

「無断侵入だぞ」

 イチジクが部屋の中央にちょこんと座り込んでいた。

「ねえ師匠、聞いてよ」

「僕思うんだけどさ、人のこと師匠と呼ぶならその師匠の言葉をまず聞けよって話じゃねえかな。なあ?」

 既に師匠呼びを訂正するのは諦めた、いや隙があれば、機会があれば矯正したいという思いはあるが、どうにも普通に言い聞かせているだけでは如何ともしがたそうなので一旦は保留にし、そう呼ばれるならそう呼ばれるで、ならそう呼ぶに相応しい態度、距離感、気遣いというものがあるだろうと説いてみることにした。

 まずはコミュニケーションを取ることから。

 普通に不通で、大方において彼女の興味があることにしか反応せず、一方通行な会話とも呼べないようなやり取りの改善である。

「考えてみたんだよ」

「ほう」

「これが報酬っていうことにやっぱり疑問があってさ、女王様っぽくないと思う」

 ポケットから魔具を取り出しながらイチジクは言った。

 今朝がたの会話を引っ張り出して、唐突に――恐らく、彼女からすれば、今日一日中、今の今までずっと考え続けていてやっとのことで吐き出したのだろうから唐突ということではないのかもしれないが。

「なるほど、了解。僕の意見について考えてみたわけじゃないのな」

 わかってたけどさ、とフラトは仕方なさそうに言いながらイチジクの近くに腰を下ろした。

「朝も言ったけど、僕はその女王様を知らないからなんとも言えんよ」

「たとえ女王様の気質を知らなかったとしても、考えてみればさ、このサプライズが『女王様からのもの』って普通は言わなくない?」

「そうか?」

「いやだって、女王様からって凄過ぎじゃん。粋な計らい、って枠は完全に飛び越えてると思うんだけど」

「まあ、うん、言ってることはわからなくもないな。つまり『女王様からの』って言ってきたことに意味があるんじゃないかってことか?」

「うん――魔術を使っちゃいけない、魔力運用の練習をしちゃいけないここで魔具をプレゼントされたこと、わざわざ女王様の名前が出されたこと、そこに意味があるんじゃないかって…………思うんだよ。違う、かな?」

 考えろ――なんてフラトがけしかけたことながら、幼いながらよくもまあ考えたことで、そう聞かされてしまえば、確かに、と納得してしまうほどの仮説ではあった。

 決してノリと勢いだけで言っているわけではないことはわかった。

 それでも少女は自信がないのか、曇った表情でフラトを見上げるように訊いてくるが、

「さあ、どうだろう」

 フラトは正直に、肯定も否定もしなかった。

「けどまあ、その言い分もわからないじゃない。確かに『女王様からの』って情報はわざわざ僕等に開示する必要なかったと思う」

 実際それを開示したから、ってだけでもないが、その情報はこうしてクビキが納得いかずに悶々と色々考えてしまっている状況を後押ししている。

 そんなイチジクに釣られるように、フラトもふと思ってしまった――女王様からのサプライズ、という情報は、人によっては嬉しくて所構わずに触れ回ってしまう可能性もあったわけで、そうなると、女王様に『自分にも何か』と無心する人間が出てこないとも限らない。かなりリスクの高い情報の開示だったんじゃないかと。

 故に、そこに何かしらの意味を見出してもおかしくはないのかもしれない。

「ただ、私の考えが間違っていたとしても『間違っている』ってことを確かめる為にももうちょっと調べたい」

「了解」

 意気込んだイチジクの言葉に、フラトは一も二もなく頷いた。

「え?」

「ん?」

「いいの? 師匠」

「いや、いいも何も、そもそもけしかけたの僕だし、自分で考えろとか言ったのも僕だし、これはその延長にある話だし。だったら付き合うよ。大体、ここで見ない振りをして後々何かあったんじゃ、そっちの方が気まずい」

 彼女がどういう性格なのか、これまでの会話や行動、そして――ずたぼろになった指先が何よりも色濃く物語っている。

 魔術を使いたくて。使えるようになりたくて。

 駄目だとわかっていても――やらずにはいられなかった。

 それも、この歳でちゃんと未来を見据えて、将来的に魔術が必要だと判断したから。

 そんな気質の彼女は、フラトがここで手を引こうと言っても、きっと、勝手に一人で進めようとするに違いない。

 なら、ここは付き合った方が賢明だろう。

 そも、イチジクの推測が当たっていないとも限らないのだから。

 そうなら、その先を確かめてみたいと、フラトも思うのだった。

「うわーあ」

 イチジクが顔をしかめて唸った。

「何だよ」

「いいこと言うなと思ったら保身だったときのショックの顔」

「上手いじゃん」

「上手いとかねえから。ふざけんな師匠」

 腹を殴られた。

「いたっ。硬すぎ…………師匠鍛えすぎ」

「んなこたあないよ」

 ぶつぶつ文句を言うイチジクを適当にいなす。

「それで、ヨリギが感じてるその違和感はどうやって確かめるんだ?」

「んー仮にだよ…………仮にまだ『謎解き』が終わっていないのだとしたら、今度はこれが本の代わりになるんじゃないかな」

 イチジクが手に持った指輪を弄りながら言う。

「代わりっていうのは――」

「師匠がヒントをくれたから壊したあの本、中のページを並べ替えて魔術陣が現れて、それから食堂の天井に魔術陣を見つけたみたいにさ」

「お前、今意図的に僕が壊すよう指示したみたいに言ってないか、それ」

「それは気のせい」

「…………そうか」

 まあ、それならいいか、とフラト。

 どうにも釈然とはしないが、一旦置いといてやろう。

「今度はその指輪に関連した仕掛けがあるのかもしれないって?」

「うん。で、気になるところといえば裏の魔術文字なんだけど、師匠読める?」

 差し出された指輪をフラトは一応受け取って、まじまじと見る振りはしつつ、

「すまん。僕にはわからんな」

 渋々といった感じを装って指輪を返した。

 下手なことは言えないし、上手いことなんて尚更言えない。

「カイガイさんに訊いてみるしかないかもな」

「まあ、そうだよね…………でもなあ、気まずいんだよなあ」

 今朝、けろっとした様子でこの部屋にまで突撃してきた割には、昨日魔術に関して怒られたことを、一応ちゃんと気にしているらしい。

「んじゃ、行くか」

「は?」

「食堂。カイガイさん、多分まだいるんじゃないか?」

「え、師匠私の話聞いてた?」

「聞いてたよ」

 お前じゃないんだから、という言葉は飲み込んだ。

「じゃあ馬鹿じゃん」

 飲み込まなければよかった。

「お前仮にも師匠と呼ぶ人間によくもまあ躊躇いもなくそんな罵倒を――」

「ど阿呆」

「黙れガキんちょ。大体、確認するって決めたなら気にしてられないだろ。なんならこそこそ勝手にするより、直接訊く方がいい気もするし」

「それは保身か、侍女ー」

「まあね、お嬢様。ただ僕だけじゃなくて僕らの、な。その魔具を調べるなら、どうしたって魔術関連にはなるし、またこっそりやって怒られたくないだろ? 僕は怒られたくない」

 ということで、フラトが立ち上がろうと腰を浮かせると、イチジクに裾を引っ張られて止められた。

「師匠ちょっと待って」

「何だよ。やっぱりやめるか?」

「いや、そうじゃなくてね、取り敢えず今までのが、私が考えて師匠に伝えようと思ってたことなんだけど――」

「ん? うん。ちゃんと伝わったよ」

「そんでね――」

 と言いながらイチジクが背後から一冊の本を取り出した。

「これ、師匠が壊しっぱなしで放置してた本なんだけど、表紙戻してなかったから戻したんだよ」

「別に僕は関係ありませんなんて言うつもりはないけど、自分だけは罪を逃れて全てを僕に擦り付けようとしてるその心意気は気に入らんな」

 それに、とフラトは続ける。

「別に放置してたわけじゃねえよ。捨ててたみたいに言うな」

 クビキも本の仕掛けのことを知っていたわけで、ならその仕掛けを解いた状態の本をそのまま戻してもいいものかどうか、折を見て相談しようと思っていたのだ。

 ただ内容が内容なだけに一応他に誰もいないタイミングで、と思っていたからまだ出来ていないだけで。

「いいから、これ持って」

 全部無視されて強引に本を持たされた。

「捲ってみて師匠」

「わかったよ…………お」

「ね?」

 言われるままに一枚ずつ捲っていた手を、フラトは丁度中間辺りで止めた。何もなかったはずのそこに、魔術陣が浮かび上がっているのを見つけて。

「表紙を合わせてみたら本が淡く光ってさ、めくってみたら浮かび上がってたんだよ」

「へえ」

 底に現れた魔術陣と合わせ、二段構えというのか、二重構造というのか、随分と凝った造りに驚かされる。

 下手したら、今イチジクが手にしている魔具なんかよりも、この本の方がよっぽど凄いものなんじゃないかという気がしないでもない。

「こんなの見つけたら、猶更怪しいよね師匠」

「ま、そうなってくるよな」

 ということで、揃って二人が向かった食堂では、クビキがお茶を飲みながら本を読んでいた。



「すみません、カイガイさん」

「あら、何? また二人で調べ物でもしているのかしら?」

「まあそんなところです。それで、ヨリギが訊きたいことがあるそうで」

 言いながらフラトは、自分の背後に隠れるようにして立っているイチジクの背中を押して前に出した。

「何かしら」

「あの…………カイガイ先生、昨日もらったこの魔具の、この裏の魔術文字、これは光源の魔具としてはよくあるような配列ですか?」

 イチジクが言葉と一緒に指輪を差し出し、クビキがそれを受け取って、内側に視線を走らせる。

「そうねえ…………見る限り一般的な配列ね。使用者の魔力を受け取って付属の球体に流し込み、その内部で光を生むって内容よ」

 はい、とイチジクに指輪が返された。

「それだけ、ですか? カイガイ先生」

「それだけよ。ま、一般的な光源の魔具とは言え女王様からの送り物だからね、指輪に使われている材質がいいものだから、魔力の伝導効率もいいし、耐久性も高いはずよ」

「そうなんですね…………」

 良い物であるのは嬉しいことなのに、聞きたかった内容と違ったからかイチジクの表情は浮かない。というかあからさまに沈んでいた。

「何か変なところでもあったかしら?」

「い、いえっ」

 イチジクが慌てたように首を横に振る。

「それだけ訊きたかったので、それじゃあありがとうございました。おやすみなさいカイガイ先生」

「あ、はい。おやすみなさい」

 急いでお礼を言いながら頭を下げたイチジクは、そのまま踵を返して小走りで食堂を出て行ってしまった。

「…………」

 残されたフラトとクビキの目が合う。

「えーっと、おやすみなさい」

「はいはい、おやすみなさい」

 イチジクのときとは違いぞんざいで、投げやりに言われたが、まあいいやとフラトも食堂を後にしようとしたのだが、

「そういえばカイガイさん」

 出る直前で振り返った。

「何?」

「僕が貸してもらっている部屋の隣の物置部屋ですけど、もし明日の朝食後の買い出しの後、僕がするような仕事が何もなければそこの整理とか、しておきましょうか?」

「ああ…………そうね。折角の男手だし、お願いしようかしら。こういう機会でもなければずっと放置しっぱなしになっちゃいそうだしね」

 とクビキ。

「あの、僕から言っておいてなんですが、何か盗んだりしないように誰か監視の人とか、付けます?」

「ん? ああいやそんなことは考えていないから安心していいわよ。大体、盗んだりするほどの価値あるものなんてあそこに置いてないからね。買い出し後、夕方まではそっちをお願いしようかしら。それにしてもいいの?」

「何がですか?」

「イチジクと一緒に調べ物をしてるんじゃないの?」

「まあ…………大丈夫でしょう」

 魔具自体に仕掛けはなさそうだとわかって、あれだけ気落ちしていたということは、今のところこれといって他に調べるようなものもなさそうだ。

 諦めることはないだろうが、それにしたって次に何か思い付くまでは時間が要るだろう。

「じゃあお願いするけど、適当でいいわよ。普段は誰も這入らないし、滅多に使わない物置だからね」

「わかりました。それじゃあ」

 と今度こそフラトは食堂を出た。

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