第十六話

「やったあああああああ! 見つけた見つけた! すげー! こんな形で見つけるなんて思わなかったよホウツキ!」

「っ!?」

 妙にテンションの上がったエンカに抱き着かれてフラトの身体が硬直する。

 ぞくり、と身体の中に妙な感覚が流れた。

 ふわりと香る甘い匂いも、自分に密着する柔らかな感触も何もかもが初めてで、こういうときにどうしたらいいのかわからず一瞬で思考がパンクした。

 意識を自分の感覚に向けると、感触やら匂いやらで熱暴走を起こしそうなので、視線を切り開かれた空間に向ける。

 その中央にある、ドーム状の建造物に。

 エンカのテンションが高まったのは間違いなくそれを見つけたからなのだが、フラトにはそれにどんな魅力があるのかさっぱりわからない。

 故にその喜びを分かち合えないし、ぎゅっと抱き着いてきたエンカの身体を同じくらいのテンションで抱きしめて舞い上がることもできない。

 というか半ば冷静なせいでどうしても胸のあたりに当たる柔らかな感触に意識が強烈に引っ張られてしんどい。

 見た感じ、蔦や苔に覆われた、随分長く使われることなく打ち捨てられた建造物にしか見えない。

 廃墟、と言うにもまた少し違う気もする。

 こんな山の中にぽつんとあって、何に使われていたのかもよくわからない。

「うははー」

 フラトから身体を離したエンカが楽しそうにその廃れた建造物に駆け寄り、物珍し気に、しかし慎重に、周囲を歩いて観察し始めた。

「もしかしてこの建造物って、トバクがこの山に這入った目的?」

 取り敢えずエンカの傍に寄る。

 近くで見てみたところで別に印象は変わらないし、新しい発見もない。

「そう! これ!」

「ふーん」

 全く意味がわからないフラトはちょっと置いてけぼり感。

「そんなに嬉しいものなのか?」

「当たり前だよ。だって山に這入ってこんなすぐ見つけられるなんて思ってなかったからねー」

「中には何が?」

「さあ?」

 まさかの返答でフラトは一瞬言葉に詰まった。

「…………え、いやいや、どういうこと?」

「わからないからこそだよ。だから探しに来たんだって」

 エンカははうきうきと楽しそうに言うが、

「でも、名残惜しいけど、今は楽しんでばかりいられる場合じゃないもんね」

 表情を切り替え、この円形の空間の周囲を囲う大木の内の一本に近寄り、脚に装着した革製のカバーからナイフを抜き出して根元付近の地面をがりがりと掘り始めた。

 できた穴の中にきらりと光る宝石のようなものを入れて掘り返した土を被せる。

 被せた後は叩いて踏んで固めてから、ナイフの切っ先で表面を削っていた。

 そんなことを四ヵ所――中央にドーム状の建造物を置き、その上下左右で同じことを行った。

「それ、魔術陣か?」

 四ヵ所目の大木の傍らにしゃがみ込んだまま、ナイフをしまっているエンカに訊く。

「そう。意味合い的には目印と結界。次山に這入ったときにこの場所に真っ直ぐ私が戻ってこれるようにっていうのと、万が一、私以外の人間がここを発見しないようにっていう二つの意味を込めてる」

「その下に埋めてた宝石みたいなのは?」

「純度の高い魔鉱石。私が中に魔力を貯めてた奴。昨日も話したけど、地面に魔術陣を描くだけじゃあ出力が安定しないし、何より長続きしてくれないからさ」

「成程。簡易的な魔力供給装置みたいな役割になるのか」

「そういうこと――」

 エンカは出来上がった魔術陣に、他の三ヵ所でもそうしたように両手を当てた。

 起動を示すように魔術陣が淡く発光。

「おー」

 しかし四ヵ所目はそれだけで終わらず、連動するように光が収まっていた他の三ヵ所も再び淡い光を発し、それぞれから二本の光の線が伸び、隣り合った魔術陣からも伸びてきた光の線とぴったり接続。

 この円形の空間を囲うように、それぞれの魔術陣を頂点としたひし形が出来上がった――のだが。

「あれ、消えた」

 すぐに光の線は消えてしまい、魔術陣の発光もなくなった。

「大丈夫。ちゃんと問題なく起動してる」

 慌てる様子もなくエンカがそう言う。

 傍から見ても全然わからないが、発動者には何かしら感じるものがあるらしい。

 まあ外から見つかるのを防ぐ意味合いがあるのなら、光りっ放しは問題だろうし。

「さて、寄り道ごめん。行こうか」

「はいよ」

 再び繁みに這入って山道を進み始める。

「それにしても良かったのか、トバク?」

「んー? 何が?」

「さっきの建物、一応入り口らしきものもあったけど」

 わかりやすく一つ扉があったのをフラトは見つけていたし、エンカがあれを見落としていたはずはない。

「今は取り敢えずこの山を出るのが最優先でしょ。あそこに這入ったとしても、結局はこの山を出ないといけなくなるんだし、ルートは確保しておかないとね。焦らない焦らない」

 まだエンカと出会ってから間もないが、それでもエンカから聞こえてくる声、態度から嬉しさがどうしようもなく滲んでいるのがわかる。

 流石にそこまで嬉しそうにされると――

「さっきの建物って何なんだ?」

 訊いてみたくなってしまう。

 好奇心が疼く。

 中に何があるのかはわからなくても、一応エンカが探していた『何か』ではあるのだし。

「あれは遺跡だよ」

「遺跡?」

「世界中の様々な場所、とりわけ組合が定める封鎖地域や、通常行くのが困難な場所にあるのが確認されている建物のこと。中がどうなっているのか、這入ってみるまではわからないんだよ」

 因みに遺跡は見つかり次第問答無用で封鎖地域扱いになるのだと、エンカ。

「もしかしたら何もないかもしれないし、超級のとんでもない魔具が置かれているかもしれないし、また別の貴重品、希少品が置かれているかもしれない」

「へえ」

 成程、とフラトは納得する。

 それは――そんなものを見つけたのなら、嬉しいはずだ。

「何があるかわからないってのは、そういう所謂『お宝』だけじゃく、それを手に入れる為のリスクも?」

「当然。かなり強力な魔獣が徘徊していることもあるらしいし、古代の魔術を利用した即死級の罠があったり、まあ遺跡によって色々らしいけど、探索だけでも困難を極め、そのままの意味で命を懸けなければならない場所。そういう場所を通称、私達は『遺跡』って呼んでる」

「つまり――ロマンか」

「そう!」

 まさにそれだね、と振り返ってエンカが満面の笑みを見せる。

「折角一度しかない人生を生きてるんだから、華々しく、苛烈に、鮮烈に生きていかないと、勿体ないからさ」

 当然の様に、そんなことを言う。

 多分それは、異様な在り方だろう。

 でもだからこそ、彼女は巨猪に追われていたあのとき、反撃なんて手段に出ることができたのだろうけれど。

「この封鎖地域っていうのは、華の位の序列しか這入れないって言ってたよな?」

「そうだね」

「もしかしてトバク、華の位になったから遺跡を探しに来てみた、じゃなくて、遺跡に挑戦する為に華の位になったのか?」

「まあね」

「でもさっき言ってたよな、別に組合もそこまでがちがちに封鎖地域を管理してるわけじゃないって。だったら別に組合に所属してなくても、華の位まで辿り着かなくても、遺跡への挑戦自体はできたんじゃないか?」

「だねー。ホウツキの言う通り、それは可能だと思うよ。でも、遺跡がかなりの難易度っていうのは事実っぽいし、じゃなきゃここまで遺跡の情報がぼんやりしてるはずがないんだよね。貴重で希少な物があるなら沢山の人がそれを欲しがるだろうしさ。その上で情報がはっきりしないのは――」

「そういうこと。だから、遺跡の挑戦には――その攻略には、かなりの強さが求められる。一応封鎖地域の管理をしているから、少しだろうと遺跡の情報を組合は持ってるはず。だから、組合の設定した基準っていうのもあながち的外れではないんだろうし、そこに合わせるのは、間違ってないかなって思って」

 それに、と続ける。

「組合で依頼を受けることが、強くなるにもわかりやすい方法だったし。所属するメリットもちゃんとあったんだよ」

「超実戦派だな」

「手っ取り早いでしょ」

「いや、多分そのやり方を手っ取り早いとは言わないと思うけど…………」

 彼女自身が言っていたように。

 それはとんでもなく苛烈な在り方だ。

 それを――そうしないと生きられないような過酷な状況下に置かれて強いられたわけでもなく、自らの意思でそこに身を投げ続ける。

 命を懸けなければならないような場所に、笑顔で、それも楽しそうに挑戦しようとしている。

 そんなのは、化物以外の何者でもあるまい。

「にしし。ま、ホウツキには言われたくないけどね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る