悪魔の証明を証明した女
俺達はあのピンクがやっている講演の会場までやってきた。しかしあんな奴に会場を貸すなんてうちの自治体は何考えているのやら。
「思想はどうあれ貸さないわけにはいかないからな。反社会的行為に貸せないとするのが基本だろうが、ああいうのは声だけ無駄にデカイからな。拒否ったら被害者仕草に手を貸すだけだからまぁいい落としどころだ」
まぁそうなんすけど。正論でぶん殴る方が逃げ道がない。
「そういえばあのピンク、この前講演の規約後付けして炎上してたな」
敵を知らばなんとやら。というかブラウザって検索した内容を覚えてニュースや広告を表示するから無理矢理見せられている様なものだ。その前から都市伝説を根拠にコンテンツへの攻撃をしているので炎上しているわけだが、それを嗅ぎつけたネットメディアや個人配信者が批判を展開すべく講演に出席しようとしていた。
そこから逃げる為にやれ録画禁止だなんだと後付けを始め、狙った個人を弾くがお金は得たいので当日出席を拒否られても交通費も手数料も返さないと言い出した。
「そうだねぇ、録音録画の禁止など反対派をシャットダウンしてるね。こういうのは反対している人にも説明していかないといけないんだけどねぇ」
今回ばかりは先輩に同意だ。さては普段残念なフリしてるな?
「切り取りによる印象操作を防ぐため、とするなら内容を自分で公開するといい。そうすれば一番、一次ソースとして手っ取り早い」
うーん、本当にこれ澪標雫先輩かな? 真っ当なことを言いすぎである。真女神転生の話して。
「ていうか先輩早いっすね。いつ来たんですか?」
「準備があるというので手伝ったよ」
「え? 先輩が早起きを?」
俺は槍が降らないか確かめる。まさかそんな珍しいことがあるなんて。
「使える手札は最大限活かす。それが私の主義だ」
ただ目的もなく準備を手伝ったわけではないようだ。
「とりあえず今はおとなしくして中に入ろうか。ここで追い返されては元も子もない」
「はい」
俺たちはいかつい男が両脇を固める受付で名前を伝え、無事通過した。威圧感がすさまじく、もしかしたら反社が紛れているかもしれないと思うほどだった。今のヤクザは表向きをよくしてるっていうし、あれは半グレかもしれん。
きっと急に足した規約のせいで文句が出るのを予期して番犬をやらせているのだろう。
「というか先輩、オウペンギンは死にましたの謎解けたんですか? 教えてくださいよ」
「君、謎の解明は劇的でなければならないし、他人の驚嘆からしか接種できない栄養があるのだよ」
なんか名探偵みたいなノリで答えをはぐらかされた。本当に答え掴んだのか?
「講演だねぇ」
「一体何を言うやら……」
確実に退屈するだろうが、俺はあの頓珍漢なことを聞いて笑わないもしくは突っ込みを入れない自信がなかった。何せツッコミは先輩に鍛えられちゃったし。とりあえず黙っておくべし。沈黙は金よ。
「とりあえずコネで質疑応答の時間はいただいたから安心してくれたまえ」
「え? ってことは質疑応答はサクラに振って答えてる風にしてるってこと?」
先輩の妙にぬかりのなさ以上にそんな手を使ってまで批判を避けようとしているのがドン引きする。ツイッターだったらリプ制限して頓珍漢なこと言ったりスクショで反論してそう。
「一応、何を質問するかは事前に送ったが当然嘘だよ」
「時折すげー賢くてびっくりしちゃいますね……」
普段のオカルトマニアメガテニストからは想像できないくらい準備から構築がばっちりで驚いてしまう。
「ブフ弱点のボス相手にブフ系習得した仲魔でパーティーを固めてプレスターンをガン回しするのは基本だよ。真女神転生は難易度が高いからパトりつつ弱点や使用スキルを調べて戦術を構築する必要があるんだ」
「急なメガテン要素、先輩が先輩アピール?」
こんだけらしくないところを見せてから先輩だよと言わんばかりの態度を見せられると偽物ではないかと疑ってしまう。
「安心したまえ、私はシェーシャが化けていたりはしないよ」
本当かぁー?
「あ、なんだあの花束……」
ふと講演会場を目にすると、新装開店みたいな花束が並んでいた。その中にはうちの学校名義のものもあった。
「ゲーェッ! 花って高いっすよね? うちの学校から?」
「そうだね。君が花束を渡す時はそれなりの決意を持っていると思うことにしたよ」
そんなことはどうでもいいから。
「それでは講演を始めさせてもらいます」
司会が進行し、講演を始める。そこからは講演とも言えない惨状が俺たちを待ち受けていた。まず感情的な金切声はとても聞くに堪えない。こんな声聞き続けたら耳がおかしくなるのではないかと思った。
実際、なんか途中で耳の奥からがさがさという音がした。昨日耳掃除したばかりなのに耳垢が生えてきたかのような状態になったのだ。
「ヒーロー番組とは暴力を肯定しいじめを冗長するものです! 五人が一人を集団でリンチする様が地上波に流れていいのでしょうか!」
そんなことをピンクは言う。俺も幼少期以来、ヒーローは見ていなかったが戦隊ものでは今週の怪人一人が目立つものの、その周囲を戦闘員が固めているのをよく覚えていた。むしろヒーロー側の方が少数だ。この前先輩とオウサマンをマラソンしたおかげでその記憶が正確だと確認できた。
「それに子供番組に出ている女優が肌を露出する写真を雑誌に出している! 破廉恥だ!」
子供が見ることのほぼない雑誌での仕事に文句を言われてもと思う。そもそも漫画やテレビにケチつける奴ってのはそれを子供が見た後の教育ができないのだ。
「購買意欲を不要に煽るCMも問題だ! お菓子にソーセージ! なんにでも出る! 体に悪いものを子供たちに進める気か!」
もうこの連中は何をやっても文句を言うだろう。そもそも番組なんて慈善事業じゃないのだから関連商品を売ろうとするのは健全な経済活動だ。ゲームハードを買い占めて転売する方がよっぽど非難されるべきだろう。
一番の問題は講演の内容がつまらないことである。気づくと話題がループしている。
「ヒーロー番組は暴力を助長します! 私は周囲のママ友にやめさせてました! ええ見るのやめたうちのお子さんはお受験受かりましたよ! でもうちの子はあれに毒されてお受験自体やりたがらなくなりました! ええみんなに関連商品も捨てさせましたとも! おかげでお受験受かりました! うちの子は手遅れでしたが! うちの子の人生をめちゃくちゃにしたヒーローを許さない!」
こいつの前世、怪人か何か? もう話すだけで武勇伝を語りたいという歪なプライドと己を棚上げして責任を擦り付けたいという恨み節が漏れ出す。というかこんな奴やべー奴に言われた通りにしてないなんて言ったら何されるかわからないし、その場をしのぐために適当言ってそうだなママ友……。
正直こんな奴の夫や子供が今無事なのかが気になったが、それ以上の情報が出てこない。本当に心配だ。
「あの……そろそろお時間……」
いかにヒーローが悪くて自分がそれを周囲のママ友に伝えたかというだけで二時間終わった。この世で一番無駄な二時間だった。実写版デビルマンを公開当日にポップコーン抱えてうっきうきで映画館で見た方がよっぽど有意義だった。
「無駄な時間でギネス記録取れてしまう……」
先輩もそう漏らすほどだった。
「具体的には六段のハノイの塔を達成直後でぶん投げる方が実りのある時間だ」
あのそれ世界終わって……。世界がなくなるほど時間をかけてから捨てる方がマシ呼ばわりされてるのは笑う。メガテンで例えないのはこの人クリア済みのタイトルを千周しても価値があると思ってるからだろうな……。
「仕方ない……」
それでいてあのピンク、まだ語り足りないのか渋々話を切り上げた。こんな実のない話まだしたいのか?
「では質疑応答の時間に移らせていただきます」
司会の指示で次のプログラムに移れた。しかしピンクは『私怒ってますけど?』と言わんばかりに貧乏ゆすり。まぁなんとお品のない。
「はい、私からよろしいですか?」
すかさず先輩が質問に入り込む。予定していたこともあり、すんなり指名される。本当に立ち回りがうまいなこの人……、それがメガテン由来なのがなんとも先輩らしいが。
「では、プロジェクターをお借りしよう」
しかもプロジェクター使用の許諾まで取っている。いや準備周到だってこの人。タブレットとプロジェクターとリンクさせて先輩は説明を始めた。
「私は『オウペンギンは死にました』の正体を掴んできた。それをお伝えしよう」
「ちょっと! 事前の段取りにあった質問と違うわ!」
突然の不意打ちにピンクは即刻馬脚を現してしまう。周りが慌てたりいたたまれない空気になっていた。
「失礼した。調査結果が出たのでお伝えしたいと思ってな。あなたも知りたいであろう? 公式の隠遁している謎の回の正体を」
先輩はやはりあれの正体に気づいたのか。一体、それはなんだったんだろうか?
「まず、大前提として人間というのは忘れる生き物であるが故に記憶の消えた部分を他の記憶で補おうとすることがある。これと似たような公式に存在しないが多くの人が覚えている幻の回に、ドラえもんからタレントという回があってだな。通して見ても整合性が取れないが、一つひとつの要素を分解すれば当時の放送回にあったシーンであったりする。作画が安定しなかったという証言もあるが、当時の制作環境がドタバタしていたという情報もある」
相変わらずまどろっこしいが、先ほどのピンクの話よりは中身があるので俺は聞いていた。だが当のピンクは答えを急いだ。
「いいから早くその回の正体を言いなさい! どうせまずいと思って消したのでしょう?」
「コンテンツ内に不適切なものがあった際に修正するのも必要な技量だよ。では一つひとつ、要素を分解しよう。そのためのプロジェクターだ」
プロジェクターを使うのは多くの資料を提示するためであった。まず、と画面に映したのはオウサマンの放送時期。
「この年代はあるカルト宗教による忌まわしきテロが起きた。テロリストには名前も与えるなという意見には私も全面同意するところでね、聡明な諸君には言わずともわかるだろう? まぁそのテロより前の時期ではあったが、この組織の幹部が衆人環視の中で、無論中継のカメラもある中で刺殺されるという事件があった。オウペンギンは死にました、というのはこの事件の映像を混同したものなのだよ」
結構あっさり答えが明かされる。会場は騒然となる。
「さて、ここからの資料は実際の殺害場面は使わないので安心してくれたまえ。まず、凶器は包丁。これはオウペンギンは死にましたの証言と一致する。
そしてオウペンギンの変身前はブラウン基調の服を着る。緑や赤みたいに突飛ではないからなんの手掛かりにもならなさそうだが、この事件で刺された幹部は普段、白いスーツを着ているがこの事件に限っては茶色の服を着ていた。教団の問題点が浮き彫りになると彼は目立つのを避けるために地味な服装をしていたのだ」
パワポを使っているのか、次のページに移ると刺されたという幹部が表に出た時の写真と日時、テレビか講演かまで細かく記されていた。
「この様に、彼は白スーツをトレードマークの様にしているね。シャツやネクタイはよく変わるが……。清廉なイメージを付けるためか、それとも汚れの目立つ白いスーツを綺麗にできる財力を誇示するためか、まぁそんなことはいいか。
複数のページを時間的な余裕を持たせて送り、次の話題に手早く映る。しかしまずいと思ったスタッフによりプロジェクターの電源は切られてしまう。それに気づいた先輩はタブレットの画面を見せて話を続ける。
「そして刺される直前。静止画だ安心してくれ。雲隠れしていた彼を見つけて多くの報道陣がつめかけた。この人込みがおそらく、満員電車のシーンに繋がる可能性はある。そして最も注目すべきは襲撃犯。証言の一部に出るまだら模様の怪人、その正体は彼だ」
犯人はまだら模様の服という奇抜な恰好をしていた。しかしここまで証拠を集めても明白に相手を黙らせることはできない。そもそもないことの証明などできないのだから。
「あ、あなたの言うことは言いがかりです! 私がこんなものとヒーロー番組を見間違えるとでも!!?」
それ以前の知能なんだよなぁ……。
「そうです」
そして先輩ははっきりという。
「これほど多くの人が見ているのに!?」
「はい。多くの人が確認しているのが真実というのならば、いない魔女を求めて起きたセイレム魔女裁判のような集団ヒステリー起きない。もとより人間の認識というのは頼りにならないものでね。そして私がすべてのカードを切ったとお思いかね?」
え? まだなんかあるの?
「い、以上で質疑応答を終わらせていただきます!」
無理やりに司会が締めようとする中、先輩は最後の一撃を加える。
「この事件の映像はオウサマン終了の直後に同局で中継されたものだ」
もう言い逃れできない。ショッキングな出来事がオウサマンの直後に
起き、細胞壁の壊れた野菜から味が染み出す様に記憶が混ざり合ったのか。
「だからなんだと言うのです! 目撃証言が多く存在する以上、オウペンギンは死にましたが公式に放送されていたのは事実! 制作会社もそれを否定できず今に至っている!」
ピンクは相変わらず強弁する。いくらメカニズムを滔々と説明しても食い下がるだろう。公式にその回はないという回答をもらっても延々誹謗中傷と営業妨害を繰り返す奴だ。
「ふむ、これ以上はどう道理を解いても効き目がないか……」
さすがの先輩も霧を殴っているようなものだ。多少自分で考える頭があれば納得のできる話だが、自分の信じたいものを信じたい層には効くまい。これ以上何を言ってもあーあー聞こえないを大の大人がリアルでやる痛々しい光景が続くだけだ。
「あきらめなさい!」
そしてなぜかピンクはやけに勝ち誇っている。だが先輩は余裕たっぷりである種を明かした。花束の近くの先輩は歩き、そこに仕込まれたカメラを見せる。
「ふむ、この醜態が配信されていることにお気づきかな?」
あ、もしかしてこのカメラはダミーで胸ポケットのペンが本命か? 俺もペンには今気づいたけど、人の胸ポケットなんて見ないし。
「質疑応答が仕込みであること、都合が悪くなった途端にプロジェクターを切り、質疑応答の時間を切り上げようとしたこと……。万が一悪魔は証明できずとも貴様が悪魔であることは証明できたのだ」
そうか、事前に質疑応答の内容をやり取りしているのならその証拠が残る。そしてこの醜態こそが奴の信用できない理由として効力を持つ。完全にオウペンギンが死にましたがどんな理由で発生した何物であるかまで証明することはどんなに証拠を集めて理論を固めても不可能だが、それをデコイに本命である相手の信用ならなさを世界に公開したのか。
「だ、黙れええええ!」
しかしピンクは王将どころかすべての駒を取られて使われているのに往生際が悪い。
「この名誉男性めぇええ! そんなはずはない! だって見た人がいるんだから!」
「うわっ」
ネットでしか見かけないようなスラング使ってるよこの人……。先輩はこれ以上やりあっても意味がないとわかっているのか、とっとと帰り支度をして出ていく。俺もこんなのに付き合っていられないので一緒に帰ることにした。
俺の背後にはただいたたまれない空気と喚くピンクだけが残された。
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