幻の放送回を探せ!

 これはヒーロー番組の廃止を求める活動家が運営する動画サイト内のチャンネル、そこで行われた配信の様子である。その異様な熱気を見れば、誰もが困惑するだろう。

「かつて、ヒーロー番組のオオサマンでとんでもない回が放送されました」

 画面の中央に立つ高齢の女性は早速番組名を間違える。正しくはオウサマンである。その女性は蛍光色のピンクのスーツを着ている目に優しくない人物だ。髪も変なピンクをしている。この全身ピンク人間がよ。

「突如としてヒーローの役者が刺される異常な回でした。なんと前科もあるそうではないですか」

 前のヒーロー番組の話も持ち出す話の取っ散らかりぶり。公式に存在しない回を理由にコンテンツを非難するのは異常だ。

「制作会社はこの回の存在は否定していますが、私を筆頭に覚えている者が多いのです。この回が存在しないことを証明すべきです!」

 そしてなんと悪魔の証明を、疑惑を掛けられた側に求めるという支離滅裂ぶり。こんなものに当たられた制作は堪ったものではない。


   @


「なんだこれは」

「悪い意味でマイナスに飛び込んだな」

 俺は見てはいけないものを見てしまった気がした。あくまで切り抜きでやべーシーンだけまとめたものだが、それでこのインパクトだ。

「しかし悪魔の証明とはな」

「なんすかそれ?」

 まーた聞きなれない言葉が……。先輩はすっかり呆れているが、この人に呆れられたら終わりだ終わり。

「例えば、幽霊の存在を証明したければ心霊写真を持ってくるといい」

「それで出来るんですか?」

「あくまで議論や思考に基礎としての話だな。しかし幽霊が存在しないことを証明するには世界中にある全て写真を見て幽霊の映り込みがないか確認せねばならない。それは不可能なことだ。現実で言えば警察が犯罪者を捕まえる時、不法行為の証拠を……例えばそいつが空き巣をしたというのなら現場に残った指紋や髪の毛のDNA、盗んだ品を売り払ったところの監視カメラ映像などを集めて裁判所に認めて貰って逮捕状を取るだろう?」

 たしかに公民でそういう手順は習った気がしたな。

「これが警察が突然お前犯人! 犯人じゃない証拠出せ! と言ったら問題だろう? 幸いにしてアリバイを証明できる場合ばかりではない。一人だった場合はどうしようもないな」

「とんでもねぇ秘密警察だな」

「このピンクマンの言うことはまさにそれだ。公式としては存在しないことが確定しているんだが……、この通りしっかりと証明できないふわふわした話をベースに疑っているというわけだ」

 たしかにこのモモレンジャイの発言は、自分がしっかりと「オウペンギンは死にました」の存在、例えば実際の映像などを用意して証明しないといけないといけないものだ。記憶があるという微妙なものではない。

「制作会社は当然その回はないという回答をしている。当然だな」

「でも食い下がってんだろ? 正論でぶん殴っても止まらなさそうだ」

 だがこういうのはどうも真っ当な反論をしてもやめないだろう。

「有史以来、正論が人を救ったことはない。ぐぅの根も出ないくらいぶん殴って倒すしかないな」

「でも悪魔の証明って出来ないんですよね? そもそも悪魔の存在を証明すべきなのは向うなのに……」

 存在しないことを証明するのは困難、というのは国の精度構成から明らかだ。

「そのための準備をしてある」

 先輩はタブレットを取り出す。もう嫌な予感しかしない。

「サブスクに加入したから通しでオウサマン、見よう」

「なんでそうなるんですか?」

 まぁそんなこったろうと思った。

「マンデラ効果の話を覚えているか? 他のシーンが混入している可能性がある。その該当シーンを探すんだ」

「出来るんですか? ていうかそれ俺が付き合う必要ありますか?」

 何故か調査に協力させられているが、俺には関係のない話だ。先輩が一人でも十分可能なことだ。

「部活の活動実績作りだ。忙しいアピールに使いたまえ」

「まぁヒーローもの見るだけなら……」

 ままええわ、そんなんで活動してるっぽくなるんならいいか別に。どうせ暇だし。

「ではいくぞ、全52話+劇場三作品リレーだ!」

「まってそんなにあるの?」

 聞いた限り、とんでもない量だ。最近のアニメが12話前後で終わるのを考えると驚異的だろそれ。

「当たり前だろう? 週刊で一年間だからな」

「劇場版も三本? 一年で?」

「夏映画と先輩とのVS、後輩とのVSだ。劇場でやってるだけで尺としては基本的に一話分程度だな」

 ん? いやなんか含みのある言い方だな。基本的に? それに沿ってないのあるのか? 俺はこの時、ちゃんと注意深く考えなかったことを後悔することになった。


「まさか劇場版三作品全部が三時間もあるなんて……」

「特撮ドラマをこの時間撮るのは大変だ、オウサマンの人気具合が分かるな」

 俺は52話リレーと劇場版を終えて憔悴していた。長い。

 いや確かにそうだけど……子供向けってのは暗い映画館慣れしていない子供の為に短めの場合多いんじゃないのか? 大人でもトイレ我慢するのきつい時間だ。

「いやそれよりみんながオウなんたらって生物なのになんだあの追加戦士、オウムガイて。ムガイの王様か?」

「追加戦士は大抵少し初期メンの法則から外すものだぞ?」

 あ、そういえば目的はどうなった?

「で、オウペンギンは死にましたっぽいシーンはあったんですか? 俺的には無かった」

「ああ、なかったな。しかしオウサマンを通しで見られたのはいい経験だ」

 結局俺達はオウサマンを見ただけか……。これ意味ある?

「ねぇ先輩、これヒーロー番組完走しただけじゃないですか」

「そうだ、そこに意味がある」

 何も成果はなかったが、先輩は満足げだ。まぁこの人好きだしなこういうの。

「完走しただけですよ?」

「そう、何もなかったことを確認した。『オウペンギンは死にました』が本編に存在しないことと、それと見間違えるシーンが無かったことを確認出来た」

 なんというかこの人、だいぶ研究者気質だな……。ないことを確認って。

「まぁそうですけど徒労じゃないですか。公式がないって言ったんですから」

「私達という第三者が確認した。そして、一つ推論を潰すというのは真実に近づくことだ」

 なんというか途方もない思考の仕方してる。こういう人間でないと何かを調べ上げるなんて出来ないだろうな……。それでやっていることが都市伝説の調査なのだから世話無いぜ。

「あ、TVスペシャル忘れてた」

 その時、先輩がすっかり忘れていたものを思い出す。それはオウサマンの特番だ。しかもまた三時間。やりすぎだってオウサマン。

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