宿題!見ると死ぬ絵

 俺は二度と、雫先輩にもオカルト研究部にも近づかないと決めた。きっと好奇心や先輩の色香に惑わされたが最後、ホラー映画のモブめいて悲惨な死を遂げるに違いない。除霊手段がファブリーズなのに幽霊呼べたらラッキー感覚で呼ぼうとしているのは危険過ぎる。

「また来たね」

「宿題のためですよ」

 しかし俺はまたここに来る羽目になってしまった。理由は簡単。うちのクラスの担任が宿題に部活の感想文を求めたからだ。まだ授業が本格的に進み切っていない中、宿題させようとして搾り出したんだろうけどはっきり言って迷惑だ。

「感想文ねぇ。協力は惜しまないから入部届け、書いてくれないかな?」

「前向きに検討します」

「これは書いてくれないやつだねぇ」

 まだ部員は見つからないのか、雫先輩はしつこく勧誘を繰り返してくる。

「ならばいいものを見せてやろう。あっちの壁を見てみたまえ」

 先輩はそんな俺に、部室の壁にある掲示物を見せる。同じ画像が五枚や三枚纏められてる不思議な掲示物だ。

「こちら見たら死ぬ絵を死ぬ回数分一気に摂取できるものとなっております」

「ちょ……おま、殺す気か!」

「五回見たら死ぬ絵は五枚、三回見たら死ぬ絵は三枚貼ってあるねぇ」

 洒落にならないものをしれっと部室に貼っていた。そういえば今日、行くとは言ってなかったのでこれ最初から貼ってあったのか? じゃあ昨日連れてこられた時にも見てた可能性が……。

「これ先輩も死ぬじゃないですか」

「死ぬね。毎日一回は見ているから百年後には八割の確率で死ぬね」

「それって普通の死亡率では?」

 普通の人間は百年もすれば八割死んでそうなもんだが、それは絵の効果なのか?

「いいかい? オカルトってのはそういうものだよ。嘘を嘘として楽しむ心がオカルトを嗜むには肝要なのさ。なんでもかんでも、事実にこそ価値があると思ってはいけないよ」

「は、はぁ」

「一つひとつ紐解いていけば、なんてことのない絵に尾ひれがついたものさ。さて、無音も寂しいからBGMでもかけて説明しよう」

 そう言って先輩はスマホを操作し、スピーカーから音楽を流す。確かにオカルトをマジで信じていたらヤバい奴なんだが、先輩は信じてないけど実験とかはしているのか? いやあれポーズだったわ。

「この曲は?」

 てっきりアニソンか何かが流れるかと思ったが、くらぼったいもののお洒落な外国の歌が流れてきた。クラシックや洋楽を聞いていれば画になるだろうと思ったが、音楽の趣味はその通りだったのか?

「暗い日曜日といって、聞いたら死ぬ歌だ」

「おい!」

「まぁまぁ。確かにこの曲を聞いて自殺する者が増えたという情報はあるが、関連性については科学的な根拠がないんだ。当時の社会情勢によるものだとか、自殺の知らせが自殺を誘発するウェルテル効果なんてのもある。聞いたら死ぬ曲という触れ込み以外は事実ではないのだよ」

 とんでもない曲持ってるな……。聞くと死ぬとか見ると死ぬとかそんなに死を摂取したいのか。

「実際、日本で暗い日曜日といえばサザエさんが終わった辺りのことを言う」

「まぁ確かにそうですけど」

 サザエさんのエンディングを聞いている時の憂鬱感はこの歌詞が分からない曲よりは暗い空気を運んでくる。

「で、肝心のこれだ。まず五回見ると死ぬ絵だが……」

 雫先輩が暗い日曜日をスルーし、絵の解説を始めた。五回見たら死ぬ絵は荒野に球体が浮かんでいるシュールな絵画だ。

「これはただの絵だ。それも作者は名の知れた芸術家ではなく、高校生が美大の受験の為に描いたものらしい」

「え? 俺らと同世代でこの絵を?」

 呪い云々より俺達と大して歳の変わらない若者がこれを描いたという事実の方に驚きだ。絵が描けないの民である俺からすれば、こんな整った丸を描くことさえ難しい。

「どうやら作者が悪い意味でネットの玩具になってしまい、この絵にも尾ひれ背びれ胸びれがついてしまったようだ」

「そこまでヒレついたら魚になってんのよ」

 ネットの悪いところ出たな。炎上した企業のレビューで大喜利始めるし、気軽さや匿名性を利用して迷惑行為をする奴は多い。一人一台ネット端末を持つ時代だし、ネットユーザーというより大衆の問題な気がするけど。

「で、パターンが多いのがこの三回見ると死ぬやつだな。これは全てポーランドの画家、ベクシンスキーの作品だ。退廃的で不気味な作品が多く、作品の理論づけを嫌った彼は題名を付けなかった」

「芸術家は知らないですね……」

 俺は美術のペーパーテストでもなかなか芸術家の名前を覚えられないので、ベクシンスキーについては知らなかった。ゴッホとピカソの違いも分からないしな。

「基本、不気味な作品には怖い逸話がくっつく場合がある。ある彫刻家の作品に惹かれた者がそれに架空のエピソードを追加し、これをきっかけに一つのシェアワールドが生まれることとなった」

「へぇ、そんなことが」

 そこまでの大事に発展するとは、人間の想像力は逞しい。しかし三回でも単なる絵画となると、結局全部曰くは無さそうだ。

「こう見るとマジの呪いは無さそうっすね」

「そうでもないぞ? 例えば一回見たら死ぬシリーズのこれだな……」

 俺が油断していると、先輩は下段に並んだ画像のうち、灰色の顔を指さした。

「これは京都のある寺に封じられていた呪いの面でね、オカルト番組で公表された時にはモザイクが掛かっているほどの代物だ。この画像ではモザイクなどないが」

「しれっとやべーものが混じってる……」

 一回のレベルになるとマジモンの呪いが含まれていた。とはいえいくら不気味でも同じ列の絵画に関してはやっぱ単なる絵なんだろ? 真っ赤な男が叫んでいる様な絵だが、不気味さでいえばベクシンスキーが上回る。

「でもこの絵はなんてことないんでしょ?」

「いや、この『苦悩に満ちた男』という絵画は呪いの絵画の一種だ。血と絵具を混ぜて描いたと言われている」

「血かぁ……一気に呪術っぽくなってきたっすね」

 血とか使うと呪いっぽさが上昇する。ベクシンスキーもさすがに絵具に細工はしていないと思う。この赤さは血っぽいし。絵画でここまで格を上げてくると、数少ない写真の威圧感が大幅に上がる。写真に赤い影が写っているが、赤い時点でもうなんか嫌な予感がする。

「そうなると写真とか怖くなりますね、心霊写真はマジで呪いがあるっていいますし」

「この写真かい? これはアステカの祭壇というものだ」

 アステカの祭壇、またしてもオカルトめいたものが出て来た。

「アステカで生贄に儀式に用いられた祭壇が写り込んだもの、とされている。これをオカルト番組で紹介した際は専門家から、『なんてものを見せるんだ』と非難が相次いだ」

「相当ヤバいものでは?」

 俺が冷や汗をかいていると、先輩は笑って種明かしをする。

「実はこれ、アナログカメラに起きる普遍的な現象に過ぎないんだ。そもそもよく見たまえ、この写真は日本で撮られたものだ。なぜそんな写真にアステカの祭壇が写り込むんだい?」

「あ……」

「それにアステカ文明では太陽信仰があり、生贄が行われていたのは事実。だが我々の価値観では残酷なこの風習だが、神である太陽に捧げられる対象に選ばれるというのは大変名誉なことであり生贄は丁重に扱われた。それが呪いとして現出することがあるだろうか」

 そういえばイタコが外国の霊を降ろす時なぜか言語の壁超えてるな……。冷静に考えれば日本の写真にアステカの呪いが写るのはありえない。

「ちなみにこれを人為的に写す方法がある。私もやったが成功したよ、使い捨てカメラでも可能だからね。だから専門家はこんなもの……ニセモノを紹介するなと怒ったわけだ」

「なんだインチキか……」

 やべーもんが出たと思ったらとんだ茶番だった。それならまだベクシンスキーの方が呪いっぽい。

「しかしそれでこの写真の価値が消失したわけではない。こうして見ると死ぬ絵として今に至るまで擦られている。事実でないことで価値を失わないのがオカルトだ」

 しかし先輩はインチキと分かってもなお、これが無駄ではないと語る。

「でも作れるんでしょ?」

「確かにね。しかしこれが、実際のアステカでなんとなしに撮った写真に写ったらどうだ? 生贄の呪いではなく、アステカを滅ぼした者への呪いだとしたら? 悪魔の証明と言ってね、あることを証明できてもないことは絶対に証明できないんだ。そこにオカルトのロマンはある」

 また聞きなれない言葉が出て来たな……。

「悪魔の証明?」

「ああ、もしかして知らないのかい? 議論における鉄則だよ。例えば、悪魔が存在するかどうかという議論になった際、存在すると主張する者は悪魔の仕業とおぼしき不可思議な出来事を持って来ればいい。だが、ないと主張する者はどうする?」

「そんなの、ある派が持って来た出来事を科学的に否定すればいいんでは?」

「と思うだろう? だが、全てを科学的に否定できる保証はない。ましてや、一つ二つ否定しても次の出来事がやってくる。この様にないと主張するには、地球上のこれまで全てを把握しない限り不可能だ。だから基本、有無の議論をする際はあると主張するものが根拠を示すのが鉄則だ」

 先輩は現実に例えると、と話を変える。

「脱税の疑いがある者がいるとして、現実ではその人物を追求する税務署が脱税の証拠を集めてくるだろう? まかり間違っても、税務署が疑う人物に脱税していない証拠を出せとは言わない。確定申告の書類の控えなんかを出すことはできるだろうが、それも誤魔化していると言われてしまえば疑われている人間にはどうしようもない」

「なるほど」

 そこまで言って、先輩は話を纏める。

「オカルトで重要なのは嘘を嘘として楽しむこと、そして無いことは証明できないということだ。基本的には作り話だが、もしかしたら実在するかもしれないというロマン、それこそがオカルトだ」

「へぇ、真面目なこと言えたんですね」

 初対面が初対面だけに、こんなそれっぽいことを言えるとは驚いた。が、雫先輩は期待を裏切らず即座にシリアスな空気を崩してくる。

「これで宿題は完璧、礼に入部届けを書いてくれたまえ」

「う……」

 入部もせずにこんなレポートを書くのに適した話題を提供してくれたのは、そういう打算があったのか……。

「じゃ、じゃあ俺帰りますね」

「待ちたまえ! せめて話して喉乾いたからジュースくらい奢りたまえ!」

 俺は逃げる様に去ろうとする。なんてことだ、危うく術中のハマるところであった。が、先輩は自らボロを出す。

「ジュース奢れば入部届けいらないんですね?」

「う……」

 究極の二択を前に、先輩は固まる。いやそこは入部届けでしょ。ジュースは確かにお得だが、入部届けの方が必要だろう。

「実はこの前、ゲームを買ってしまって金欠なのだよ……。デビルサバイバー……」

 が、無計画な買い物が響いて金欠というなんとも先輩らしい事態に陥っていた。

「よし、拘束時間の短いジュースで手を打ちましょう」

「くっ……恨むぞ中古市場……!」

 結局ジュースで折れた。 

「というか中古ゲームなら大した値段ではないんでは?」

「甘いな後輩くん。タイトルによっては発売当時に新品を買うより高くつく場合があるのだ。特に私が今月手に入れたデビルサバイバー二作はDSから3DSに追加コンテンツを足して移植されたもの。ポケモンやマリオの様に出荷数が多いわけでもなければ、買うのは相当なマニアだから手放す者も少なく市場への流通が少ないのだ」

「3DSくらいの時代ならダウンロード販売あるんじゃないんですか? 知らないですけど」

「またまた甘いな後輩くん。ソフトは物体として存在するが、ダウンロード販売はデータのみ。データに何かあれば再ダウンロードもできるが、ダウンロードショップ自体が閉鎖されてしまえば終わりだ」

 んん? それは結局ソフト本体がいかれたら終わるんでは?

「それってソフトが逝ったら同じでは?」

「またまたまた甘いぞ後輩くん。データは全てのゲームが同じSDカードに記録される。つまりSDカードが破損すれば多数のゲームが消滅する。物理媒体の場合はソフトが一つずつに分かれているから、壊れても一つずつだ。同じ籠に全ての卵を入れるな、だよ」

 ゲームをあまり真剣に遊んでいない俺には分からないが、すっかりゲームも複雑になったものだ。

「で、結局ジュース奢ればいいんですね。自販機? 購買?」

「自販機の方が冷えてるからな。割高だから中々使わないが……」

 とりあえずこの場はジュースで収まった。だが先輩はまだ俺の名義を諦めていない様子だ。

「だが後輩くん、また君はこの部を必要とするだろう。楽しみだよ、君が折れる日がね。ふふ……」

「んなバトル漫画みたいに次々試練が襲ってきてたまるか」

 何かまたひと波乱ありそうな無さそうな……。

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