ミステリアスな先輩に目を付けられています
級長
ミステリアス?な澪標先輩
俺は帰宅部志望であった。中学では部活が強制加入かつ、運動部と吹奏楽部しか無かったので高校に入ってからは帰宅部に入って自由を謳歌すると決めていた。しかし、多少読書を嗜むことが悲劇の始まりだった。
図書室に寄ってしまったことが運の尽き。そこで俺は
「よし、君にしよう」
彼女はまるで本を選ぶかの様な気軽さで、俺に声をかける。透き通る水のせせらぎみたいな、耳から溶け込む美しい声。烏の濡れ羽という形容詞はこの為に生まれたのかと思う様な、艶やかな黒髪を伸ばし。切れ長の瞳で値踏みする様にこちらを見る。
噂は多少聞いたことがある。この学校には今や聞かなくなって久しい学園のマドンナ、高嶺の花ともいえる先輩がいると。その澪標雫先輩が俺に声をかけていると分かると、一気に心臓が早鐘を打つ。
「早速で悪いが来てくれたまえ」
「ちょ、ちょ……」
彼女は俺の手と取ると強引に引っ張っていく。無理矢理にも関わらず、その手は柔らかくて暖かい。白くて指が細い。この部位だけでもモデルで食っていけそうなほどだ。
「何、幽霊部員があと一人欲しかったところだ。どうせ帰宅部志望だろう?」
「なんでわかったんですか?」
雫先輩は俺が帰宅部をやろうとしていることを見抜いていた。あの夜空を閉じ込めたかの様な美しい瞳には、心を見透かす力でもあるというのか。
「新入生はこの時間、部活見学に明け暮れているところだろう。そんな時に図書室へ来ているのは大方、帰宅部になりたい人間くらいだ。残念だがこの学校の蔵書には期待しない方がいい。街の図書館を使いたまえ」
言われてみれば単純だが、内履きの色や時間帯にまで目を配っていないと気づかないところだ。それを見抜いたところで幽霊部員目的に声をかけるのは、相当な自信家だろう。
俺が雫先輩に連れてこられたのは、図書室がある棟の一室。文化系の部活用に使う空間なのだろうが、中には長机とパイプ椅子以外に何故か冷蔵庫や漫画を満載した本棚、テレビもある。
「さて、この外泊届……ではなく入部届けにサインしてくれ。オカルト研究部はこれで既定の人数を達成、廃部を免れる」
「オカルト研究部?」
この空間はオカルト研究部という部活のものらしい。しかし部活に入るとなんか面倒がありそうだ。この美人な先輩と過ごす、以上の価値があるかは冷静に見極めないといけない。
「しかしですね、部活に入ったら文化祭とかで活動して実績を作らなきゃいけないんじゃないんですか?」
「心配しなくていい。この部活は存在しているのが実績の様なものだからね」
「それはどういう?」
先輩によると、そんな都合のいい話があるらしい。天下り先の職場じゃないんだから、いるだけでいいっていうのはありえないと思うけど。
「オカルト……っていうくらいだから何か大事なものを代々封印してるとか、七不思議的なものを風化させずに語り継ぐとか?」
俺が予想を語ると、先輩は頬杖をついて答えを伝える。
「いいかい? 後輩くん。私達は同じ学費を払ってこの学校に通っている。ここは勉学の成績や部活の功績で特待が自由に行える私立ではなく、公金で賄われる公教育としての公立高校だ」
「そうっすね」
「それなのに部活で予算に差があるのは不公平ではないかね?」
とんでもないことを言い出した。それは人数とか活動内容の都合では?
「あの、それ所属人数や遠征とか費用の問題かと……」
「それはどうかな? 人数で予算を割っても、明らかに吹奏楽を除く文化部系と運動部の間には大きな隔たりがある」
「それは大会の実績だとかじゃ……」
「後輩くんは勘違いしている様だから言っておくが、部活なんていうのは課外活動に過ぎない。課外とはいえ学校生活の一部だ。例えるなら、テストの点数が低い生徒への指導をおざなりにしますと学校が言っている様なものだ」
どうしよう、暴論っぽいのに雰囲気と話し方でなんか正論に聞こえてきた。実際そういう面はあるのかもしれない。
「なので私はこういう緩い部活が予算を掠めとることで部活の在り方に一石を投じているのだよ。部活は地域や経済格差なくスポーツや文化活動に触れる機会でしかなく、教員の長時間労働という犠牲の上に成り立たせるものではない」
「すげぇ小さな一石。BB弾くらいにしかならなさそう」
「堤もアリの穴から決壊するのだよ後輩くん」
美人が人生に追いて得するって話は聞いたことがあるが、意味不明なこと言っても声と顔がいいとそれっぽく聞こえるのはなんか不平等だな。
「なにより私は楽器や運動が出来るだけで得する連中が許せないのだよ!」
「私怨だったわ」
とんでもない怨恨でこの部活やってるのか……。しかし先輩が一切そういうこと出来ないのは意外だ。出来そうな雰囲気してるし。
「先輩ならそっち以外で何かやれなくもなさそうですけどね」
「ペルソナではなく真女神転生を選んだ人間がキラキラした青春を送れると思うかい?」
「ゲームタイトル一つで人生左右され過ぎでしょ」
同じ会社の派生タイトル同士でそんな人生に影響あるか? 悪魔を使役するゲームが好きならオカルト研究会を立ち上げたのも納得できるのだが。
「ほら、聞く限り話すのは上手いんだからディベート部とか……」
「やだよあんなきれいごとお涙頂戴コンテストに青春費やすの」
「すげー偏見だ……」
見た目以上に雫先輩は「こっち側」だ。ああいうキラキラした感じとか、いかにも人間の善性を疑いなく信じる様な空気感が嫌いなのだろう。
「で、結局活動しなくていい保証が一切ないじゃないですか」
「活動しないが予算はいただきたいのが正直なところでね」
凄いダメなこと言い出した。
「しかし体面は整えねばならない。そこで私は、これだ」
先輩はある小さな箱の様なものを取り出す。灰色の本体にラベルが貼られたそれには、『真・女神転生』とタイトルが記されていた。
「ゲームじゃないっすか、延々ゲームする気ですか?」
「これがただのゲームじゃない、としたらどうする?」
「どういうことです?」
ゲームとオカルト、妙に結びつかない話ではある。かたや科学の産物、かたや科学によって否定されるもの。相性は悪いはず。
「このゲームは発売から約二年後に起きた凶悪な事件を予言しているとされている」
「マジっすか?」
作品による予言。そういえばなんかちょいちょいネットで聞く気がする。
「そしてプログラムと悪魔召喚の魔術に共通性があり、このゲームはユーザーを悪魔から守る為にタイトル画面で毎回ユダヤ教の守護魔法陣を表示しているとしたら?」
「そうなんですか?」
「どうだい? これも立派なオカルト部の調査活動だろう? ゲームから手がかりを得るんだ」
そういうものもあるのか。
「でも教師には通じなさそうなのが残念……」
「安心したまえ、その為のレポートも既に書いてある。まぁ、実際のところは悪魔などを茶化すと怖いので開発がお札を入れようとしたが、洋風な雰囲気に合わないからタイトルに魔法陣を映すことにしたというわけなのだが……」
どうやらもう答えには辿り着いている。昔のゲームで今もシリーズが続いている作品なら、あの演出はどういう意図で? 的な裏話とかもうとっくに明かされているだろうな。
「そんな単純な……」
「そうでもない。開発中には悪魔のドット絵を打つ時に限ってPCがフリーズしたり、ファックスから謎の言語が吐き出されたりいろいろあったらしい」
「そんなにホラーじゃないゲームでこれなんだから、マジのホラーゲーム開発とか大変そうですね。というか書き溜めたレポート一個で誤魔化せるんですか?」
メガテンは悪魔を題材にしているがRPGの括りだし、よく実況者のやっている様なホラーゲームなんかもっとひどいことが起きてそうだ。それに、活動報告なんてのは定期的に求められるのが世の常。これ一本で誤魔化せるものか。
「それがだね、除霊の実証も試みている最中なのだよ」
「はい? 除霊を実証?」
一気にオカルト部っぽい話になってきた。除霊の実証自体がそもそも難しいだろう。何故ならまず、霊現象に遭わなければ不可能なのだから。
「どうやって幽霊と遭遇するんですか? 降霊術でもするんで?」
「ホラー映画によく幽霊が映り込むという話は聞いたことがあるね? 幽霊というのは自身を話題に上げると呼び寄せられる性質がある。つまりここで幽霊についてだべっていれば必然、幽霊と遭遇する確率は跳ねあがる」
「一応聞きますけど、除霊の方法ってなんですか? やっぱ塩?」
除霊といえば塩やお札、お経などが一般的だ。だが、彼女が取り出したのは意外なものだった。
「ファブリーズだ」
「なんで?」
「実績の報告がある」
あるんだ……。
「ところで、名前を貸してくれる決心はついたかね?」
「なんかヤバそうなのでやめておきます」
逆にこの活動内容で幽霊部員にでもなってくれた他の人が気になる。雫先輩も美人だがアレな人だと分かったので、もう噂通りの憧れ感は一切ない。
「美人な先輩と青春を過ごすチャンスだぞ?」
「自分のビジュアルに自信あったんですね」
「客観的評価を集約しただけだ。私は清潔を保つ以外、外見を気にしたことはない」
この人自分が美人だと分かっていて行動してる……。
「逆にマジで幽霊呼ぶ気の部活に入りたいと思います? 心霊スポットに行っただけで人生が狂った話とかありふれてる世の中で」
「確率こそ上げているが、まさか本当に呼び寄せて除霊してやろうなんて気はないよ。あくまで、活動している風を装うだけだ。その過程で実験出来たら儲けもの程度の話」
君子危うしに近寄るべからず、だっけかな? この人ポーズではあるけど当たったらラッキーくらいには考えているのか。うっかり巻き込まれたらやだな。除霊がファブリーズとかいうガバガバっぷりだしなんかあった時に対処できるとは思わない。
「まぁ決断を急くのは詐欺師の手法だ。別に最低限の人数を集め終わったからといって締め切ることもない。幽霊部員以上も拒否するつもりもない。その気になったらいつでも声をかけてくれ」
「は、はぁ……」
雫先輩は入部届けを渡してくれた。いや書く気ないけど。
こうして、俺はミステリアスかどうかよく分からない先輩に目を付けられる羽目となった。もう二度と近寄らない。そんな俺の決心はある出来事を切っ掛けに虚しくも崩れ去るのであった。
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