第5話 かくしておっさんと弟子は王都で調査を始める


 王都の夜遅く。

 1人部屋に男女2人で泊まるという、まさにあんな事やこんな事をする以外あり得ない泊まり方をした客の部屋から、ベッドのギシギシと軋む音が聞こえ、思わずこの宿の受付嬢は二階へと上がる。

 そしてくだんの客の部屋の前で耳をすませた。


「うっ……はっ………ゆ、ユナっ……! そこっ……そんなに………あっ!」


「ロビンさんっ……ここがっ………気持ちいいんですか? ………あっ………そんな乱暴なっ………!」


 ギシギシという音とともに聞こえてくるのは2人の荒い息遣い。

 これは間違いなし、と受付嬢は思う。


「……ど、どうだ? ユナ……俺のは………?」


「………すごいおっきい………でもこんなの入らないですよぉ………」


「無理にでも入れるんだ……もう我慢できない……」


 これは、ものすごい瞬間を見ることができるんじゃないか!?


 と、受付嬢は期待に胸を膨らませ、気付かれないようにドアをすこし開ける。

 長年、たくさんのカップルを覗き見していた受付嬢の熟練の技だ。


「あっ……はいっ……たぁ!」


「うっ……あぁ………気持ちいいよ、ユナ! ……上手くなったなあ……」


 これは明日の朝は「昨晩はお楽しみでしたね」というしかない!


 そして受付嬢はドアの隙間から覗き込んだ。


「肩甲骨剥がしなんて久しぶりでしたけど、どうでしたか……………って、どうせこんなことだろうと思いましたよ!」


 ユナは床にタオルを叩きつけた。



 ……………



 肩甲骨剥がし。

 それは暗殺術においてとても重要なストレッチの方法である。


 肩甲骨と背骨の間に指、ないし手を入れることで肩甲骨を剥がし、肩の可動域を広げる、というものだ。

 慣れないと痛いし、指を入れる方もなかなか入らないので悶々とするが上手く慣ればなかなかに気持ちいいものなのだ。


 これはロビンが必ず新人を育てるときに体に叩き込むのだが、なんとなく指を入れるというのが淫靡な感じを醸し出す。

 もちろん本人にはそんな自覚はつゆほどもない。

 そもそもエロい行為ではないからだ。


「じゃあ次私のも……」


「ユナはもういい歳してるんだから、こんなおっさんに体ベタベタ触られるの嫌だろ? そこの受付嬢さんにでも頼んだらどうだ?」


「へ? 私?」


 ユナが次に自分の肩甲骨を剥がさせようとするとそこは華麗にかわす。

 なお、これは彼なりの結婚適齢期の女性に対する細やかな気遣いである。

 断じて余計な気遣いではない。


 そして、ちゃっかり気付かれていた受付嬢はピタリと固まる。


 驚くべきことにこの受付嬢、長年の覗きによって気配遮断A+と隠密A+を獲得していた。

 だがそんなスキルも気配察知Sの前には無意味である。

 絶対に気付かれることはないと思っていた矢先にご指名を受け、完全にテンパっていた。


「そ、それで僭越ながら……」


「僭越ながらじゃないです! ばかーーーーーー!」


 とユナは部屋を飛び出して、どこかへ行ってしまった。


「どうしたんだろう………」


「へ?」


 2人の間の抜けた声だけがそこにあった。



 ……………



「じゃあ、ここからの王都での大まかな流れを確認するぞ」


「はーい」


 翌朝、一晩寝て機嫌も直ったユナと、ロビンは王都での主目的について語る。


「王都での滞在は1週間。基本的に調べるのはポーション作成組合と、王都の税関だな。ここでアストルテから流れてくる品物について確認し、それのうちどのくらいがポーション作成組合に流れているかを調べる。わかったか?」


「サー、イェッサー!」


「昼は各自で取り、夜に集合だ。俺はポーション作成組合の方を担当するから、ユナは税関を頼む。よし、では散開!」


 シュババッ、とユナの姿が消える。

 スキルを見れば分かるようにユナの基本的な職業は暗殺者である。

 彼女はその隠密性と索敵能力の強化も兼ねて、ロビンのところに回されてきた。


 というかロビンのスキルの性質上、基本的に回ってくるのは盗賊系か暗殺者系に限られる。

 ちなみに例外がないわけではない。


「それじゃ、行きますか」


 駆け出す、と同時に〈隠密〉と〈気配遮断〉を発動する。

 〈隠密〉と〈気配遮断〉の組み合わせは凄まじい効力がある。

 この2つを組み合わせると、普通の人なら目の前にいても気付かないのだ。


 そして、ポーション作成組合本部の近くの木の裏側に隠れた。


 ………これでとりあえずやること終わりである。


 そもそも隠密Sと気配遮断Sを行使しているのだから、正直木の裏側に隠れる必要すらない。

 この状態のロビンに気付くものがいたとすればそれは正真正銘の化け物である。


「っと、あとは1日ここで観察してるだけかあ……」


 ロビンは紙にポーション作成組合の中に入っていく馬車の色や特徴をメモしていく。

 これとユナの情報を統合すれば、まずおおよそのアストルテからの荷がどれくらい組合に入ったのかが判明する。


 荷の内容はまた後で調べればいいのだ。

 ロビンにとっては随分楽な作業だった。



 ……………



「アストルテからの荷を見張るって言われたけど、どうすればいいんだろう………」


 こちらも隠密と気配遮断を行使し、とりあえず税関に向かっていた。


「うーん、税関の人の話を盗み聞きするしかないのかなあ……」


 ユナの隠密はA+、気配遮断はAである。

 基本的にスキルというのは2ランク上のスキルに完全に看破されるものだ。

 つまり気配察知Sの所持者が現れた場合には彼女は居場所がバレてしまうということだ。


「まあS持ちなんてそうそういないんですけどね」


 あの人ロビンは規格外だから含まない。

 そもそも気配察知Sを所持するということは、1秒も油断できない環境で1年以上暮らすレベルの事をしないと得ることはできない。

 そんな馬鹿スキルを手にしてる人は過酷な環境で過ごしている人か、鈍感ヘタレ冒険者くらいである。


「そうそう、気配察知S持ちなんて普通はいないよなあ、お嬢さん?」


 だからこそ。


 目の前の男に自分が見えている、という事実にユナは驚愕した。



 ……………



「なんでこんなところで気配遮断と隠密なんか発動してるんだい?」


 男がユナに問いかける。

 無論、ユナは答えない。


「逃亡? にしてはスキルのレベルが高すぎるか。さっき言ってたのは気配察知Sだったか? てことは気配遮断、隠密ともにA+以上というわけか。………もしかして雇われか? 誰が? なんのために?」


 私の呟きが聞かれていたんですか?どれだけ耳がいいんですか!?

 しかも周囲から気配を感じなかったということは私の気配察知の範囲の外から聞いていたのか、それともそれ以上の気配遮断スキル……?


 ユナは考察する。


 目の前の男はパッと見は武器を持っておらず、全くの市民丸出し状態だった。

 だが、1ミリも油断を許さないような雰囲気を醸し出していた。


「ん? どうした? もしかして自信あった気配遮断が破られて動揺してるのか?」


「くっ……! 〈加速〉!」


 ユナは撤退を選択する。

 速度を一気に上げ、全力で駆け出した。


 男を一瞬で置き去りにする。

 だいぶ突き放したところで一息つき、周囲を確認する。


「はぁ……なんだったんでしょう」


「ふーん……逃げんのかよ。面白くねぇな」


「!?」


 ユナは後ろを振り返る。

 するとそこには先ほどの男がいた。


「獲物は絶対逃がさねぇぞ?」


 そう言って、男はニコリと笑った。

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