第3話 かくしておっさんは商人と話す
フェーレンの隣、アストルテは王国最大の商業都市である。王国の金の三分の二はアストルテに集まると言われている。
「おーい、オーランドいるかー?」
「おーい、とちゃいますわロビンはん。うちの商会の前でおーいで呼ばんといてください。これでもわい、ターナー商会の会頭でっせ?」
この特徴のある喋り方はラグナ弁という。
王国が攻め滅ぼすまで、アストルテより西側の地方を古くから統べていたラグナという国の方言である。
なお、勇者が旧ラグナ地方を訪れたときに「オーサカ弁だ……」と言ったのは有名な話だ。
「いやー、すまんすまん。俺にとってはオーランドはオーランドだからなあ」
「まあロビンはんには感謝しとりますさかい、ええんですけど。一応うち、アストルテで1、2を争う大商会でっせ? 体面っちゅうもんがあるんですわ」
アストルテには三大商会と呼ばれるものがある。
一つはラグナの頃から長く栄えるエトラ商会。
もう一つは王国御用達のテルセト商会。
そして最近台頭してきた大衆向けのターナー商会。
この三つである。
最近になってエトラ商会は落ち目になっており、会頭のカール・エトラは従業員がなるべく困らないよう、様々な商会にツテを使って就職先を探しているらしい。
数件、ターナー商会の方にも話はきているようだ。
「そんで? ロビンはん、冒険者やめたっちゅうのはほんまでっか?」
「ああ、今はポーションの研究をしている」
「あはははは! ロビンはんもオモロいジョーダン言えるようになったんやなあ!」
ポーションの研究をしていると聞いて、一瞬目を見開いて、その後ロビンの話をかき消すように大笑いした。
「いや冗談では………」
「いやー! ロビンはんにはかないませんわ! わいもほんまに見習わなあきまへんな! ささ、今わいちょっと忙しんで、奥あがっといてください」
グイグイとロビンを店の奥に押し込んだ。
「あ、あの……」
「ん? そこのねーちゃんはロビンはんの連れなんか?」
「は、はい……」
「じゃあ、あんたも奥入っといてや」
そこには先程からのロビンとオーランドのやりとりに圧倒されてしまったユナがいた。
そもそもターナー商会の会頭、オーランド・ターナーといえば一代でターナー商会を築き上げ、三大商会に成り上がったという辣腕で知られる商人だ。
それがSランクとはいえ、冴えないマッパーのおっさん冒険者―――もとい元冒険者と楽しげに話をしているのを見て、驚きを隠せていなかった。
……………
「そんで? またなんでポーションの研究なんぞしとるんです?」
「えっ!? 信じるんですか!?」
ユナが驚きの声を上げる。
先程店先で見せたオーランドの態度は明らかに信じていない人間の態度だった。
それがなぜ当たり前のようにポーションの研究の理由を聞いているのだろうか?
そんな疑問がユナを襲う。
「そら当たり前やろ。ロビンはんがいうたんや、嘘なわけあらへん。ちゅうかロビンはん、冗談いうタイプの人やあらへんやんか」
「言われてみれば確かに……」
そもそも冗談みたいな理由で冒険者をやめたロビンだが、当の本人は全くもって冗談を言えるタイプの人間ではない。
理由の規格外さに、思わずロビンの性格というものを失念してしまっていたようだ。
「そんで? 冒険者やめたんもポーションのせいなんか?」
「ああ、そうだ。これ以上あのクソ苦劇マズポーションを飲みたくなくてな」
「ロビンはんらしいわ……そんでどないしてうち来たん?」
「ああ、そのことなんだが……」
かくかくしかじか、とこれまでのあらましを話す。
「なるほどな、仕入れ先とはええとこに目つけてますやんか」
「そうなんです。それで仕入れ先といえば、ってロビンさんがあなたを頼ろうって」
「うーん………大恩あるロビンはんにはできる限りなんでもしたいとこなんやけど、協力できることはなさそうや」
少し悩んだあと、オーランドは渋い表情で協力できないことを告げた。
「そうか、オーランドなら何か知ってるかと思ったんだけどなあ……」
「ポーション作成組合はうちの取引先とはちゃうんですわ。そういうのは全部テルセト商会の方に話しがいっとるんです」
ポーション作成組合というのは冒険者ギルドと同様に国から独立した組織である。
しかし、では国と全く関わりがないかと言われるとそういうわけではなく、ポーションの特許やら利権その他に関しても国が認めるものだし、なぜかポーション税というものがあり、国の利潤の一部にもなっている。
そういう点を鑑みるに、冒険者ギルドよりか何倍も国と関わるポーション作成組合が、王国御用達の商会の方に行くのは不自然なことではない。
「ふむ、じゃあそっちの方に行ってみるか」
「いやー、やめといた方がええで。ポーションっちゅうんは組合が完全に独占しとるんや。あそこは新商品とか認めへんやろ。ロビンはんのやっとることバレたら、徹底的に潰されんで」
「そうなのか?」
「せやで。そやからわいが店先でロビンはんの話しとることが冗談やて大声で言ったんやないか」
さすがは歴戦の商人といったところか、そういうところは抜け目がない。
ロビンを信用している上での、店先での一幕にもこれで理由がつく。
「悪かったな。ありがとよ」
「いやええんです、こんなんでもロビンはんから受けた恩は返しきれんさかいに、何かあったらいつでも頼ってや」
「ああ、それじゃあな」
そういうとロビンは立ち上がり、店内をぐるっと回っていくつかの商品を買っていった。
「邪魔したな」
「おおきに〜」
……………
ロビンとユナはアストルテを出て、フェーレンへの道を歩きだした。
「ところでロビンさん。その、オーランドさんはやけに恩って言ってましたけど、ロビンさんは何をしてあげたんですか?」
ユナが先程の会話の間ずっと気になっていたことをロビンに尋ねた。
「あー、そうか。ユナは知らなかったな。ターナー商会ってのはオーランドが一代で築いたのは流石に知ってるよな?」
「はい。確か10年前くらいに時代の流れを先読みしたかのように誰も目をつけなかった商品を次々と売り捌いてそのお金を元にさらに新しい事業に取り組んで結果を出したんですよね?」
なお、この辺りの事実はあまりの大成功に、出版社からオーランドに声がかり、自伝が売り出されたため、世間一般の常識となっている。
「そうだ。で、その10年前のことだ。オーランドは10年前は『法螺吹きターナー』と呼ばれててな。まるで夢のようなことを言っては、スポンサーを求めて王国の中心部の都市を回っていたんだ」
ロビンは昔を懐かしむかのように、フェーレンのある方の遠くの空を見上げる。
「まあそもそも、そんな夢見たいな話のために金を出すやつもいなくてな、果てには冒険者ギルドに出資を求めに来たんだよ」
「選択肢がなくなったとしても、普通冒険者ギルドに行こうとは思いつきませんね……」
冒険者ギルドは独立した機関であるため、ギルドの保有する金というのは維持費や職員への給料等で差し引かれ、ごく僅かとなっている。
「まあそこでギルドに来たところが他の商人とは違うところだったのかもな。あいつの落胆する姿を見て、なんとなく俺は酒を奢りたくなったんだ。それで酒の肴にとあいつの考えを聞かされてな」
あれは突拍子もない話だった、とロビンは言った。
本人は全く気づいていないが、突拍子もないことを言い出すことには定評のあるロビンが言うのだ。よほどのことだったんだろう、とユナは思う。
「でも確実なビジョンがあった。だから俺が有り金全部と借金してオーランドの資金を作ったんだよ。確か金貨700枚だったかなあ」
「金貨700枚!?」
「まあ返ってきたからな?あれで返ってこなかったら俺は今ここにいなかったな……とまあ、あいつが恩に感じてるのは多分これのことだ」
「へえ……なんかすごいですね」
「まあ俺もここまで大きくなるとは思ってなかったけどな」
……………
次第に暗くなってくる。アストルテからフェーレンまでおよそ3時間といったところか。
駆け出しならまだしも、冒険者にとってはたいした距離ではない。
フェーレンの門が見えてきた。
「とりあえず、明日またプランの立て直しだな」
「はい!」
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