第2話 かくしておっさんはポーションを調べる
「はぁー」
冒険者ギルドをやめて数日。
ロビンはやることがなく、暇を持て余していた。
「まさかこんなに暇が辛いものだとは……思わぬところに敵はいるもんだな」
最初の数日こそ、「これでクソマズポーションからも超絶忙しい日々からもおさらばだ!」なんて思っていたロビンだったが、もう既にダンジョンが恋しくなっていた。
「なんかしなきゃな。このままじゃ暇すぎて死ぬ」
そうしておもむろに立ち上がるものの、やることが見つからずまたゴロリと寝転がる。
「あー、なんで冒険者やめたんだっけ……」
人間は動かないと知能が低下するというが、ついこの前まで強烈に反感を持っていたことまで忘れてしまうのだろうか。
「あぁ、ポーションだよ。そういえばポーションってなんであんなに不味いんだろうなあ」
そうしてしばらく沈黙した後、
「そうだ! ポーションを研究しよう!」
ロビンは後先考えない男だった。
……………
「さて、どっから取り掛かったもんかね」
ポーションを研究しようと思い立ったはいいものの、そこから全く進みを見せないまま2日がたった。
ポーションを一本買って、成分を鑑定してみようとしたのだが、ガラス瓶に入れられている状態では
・ポーションB:HPを25回復する
としか出てこなかった。
それではと、割って液体の状態にしてみたのだが、漂う生理的に受け付けない刺激臭がロビンの鑑定を阻害した。
「鑑定Sだぞ……まじかよ」
Sランクの魔法にも勝る刺激臭には思わずロビンも脱帽したのだった。
「うーん……ポーション作成に関しちゃ全く組合が独占してる状態だからなあ。こればっかりはどうにもならんのじゃね?」
とはいえ研究をやめるのは、ポーションに屈した気がしてなんとなく気にくわない。
そんなこんなでついぞ何もできないまま2日がたったというわけだった。
「ロビンさーん!」
「ん? この声は………ユナじゃないか」
玄関の方で呼び声がして出てみると、新人の頃から面倒を見ていた冒険者のユナがいた。
「ユナじゃないか、じゃないですよ! なんで私に黙って冒険者やめちゃったんですか!」
「ポーションが不味かったからだ」
なんで冒険者をやめるのに、ユナに許可を取らなきゃいけないんだと心の中で思いつつ答える。
「はぁっ!? 本当にそんな理由で!? あれ冗談じゃなかったんですか!?」
「ああ、もちろん本当だ」
「まじですか、ロビンさんて前々から鈍感野郎だと思ってたけど、単純に頭おかしかっただけだった!?」
「頭おかしい呼ばわりはひどくないか!?」
というかまず鈍感野郎とはなんだ、とロビンは抗議する。
「はぁー。そういうところですよ」
「なんでえらそうなんだ」
こればかりはロビンが悪いと言わざるを得ない。
見て分かるようにユナは新人を卒業してからたびたびロビンにアプローチをしているが全くの空振りに終わっている。
Fランクの頃から始めて、ユナは既にAランクになっていた。
「このままじゃ、私まで行き遅れちゃうじゃないですか……」
ユナも既に25歳。そろそろ結婚適齢期が終わり始める年頃。焦るのも仕方がない。
そもそも新人冒険者としてロビンに指導を受けたのが17歳のことだから、実に8年越しの恋である。
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないですよ! ばか!」
とうのロビンはというと、ユナのことは綺麗になったなーと思っているが、そろそろいい人もできただろうし幸せになって欲しい、と既に好々爺のような思考に切り替わっていた。
9歳下の女性に手を出そうと思うほど、彼は女には飢えていなかった。
「それで? 今は何をしてるんですか?」
「今か? 今はポーションの研究をしてるところだ」
「はぁっ? ロビンさんってやっぱりバカですよ! あーなんでこんな人に惚れたんだ私!」
ロビンの突拍子も無い行動に思わず頭を抱えるユナ。もちろん難聴系主人公のロビンはポーションの話題に切り替わったことで、ポーションについて考えており全くユナの叫びは聞こえていなかった。
「それでここからどうしたらいいのか……ユナ?聞いてるのか?」
「あーもういいですよ! それでなんですか?」
「いやだから、ポーションは鑑定で見ることができなかったからどうしようもなくて止まってるんだ。ここからどうしたらいいと思う?」
ふむ、とユナは少しの間思考を巡らす。
「じゃあ、ポーションの原材料から研究してみたらどうですか?」
「原材料? ………それだ!」
「ひゃいっ!?」
それは盲点だった!とロビンは喜びユナの手を握ってはしゃぐ。
急に手を握られたユナはへんな声が出てしまった。
「また自然にこんなことを……! 1秒も油断できない人です……というか普通、原材料くらい思いつきませんか?」
「たはは……ここ数年、分からないものはなんでも鑑定頼りだったからな……」
鑑定Sともなれば、Sランクかそれ以上の妨害魔法でもない限り、大抵のものは鑑定することができる。
ロビンがマッピングだけでなく日常において完全に鑑定に頼ってしまうのも仕方がないというものだ。
というよりか、ポーションの刺激臭はSランク以上の妨害効果があったわけで、その事実だけでもポーションがどれほど酷いものかわかってもらえるだろう。
「うー………もう! こうなったら、私がロビンさんを手伝います! いいですね!」
「え、ああ、いいけどいいのか? ユナももう25歳だろ? そろそろ結婚に向けて動きだす重要な時期じゃないか?」
「ロビンさんのばかーーーーーー!」
その日、乙女の叫びがフェーレンの町に響いたという。
……………
「ポーションの原材料ってなんなんですか?」
「ポーションの原材料だろ? そんなの……」
「「あれ?」」
とりあえずユナはロビンの家に入り、落ち着いたところで研究について話し合いだした。
………のだが、2人の思考はここでストップする。
「そういえば、何気なく日常で使ってるポーションですけど、何でできてるかさっぱり知りませんね?」
「そうだな。あれは何でできてるんだ?」
「…………」
沈黙が訪れる。
「………飲んでみます? ポーション」
「いや、必要でも無いのにアレを飲むなんて、冒険者やめた意味ないじゃないか」
「ですよね」
再び沈黙が訪れる。
割と長めな沈黙を打ち破ったのはユナだった。
「あっ!」
「どうした?」
「そもそもポーション作成組合って、
「そうか! まずあいつらが材料を仕入れているところが分かれば!」
「自然と原材料も分かる!」
停滞していた研究にとりあえずの目標ができた。
「いやー、ユナが協力してくれてよかった! これでとりあえずやることが決まったな!」
「そ、そんなの、ロビンさんのためなら当然じゃないですか!」
「うん? よく分からないけどありがとな!」
「はあ………」
まあいいか、とユナは痛む頭を抑える。
とりあえずこのポーション研究でロビンとの距離を近づけるのが彼女の狙いだ。
だって、敵は多いんだから!
鈍感ロビンの被害者はまだまだ多いようだ。
そんなことはつゆ知らず、ロビンは次の行動について考える。
「仕入れと言ったら、やっぱあいつだな……」
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