「コロナ禍」で詠む

 総合誌『文藝春秋』令和二年十月号で、永田(和宏・紅)親子の対話を読んだ。

 引用すると――。

父「コロナ以降は朝日歌壇への投稿も増えました。普段は週に二千五百首だったのが、最近は週に三千首。うち六割七割がコロナ関連の歌です」

娘「みんな家に籠って、歌を作る機会が増えたのでしょうね」――。


 数が増えただけではなく、出来の良い歌も増えたのだと思う。

「面白い!」と唸ったものを(数多くなるが)引用紹介したい。 

 〈疑へばすべて罹患者バスの中マスクがマスクを監視してゐる(牛島正行)〉

 〈バス停にコホンと咳の人一人列がわずかに左右にずれる(九法活恵)〉

 〈咳をする静まり返るバスの中「花粉症です」被告のごとし(和田順子)〉

 〈差し出した手のひらスルーしトレーへと置かれた釣り銭無言で拾う(野地香)〉

 〈街中で会う人会う人みなマスクどこの店でも売ってないのに(伊藤次郎)〉

 〈ウイルスをゴルフボールとするならばマスクのメッシュは網無き雨戸(原田浩生)〉

 〈対数に死者を目盛らば抜け落ちてひとりひとりの死の悲しみは(永田和宏)〉

 〈最後までコントか本当か分からない手品のように消えたおじさん(澤田佳代子)〉

 〈この春に初めて遇ひたる言の葉の〈納体袋〉ふかぶか淋し(櫂裕子)〉

 〈超満員人熟(ひといきれ)する人ごみの人人人の恋しかりけり(檜山佳与子)〉

 〈人人と最初に書いて肉の字を書く手元見て違和感覚ゆ(荒谷みほ)〉

 〈上下に2人ずついて纏まらず齟齬という字に人は8人(安川修司)〉

 〈唐突にコロナ離婚がわかるわとピアノに向かう休日の妻(上門善和)〉

 〈ハリネズミの夫婦の適度な距離感が外出自粛で乱されている(箕輪冨美子)〉

 〈人並みに夫婦喧嘩もふたつみつするはたしかにこの春の所為(永田紅)〉

 〈喧嘩する相手もあらぬ父の日美在宅勤務に布団を干せり(永田紅)〉

 〈休館と自宅待機を要請し館長初日の仕事を終へる(永田和宏)〉

 〈つながらぬ二人はあれどまあいいか老いたるばかりのオンライン飲み会(永田和宏)〉

 〈オンライン飲み会しようと前の日に操作教えに娘らが来る(大川哲雄)〉

 〈オンライン飲みに誘へばオンライン飲みの先約あると言う父(田村元)〉

 〈窓枠が並ぶがごとし顔顔顔 隣の部屋にはみ出せぬまま(永田紅)〉

 〈ミーティング終わればさっさといなくなる窓は閉じるというより消える(永田紅)〉

 〈「いってきます」いつもの通り居間を出し夫は七歩で〈職場〉に入る(大曾根藤子)〉

 〈テレワーク出来ない人が支えてる文明社会の根っこの部分(藤山増昭)〉

 〈観客のなきまま走る馬よ馬そのわけ馬は知るはずのなく(山崎波浪)〉

 〈スイッチを入れ忘れたる夏のよう山鉾巡行なき七月は(永田紅)〉

 〈三密のエネルギーこそ祭なり胡瓜をを薄く切りつつ思う(永田紅)〉

 〈保育園と小学校のあいだにて宙ぶらりんの四月過ぎゆく(永田紅)〉

 〈新しい友は出席番号の奇数の子となる分散登校(山添聖子)〉

 〈すずちゃんはき数で私はぐう数で分散登校まだ会えません(娘・山崎葵)〉

 〈ステイホームで逢えない内に進化して二足歩行を始めたる孫(前田一揆)〉

 〈ぼくはもう大きくなっちゃうよ東京のパパはじしゅくで帰ってこない(石塚文人)〉

 〈二度とない六年生の三月も一年生の四月も奪わる(矢車蒼子)〉

 〈最終講義も延期となりてさしあたり宙ぶらりんのぶらに揺れをり(永田和宏)〉

 〈動画にはソファァーに寛ぐ首相あり格差社会の現実ここに(神蔵勇)〉

 〈犬を抱きお茶飲む人のツィッターに35万の「いいね」つく国(今西富幸)〉

 〈謝ったら負けのゲームを見てるようコロナ対策誰のものかと(朝倉恵子)〉


 百年前に流行したスペイン風邪も話題となり、罹患した斎藤茂吉の歌も紹介されていた。

 父「茂吉は医学部の教授でもあったのですが、最初は〈寒き雨まれまれに降りはやりかぜ衰へぬ長崎の年くれむとす〉と他人事のような歌を詠んでいた。ところが感染して、〈はやりかぜ一年(ひととせ)おそれ過ぎ来しが吾は臥(こや)りて現(うつつ)ともなし〉と詠いました。茂吉のような医師にして、しかも自分だけは大丈夫という〈楽観バイアス〉がやっぱりある。これが一番怖いんです」

 娘「〈スペイン風邪を病みていのちを愛しみし茂吉を想うウイルスの禍に(沼沢修)〉という歌もあった」

 父「そもそもウイルスは生命体ではありません。〈ウイルスが広がっているのではない人がウイルスを拡げている(服部秀星)〉という歌を採りましたが、本当にその通り。正しく恐れながら、ウイルスと共存していくしかないと思います」

 〈コロナなど詠みたくも無い吾が居て詠まずに居られぬ吾もまた居る(朝広彰夫)〉


 娘「では最後に、私たちが一番最近作った歌を紹介します」

 〈顔を見るよりマスクを見ていたと会話のあとに思い出したり(永田紅)〉

 〈あ、マスク忘れてしまったときの顔裸のようにいたたまれない(永田紅)〉

 〈楽観視するひと悲観視するひとのいずれの夏も短く過ぎぬ(永田紅)〉

 父「僕からはこの三首です」

 〈葉つぱにも最近にだつてウイルスは感染しますとマイクに向かふ(永田和宏)〉

 〈伝染病とは言はなくなりしはいつ頃かドブのにほひの消えたあの頃(永田和宏)〉

 〈水を飲みマスクを上げてまた喋るこんな会話が、もう一時間(永田和宏)〉


 父娘歌人が選ぶ「コロナ禍の短歌」を読みて吾も詠うなり。


  コロナ禍に『失敗の本質』を読みかへし「マスク二枚」が竹やりに見ゆ


  コロナ禍に動画チャットや楽しかる娘の顔見てウルウルする妻


  コロナ禍を数理モデルで予測すれば四十二万の死者が出るらし


  コロナ禍の憂さ晴らすべく老健のメニューをふやす検食うまし


  コロナ禍に不安・恐怖の駆りたつる偏見・差別やなほ恐ろしき


  コロナ禍で異端を認めぬエートスが日本社会のいじめの元とか


  コロナ禍にて運動不足と徒歩により九階までの昇降を妻と


  コロナ禍で渉猟できず楽しみはアンリミテドのキンドル本のみ


  コロナ禍に後藤新平の〈国難来〉を読みつつ学ぶこと多きを知りぬ


  コロナ禍を天の啓示と思へども傘寿くらいは目指したきなり


  コロナ禍に「誰もが感染しうる」と言ふ達増知事が岩手を鎮めむ


  コロナ禍で選挙せむとふ医師会には北里柴三郎がドンネル落とさむ


  コロナ禍で季節感覚くるひたりマスク姿の絶ゆることなし


  「コロナ禍中お見舞ひ申しあげます」を暑中見舞ひの代はりとなさむ


  コロナ禍に民度の高さを自慢する太郎節には笑ふほかなし


  コロナ禍の不安が起こす「CIAMS」なる珍症状にご注意くだされ


  コロナ禍のキャンペーンに首かしぐ「Go To!」のあとに「With CORONA」とは


  コロナ禍で凍てし心を溶かしける大坂なおみのメッセージと笑み

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