第19話 大人との手合わせ

「ライル君、ラナさん。僕に君たちの実力を見せてくれないかな?」


 ダンジョンについて色々教えてもらった後、サーレリちゃんパパことシュタットからそう希望を言われた。どういう意味かを尋ねたら、どうやら娘がどんな相手と一緒になって修行しているのか、それを知りたいらしい。


「三年くらい前だったかな。君たちと修行を始めたと言った頃から、サーレリはぐんぐんと成長してね。親馬鹿ながら自分の娘は天才だと思っていたけど、聞けばサーレリよりも強い子供が、同年代に二人もいると言うじゃないか。それから僕は君たちのことが気になっていたんだ。サーレリもね、その話をするたびにライル君、君の名前を──」

「アホなこと言うな!」


 サーレリちゃんは父親のシュタットを蹴って黙らせた。暴力娘だ。サーレリちゃんってパパっ子じゃなかったのか。私のパパは凄いのよとか言ってたから、てっきりそうだと思った。普通に蹴るんだね。それよりサーレリちゃんはまさか俺のことを、なんて野暮なことは考えない。イケメンで天才で最強な俺がモテるのは自明の理である。世の理と言ってもいい。だから俺は美少女の一人や二人から好かれても全く動じない。鋼心ライルだ。美少女とはいえ9歳に好かれても大して嬉しくないというのもある。前世の意識を取り戻してからもう五年以上経つが、未だに同年代の異性には欲情できない俺である。ロリコン判定は完全に白だ。


「ま、まあとにかくだね。君たち二人と軽く手合わせしてもらえないかな?」


 娘に蹴られて少し凹み気味なシュタットの提案に、俺たちは一度だけ顔を合わせて了承した。




「確か今はライル君よりもラナさんの方が強いんだよね? なら先にライル君に相手してもらえるかな?」

「いえ、俺の方が強いです」


 いきなり何を抜かしてくれとんじゃこのドボケエルフが。俺がラナより弱いのは一週間前までの話じゃ。今の俺はラナよりも遥かに強いわ。ブチのして貴様の毛髪残らずむしり取るぞこのハゲエルフが。


「えーっと……サーレリからはそう聞いたんだけど?」

「そうよ。あんたラナより弱いじゃない。パパの前だからって、なに見栄張ってんのよ」


 言ったのお前かーい。というか張っとらんわ見栄なんか。お前は俺の究極化状態を知らんからそう言えるんだよ。俺がスーパーライルになったらラナなんか最早ワンパンで潰れたトマトだぞ。そんなラナは見たくないのでせんけどな。

 でも正直参ったな。俺は何一つ嘘は言ってないが、それを本当だと証明するのもなかなか厄介だ。ハイパーウルトラ形態を見せれば納得させられるだろうが、あの状態は今の俺にとってはかなり負担が大きい。快復したばかりなのにベッドの上に逆戻りは避けたい。今は少しでも肉体を鍛えたいのだ。真・究極完全ライルになるためにも。だから仕方ない。ここはこちらが折れてやろう。


「まあ、今はそういうことでいいです。俺もここで全力全開の本気を見せるつもりはないので」

「だから強がりやめなさいよ。しつこい上にダサいわよ」


 こいつマジで腹立つわ。俺が譲歩しただけなのに調子に乗りやがって。覚えてろ。そのうち修行で叩きのめしてやるからな。


「そうかい? ならライル君から始めようか。あっ、戦う前に一応言ってくけど、僕の現役時代の攻略者ランクは最高で銀級一位だよ。金級には終ぞ上がれなかったから、大して自慢できることでもないけどね」

「言っとくけど、パパが金級に上がれなかったのはママと結婚したからだから。あと一年も続けてたら絶対金級になってたわ。だからパパの強さは実質金級なのよ。それに感謝して相手してもらいなさい」


 苦笑するシュタットとは反対に、サーレリちゃんは上から目線のドヤ顔気味だ。つーか銀級一位とか金級とか言われてるけど、俺それがどれくらい凄いのか全く知らんからね。自慢されてもマジでわからん。『私のパパはプロ野球の選手だったのよ』とかそんなレベルだろうか。それにしてもピンキリだし、やっぱり分からん。まあ、一度は一軍の試合に出場経験がある元プロ選手に指導してもらうとか、そんな感じでいいのかな? そう考えたら貴重か。ここ田舎だしな。都会から来たってだけでスターになれそうだ。


「ルールは……特に決めなくていいかな。ライル君がこちらを好きに攻撃して、僕は基本受けに回る。これでいいかいライル君?」

「子供だと油断して怪我しないなら、俺はそれでも構いません」

「ハハハ、油断はしてないよ。君たちの強さはちゃんと聞いてるからね。だから僕も本気でやるよ。ライル君こそ、僕に敵わなかったとしても、それで自信を喪失する必要はないからね」


 挑発するように唇の端を小さく釣り上げるシュタット。言いやがるなこのイケメン。この俺を挑発して五体満足でいられると思うなよ。俺はこの優男を診療所送りにすることを決めた。


「さあ、どこからでもかかってくるといい」


 シュタットの合図とともに、俺はこいつの顔面へと殴りかかった。




「やっぱ強いわねあいつ」

「ライル君だからね」


 サーレリからの声かけに、ラナは視線を向けることなくそう返した。二人の目の前では現在、とうの昔に成人を迎えた背丈の高い大人と、成人からはまだ程遠い未熟な体格をした少年が、熾烈な闘いを繰り広げていた。戦意を高ぶらせ激しく攻撃を仕掛けるライルに、シュタットの顔に開始前に浮かべていた笑みはもうない。たまに焦りを見せつつも真剣な表情を維持して、ライルの攻撃を無難に受けきっていた。


「でもシュタットさんも凄いよ。あれでまだほとんど魔法使ってないんでしょ? 金級の攻略者ってやっぱ強いんだね」

「当然よ。パパは凄いんだから。……って、相手が9歳の子供じゃなきゃ、あたしも素直に自慢できたのよね」


 一見互角に見える両者の闘いであるが、シュタットの方は本気であっても全力ではない。現役時代に金級相当という自負もあった彼の実力は、まだまだこんなものではない。それはライルに関しても同様であると言えたが、この二人はそんなことを知る由もないことである。


「でもやっぱりライル君、ちょっと動き悪いね。いつもよりもキレが足りない気がする」


 ライルは怪我自体はすでに完治しているが、その期間に衰えた体力のせいで、まだ万全な状態というわけではなかった。手合わせの機会こそ減ったが、ライルと最も多く闘ったラナにとっては、万全時との違いははっきりと判った。


「まっ、そうだとしても、パパの方が強いのは間違いないけどね。魔法もあるし」


 何度かシュタットの魔法を見せてもらったことのあるサーレリにとっては、彼の強さの本領が魔法にあることをよく知っている。仮に相手がライルでなくラナであったとしても、自分の父親が魔法を使って負ける姿は想像できなかった。

 そうこう話しているうちに二人の闘いは終了した。最後は疲れたライルを、シュタットが投げるようにして、地面に背中を叩きつけた。


「当然の結果ね。でもまあ、怪我明けなのに、パパ相手によくやったと思うわ」


 サーレリは当然のことながら、父のシュタットに訓練で一度も勝てたことはない。魔力や体格に大きく差があるのだから、それは当然であると本人も認識しているが、今のライルほど善戦できたこともなかった。シュタットは娘との訓練で、度々真剣な表情を見せることはあっても、必死さを浮かべることは一度もない。しかしライル相手にはその顔を見せた。それはつまり、自分よりもライルの方が実力が上だという、ハッキリとした証明だった。サーレリはそれに関しては気にしない。もともとそれはちゃんと理解しているからだ。ただ自分の父親がライルに勝ったことで、自分も彼に勝てたような得意げな気持ちでいた。そんな上から目線だった。

 ふふんと笑うサーレリの横で、ラナが自分の体をほぐすために関節を伸ばす。それを軽く終えると、確認するように拳を開け閉めした。


「じゃあ、次は私の番だから。行ってくるね」


 観戦者の立場から挑戦者になり、ラナはそこへと向かっていった。




 くそー、背中が痛えよ。9歳児に大人がすることじゃないだろあのハゲエルフめ。

 子供をボコして悦に浸るクソみたいな大人に敗北して、俺はノロノロとした足取りで観戦席へとやってきた。


「頼むラナ、お前だけが頼りだ。俺の仇と一緒に奴をボコボコにしてくれ」

「あんた、私のパパに何言ってくれるの?」


 隣にいたサーレリちゃんが怒りを滲ませる声音とともに、俺の方を睨みつけてくる。美人は怒ってても美人であるが、今の俺はサーレリちゃんにも普通に負けそうなのでビビる。ビビりながら言い訳する。


「サーレリちゃんも見ただろう。君のパパは9歳の子供を甚振る酷い大人なんだ。俺の背中は激痛に見舞われているよ。怪我が治ったばっかなのに」

「……あんた、自分は修行で相手をボコボコにしてるくせに、よくそういうことが言えるわね。ドン引きだわ」


 ドン引きってなんやねん。俺の相手は同年代なんだからいいだろ。自分の子供と同じ年齢のガキに暴力振るう大人と一緒にすんなよ。手加減はされてたけど。


「俺が全力出せれば楽勝で勝てたのに……」


 しかしそれはできない。これは制限ある力なのだ。今の未熟な体で使えばまた療養生活まっしぐらだ。それにやすやす発揮してしまうのは格好良くない。『これを使うつもりはなかったんだかな』とか、『刮目して見よ、俺の真の力を』とかそん感じで使いたい。でも使えるようになったらいつでも使う。負けるのはやっぱムカつくしな!

 負け惜しみをみっともなく吐き続ける俺に、サーレリちゃんは呆れて溜息を吐いた。


「あんたまだそれ言ってんの? そういうのやめなさいって……」

「お、魔法使った」


 闘いの途中、少しだけ会話していた二人だったが、それが終わるとシュタットが魔法を使い始めた。くそおおおお、俺には使わなかったくせに。舐めプしやがって。許せねえよ。指導の差や個別の贔屓は子供の成長に悪影響与えるぞ。俺の憎悪が増していくぞ。つーか大人のくせにガキに本気出してんじゃねえよ。ヤラレターって棒読みで倒れろよ。それがお約束だろ。

 そんなこんなでミルカとは比較にならない魔法をバンバン飛ばして攻撃するシュタット。なんかすっごい風が吹き荒れてる。俺の方までビュンビュン風が飛んでくる。横を見てみるとサーレリちゃんの長い髪も荒れていた。視線を下に落としてみるが、サーレリちゃんはスボン派なのでラッキースケベはない。

 微妙に残念な気持ちになりながら俺は視線を前に戻す。そこでは風の他に水が空中を駆け回っている。なんだこれ。え? これが魔法? 俺の知ってる魔法と違う。鞭のように高速でしなる水の縄を、ラナは高い機動力で躱している。その動きは横から見ればある程度分かるが、近くで見たら消えたと錯覚するほどだろう。俺もやられたから分かる。ラナはそんな素早さを発揮して地面を蹴ると、隙を見計らってシュタットへ殴るかかる。それを迎撃するように突風が吹き荒んだ。瞬間的な爆風に煽られ、体重の軽いラナはたたらを踏んで宙に浮く。そこを水の縄が搦め捕った。一本がかかると、すぐに二本三本と追加されていく。ラナはそれを振り解こうともがくが、水を掴むのは難しい。為すすべもないまま宙に吊られてしまった。ラナの負けであった。

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