第12話 雨降って

 弟子ができた。俺は今から師匠となった。師父ライルです。


 ラナとの決闘を終え、ミレンの謝罪を聞き出して、ひとまず今回の騒動は終わった。一時はラナとの縁切りも予想されたが、終わってみれば大団円。これも主人公補正の為せる技か。さすが俺である。

 そんで決闘が終わったら、野次馬してたサーレリちゃんからある事を言われた。


「あたしも、あなたたちのしゅぎょうにまぜてほしい」


 美少女サーレリちゃんにそうお願いされて、俺は少し迷ったがそのお願いを受け入れた。俺が迷ったのはサーレリちゃんが美少女のせいだ。修行となれば俺はサーレリちゃんをボコボコにしなければならない。ラナにそれをするのはもう慣れたが、新たにその相手が加入するとなると俺も戸惑いはある。でも普通に承諾した。自らの意思で臨む者を俺は尊ぶ。重要なのは本人の意思だ。俺がするのは殴るだけ。だからこれでいいのだ。

 俺がサーレリちゃんに修行参加の許可を出すと、便乗してゴウル君もそんな事をお願いしてきた。俺はこちらも二つ返事で了承した。男は殴るに迷いなし。新品のサンドバッグが追加されたような感覚だ。ゴウル君は大きいので、その役にもぴったりである。早く俺の全力を受け止められるようになって欲しい。

 ミレン君は特に何も言わなかった。ていうか、謝罪以来一言も言葉を発していない。完全にチキンになってる。フライドミレンだ。まあ俺も彼を修行に誘うことはしない。再びお願いされても、前二人とは違い渋るだろう。俺は彼を許しているが、認めたわけではない。得るは長く、失うは一瞬。それが信用というものだ。主人公の俺から信用を失うということは、世界の敵に回ることに等しい。そういう意味でもミレン君は駄目だ。頑張ってマイナスを清算するところから始めてくれ。俺はこれでも過ちを許せる人間だからな。これから次第では対応を変えてもいい。




 新しく修行仲間を二人増やした俺は、今日はそれで解散と、サーレリちゃんゴウル君に明日の放課後からここへ来るようにとだけ伝えて、ラナと二人で帰宅した。


「で、結局お前が好戦的だった理由はなんだったんだ?」


 その帰路で、俺は彼女に決闘を挑んできた理由を聞いた。俺はこういうのをなあなあで済ませたりはしない。気になったら聞くのだ。

 俺の質問にラナは当初言い淀んでいたが、俺が譲らないと理解したのか、意を決したように話した。


「……だって、あのままだとライルくんが、一人になると思ったから」


 なんじゃそりゃ。人は生まれた時から一人だぞ。それは俺に限らんだろ。


「意味が解らん。もっと詳しく教えてくれ」

「ミレンくんとケンカして、ライルくんが他の子とも、仲がわるくなると思ったから」


 あーなるほど。完全に理解した。つまりはアレだ。俺がぼっちにならないよう、リナは気遣ってくれたってことか。確かにな。最近の俺はクラスの連中と気まずくなってたしな。このままいけば、孤高ルートまっしぐらだったろう。でもさ、それはちょっとおかしくないか。


「いや、別にお前がいるから一人にはならんだろ」


 俺は至極当然といった様子でそうツッコミを入れた。俺としては、俺の天才さに着いて来れない凡愚との関係など、正直言ってどうでもいい。そんな奴らとの関係より、ラナとの繋がりの方がずっと大切だ。なのにこいつはそのアホ共のために、俺との関係を断ち切ろうとした。一人にせんって、俺を一人にするのはお前だろがーいの気分だ。

 俺からのツッコミを受けて、ラナは首を横に振った。


「ライルくんのお母さんに、たのまれてたの。ライルくんのめんどうを見てあげてって。ライルくんバカだから、一人になっちゃうかもしれないからって」


 馬鹿じゃなくて天才だから一人になるの。ぼっちになっちゃうの。知能が違いすぎると話し合わなくなるっていうじゃん。俺もそれなの。それはそれとして、俺の母に頼まれてたのかよ。てことは、俺とラナの仲違いになったかもしれない原因を作ったのは母かよ。なんて事してくれるんだ。あんたのおかげで唯一の友も失うとこだったぞ。親が息子の友人を奪うのか。グレるぞ。


「それで決闘って。お前、俺が折れなきゃどうしたんだよ。最悪そこで俺とお前の関係も終わってたぞ。俺は優しいから譲ってやったけど」

「……」


 そこで黙るのかい。こいつ変なとこで気が弱くなるよな。根性はあるくせに。それとも俺の対応が予想外だったのか? ハッ。付き合いは長いといえど、お前に測れるほど俺は浅い男ではないのだ。海より深く、宇宙よりも広いライルなのだ。

 俺は浅はかな考えを持っていたラナの頭をガシガシとやってやる。


「俺のことを考えてくれるのはいいけど、そういうのはまず俺にちゃんと説明しろよ。じゃないと俺も困るだろ。俺もお前との関係は大事だけど、それ以上に譲れないものはあるんだから。俺にどっちかを選ばさせるなことはさせんなよ。解ったか?」

「うん……」


 解ればよろしいと、俺はぐしゃぐしゃにしたラナの頭をポンポンと叩く。何はともあれ大事なしだ。これはきっと、俺とラナの中を深めるために用意された専用イベなのだろうな。この出来事が後の何かに関わってくるに違いない。伏線というやつだ。

 俺はラナと自宅までの固められた地面を、雑談しながら歩くのだった。




 というわけで俺とラナの決闘事件から何日か経って、俺は日々の自分の修業に加えて、新しくできた弟子の指導にも関わっている。と言ってもやることがそう多いわけでも、複雑なわけでもない。誰も彼も、まずはランニングから始めるからだ。走り込みほど全てに通じるトレーニングは存在しない。俺はそう思っている。取り敢えず困ったらランニングだ。それさえしとけはどうにかなる。ならないのなら更にランニングだ。大陸横断ランを可能となれば、きっとその者は相当鍛えられていることになるだろう。分かりやすくて素晴らしい。

 冗談はさておき、それでも基礎の体力作りというのは大切である。なにせ6歳児だからな。変な筋トレして体がぶっ壊れても困るし。だから俺はランニングをさせる。ラン&ランだ。

 サーレリちゃんもゴウル君も、どっかの丸坊主や妹と違って根性ある。今のところ表情は苦しそうだし文句は言うけど、特にサーレリちゃんが、泣き言は口にしていない。いい経過である。

 ランニングの後は腕立て腹筋スクワットである。筋トレ三種の神技だ。これをやらせとけば間違いない。ダレてきたら俺お手製のハリセンで頭をパシーンだ。ペースが緩めばパシーン。続かなくなってもパシーン。動けなくなってもパシーンだ。もうこれをひたすら続ける。そんでもう限界だなと思ったら、一日の終わりに魔力訓練だ。自己との対話をするやつである。疲れ切った身体から、魔力を振り絞るのだ。これはできようができまいがどっちでもいい。取り敢えず魔力の可視化をできるようになるまでやらせるだけだ。何ヶ月かけてもこれをやらせるのだ。

 この基礎訓練を余裕で耐えられるようになって、ようやく次へと進むのだ。俺もラナもそうだったしな。強くなるのに楽な道無しだ。宿魔の実? あんなのは知らん。魔法が使えたら強いとは限らんしな。魔法頼りのカスより俺の方が絶対強い。だって俺が最強だから。ムカつく金満野郎には、いつか格の違いを教えてやるのだ。


 俺が二人の弟子に修行をつけているからといって、別にそれ以外の者もそこに続くわけではなかった。俺の修行は大変らしいという噂がクラス内で広まって、興味を持った者が少し体験して脱落する。それで終わりだ。唯一坊主頭のミレン君だけは、ゴウル君になんかコソコソと教えてもらっているらしい。コソコソの内容は知らんが、俺の悪口だったらぶっ飛ばす。そう思った。


 授業はあいも変わらず退屈だ。全然難しくならんし、あんまし為にならん。退屈すぎて仕方ないので、誕プレでなんか上の内容、それこそ中等学舎でやるような知識書を要求してしまった。誕プレに何を頼んでんだとも思ったが、他に欲しいのなかったしまあいいかってなった。ウチの可愛いアホな妹は、魔法を使えるようになりたいとか言ってた。それは高いんですよミルカ様と言っても、聞き分けずに泣き出す始末だった。両親は仕方なくといった様子かどうかは知らんが、ミルカ様の誕プレに宿魔の実をあげていた。ミルカ様は大喜びだった。俺? 俺はそのうち自分で取りに行くからいらん。マジでいらん。なんかちょっと実物見たら欲しくなったとか、そういうことは全然考えていない。宿魔の実を平らげたミルカ様は、物足りないとか贅沢なことを言いつつも、手から風をビュンビュン吹かせて嬉しそうにしていた。我が家の経済力でも買えるやっすい宿魔の実の筈なのだが、ミルカ様の魔法で室内の物はとっ散らかった。雑魚魔法だけど、扇風機よりは強そうである。俺はそんな感想を抱いた。

 ミルカと違い、弟のテオは大人しくていい子だ。俺にはあまり懐かずミルカに甘えてばっかりいるがね。というかミルカが構っているからだね。そのせいで俺とミルカが引き離されている状態だ。ミルカ本人はそれをさして気にしていない。兄離れが随分と早いブラコンだった。



 雨にも負けず、風にも負けず、雪は降っておらんが、夏の暑さにも負けない丈夫な身体に育った俺は、そんなこんなと異世界で色々なことを体験して、いよいよ9歳となったのだった。

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