第11話 決闘完了
「逃げずに来たようだな。感心したぞ」
「……それ、ミレンくんじゃなくて私に言ってる? 」
「もちろん」
修行場に現れた決闘相手に向かって、俺は格上っぽくそう告げた。ラナが来るのは当然として、ミレンもここへ来ていた。来ないなら来ないでも良かったが、奴に対する俺の評価はほんの少しだけ上向いた。まだマイナスだけどな。
この二人の他に、決闘に関係ないのも二人いる。ゴウル君とサーレリちゃんだ。なぜ君たちはここに来たのか、なんて野暮なことを俺は言わない。決闘を見届けに来たのだろう。一人でも多く観戦者がいた方が俺の気分もいい。多すぎは嫌だけど、級友ぐらいならウェルカムウェルカムだ。
役者も無事揃ったので、俺はデュエル開始の宣言をする。
「ルールはいつもの修行と同じだ。お互いの首より上や急所は狙わない。これだけだ。それ以外なら殴打も蹴りも掴みも寝技もなんでもありだ。ただし武器は禁止。あくまで肉体のみで決着をつける。異論は?」
「ないよ」
いい返事である。何度もやってるからこれも慣れたものだ。ラナの準備は万端だそうなので、俺はもう一人に顔を向ける。
「ミレン」
「……」
名前を呼んだだけで彼の肩がびくってした。そんなに怖いか。怖いだろうな。俺は強いからな。大人でもある。でも容赦はせん。ちゃんと言うべきことを言うぞ。
「この決闘を、その曇った目でよく見ておけ。お前が弱いと罵ったラナの実力がどれほどのものか。そしてお前が早々に逃げ出して手に入れた修行の成果が如何程のものか。この世に楽な道などないことを教えてやる。そして知れ。俺の強さを。やがて世界最強生物となる、このライルという存在を」
「……意味わかんないよライルくん」
意味は解るだろ。俺が最強だってことだよ。
兎にも角にも言いたいことはこれで済んだので、俺はこれから始まる決闘へと意識を切り替える。
「待たせて悪かった。ではやろうか。我がライバルよ」
言葉とともに俺は身体に魔力を漲らせる。加減は無しだ。観客がいるのでいつもより言動は若干ふざけているが、真剣な俺の様子にラナも表情を引き締める。そして俺のように魔力を漲らせ肉体を強化した。
いつもの修行とは少し違う空気の中で、俺は口の端が緩みそうになるを我慢して、右手を前に持ち上げる。そして人差し指だけを立てると、その先から魔力は出さずにクイクイ曲げた。かかって来いのポーズである。俺は格上だから、こういう演出は必要なのだ。
俺にナメられてると感じたのか、少しムッとした顔で、ラナは地面を強く蹴り出し、俺に殴りかかってきた。
(何よこれ……)
サーレリはその闘いを見て、そんなありふれた感想しか抱けなかつた。
サーレリがここにいるのは、純粋に興味が理由である。上級生とのいざこざがあり、それが解決してクラスの雰囲気も明るくなったと思えば、それはすぐに暗いものへと変わった。その原因を作った一人は、クラスの変人ライルだった。
サーレリから見て、ライルという級友は同年代の誰とも違う異質な存在であった。見た目は同じ子供だ。しかし度々子供とは思えない大人じみた様子を見せる。言動一つ取ってみてもそうだ。サーレリが理解できない様な言葉や言い回しを、ライルは当たり前に使う。授業に関しても出された問題は全て正解するし、その思考回路には理解しきれない部分が多々存在する。サーレリがライルと同じ班になる時は、いつもその変わった思考により頭を悩ませられていた。
そんな同級生の中でも外れて賢いと思えるライルも、それ以外では歳相応の子供らしさを見せることも多い。遊びがそうだ。頭がいい筈なのに、サーレリから見ても馬鹿に思えるクラスの男子たちと当たり前に遊ぶ。話が通じ合っている。それがサーレリには不思議でならなかった。サーレリにとってライルとは、自分の常識では全く測れない上に、理解もし難い人物だった。
そのライルが同級生と喧嘩した。喧嘩と言うには、そこに暴力はないので大袈裟な表現だが、相手との雰囲気から険悪であることは間違いなかった。サーレリは正直それを意外に感じた。ライルは上級生と決闘し、一方的に殴られた際にも、自分から反撃することは一切なかった。怒ることもしなかった。いつも通りの、不敵で不真面目な態度を崩さなかった。やはりライルは変わっているとサーレリはこのとき思った。そのライルが明確に怒りを見せた。それも同級生相手にだ。何が彼をそんなに怒らせたのか、側から見ていたサーレリにも理由は分からなかった。他の者もそうだと思った。ただ一人、学舎入学前からライルと交流のあったラナだけが、その理由を理解していたようであった。そんな二人が決闘することになった。
話の流れでそうなったが、こうなった理由も深くは理解できなかった。ただ二人とも互いに譲れないものがあると、それだけはサーレリにも分かった気がした。
サーレリはこの決闘を見届けることを決めた。この騒動の経緯や結果ではなく、単純に決闘の内容が気になったからだ。ライルとラナが修行と称し、何か二人で訓練を行っているのは、今や同級生の誰もが知るところである。サーレリも当然それを知っていた。だがそれに関して、特別な興味は持っていなかった。当然である。サーレリの父親はハーフフォレセであり、現役を退いたとはいえ、元ダンジョン攻略者だ。魔法も当たり前に使える。そんな父親を持つサーレリにとって、ライルやラナの修行は興味を持つに値しないものだった。子供が遊び半分でやっているお遊戯だと、そう認識していた。
その考えは、上級生との一件で改めさせられた。二歳も年上であり、体も大きな上級生から一方的に攻撃を受けて、ライルが負った負傷は唇を少し切った程度だった。サーレリはそれを間近で見て、軽く驚かされた。耐久力もそうだが、ライルが魔力を使っていたことにだ。サーレリには魔力を感じる取る能力がある。それなりの魔法使いなら誰でも持つこの力を、サーレリは幼いながらにして獲得していた。これは彼女に特別な才能があるというわけではなく、四分の一だけ混ざったフォレセの血がそうさせていた。魔法は使えないサーレリであるが、この力だけは継いでいたのだ。まだ弱いその力であるが、確かにライルの魔力をサーレリに感じ取らせていた。
それから少しだけライルへの興味が増して、起こったのが今回の決闘騒ぎである。不謹慎にもサーレリはこの時少し幸運に思った。ライルの力がどの程度か、これで把握できると思ったためだ。離れた場所にあるという、子供の足では辛い所に位置する修行場まで少々息を切らせて来たサーレリは、その闘いの目撃者となることに成功した。
ラナの拳が前方へと突き出される。それをライルは、横へ弾く様に左手の甲で防御する。ラナは突き出した拳をすぐに引っ込めると、すかさず逆側の足を下段で繰り出した。ライルはその蹴りを、軽く曲げた脛で受け止める。そして受け止めた足をそのまま半歩だけ踏み込むと、右の掌底をラナの開いた胴へ叩き込んだ。
ライルからの反撃に、引いた腕ともう一方の腕を交差させて、彼女は胸部を防御する。押し込む様な掌底の一撃は、蹴りにより足元が半分浮いたラナの体を、強制的に後方へと押し出した。
後方へと飛ばされた彼女に、立て直す隙を与えずライルは追撃を仕掛ける。前方へと向かう力を拳に込めて、全力の一撃をラナへとお見舞いする。ライルの一撃に、足場を取り戻したラナが真っ向から受けて立つ。自分へ繰り出される一撃への反撃を、正面から相殺する様に拳を合わせて打ち込んだ。ぶつかる拳打の打ち合いは、かつてないほどの衝撃を両者に与え、互いに互いを吹き飛ばした。
吹き飛んだ両者は共に地面に転がらず着地する。一方は顔に笑みを浮かべて拳をさすり、一方は痛苦から表情を歪めて拳を開閉した。お互いにまだ闘いが続行可能であると確認し合うと、再び両者は激突した。
拳と拳、蹴り蹴りがぶつかり合う度に、人体では出せないような音が周囲に鳴り響く。その動きは、常人なら並みの一撃でダウンしてしまうような、高い攻撃性を秘めていた。
(これがこの二人のしゅぎょうだって言うの……? いくらなんでもこんなのはおかしすぎる。だって、二人はまだ6さいのはずなのに。あたしと同じ年れいのはずなのに)
サーレリは、自分の父親がダンジョンの攻略者であるために、自分も将来はそうなりたいと考えていた。だから5歳になってから、軽くであるが父親から手ほどきを受けていた。今もそうだ。年齢が上がり、技術が向上し、父親に褒められる度に、少しずつ強くなるのを実感していた。自分は魔法は使えないが、それでも父親からの指導のおかげで、少なくともこの村の同年代の中では一番強い。それがサーレリにとって密かな自慢であり、誇りだった。
しかし、そんな彼女の抱いた自慢も、優越も、目の前で繰り広げられる現実は容赦なく否定した。打ち砕いた。お前の努力はその程度であると、そう言われた気がした。
それでもこれがライルだけなら、まだ彼女は納得できたかもしれない。反骨心を持って、プライドを保って、自分のこれまでを否定せずに済んだかもしれない。しかし普通だと、凡人だと思っていたラナまでもが、これだけのことをできると知って、そんな気は一切失せた。自分の努力はただのおままごとだと、お遊戯同然だったと、そう思い知らされた。サーレリは人生で初めて、完膚なきまでの敗北感と挫折を味わうことになった。
「強くなったなラナ! だがこれでトドメだ! メガトンライルキック!」
俺はそう必殺技名を叫んでラナを蹴り飛ばし、彼女を背後にある木に叩きつけた。背中に強い衝撃を受けたラナは、跳ね返る様にして少しバウンドすると、そのまま地面に小さく土煙を上げて突っ伏した。
少し待って、ラナが立ち上がれないのを完全に確認した俺は、勝利のVサインを頭上に掲げた。
「ゔぃくとりー」
完全勝利である。最強ライルここにあり。敗北を知りたい。ガハハ。
勝利宣言も済んだので、俺は倒れたラナへと近づく。地面に顔面から突っ伏している彼女であるが、ラナはこれくらいじゃ死ぬことはない。これまでの経験からそれは分かっている。現に今も彼女から魔力の反応は感じるし普通に生きている。ラナは丈夫なので放っておけばそのうち元気になる。でも俺は優しい男なのでわざわざ起こしてやる。地面と接吻し過ぎて窒息する可能性はあるしね。世話がやける幼馴染だ。
「起きろよラナー。もうすぐ夜になりますよー」
うつ伏せになったラナをひっくり返す。彼女は気絶していた。まあ偶にあることだ。俺はこの程度じゃ慌てない。ラナの頬をペシペシ叩く。
「おーい。起きろよラナさんやーい」
だんだんと強くペシペシしていくと、やがて彼女は目覚めた。目覚めの第一声は「んあっ」である。寝起きの人の反応だね。
俺はラナが起きたのを確認すると、彼女の放置を決めて観客達の方へと振り返った。
「ちゃんと見てたなミレン」
その中の一人を名指しする。俺が名前を呼ぶと、またミレンは怖がる様な素振りを見せる。何もしやしないのに。
「これがお前が弱いと言ったラナの強さだ。お前、今の闘いを見てまだ自分がラナより強いと言う気か? あるなら俺が相手してやるぞ」
俺からの問いに半泣きになってミレンが首を横に振る。俺はそれにうんうんと満足そうに頷き返してやる。
「だよな。そうだよな。お前が間違ってたよな。なら言うことがあるだろ。嘘をついたんだから。馬鹿にしたんだから。何か言いたいことがあるだろ。それともそんなのはないか? 俺の気のせいか? そんな筈はないよな。そうだろミレンくん?」
これは俺からの優しさだ。ここでミレンがちゃんと謝罪を口にできるなら、俺は今回の件を水に流してやってもいいという、俺からの譲歩だ。厳しさと甘さを併せ持つ男である。
「ご、ごめんなさい……」
「えー? なんて言ってるか聞こえな、イテッ」
謝罪の言葉が小さかったのでそう言ったのだが、俺は後頭部を殴られてしまった。誰だよこの天才を殴ったのは、と振り返るとお目覚めのリナがそこにいた。ほらね。この女は頑丈なんだ。鋼の心身を持つ女である。
「ミレンくんはちゃんとあやまったでしょ。もういいじゃん」
ラナさんに言われてしまっては仕方ない。俺はやれやれと首を振ってミレンに向き直った。
「ラナがこう言ってるから俺も許してやろう。寛大な俺たちに感謝しろよ、ミレン君」
俺は許しを与えた。完。
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