第10話 決闘的展開

「たのむ! オレをきたえて、つよくしてくれ!」

「いいだろう。その願い聞き届けたぞ」


 ランプの魔人ムーヴをして、そうお願いしてきたミレン君の願いを俺は承諾した。


 俺が村長の息子チャリス君との仲直りを強制された翌日、学校へ行くとミレン君から自分を強くしてくれとお願いされた。俺はそれを二つ返事で引き受けました。修行の仲間が増えるの大歓迎だよ。それも男の子。なんだかんだ言ってラナは女の子だからね。あんまりボコボコにするのは良くないと思ってたんだよ。俺は男女差別はしない主義だけどさ、通俗的な価値観まで捨てたわけじゃないの。男ならどんな傷も、それこそ顔についた傷だって、名誉や歴戦を主張できる立派な勲章や証だって言えなくもないさ。でもね、女の子はどうよ。残る傷跡とかトラウマもんよ。キズモノ扱いだよ。女になったことないけど、その気持ちは理解できてるつもりだ。顔に傷のある美少女とない美少女だったら、ない方がいいもん。男だからこそ、そう言える。というわけで、俺はラナにあまり傷を残したくなかったんだ。まあ普通に殴るけどね。それとこれとは話は別だ。なぜなら修行だから。痛みで人は強くなる。


 ミレン君にお願いされて、修行に参加させてから数日。俺は処置無しと呆れ果てていた。

 いやー、こいつ根性ないわ。すぐ泣きやがる。メソメソぎゃーぎゃー喚きやがる。泣き虫よわむし意気地なしだ。なんで君修行参加したのって聞きたくなるレベルだ。初期ラナの半分も根性ない。つーか普通に脱落したし。マジで『は?』 だよ。なんか敬語で許してくださいとかごめんなさいとか謝ってくるし。意味がわからん。最終的に俺が何か言う前にラナに連行された。ガチで意味不明だ。お前ほんとに何しに来たのって感じ。最低限の体力すらないから、ちょっとランニングさせただけなのにこれよ。あり得んレベル。二度と俺にお願いするなって怒鳴り散らしてやりたい。しないけど。俺は大人だから。でも今回はちょっとやばかった。ラナがいないとボコボコにしてたかもしれん。そんくらいイラついた。俺は変じゃないと思う。だってラナだって苦笑してたし。情けない男だ。


 そんなことがあって、俺は学校でミレン君から距離を置かれるようになった。放課後も俺を怖れて一緒に遊ぶことはなくなった。そしたらミレン君と仲の良かったゴウル君も抜けた。そんで遊びは自然消滅。つまりは学級崩壊だ。マジかよ。俺とサッカーやる相手がいなくなってしまった。うそーん。マジでマヂかよ。ショックだ。普通に。


「いくらなんでも初めからアレはないよ。少しずつやってけばいいのに。ライルくん、基準がおかしくなってるよ」

「そんなことはない。俺は正しい。あいつの気合が足らんだけ。村一番の腑抜け男だ」


 俺はまた修行場での修行を再開していた。一応ほとんど毎日ここには来てるけど、最近は滞在時間が短くなってたんだよね。遊んでたから。でもそれも昨日で終わり。俺はまた本格的な修行をするのだ。訓練の質を高めるって話もあったけど、適度に休憩を休めば密度とかいらんね。その日の最後に向けて段々とギアを上げていく感じだ。だからウォーミングアップからのトップギアよりは、肉体には優しい気がする。無茶はいかん。ハードなだけのトレーニングは体を壊すのだ。


「第一、あの程度ならラナだって最初からやってたろ。ミレンとの違いは俺が急かすか急かさなかったか、それくらいだ。俺が付きっ切りで指導してやってるのに、体たらくを見せるあいつが完全に悪い。その程度の根性しかないなら頼んでくるなって話だ」


 そうなのだ。俺がまずミレンのカスにやらせたメニューは、ラナと同じただのランニングだ。最初の頃のラナは吐いて途中離脱していたが、それはこいつが元々運動してなかったって理由もある。その当時のラナよりも二つも年上で、しょっちゅう体を動かしてて、男で、俺に頭下げて頼んできて。それで即脱落って、何なんだよお前は。論外だよ。ラナは何だかんだ辛そうにしながらも、最初のランニングは普通に乗り切ってたからな。何で4歳のラナよりもやり通す意地がないんだよ。

 むしゃくしゃしてきた俺はストレス発散する。


「よし、ラナやるぞ。試合だ。今日もお前を地面に這い蹲らせてやる」

「そういうこと当たり前に言うよねライルくん。私、他の子と話してライルくんはおかしいって気づいたよ」

「俺はおかしくない! 天才なだけだ!」

「そういうとこだよ……」


 ラナは呆れたように言うが、こいつもちゃんと付き合ってくれるからノリがいい。どこかのアホと、楽して強くなろうと魔力で遊んでいる妹とは大違いだ。体を動かさねば強くはなれんぞ。

 俺は今日もラナに勝利して悠々と自宅に凱旋した。無敗記録続行中だ。でも最近ラナ強くなってんだよね。今日も少しだけピンチな場面があった。まあ最後は俺の圧勝だったけどな。ガハハ。




「わるかった! だからもう一回だけ、オレをきたえてくれ!」

「お断り」


 一ヶ月後、俺はまた根性なしミレンにお願いされていた。即断ったけどな。

 俺が断ったことでミレン君はあからさまに狼狽える。


「な、なんでだ?」

「お前どうせ諦めるじゃん。前だってすぐ脱落したし。俺が鍛える意味がないんだが?」


『ミレン君反省したんだ。謝れて偉いね。また一から頑張ろう!』なんて、そんな甘いことを俺が言うと思ったのか。言うわけないだろ。俺が甘い顔をするのは身内だけだ。ただのクラスメイトで、しかも一度俺の期待を裏切った野郎を簡単に許すなどあり得んわ。俺は根に持つ男だ。


「そ、それは……あんなのいきなりやれって、そんなのぜったいむりだろ!」

「ラナはやったぞ」

「……え?」

「あいつはお前より二歳も下の頃、四歳の時からお前にやらせた修行をやってたぞ。つまりお前は四歳のラナより意気地も根性もない腰抜けだってことだ」


 こういう奴ってすぐに絶対とか無理とか使うよな。んなわけないだろうが。おめーが惰弱なだけだ。無理ってのは不可能って意味なんだよ。自分がやり遂げられないだけの事柄に使う言葉じゃないの。つーか俺だってフルマラソンや100km走れとか、そんな無茶言ってないから。走れる範囲で限界まで走れって言っただけだから。その前に諦めるのはやる気がないだけだ。強くなりたいなら勝手に一人で自己満足な訓練でもしてろよ。俺に頼んでくるんじゃねえ。

 だがしかし、オレの言葉をミレンは信じなかった。


「お、オレがあんなやつより弱いわけないだろ!」


 ミレンはこちらを見ているラナの方を指差して言った。

 ムカついたは俺は、即座にそれを否定する。


「いや、お前は弱いよ。雑魚だよ。少し前のことをもう忘れたのか? お前だけだぞ。上級生との喧嘩の時に無様に地面に転がってたのは。ゴウル君みたいに押さえ付けられていたわけでもないのに」

「なっ……!」

「決闘の時だってそうだ。お前、いざという時に俺を盾にしようとしてただろ。ゴウル君は横に立っていたのにだ。それがお前だよ。弱いくせに口だけ達者。威勢だけよく吠えるだけ。そんなお前が誰かより強いわけないだろ。俺の中じゃお前はこの中で一番弱いよ。腰抜け」


 俺の口から飛び出た暴言の数々に、ミレンは途端に泣きそうな顔になった。それを両腕で覆って、なんとか隠そうとしている。それを間近で見て、俺も言い過ぎたかもしれない。なんてことは思わない。だって事実だし。

 大人気ないとは少し思うが、俺だって腹は立つのだ。こんな腑抜け坊主よりラナが弱いって、お前それは言わせんよ。あいつは俺の修行に唯一耐えた女だぞ。参加者は全部で三人だけど。そのラナを侮辱すんのは俺にそれを言うのに等しい。俺が怒るには十分な理由だ。こいつが大人なら、もっとメタメタに罵倒してる。挑発して決闘に持ち込んでボコボコにしている。これでも机を並べる仲間として手加減してるのだ。温情を与えているのだ。命拾いしたな。

 周囲を見守っている級友にも構わず、俺は容赦なくトドメを刺す。


「分かったんならさっさと……」

「ちょっとライルくん。それは言いすぎだって言ったでしょ」


 横から割り込んできたのは、幼馴染のラナちゃんだ。まあ、何か言ってくるならこいつしかいないよな。


「それには言い過ぎじゃないって返しただろ。てか馬鹿にされたのはお前の方だぞ。怒るべきなのはお前だろ。こんな泣き虫より弱いって言われたんだぞ。怒れよ。そんで殴れよ」

「それはミレンくんもムキになっただけでしょ。ライルくんの言い方もわるいし。そもそもミレンくんは初めにあやまったじゃん。なんでゆるしてあげないの?」

「俺はこいつを許してる。ただこいつのお願いは聞かないって決めただけだ。なのに言うに事欠いてあの発言だ。俺は怒ったね。お前の強さを馬鹿にするのは許さん。それは俺の努力も否定する言葉だからだ。だから俺も言い過ぎと思いつつもこんな言い方をしたの。お分かりかな?」


 俺の言葉を聞いてラナは顔を歪める。俺の発言の正当性を聞いて自分に正義がないのを悟ったのだろう。修行に続いて口でも勝ってしまった。また連勝記録が伸びた。まあこれはノーカンにしてもいい。俺は天才だからね。知能比べは勝負にならんよ。同じ舞台に上がってから再集計だ。

 反論する理由も言葉も失ったラナを見て、俺もお家に帰ろうとする。そう既に今日の授業は全て終わったのだ。だから俺は帰る。いつまでもここにいられん。今日もまた修行だ。


「……して」

「ん? なんか言ったか?」


 ラナが小さな声でなんか言った。聞き取れなかった俺はそれを聞き返す。


「私とケットウしてって言ったの。私がかったらミレンくんにあやまって」

「はあ?」


 何を言いだすんだこの幼馴染は。意味がわからん。


「決闘して欲しいのは伝わったが、ミレン君に謝れってのはどういう意味? 俺は何も悪いことしていないが?」

「弱むしとかこしぬけとか、色々言ったでしょ。それをあやまって」

「やだね。俺は俺が悪いと思ったことにしか謝らない。だからそこの弱虫で腰抜けの奴に謝る言葉なんか一つとして持ってないね」


 本当に何を言ってるのかねこの子は。謝れと言われて謝ったら謝罪に価値なんか無くなるだろ。自発的に言うから意味があるんだ。そしてその気は俺にはない。つまり俺は謝らない。

 俺が素気無い態度で断っているのに、しかしラナは強情だった。


「ケットウしてって言ったでしょ。私がかったら、ライルくんはそうしないといけないの」

「決闘っていうのは言ったら始まるものじゃないの。互いに譲れない要求を相手に押し通すときに行うものなの。俺に決闘する理由はありません。だから決闘はしません」

「それなら私しゅぎょうやめる」


 マジで何を言ってるの。というか何を勘違いしてるの。


「やめたきゃやめればいいだろ。俺はそもそもそれを誰かに強制したことはない。始めるも続けるもやめるも当人の自由だ。お前の好きにしろよ」


 ラナが修行をやめるのは残念だ。本当に心底残念だ。しかしそれだけだ。本人が望まない不可抗力でそうなるならともかく、本人の意思でそうするなら、俺が止めることは決してない。俺は最初からその気だ。来るもの拒まず去る者追わず。これを実行しているだけだ。ラナがやめるというなら、好きにさせる。そんなのは俺にとって一切交渉材料にならない。

 それがはっきりと伝わったのか、ラナは険しい顔を作った。


「……私がやめると、ライルくんのしゅぎょう相手がいなくなるよ?」

「そうだな。残念なことだ。それで?」


 俺はスタンスを変えない。こういうのは引いたら負けだ。弱みを見せたら食われるだけだ。強気な姿勢を維持しなければならない。まあ、動揺を表に出したとしても、最終的な答えは変わらんけどな。俺は絶対にこの決闘は受けない。

 ラナは難しい顔を作っている。俺の対応が予想外なんだろう。だろうね。俺もこんな理由じゃなきゃ、こいつと決別するような真似はしない。俺にとってラナは、最も旧く最も深い友人だ。人生経験は浅いけど。俺にとってもこの選択は不本意なのだ。切っ掛けを作ったアホに八つ当たりしたくなるくらいには。しないけど。


 俺とラナが視線を交差させていると、周囲でやり取りを見守っていた級友が声を上げた。


「ふ、二人とも、けんかはよくないよ」

「そうよ。あんたたち、なんでそんなにムキになってるの。あたま冷やしなさいよね」


 発言したのはコランダちゃんとサーレリちゃんだ。このクラスの俺的二大美少女だ。可愛い女子に窘められては、さしもの俺も続ける気にはならない。だからこの話は終わらせる。本当に何を熱くなってたんだか。

 かといって、このまま終わらせるのは違うだろう。正直、ミレンのアホで仲違いとかあり得ん。なんでこいつ程度に、俺の人間関係を壊されにゃならんのだ。腹立たしい。ラナがここまで強情な理由もそうだ。こいつが坊主頭のアホのためだけにここまでするとは思えん。惚れてるとかじゃないよね。流石にそれはないか。

 とにかく今回は俺が大人として、ラナのために少し折れてやらんこともない。俺はそう結論を出した。落とし所も、サーレリちゃんたちのおかげで見つけられたしな。


「そうだな。喧嘩は良くない。それに熱くもなってた。止めてくれてありがとう二人とも。そしてラナ。俺はお前の提案を飲むことにした。ただし、お前が勝ってもお前が出した要求は飲まん。それでいいなら決闘してやる。お互い賭けるものはなしの決闘だ。ただお前が勝ったら、実質俺が謝ったということにしていい。言葉は絶対に口にしないが、お前の勝ちは俺が謝罪を認めたという、そんな意味で捉えてもらって構わない。どうするラナ。この内容で決闘するか?」


 俺からの譲歩に、ラナは顔の険を少し和らげ返答した。


「……いいよそれで。私がかったら、ライルくんは自分が悪いって、そうみとめるんだね?」

「そうだ」


 ラナは俺が出した条件に合意した。俺も甘い男だよ全く。

 俺とラナの決闘が成立したので、俺は見届け人としてそいつに声をかけた。


「おいミレン、お前も俺とラナの決闘を見に来いよ」

「……」

「逃げるのは許さんからな。お前が原因でこうなったんだ。最低限見届けるくらいはしろ。男としてそれくらいの意地は見せろ。これ以上は言わんからな」


 俺は場所をいつもの修行場と決めて、決闘の開始時間は今から二時間後だと伝えた。そこそこ遠いしね、あそこ。そんでいち早く教室を後にした。ミレンのアホが来るかは分からん。でも来なかったらあいつとは二度と会話せん。

 そう決めて、俺は修行場までダッシュで駆けて行った。


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