第9話 保護者会談

 判決が出ました。俺、無罪。完全勝訴です。当然だね。


 決闘と言う名の雑魚との戯れから二日が経ち、俺は自身の身の潔白の証明に成功していた。当たり前と言えば当たり前なんだけどね。決闘罪とかあっても俺は無罪だしね。だって俺一度も暴力とか振るってないから。決闘罪は相手を害しなければセーフなのだ。だから俺は完全無罪。まあ俺を裁く奴がいるなら何様だよと言ってやりたい。法廷に呼ばれたら出廷するししてみたいけど、有罪判決が下されるなら話は別だ。そん時は踏ん反り返った裁判官の法服をビリビリに引き裂いてやる。国の碩学とか権威とか知らん。俺が一番だ。


 でもそんな無罪で優等生な俺であるが、なんとソーちゃんには保護者を呼ばれてしまった。は? なんで? ほんまに分からん。なぜこうなった。

 俺の左横には母が座っている。更に左にはソーちゃんだ。じゃあ向かいには誰が座っているのかというと、村長の息子と知らん女だ。状況から考えるに絶対村長の嫁だよな。普通に美人だ。なのに息子は微妙だ。父親の影響がありあり出てると判る。権力万歳か。手篭めにされた女一号か。悲しいがこれが現実。だから俺は最強となり、力とつく全ての頂点に立つのだ。

 ところで、ブサイクで金と権力のある男とイケメンで家庭的な男ってどっちが人気あるんだろ。イケメンを美少女に変えたら俺的には後者なんだが、雌は強い雄に惹かれるとか言うしな。案外権力者の嫁って幸せな部類なのかも。哀れんですまんな村長の嫁。謝ってやろう。


「えー、今回はチャリスくんと、ライルくんとの間に起こった喧嘩について話し合うため、二人の保護者の方に来て頂きました」

「訂正を求めます。喧嘩ではありません。決闘です。それか上級生から下級生に対する虐め及び一方的な暴行です。こちらは一度たりとも反撃はおろか攻撃さえしていません。双方に非のあるような言い方は慎んでください」


 俺からの先制ジャブだ。偉そうな爺は目を見開いている。小気味いいね。俺を子供と侮るからそうなるんだ。人を見た目で判断する人間って最低だよ。お前はどんな教育を受けてきたんだ。教育のやり直しを要求する。爺と机並べるの嫌だから一人で授業を受けてくれ。それか俺の席を譲ってやる。サッカーはともかく、勉強は変わらずクソつまらんままだ。

 俺が物申していると、隣の母に似て肘で脇を突かれた。脇というより二の腕だけどな。俺の体は小さいのだ。


「え、えー……それではモリストンさん、何か今のライルくんの言葉に、そちらから意見はありますか?」

「いいえ、ありません。チャリスの話と多少食い違う部分はありますが、どんな理由があろうと年下の子を一方的に殴ったのは事実です。こちらの全面的な非を認めます。──今回はウチのチャリスが申し訳ありませんでした」


 モリストンさんはそう言うと、チャリス君の頭部を抑えて頭を下げた。チャリス君は不満気な顔をしているが、ここで逆らう気はないようだ。声には出さんが、頭を下げさせられて謝罪の意を表明していた。まともやん。村長の嫁のモリストンさん良識あるじゃん。なぜその常識は息子に遺伝しなかったのか。顔面レベルと一緒に胎内に置いてきたのか。


「謝罪は受け取りました。私も今回の経緯はライル以外から聞いています。それによると、この子から挑発したという話も聞けました。確かに年下の子供を殴るのは良くないですけど、この子は平気そうにしていますし、今の謝罪でこの一件は水に流そうと思います。ただ今後このようなことが起こらないように、注意していただければと思います」

「ご厚意感謝します」


 双方の親はそう言ってこの話を終わらせた。いや、当事者は何も言ってないけどな。チャリス君は不満たらたらだし。まあ、俺は正直どうでもいいけど。だって個人的にやり返すつもりだし。謝罪も反省も必要ないの。懺悔の時間は数年残してやるよ。はよ済ませておけ。


「ウォルカーさんもこう言ったようですし、今回の話はこれで両者納得という形でよろしいですか?」


 この横で仕切り役みたいなことしてる爺さん。事なかれ主義みたいな部類だろこれ。両者納得って、してねーだろ。親の納得は子の納得か? ちげえだろアホンダラ。保護者の話し合いで全てが決まるなら俺をこの場に呼ぶんじゃねえ。大人たちで納得するまで話し合ってろよ。俺の貴重な放課後を奪いやがって。許すまじこの爺。そういえば俺の本名ってライル・ウォルカーなんだよね。この爺さん母を性で呼んでたし。村長の嫁は盛り盛りモリストンかと思ってたけど、普通に違ったね。


「では最後にチャリスくんとライルくんの二人は、お互いに謝って、仲直りしましょうか」


 は? 爺今なんて言った? 仲直りって言ったか? ボケてんのかよこの爺。お互いに謝るってなんだよ。謝るのはチャリスのアホだろ。なんで互いになんだよ。俺が謝る道理がどこにあんだよ。俺は被害者だろ。被害者に謝罪を要求するってどういう神経してんだよ。お前の末梢神経ズタズタに引き裂いてやろうか。

 なんか母に背中を押される。あんたもかい。向かい側ではモリストンさんがチャリス君の背中を押している。チャリス君は今もしかめっ面だ。反省してのかこいつ。こいつがその気ならええわ。俺も謝ってやるからな。それも正直に。

 俺は相手よりも先に謝罪の言葉を口にした。


「今回は、チャリスくんをブサイクな顔と言ってごめんなさい。チャリスくんは確かにブサイクだけど、正直に言うのは良くなかったです。反省してます」


 ニコニコと無邪気を装って言う俺にモリストンさんは驚いた顔をしている。チャリス君も似た感じだ。初めて親子似てると思った。

 俺は表情筋同様、内心でもええ気味だと笑っていると、いきなり後頭部をスパコーンと叩かれた。結構いい音がした。


「あんた何言ってるの!」


 そして母はまた俺を叩く。なんでやねーん。俺は謝れて偉い子なんだぞ。なんでそんな我が子を叩くんだよ。愛の鞭も振りどきを間違えればただの暴力ぞ。

 俺を二度も叩いた母は、また俺の頭を抑えて自分の頭も下げだした。


「馬鹿な息子が申し訳ありません! こういう子なので、どうか大目にみてください」

「い、いえ……子供は思ったことを言いますから。気にしていません。頭を上げてください」


 こういう子って、俺は母になんて思われてるんだよ。予想はできるけど。俺だってね、ブサイクだなんだって無自覚で言うわけないから。意識して怒らせるつもりで言ってるから。非常識なことを口にして『なんか変なことを言ったか?』 とか頭の悪い発言は言わないから。俺の行動は一から百まで全てが計算づく。ラプラスの悪魔ライルだよ。母の反応も想定済みだ。


「ほら、チャリス。ライルくんは……一応謝ったから。あなたも謝りなさい」

「……なんで俺がこんな奴に」


 そうだぞチャリス君。子供らしく拗ねてるんじゃない。ちゃんと謝れる男になりなさい。そもそもとしてあんだけ人のこと殴る蹴るしておいて、謝罪の一つも言えないとかあり得んから。人として。こいつほんとに何様って言うレベル。俺なんか悪口を一言、二言言っただけで謝罪を要求されて、謝っても更に追加の折檻を受けたんだぞ。俺がお前と同じことしたら絶縁レベルだろ。お前の家庭甘すぎだわ。なんかそう考えてたらイライラしてくるな。こいつのやった事って、そう簡単に許されるべきじゃないと思うんだが。まあいいや。借りはまとめて返すし、ここは美人なおばさんの顔を立ててやろう。だって俺は大人だから。

 結局チャリス君は、母親に強制され謝罪の言葉をボソッと口にした。母の力は偉大である。


「そ、それじゃあ二人とも仲直りできたので、今日はもう解散ということで。ウォルカーさん、モリストンさん、お二人ともわざわざご足労頂きありがとうございました」


 責任者っぽい爺さんの言葉で、この会はお開きになった。今気づいたけど、ソーちゃんってこの場に居たんだよね。空気すぎて気づかなかった。ちょうど母が壁になって見えなかったし。

 モリストン母子が退出するのを見送って、後で鉢合わせたら嫌だからタイミングをずらす。爺さんも部屋から出て行き、もう一分くらい待ってから俺も部屋を出ようと考えていると、ソーちゃん先生が母を呼び止めた。


「あの、ライルくんのお母さん。このあと少しお時間よろしいですか?」


 ソーちゃんからのお誘いに母は頷くと、先に帰ってろと俺を部屋から追い出した。仕方なく一人で帰ることになった俺は、サッカーやる時間もないので、仕方なく修行場に直行するのだった。




「呼び止めてしまってすみません、ウォルカーさん」

「いえ、問題ありません。私も少しお話ししたいと思っていましたから」


 二人しか残されない室内で、ソルーシャとライルの母マルタは、席を変えて向かい合っていた。


「それは、ライル君のことですよね?」

「はい。学校でのあの子の様子を聞きたいと、そう常々思っていましたが、今回の事件でその想いが一層強くなりました。あの子は上手くやれていますか?」

「ええっと、そうですね。取り敢えず私から彼の印象を話しますね」


 ソルーシャは話す。自身が目にしてきた、ライルという特異な少年について。

 ライルは6歳の子供である。それは誰の目から見ても疑いはない。当然自分の目から見てもだ。しかしその精神はただの子供だと断ずるには異様にすぎる。それはまるで成人した大人を思わせるような、理路が整った老成さを度々見せる。もちろん子供のような無邪気な一面を見せることも多い。ただそれにしても、それすらも計算づくであると思わされることが多い。彼女の人生経験で、ライルという少年を推し量るのは困難と言えた。


「それが私からライル君への率直な印象です。ご不快にさせたなら申し訳ありません」


 あなたの子供は子供らしくない変わった子である。言葉は多少飾ったが、それを口にした自覚のあるソルーシャは、最後に謝罪の言葉を付け足した。しかしソルーシャの内心とは裏腹に、我が子を異質と言われても、マルタは全く気にした様子は見せなかった。


「やっぱり先生の目から見てもそう映りますか」

「やっぱり、と言いますと?」

「あの子、ライルは本当に昔から変わった子でして。正確には3歳から4歳になる上がる頃だったか……その頃に、急に俺は最強になるんだと、強くなるための修行? を始めたんです。初めは私も子供ながらの幼稚な夢だと、そう思い暖かく見守っていたんですけど」


 マルタはそこで一度言葉を切り、困ったように笑って言う。


「……あの子の修行は今でも続いてまして。途中からは同い年のラナちゃんや、妹のミルカまで参加させているんです。ミルカは一度途中で飽きましたけど、またちょくちょく参加するようになってます」

「その修行と言うのは、どのようなものなんですか?」

「ライルは具体的なことは言わないですが、ミルカによると体を鍛えて、魔力を扱うようにするという内容だそうです」


 予想外の答えを聞き、ソルーシャは聞き間違いかと自分の耳を疑った。


「えっと、今魔力を扱うと言いましたか?」

「はい。ミルカはそう言いました」


 はっきりとしたその断定に、ソルーシャは今度こそしっかりと意味を理解した。


「それは……なんと言うか」


 それ以上の言葉は、彼女の口からは続かなかった。

 もし仮に、この魔力を扱うという修行をその辺の普通の子供がしているという、それだけの話ならば、ソルーシャの話はこれで終わっていた。子供らしい姿だと、そう笑って受け流していただけであろう。しかし、それがライルとなると話は全く違ってくる。子供らしからぬ、発達した知能を持つ彼ならば、この言葉が意味するだけの過程と結果を得ているのではないか。そう思ってしまった。


「それで……その修行の成果というのは、出ているのでしょうか?」


 その疑問をソルーシャは確かめずにはいられなかった。ソルーシャの疑問に、マルタはなんて答えたものか、曖昧に笑いながら言った。


「それが、詳しくは分からないんです。私が知っているのは、娘のミルカが私たちの前で魔力を光らせたくらいで、それがどの程度のことなのかも知りません。ライルに至っては、『時機に世界は知るだろう。その時を待っているといい母よ』と、よく分からないことを言って、全く修行の成果とやらを教えてくれないのです」

「……」


 ソルーシャはそれを聞き絶句した。聞いた内容は、あまりにも自分の常識と外れていた。別に魔力を可視化させて光らせるくらいソルーシャにもできる。その程度のことなら、ほとんど全ての魔法使いができるだろう。できなければまともに魔法など扱えはしない。魔法を使えない人間でも、そのような訓練を受けたならできる者は多いだろう。ソルーシャはミルカの年齢は知らないが、ライルの妹という情報から歳は高くても5歳程度だと予想した。そのくらいの子供でも、英才教育を受けたのならばできる者はいるだろう。そのような子供は大抵が親に優秀な魔法使いやダンジョン攻略者、冒険者などを持っている。貴族などもそうだ。だからその程度の初歩の技術を習得していても全く驚きはない。同年代に比べて多少早熟と言えるだけである。

 しかしこれがただの平民、親が貴族でも魔法使いでも魔法に詳しいわけでもない、普通の人たちならば話は全然違ってくる。それはつまり、全くゼロの状態からそれを始めて習得していたという話になる。それでもそういう天才もいるだろう。個人の資質の範疇なら、やはりそれほど驚きはない。しかし、その方法を他人、それもただの幼子にまで伝授するならば、それは異常と言うしかない。あり得ないと言って過言ではない事態だ。

 そこまで思考して、ソルーシャは考えを改め直す。別に今の情報からそれら全てが確定したわけではない。そう気づいたからだ。もしかしたら隠れて師を持っているのかもしれない。魔法に関する書物を持っているのかもしれない。ミルカがただ才能を持っていただけかもしれない。複数の可能性が思い浮かんだ。


「一応聞きますが、ウォルカーさんは夫妻どちらかが魔法使い、というわけじゃないんですよね?」

「はい。私も夫も魔法は使えません。夫は一度ダンジョンに入ったことがあるそうですが、その程度です」


 この世界には多種多様なダンジョンが存在する。攻略難易度の差は激しいが、その中には成人した人間ならば誰でも踏破可能なほど、低難度のものも存在する。そのため人生で一度はダンジョンに入ったことがあるという者は、ダンジョン大国のネイザールならばそれなりに多くいた。


「そうですか。ではその知識本。魔法や魔力に関する書物は、何か持っていたりはしますか?」

「簡単のものなら少しは。誰でも手に入れられるような、中等学舎なんかで手に入る程度のものは持ってます」


 魔法や魔力、ダンジョンや魔物などに関しての知識は、基本的に中等学舎以上で学ぶ内容となっている。これには魔物を殺すという、子供の情操教育に悪影響を及ぼす内容が含まれるためである。そのため一部の特殊な家庭を除く、一般家庭の子供には基本触れる機会のない知識だ。しかしその知識を何から何まで制限することはない。最低限知っておくべき知識として、魔法や魔物については大人たちが幼子に普通に教えているものだ。あくまで教育機関としてそうしない、というだけの話である。

 そして普通ならば、中等学舎で与えられるような教科書は、例えそれ以下の年齢の者が読んでも理解することはない。単純に読み解くという行為自体が困難だからだ。しかしそれがライルとなると、またもや話は違ってくる。聡い彼ならば、より高度の内容でも理解できてしまうかもしれない。ソルーシャはそう考えた。普段は授業を真面目に受けずに落書きばかりをしているライルであるが、問題を答えるように指名すると、迷わず正しい解答を口にする。ソルーシャは何度かそれを繰り返したが、その度に正しい解答を返されて、すぐにライルを教育するのを諦めた。相手がただの不真面目な生徒でないと悟ったのだ。

 そのような一幕もあり、ライルに関するある程度のことなら、ソルーシャも納得できるようになっていた。今回もそれが適用された。


「ならライル君は、独学で魔力に関する知識を得たと考えて良さそうですね。普通ならそんなことはあり得ないと笑うところなんですが……ライル君ですから」

「そうですね。ライルですから……」


 そう言って、教師と母である二人は互いに苦笑しあった。話題の少年は、常識では測れない相手であると理解した。

 そう結論を出せば納得できるもので、二人はその後雑談もほどほどに済まして、解散することとなった。

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