第8話 上級生をやっつけろ?
「おい、なんでお前たちがまたここにいんだよ。ナメてんのか?」
俺たちの前に現れていきなり粋がる村長の息子。俺はお前の逃げっぷりは忘れてないからな。格好つけても笑えるだけだぞ。
俺たちが外に出て的当てして遊んでいると、割とすぐにこいつらは運動場に出てきた。はえーよと思ったが、会議の時間が無駄に長かったせいだね。上級生との時間差は無くなった。
この悪ガキどもが出てくると、俺とゴウル君とギリギリミレン君以外は後ろへと下がった。俺の横に立とうとするゴウル君と違い、ミレン君は俺の斜め後ろだ。俺をいつでも盾にできるような位置を保っている。怖いなら逃げときゃいいのに。強がりマンめ。女子たちは最初から離れた場所でおしゃべりしてる。だから最初から退避済みだ。気の強い娘以外ソワソワした様子で見てることだろう。俺も背面に目はないから確認できん。死角を減らす修行をしようと思った。
「お前のブサ顔なんか舐めるわけないだろ。病気になるわ」
「なんだとテメェ!?」
いきなりブチギレて掴みかかってくる村長の息子。おい、どうなってんだよソーちゃん。普通に襲いかかってきたぞこいつ。頭がおかしいのか注意が厳重じゃないのか、どっちだよ。俺は両方だと思ってるね。
俺は反撃もせずまた胸ぐらを掴ませてやる。馬鹿は胸ぐら掴むの好きだよね。片手塞いで服掴むだけって、隙晒してるだけなのに。お前が大人なら膝小僧を蹴り砕いてるぞ。
「なあ、村長の息子君。お前は三日前にあったことをもう忘れたのか? 聞けば親に叱られたとか……」
「うっせえ!!」
喋ってる途中に殴られた。これで二度目だ。おいマジでどういうことだよ。なんでまた殴ってくんの。注意はどうした注意は。全然効いてないだろうが。今朝聞いたばっかだぞこの話。どうなってんだよソーちゃん! 早く俺を助けに来てくれよ。婚期が遅れる呪いを……それは無しだ。いいから早く助けてくれ。
「テメェ、前もふざけた態度とってくれたな。しつけが足りなかったか、おい?」
躾ってなんだよ。だからどこでそういう言葉を覚えてくんだよ。ってかまた軽くビンタしてきやがったし。軽かろうが重かろうが一回は一回だからな。俺はそう数える。だからお前は歯三本を覚悟しておけ。俺は借りは忘れん。絶対返す。
こいつが何か喋る度に、俺の顔に唾がかかってくるのがマジで気持ち悪いが、話を進めるために文句を言うのは後にする。
「提案がある。決闘しよう」
「あ?」
「決闘だよ決闘。知ってるだろ? 一体一の闘い。互いに代表者を出して、勝った方が自分たちの要求を通す。負けた方は相手の言う通りにする。これで全部決めないか?」
もう面倒臭いのでミレン君の案を採用することにした。だってこいつ頭悪すぎて、まともな会話が通用しそうにないもん。野生の猿畜生だもん。このままだと俺が決めた俺ルールを破ってしまうかもしれない。そうなるのは駄目だ。こいつは半殺しが確定するし、ワンチャン死ぬ。そういや小一で相手を殺すとどうなるんだ。前世の日本だと無罪になったりすんのかな。だったら転生者なら犯罪のボーナスタイムだな。やりたい放題だ。是非とも総理大臣にう○こ投げつけてほしい。政治的理由はない。一番偉そうだから。それだけ。
俺も殺す気は無い。相手を殺すのは殺されそうになるか、殺していいほどの敵になるか、どちらかだけだ。この村長の息子は歯を折る予定の相手だが、殺すほどではない。だから衝動での攻撃は抑えなければならない。そのための決闘だ。鬱憤を適度に発散するのだ。
「……いいぜ。ケットウは俺がやる。俺が勝ったらお前は俺のドレイになってもらう。今さらやめるって言っても遅いからな」
「言わんよそんなこと。それよりドレイってなにさ? 聞いたことないんだけど」
「俺の言うことをなんでも聞いてくれればいいんだよ。それがドレイだ」
ニヤつきながら村長の息子はそう口にした。
奴隷って言葉はこの世界にもある。悲しいことにね。だから多分俺たちの言葉は正確に通じ合ってる筈だ。俺が気になったのはそれが法的強制力を持つ、つまりは実際に奴隷制度なるものがこの国に存在するのか、ということである。もしこれが決闘として正式なものとして受理され、このアホが仮定の話として勝った場合、その決闘の制約の強制力として俺はどうなるのか。こいつが勝手に言ってるだけで、扱き使われるだけの下僕になるのか、モノホンの奴隷として身分を失うのか。それが不明なのだ。奴隷は今のところ聞いたことないから、その制度はこの国に無いとは思うが、確定ではない。もしかしたら本当に奴隷になるのかもしれない。別にいいけどね。だって負けるわけないし。こいつクソ弱いから。指一本でも勝てる。まあ勝つ気もないけど。自分ルールは適用中だ。恨みは未来にまとめて返すのだ。
「そっちの要求は解った。こっちから代表として出るのは俺だ。そんで要求は謝罪だ。お前たちが殴った俺の級友に頭下げて謝れ。許すかどうかは本人次第だがな。気持ち込めて謝れ」
「ハッ! お前みたいなザコに負けるかよ!」
後ろで感動したように俺の名前を呟いてるミレン君は無視。だって勝つ気ないし。言っただけだし。要求が叶うことはないだろう。精々この馬鹿どもの心変わりを期待してくれ。
それにしても馬鹿って哀れだな。言うに事欠いてこの俺を雑魚呼ばわりか。マジで年齢に救われたな村長の息子よ。お前が大人だったら、二度と固形食が食えないように下顎を粉々に破壊していたぞ。
決闘ということで俺たちは二陣営に分かれる。馬鹿側と天才俺側だ。俺の後方では級友たちが好き勝手に声援を飛ばしてくれる。「かてよー!」はいいが、「まけるなー!」はやめてくれ。俺が負けるわけないんだから。勝つとは言わない。そのつもりは無いから。
宣言通り向こう側の代表は村長の息子だ。こいつは権力者の子供ってだけでなく、武力でもガキ大将としてやってるのだろうか。こういうタイプはいかにも暴力偏重ってタイプの巨漢をそばに置いているイメージなのだが、こいつも成長過程にいる敵キャラってことかね。俺の敵には一生なり得んけど。
代表者が互いに前に出て、開始の合図も特に無いまま決闘は始まった。結局ソーちゃん先生は出てこなかったな。あの人なんなんだ。半日経たずに約束違えるって、人間性を疑われるぞ。
俺の顔に拳を炸裂させてくる村長の息子。俺はそれを避けずに受けてやる。俺の左頬に小さな衝撃が訪れる。これで四度目だ。目の前で俺に得意顔を向けてくるアホに、俺は顔を元の位置に戻して正面から見つめてやる。俺とアホの目が合う。気持ち悪い。相手も同じことを思ったのか、にやけ面から一転表情を歪めて再度殴りかかってくる。俺はそれも避けない。防御もしない。受けるだけ。
殴っても全く堪えた様子のない俺に、村長の息子は左手も使って殴ってくる。俺のやり返しカウンターがすごい勢いで溜まっていく。自殺志願者かな? 顔に加え、胸、腹、下半身と、足まで使って攻撃してくる。金的も蹴られた。こういう決闘とか喧嘩って、そういうの無しじゃないの? こいつの頭はどうなってんだ。ガチで正気を失っとんのか。
最初は俺が殴られる度に悲鳴が後方で上がっていたが、殴る回数と反比例するようにそれは収まっていった。いや応援しろよ。無意味だけどさ。結果はどうせ変わらない。でも応援しろよ。味方だろ。応援ってそういうもんだぞ。
俺がそうこう考えてると、なんか髪まで引っ張って顔を殴ってきた。マジで容赦ないよ。とんだワルだよ。ここまでの悪党は会ったことないよ。普通そこまでやるか? 道徳とかフェアプレイ精神とか、あの世に捨ててきたのか? お前はサイコ野郎なのか? 野生のバーリートゥードか?
こいつがシリアルキラーになる前に殺すべきか考えていると、いつ間にか攻撃の手は止まっていた。見れば村長の息子は息切れして膝を曲げていた。体力なさすぎか。マジで雑魚だなこいつ。なんでこんな弱いの。ミレン君じゃ無理でも、ゴウル君なら勝てるんじゃない? 流石に無理か。この年齢で二歳差は隔たりし壁だ。俺やラナみたいに特殊な訓練を積まないと、それを超えるのは無理だろう。いや、世界は広いしナチュラルボーンでクソ強い奴もいるかもしれん。ドラゴンの生まれ代わりみたいなの。要注意だな。ドラゴンを軽く殺せるくらい強くならんといかん。
「お、お前……なんなん、だよ……?」
「なに? 降参って言った? もっと大きく言わないと聞こえないんだが?」
「ヒッ!」
俺が耳に手を当てて聞こえないのポーズをしながら一歩近づくと、それだけで奴は後ろに下がった。ビビり過ぎだろ。俺は攻撃する気は無いし勝つ気も無いが、相手が勝手に降参すると言うなら話は別だ。馬鹿どもの謝罪をタダで受け取ることができる。ぶっちゃけいらんけどな。やり返す予定だから。でも級友たちにはいい土産になるだろう。俺はイケメンだから心もイケメンなのだ。
相手がビビって近づいて来なくなり、かといって降参宣言もしないという、見世物としては非常に退屈な展開になったところで、ようやく、ようやくになってソーちゃんが来た。今回は男性教師がもう一人おまけで付いている。誰だよ。こいつらのお守りか?
「こらー! 何やってるのあなたたちー! やめなさーい!」
ソーちゃんが、前回と同じ気の抜けるような声で制止を求めてくる。俺は何もしとらんけどな。俺良い子。村長の息子と頭の悪い仲間たちは、今回は逃走を選ぶことはしなかった。なんか普通に固まってる。そんなに男の教師が怖いのかよ。俺はソーちゃんで良かった。
「おい! お前たち、ここで何をしている!」
男のおっさん教師が近くまで来て怒鳴りつけてくる。その威圧感に悪ガキどもは青い顔で萎縮している。こわー。おっさんマジで怖い。俺が普通の子供ならこのアホどもを笑えないね。そんな雰囲気を醸し出している。俺はクラスメイトたちはどうだろうと振り返ろうとするが、その前に立ちはだかる壁ができた。
「ライルくん! 一体何があったの!? あなた血が出てるわよ!」
血が出てる? そんな筈はないと顔を触ってみると、確かにそこには赤い液体が付着していた。マジで血ぢゃん。嘘ん。俺は血を流したのかよ。無傷だと思ってたのに。よく触ってみると、どうやら唇の端を少し切ったらしい。なんだその程度か。それでも負傷だけど。これはセーフの内に入るだろう。クソ雑魚チンピラ相手に流血って、実質俺の負けだったからね。でもこの傷はおそらく俺の歯で切っただけだから問題ない。これはただの自傷行為。雑魚に付けられた傷ではない。
俺がそれを一人納得していると、ソーちゃんが俺の顔を触ってなんかした。なんかっていうか、ソーちゃんの手から水が出てきた。え? これ魔法? これ魔法だよね? 人生で初めて魔法を見た。
「これで一応は良しっと。後は保健室に行って簡単な手当てをしてもらってね」
「ねえソーちゃん、今のって魔法?」
俺は怪我なんかどうでもよくなりそれを聞いた。
「だからその呼び方……まあ今はいいわ。そうです。私が今使ったのは水の魔法です。あんまり大したことないできないけど、傷口くらいなら洗い流せるわ」
「おおー」
本物の魔法の存在に俺の口から思わず関心の声が漏れる。ソーちゃんはそんな俺の反応に苦笑して、ここで何があったのか聞き始めた。
「それで何があったの?」
「俺があいつらに仲間を殴るのはやめてくれって言ったら、うるせぇ! って言って俺を殴ってきたんだ。すごい痛かった。でも我慢した。俺良い子だから」
「そ、そうなの……? ええっと、あなたたちライルくんが言ってるのは本当のこと?」
「いえ、ウソです。自分からケットウを仕かけて殴られてました」
簡単にバラすんじゃない。せっかく全てをあいつらに押し付けられるチャンスだったのに。ラナの奴め。何がそんなに気に入らんのだ。修行と称して殴ってるのがいかんのか。だがそれも修行だ。苦痛なくして精進なしだ。武の道は険しいものなのだ。俺の発言をあっさり嘘だと教えられたソーちゃんが、俺にジト目を向けてくる。
「なんでそう、すぐバレる嘘をつくのかな? ライルくん」
「魔法を見たので興奮してしまったんです。許してください」
俺はすぐそう謝る。仕方がないので頭も下げる。俺が嘘をつくかどうかは相手次第だ。仮に真実とは異なる内容だとしても、相手がそれを真実だと認識していれば偽りも真実となる。つまりだ。ここでラナが余計なことを言わなければ、ソーちゃんにとっては俺の言葉が真実になったのだ。つまり俺は嘘をついていないということになる。裁く人間がいなければ、犯罪じゃないのだ理論である。
「また適当なこと言ってるでしょ? でもあなたが殴られたのは嘘じゃなさそうね。相手の言い分次第では、また問題にしないといけないわ。取り敢えず今日はこのまま解散にします。明日また詳しい話を聞くので覚悟しておくように」
ソーちゃん先生にそう言われたので俺は帰った。保健室なんかは寄らない。もう傷は塞がったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます