第7話 上級生をやっつけろ

 俺を殴りやがったあの悪ガキには厳重注意が下されました。以上です。は?


 俺たちが上級生に虐められてから三日、担任のソーちゃんからそう告げられた。

 厳重注意ってなんやねん。そこは停学やろがい。小学校にそんなのあるか知らんけど。でもさ、一方的に絡んできて、掴みかかってきて、殴って逃亡。これで注意はおかしかろうよ。しかも結論出すまでに中二日って。仕事遅すぎだろ。田舎だから動きもスローペースなのかよ。お前らカタツムリの遺伝子混じってんのか。


「はい。質問がありますソーちゃん先生」

「何ですかライルくん。それとソルーシャ先生と呼びなさいと何度も言っているでしょう。何度目ですかこの会話は」

「すみませんソルーシャ先生。俺が聞きたいのは厳重注意の内容です。先日の一件のような事は、もう繰り返されないのでしょうか?」


 俺の質問にソーちゃんは先生は渋い顔を作って黙りこくる。何でそこで黙るんだよ。それもう絶対そういうことじゃん。どうなってんだよ田舎の遵法精神。

 先生は俺の質問に言い澱むようにして答えた。


「……親御さんの方から注意をする、と私は聞いています。で、ですが安心してください……! 私がみなさんをちゃんと守りますので!」


 ソーちゃんは気合を入れてそう言うが、完全な精神論だ。でも実際どうなのだろうか。あいつら教師からは普通に逃げてたし、その辺の刷り込みは完了してそうなんだけどな。生徒は教師を恐れるものであるみたいなの。これが権力者の息子とかだと話は別だけど、村長ってどうなんだ。村の中だと一番偉いけど、そんなに権力者ってイメージは正直ない。『儂は村長偉いんじゃぞ! 村中の見目のいい若い娘は全部儂のもんじゃ! アヒャヒャ!』的なイメージと『すみません……今年は不作が続きまして、どうか税の免除のお願いを……ヒッ! そんな御無体な! お許しを! お許しを!』的なイメージの二つがある。俺的には後者の方が印象が強く残っている。ここの村長はどっちなんだろうか。まあ、ある意味親に怒られるのは一番辛いしな。もしかしたら反省してるかもしれんし、俺はどっちでもいいけどな。あいつらの今後を見て決めよう。殴るのは確定事項だけど。


 そういうわけで今日も授業が始まる。事件の翌日である二日前は暗かったガキンチョも、三日経てばケロっとしたものである。トラウマにならなければ子供なんてこんなもんさ。

 ということなので、俺は今日からまた彼らをサッカーに誘う。気落ちしてた時は流石に空気を読んだけど、多分もう大丈夫だろう。ソーちゃんからも勇ましい言葉が聞けたことだし、もしまた虐められたら存分に守ってもらおう。




「え? リベンジマッチ? なぜ?」

「けっとうだよ、けっとう。じょうきゅう生のやつらと、けっとうするの」


 放課後行われた緊急クラス会議。参加者は俺のクラスメイト全員。サッカーしたかったけど、全員が集まっているので仕方なく俺も付き合った。

 その会議で出た内容が、上級生のアホどもに決闘を申し込むというものである。こいつら馬鹿か?


「えっと、けっとうしてもあいては三ねん生だし……」

「オレがまけたのは、アイツらがふくすうだったからだ! 一たい一ならオレがかってた!」


 そう意気込むのは先日ボロ雑巾になっていたミレン君である。言うほど複数だったか? ゴウル君が言うならともかく、お前は村長の息子一人にのされてただろ。どこから湧き上がるんだよその自信は。頭空っぽでそこに勇気を詰め込んだのか? それ無謀な馬鹿が出来上がるだけだぞ。


「あんたバカね。そんなこと言ったって、かてるわけないじゃない。あいては三ねん生。あたしたちより二つも年が上なのよ。またまけるだけでしょ」


 今の発言をしたのは、俺的クラスナンバーワン美少女のサーレリちゃんだ。彼女はソーちゃんのくすんだ色の金髪とは違い、明るいブロンドの髪を背中まで流している。勝気な目をして、そんで耳がややとんがっている。そう、エルフの娘なのである。正確にはクォーターだ。なんでも父親がハーフエルフで、ヒュウムの女と結婚したとからしい。

 この世界、割と人種間の結婚に寛容である。排他的なエルフは人間との間にできたハーフエルフを蔑む、みたいな事はあんまりないみたいなのだ。共生派と呼ばれる彼らは、人間と当たり前に生活して子を成している。対して自分たちの血を守ろうとするのが純潔派だ。こちらはなかなか厳しいらしい。詳しくは知らんが、なんでもエルフの血が薄まると生来使える魔法が使えなくなるとか。魔法使えるんだよねエルフって。しかも生まれつき。ずるいだろ。

 そんな彼らは人種としての優位性を保つために、異人種との交配を避けるのである。へーって感じた。ちなみにサーレリちゃんは魔法を使えないらしい。普通の人間より魔力は多少多いがその程度。パパさんは使えるとかなんとか。だがどのレベルかは知らん。サーレリちゃんは『パパは前にダンジョンの攻略者をやってたのよ。ふふん』って言ってたから、そこでは通用するレベル。だがそこで更なる魔法の力を手に入れたかもしれん。ハーフエルフの魔法的才能は不明だ。当然エルフも。この村にはいないからね。それとエルフエルフ言っているが、この世界でエルフっぽい人種はフォレセと言う。エルフじゃ通じない。


「じゃあおまえ、何かあんがあるのかよ」

「そんなの、何もしないでいいじゃない。先生にまかせればいいわ」

「そんなこと言って、おまえビビってるだけだろ! フォレセのくせに!」

「なんですって!」


 ミレン君の軽率な発言のせいでサーレリちゃんがキレた。どっちにキレたかって問われれば、間違いなく後ろの発言にだろうよ。フォレセというのは生まれつき魔法が使える。ヒュウムなら親か先祖が強力な魔法使いでなければ、生まれつきは使えない魔法をだ。つまりフォレセは人種強者なのだ。生まれながらのSR確定みたいな存在だ。おまけに美形だ。あくまで俺の美的価値観ではの話だが。つか他のフォレセ知らんので比べられん。俺のフォレセ像はサーレリちゃんだ。うん、美形だ。

 その美少女のサーレリちゃんだが、彼女は言うまでもなくクォーター。生まれつき魔法の力は宿していない。そんなサーレリちゃんをフォレセ呼ばわりは良くないだろう。だって魔法使えないんだもん。例えば猿に、『この人間やろう!』って言うようなものだ。猿は怒るだろう。自分が猿であることに誇りを持っているなら尚更だ。モンキー魂である。サーレリちゃんも同様の筈だ。ヒュウムとしての誇りに対してなのか、クォーターフォレセとしての劣等感なのか、その辺は判らんが、どっちだとしても俺は可愛いサーレリちゃんを応援したいと思います。


「二人とも、ケンカはよくないよ。おちついて」


 そしてようやく登場。俺の幼馴染の中の幼馴染、ラナである。彼女は俺の幼馴染第一号として毅然として仲裁する。ラナの言葉でサーレリちゃんは一応クールダウンして、ミレン君は拗ねてそっぽを向く。ガキだねぇ。

 喧嘩を仲裁したラナが一息ついて、俺に水を向けてくる。


「ねえ、ライルくんはなにかいい案あったりする?」

「ラナが上級生をぶちのめして来ればいいと思うよ」

「……」


 俺の簡潔で明快な意見を聞いて、ラナの顔から表情が消えた。急に真顔になるのって怖いよね。誰がやってもこれは怖いと思う。


「ら、ラナちゃんがそんなことできるわけないよ。なんでそう言うのライルくん?」


 肩ほどの長さまでしかない暗い髪色の少女が、そうラナを擁護? した。彼女はノールちゃん。我がクラスメイト最後の一人だ。根暗っぽい見た目と性格をしている。なんだか昔のラナを思い出す少女である。伸ばせば光るかもしれない。ラナ二号だ。


「俺はこいつの幼馴染だから知ってるんだ。こいつはすごいつよ──」


 俺の顔面に向かって筆記具が飛んできた。ペンとか入っているアレだ。それが俺の顔面に直撃した。投げたのは当然俺の暴力幼馴染である。え? ここで暴力要素追加されるの? って感じだ。確かに物語の本編とかだと、主人公もその幼馴染も十代半ばである事は多い。だからラナが幼馴染キャラとして成長過程にある事は当然なのかもしれない。油断した。それはこの痛みとともに記憶しよう。


「え? え? ラナちゃん?」

「ノールちゃん。ライルくんのことは、放っといていいから。ね?」


 ラナの笑みにノールちゃんはゆっくりと頷いた。俺の言葉が目の前で証明されたというのに愚かな奴め。そうして人は正義を忘れ、悪の道に慣れるのか。通行禁止の看板を置く人間は一人くらいいないのか。終わりだよこの教育機関。


「で、けっとうだよけっとう。アイツらにけっとういどむんだよ」

「だからそれはムリって言ってるでしょ」

「オトナをたよったら?」

「それもムリじゃない? あいてはそんちょうのムスコなんでしょ?」

「もうかかわらない方がいいんじゃ」

「そんなことよりサッカーしようぜ」

「……かえりたい」


 帰りたいじゃねえだろオッピー君。俺とサッカーするんだろ。帰さんぞ。

 その後も続く緊急クラス会議。だんだとダレてきた雰囲気が漂ってきた中で、俺は仕方なく最良と言える案を出した。


「いいからサッカーしようぜ。それで全部解決するだろ」

「ライルくんそればっかりだね。それよりさっかーってなに?」


 三つ編み少女ピーニャちゃんに突っ込まれてしまった。そうか、サッカーじゃ通じないんだよな。今思い出した。仲間内だと俺がサッカーサッカー言ってるからそれでもう通じるんだけど、異世界の常識ってそうだった。認知の死角だ。

 呆れる彼らに向かっておほんと俺はわざとらしく咳をする。


「まあ聞きなさい。真面目な話だ。サッカー……じゃなくて球蹴りをする理由は、別に俺がそれで遊びたいわけじゃない」

「でも遊びたいんでしょ?」

「そうだ。じゃなくて。ちょっとラナは黙ってて。……俺たちが球蹴りをすると、上級生はまたやめさせにくる。俺たちに譲れと言うだろう。そこを利用する。あいつらは先生が言ったように、親から怒られたばかりの筈だ。だから話が真実なら、今も反省中の可能性は高い。つまり三日前みたいに、暴力で無理やりとはいかないと思う。そこで俺たちは球蹴りを続ける。暴力がないから安心して遊べる。あいつらは俺たちをどかす術がない。だって怒られたばかりだから。また俺たちを殴れば、親からのもっと酷い罰が待ってる筈だ。だからあいつらは俺たちが遊ぶのを邪魔できない。こうして俺たちの勝利となる。決闘とか危ないことをする必要は全くない」


 どうだ完璧な作戦だろう。名付けて居直り作戦だ。暗黙の了解とか知ったこっちゃない。俺が遊びたいから遊ぶんだ。上級生だろうと譲ってやる道理がどこにある。そんなに球蹴りしたいなら自宅でやってろ。村長なんだし庭広いだろブルジョワめ。

 俺の提案に半分はポカーンとして、ラナとかサーレリちゃんとか、一部の知能が高い子供は頷いている気がする。天才すぎて俺の思考速度に着いて来れなかったか。悲しいかな。これが天才と凡人の差だ。ギフテッドライルと呼んでくれ。


「よくわからんが、ライルの言うとおりにすれば、アイツらにかてるんだな?」

「おうよ。仮に失敗したら俺がお前らを代表してこの問題を解決してやるぜ。大船に乗ったつもりでな! ガハハ!」

「……やっぱコイツってバカよね?」

「ライルくんだもん」


 この不世出の天才様に向かって誰が馬鹿じゃ。美少女でも俺は容赦せんぞ。ラナは修行で殴ってるから許す。こいつとは拳で語る関係だからな。拳友こぶともよ。


 俺たちは俺の作戦に従って運動場へと移動した。なぜか女子も着いてきた。

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