第6話 異世界スクールカースト

 入学から三ヶ月が経過しました。時間の流れは普通です。早く俺を大人に戻してくれ。


 俺もようやく退屈な学校生活に慣れてきた。たぶん。心が死んだわけじゃない。

 同じクラスの連中ともそれなりに話すようになった。こいつらは天才の俺より馬鹿なだけで、悪い奴らじゃない。付き合えばまあまあ話せる奴らだ。

 そして現在、俺は十人しかいないクラスメイトを代表して、上級生の一人と決闘することになった。どうしてこうなったのか。時間は少し遡る。




「おいお前ら、そこどけよ」


 俺たちが授業の終わった放課後、無駄に広い運動場っぽい場所でボールを蹴って遊んでいると、身体の大きなガキンチョに突然そんなことを言われた。

 その前にどうして修行で忙しい筈の俺が、同級のガキたちと一緒になって球蹴りなんかに興じているのかというと、子供だからである。子供は遊ぶものだ。それが子供にとっての常識。当たり前体操である。体だけ同年代の連中と一緒になって、サッカーみたいなことをして楽しいとか思っているわけじゃない。全然そんなことはない。


 俺たちが遊んでいるとこに来て、そんな寝ぼけたことを抜かすのは、同じ初等学舎に通う上級生だ。それも多分三年。だって四年生っぽい奴らはむこうにいるもん。反対側だ。そんで五、六年はまだ授業中の筈である。最後の一時間中だと思う。二年はどこだろうね。どこかだろうね。

 こんなに無駄に広い運動場でどうしてこいつらがイチャモンじみたことを言ってきたかというと、それはおそらくここに的があるからだ。ゴールじゃなくて的。中心部に円心が描かれたそれは、ボールをぶつけるための壁である。学校を覆ってる簡素な石壁とは違う、ボールをいくらぶつけても壊れない丈夫な壁である。スベスベして平べったいからボールもあんまり傷まない。その的壁はこの小さい学校には二つしかない。一つは反対側ね。三つとか四つとか買えよ大人たち、とか言っちゃいけない。村の財政だって潤沢ではないのだ。こんな的壁でも六十人程度の学校にポンポンと何個も買うわけにはいかない。そんなのよりも必要とするものはいくらでもあるのだろうから。


 俺たちも別に、上級生がここで遊ぶのを知らないからこの場所でボール遊びなんかをしているわけじゃない。むしろ逆。上級生優先の不文律があるからここで遊んでいたのだ。授業が三年生以上よりも早くに終わる一、二年は、上級生が授業を終わる時間までしか遊べないのだ。だからこうして三年がやってきたら譲らなければいけない。仕方ないね。下級生だもん。目上には遜らんと生きていけないのだよ。俺は天才で最強で大人だが、これに関して特に文句は言わない。小さな子供の縄張り争いだもん。大人な俺は黙って見守るよ。大人気ないしね。


 ルールはルールと、俺たちは撤収の準備をする。俺としても丁度いい。だっていつまでも遊ぶわけにはいかない。これでも修行をサボっているわけではないのだ。放課後のほんの一、二時間を、遊ぶという子供らしい一面に費やしているだけだ。俺の両親もきっと俺が無邪気に遊んでいると聞いて安心していることだろう。

 俺がこの後の修行のことを考えていると、なんか上級生の一人がこっちの一人に絡み出した。


「おい、お前なんだよその顔は。文句でもあんのかよ」


 チンピラみたいな絡み方だな。これ小学三年か? こいつら8歳か9歳だよな。誰からこんな態度教わるんだろう。都会だったらぶいぶい言わせてるアゲアゲな連中から悪い遊びを通じて学びそうだけど、ここは田舎だぞ。そんな半グレ連中は存在しません。いや、いるのかもしれん。俺も自分の住む村だがそういうのは全然知らん。俺の行動範囲って自分の家とラナの家と修行場周辺って、そんな感じだしな。ここ数ヶ月で広がったけど、まだ半分も村のことを知らんと思う。誰がどこに住んでるかは全く知らん。マジで知らん。お隣がラナの家とコプランド夫妻の家ということしか知らん。


 それで田舎のチンピラ小学生Aに絡まれているのは坊主頭だ。うちのクラスに坊主頭は二人いる。そのサルジ君じゃない方、ミレン君だ。ミレン君は俺から生意気クソ坊主の異名を取るクソガキだ。最近はボールという友達を介して分かり合っているが、やっぱり小生意気さは今でも変わらない。その生意気さが上級生に向けられてしまったのか。俺はそう推理した。どうも、名探偵のライルです。


「おい! ミレンをはなせよ」


 勇ましく突っ込んだのはミレンと同じ、クラスのやんちゃ者ゴウル君だ。彼は同年代の中じゃ一番背が大きい。髪は坊主じゃない。短髪と言えるだけの長さを持つ程度はある。

 そんな同年代最高の少年ゴウル君でも、二歳も上の上級生相手ではその優位は全くあてにならない。成長期だからね。ここは異世界で田舎のくせに、粟とかヒエとかそんな過去日本で貧乏人御用達の食べ物だったものを食わなくていい。普通に現代日本に近い。流石に肉や海産物が豊かというわけではないが、毎日ガキの腹を満たすくらいの食料自給率は保っている。だから田舎のガキでもすくすく育つ。すごいよネイザール。貴国には名誉日本国の称号を最強の俺から与えよう。もし日本と繋がったら仲良くしてあげてね。


「あ? なんだよ。お前も年上の俺たちに逆らうのか?」

「せ、先生をよぶぞ……!」


 で、出たー。子供の喧嘩の奥の手、先生を呼ぶぞ。子供の喧嘩じゃ強すぎて、禁止カードに何度もなりかけた禁じ手。使うのは大抵が弱い方だからそれは見送られてる反則級の手だ。

 その先生を呼ぶぞ作戦に、悪ガキどもはニタニタと笑っている。おい、そこはビビれよ。先生だぞ。ソーちゃんだぞ。優しいソーちゃんでも怒ったらお前らを半殺しにできるからな。笑ってる場合じゃないぞ。


「呼びたきゃ呼べばいいだろ」

「ほ、ほんとによびに行くぞ!」

「言っとくがな、俺の親父はこの村の村長だからな。教師なんか関係あるか」


 で、出たー。子供の喧嘩の最強手、俺の親は権力者だぞ。『俺は上級生に伝手があるんだぞ』とか、『他校の有名なワルに繋がりがあるんだぞ』を抑えて君臨する最強のカード。まさに切り札。有名なのだと、俺の親父はお前の親父の会社の社長なんだぞとか、与党の代議士や警察庁長官なんだぞとか、とにかくやたらと法治国家日本でも力を発揮した一手だ。憲法上の平等が保障されていた前世界でも殿堂入り級の禁止カードだったのに、完全な身分制度があるこのネイザールでは、最早出せば決着のクソカード間違いなしである。正直村長にどの程度の強さがあるのかは知らんが、こいつらの自信から相当強力なカードに違いない。対抗手札が無ければ敗北は必至だぞ。


「ず、ずるいぞ!」

「先に教師を呼びに行くって言ったのはお前だろうが。ずるいのはどっちだよばーか」


 確かにね。禁じ手の切り合いを始めるキッカケを作ったのはゴウル君だ。だからこの敗北は仕方ない。でもさ、上級生が下級生に手を上げるのはどうなのよ。俺はいいよ。だって最強だもん。弱い者いじめがいかんって言われても、俺より弱い者しかいないんだから、俺は仕方ない。でもお前らは駄目だろ。俺じゃないんだから。最強になってから出直せよ。まあ、俺が生存している間は不可能だけどな。ガハハ。

 そうこう言い合ってるうちにミレン君が殴られた。殴られたのと手を離された影響で、彼は背中から強く背中を打つ。そのまま地面の上で身悶えている。ミレン君ダウンだ。

 実際にクラスメイトが手を出されても俺は動かない。だってやっぱり子供の喧嘩にしか見えないから。今のこいつらの動きを見て確信したけど、こいつらやっぱクソ弱いよ。ラナより全然雑魚だ。ラナなら十秒で皆殺しにできるレベルだ。そんな程度。ミルカは知らん。あいつはまた最近になって修行に参加し始めてたけど、全然成長を感じない。兄は悲しいよ。

 そういうわけで、俺は観戦続行だ。安心してくれミレン君、ゴウル君。仮に君たちに後遺症が残っても、級友の誼でポーションとか回復薬らしいものを手に入れてきてあげるから。いつになるか知らんけど。でも無料であげるから許してちょんまげ。


 ミレン君が殴られたせいでいよいよ危機感を感じたのか、ゴウル君が突然走り出した。方向は校舎だ。遠回りするように彼らを避けて、そちらへと走っていく。


「おい! にがすな!」


 ボスガキの号令一下で、他のガキどもがゴウル君の行き先に回り込む。ゴウル君はあっさりと捕まった。と思ったらまた一人走り出した。オルジョ君だ。髪が俺たちの中で一番長い彼は、そうは言っても肩より上だが、ゴウル君が捕まったタイミングに合わせて叫びながら校舎に向かって突っ込んでいった。しかしながら、その走りは遅かった。オルジョ君足遅いんだよね。背も一番低いし。その分顔はまあまあかわいい気がする。この年齢なら女装も許されるだろう。

 そしてあっさり捕まるオルジョ君。ミレン君は地面に倒れ、ゴウル君は二人掛かりで押し倒されている。残りは俺と坊主のサルジ君とオッピー君だ。三人とも動けないでいた。だって五人の中で最強のミレン君とゴウル君があっさりやられちゃったんだもん。謎の権力者の息子ムーヴもあったし、ビビっちゃったのかも。

 俺は違う。俺はこんな雑魚には宇宙がひっくり返ってもビビらない。俺が動かないのはどうするか決めかねているだけだ。正直もう見たいものは見れたので帰りたい。子供の喧嘩って怖さや迫力はないけど、子供なりに考えて喧嘩するから、見ててまあまあ面白い。不良の喧嘩みたいに痛々しさや血生臭さもないし。小さい子が頑張ってて可愛らしいというか。だから俺個人の楽しみはこれで終わった。

 じゃあ後はどうするかというと、それが困るのだ。先生を呼びに行くのは簡単だ。俺が走ればこいつら程度には目を瞑ってたって捕まらん。でもね、俺は大人だからさ。子供の喧嘩に介入したくないんだよね。こういうのを乗り越えんと強くなれんし、成長の機会を奪っても悪い。泣いたっていい、負けたっていい、重要なのはそこから這い上がることだ。今世の俺の言葉である。心の格言に残しておこう。


 俺が色々考えていると、突然目の前に影が差した。そして俺の服の胸元の襟が引っ張られる。


「てめぇ、なんだよその面は?」

「はい?」


 俺は村長の息子にいきなり絡まれた。襟を引っ張られたけど抵抗はしない。だって破けたら嫌だもん。母に怒られる。てかさ、面ってなんだよ面って。なんだよこいつ、イケメンの俺に嫉妬してんのか。ブサイクの僻みは滑稽なだけだぞ。


「はい、じゃねえだろ。生意気な面しやがって」

「生意気じゃなくて知的でハンサムなんだよ。自分より顔のいい人間を見るのは初めてか? お前の鏡には映らなさそうだもんな」


 俺は手は出さないが口は出す。俺の手加減に言葉は含まれないのだ。

 そんなことを言ったら殴られた。左頬だ。あいつは右手で俺の左頬を殴り飛ばした。俺はそのまま地面に倒れた。この時一つのことが決定した。俺はこの自称村長の息子の右頬を、必ず自分の拳で撃ち抜くと。そう決めた。

 しかしそれは今じゃない。だってこれは子供の喧嘩だから。そういう理由で静観してたのだ。ここでやり返すのは俺ルールに反する。だからこいつが二桁年になるまで俺の拳はお預けだ。覚悟しろよ。お前の奥歯を必ずへし折ってやるからな。

 大して痛くもない頬をさすりながら俺が地面に倒れていると、「おーい! 何やってるのあなたたちー!」と、聞き覚えのある女の人の声が聞こえた。

 校舎の方角から走ってくるのは、我らが担任ソーちゃんだ。来るのが微妙に遅い。そうならば、このクソガキ大将の奥歯は守られたのに。ソーちゃんは悪くないけどさ。

 ソーちゃんという教師の姿を確認すると、今の今までイキリまくってた悪いガキどもは、焦ったようにして地面から自分の荷物を拾い上げ、一目散に敷地内の入り口方面へと駆け出していった。脱兎の如しだ。村長の息子も逃げるのかよ。お前は残れよ。そんで村長を召喚しろ。

 ソーちゃんは「こらー! 待ちなさいあなたたちー!」なんて呑気に叫んでいるが、そう言って止まる阿呆は小心者だけだ。ワルにはそんな言葉は逆効果である。無事傷害者たちを取り逃がしたソーちゃんは、俺たちの方へと慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫あなたたち!?」

「全然大丈夫じゃないです。俺はあいつら殴られました。訴えてください」

「ええ!? って殴られた割には余裕あるね。ライル君は大丈夫そう。大丈夫! ゴウル君! ミレン君!」


 うわあナチュラルに差別してきたよこの教師。聖職者としてどうなのそれ。その二人が特にやられ具合がヒドイのは判るけどさ。オルジョ君もスルーされてるし。なんかソーちゃん先生の俺の扱いが、日に日に酷くなってく気がするんだよね。気のせいじゃなくてガチで。俺もさ、悪いところはあるかもしれないけどさ、そこは諦めないでくれよ。6歳で手遅れ判定って、俺がとんでもない社会不適合者みたいじゃないか。全然そんなことないのに。


 俺は内心で愚痴を吐きながら、敗北者となって泣いている級友を運ぶのを手伝うのだった。

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