第5話 入学は痛学の始まり
「俺の名前はライルです。どうぞよろしくお願いします」
俺の挨拶に教室内からまばらな拍手が起こる。俺はそれを聞きながらその場に着席する。俺の隣のガキンチョが席を立つ。自己紹介。拍手。着席。教室内でこんな光景が繰り返されている。俺は現在そのガキどもの一人となっている。
無事村の初等学舎に入学を果たした俺ライル。自分と同年代のガキに囲まれてお勉強の時間だ。特に入学式とかそういう仰々しいイベントはなかった。親が一緒に来て、集まって、挨拶して、解散である。それがついさっきのことである。さっきだよさっき。ほんの一、二時間前。いや、今日はもう帰っていいじゃん。入学式なんだから返そうよ。これ異世界(前世)だと常識だよ。どうなってんだ異世界(現世)!
今日からクラスメイト兼お友達となるりしい子供の名前と挨拶を聞いた。その中には当然ラナもいる。だって同村の同い年だしね。
クラスメイトの人数は俺やラナを含めて全部で十一人。奇数です。これやばいよ。二人組作ったら必ず余るじゃん。そして偶数は女子だから余るのは絶対に野郎じゃん。つまりは俺じゃん。だってこいつらの顔とか名前とか全然知らんぞ。見たことあるかもぐらいだぞ。ずっとラナと修行してたから当然なんだけどさ。俺のぼっち確定かよ。
ちなみにこの村は千人に満たない人口しかおらんので、毎学年こんなもんである。半分限界集落かよ。先細りがやばいよ。先進国の田舎はこうなる運命なのか。まあ俺は人口分布とか知らんけどな。もしかしたらいい感じにバランスが取れてるのかもしれない。だって普通に住みやすいし。
そんなこんなで俺の今世での学校生活は幕を開けたのだった。
入学から一週間が経過した。俺は未だにぼっちです。完。
この初等学舎のカリキュラムは主に四つに分かれている。算数。読み書き。社会。体育。以上である。算数は計算能力。読み書きは言語能力。社会は道徳や倫理に国の歴史。体育は運動能力。これらをそれぞれ学習する。あれ? 異世界なのに魔法とか魔物とかダンジョンとか、そういうファンタジーっぽいのないじゃん。と思ったそこの俺。いい質問でした。先生に初めて褒められたよ。
なんでも、その辺の知識は上の学年というか、中等学舎以上で教わるらしい。最低限は、社会の時間とかで歴史とかと一緒に学ぶみたいだけど、初等学舎のガキどもには教えられないそうだ。マジかい。俺は大人だぞ。裁判官を呼んでくれ。年齢詐称罪の法廷で己の罪を立証したい。
そんなすごくがっかりする出来事もあったが、俺は元気に一年生をやっている。
「りんごが二個、みかんが三個あります。合わせていくつでしょう? はいオッピーくん」
「ええっと、ゆびがにほんと、さんぼん……ごほん!」
「本じゃなくて、個で答えましょうね」
「5コ!」
オッピーくんの答えに先生は「はい、正解!」と上機嫌に答える。オッピーくんも嬉しそうに笑っている、と思う。
和やかな授業風景であるが、俺はそんなの観覧してはいない。つーか教室前のボードを見ていない。自分の机とにらめっこしている。睨んではないけど。俺は手元のノートに落書き中だ。ラクガキンチョだ。お絵かき楽しい状態だ。俺は授業に参加せず、一人でなんか変な生き物の絵を描いている。一人ボイコットだ。
別にさあ、先生もオッピー君のことも馬鹿にする気はないけどさ。これはないんじゃないかい? だってさあ、ねえ? 俺大人だよ。前世大人だよ。そんな俺がさ、小学一年生に混じってさ、教育の初歩の初歩の初歩を学ぶってさ。そんなの耐えられるわけないじゃん。え? これ俺がおかしいわけじゃないよね? 俺を責める奴は今すぐ小学一年の教室に乗り込んでそこで授業受けて来いよ。気持ち分かるからよぉ。小学生可愛いですデュフフとかいう奴は檻にぶち込んどけ。
ていうか他の異世界転生者はどうしてんの? もしかしてみんなこれと同じことやってんの? 嘘だろ? 先輩たちのこと始めて尊敬したかもしれん。いるならだけど。それならなんか、チートでいい乗り切り方を教えてください。お願いします。
現実逃避する気持ちで俺がお絵かきをしていると、算数の授業が終わった。一年生の授業は午前だけである。だから午後には帰れる。授業は毎日四時間である。四時間目の内、算数は二時間目なので、残りは二時間である。
授業が終わって落書きノートを閉じる俺に、先生が話しかけてくる。
「ライルくんは、授業中一生懸命になにを描いていたの?」
なるべく威圧しないような、優しい声音で話しかけてくる。ちなみにこの先生は若い女性だ。まあまあ容姿も良い。なんでこんな若くて綺麗で優しそうな人がこんなど田舎にいるのか。俺の主人公補正か、それとも単純に能力が低くて左遷されたか、上司のセクハラを訴えたか、人格にとんでもない問題を抱えているか。分からんが、馬脚を現すまでは友好には友好で返してやろう。俺は大人だからな!
「ドラゴンです」
俺は授業中に、一生懸命お絵描きしていた謎の生物をドラゴンと言って見せる。翼とか生えてるからそう見えなくもない。それとこの世界にはドラゴンが存在するらしい。魔物とは違う幻獣と呼ばれる存在で、ダンジョンにいる魔物とは違い元々この世界にいる超生命体である。このドラゴンとかいう幻獣。話に聞くとクソ強いらしい。魔物とかよりも強いらしい。手を出したら罪に問われるくらい強いらしい。国を滅ぼした事もあるらしい。逆にこちらから攻撃を仕掛けなければ安心安全で温厚な生き物とも言われている。だからドラゴンを見かけても慌てず逃げろと両親に教えられた。触らぬ神的な存在なのかもしれない。つーかドラゴンに遭遇ってどんな状況だよ。そんな頻繁に会えるもんなのかな。そうなら一度くらい会ってみたい。サインとか貰いたい。
「ど、ドラゴンなのね……? ええっと、ライルくんはドラゴンに詳しいの?」
「会ったら握手をして、サインを貰いたいです。拒否したら殺して食べます」
俺の答えに、先生は口を半開きにする。やばい。俺は自分の失敗に悟った。無難な答えで返すつもりが、トンチンカンな回答をしてしまった。これ絶対俺ヤバい子に思われるやつだ。先生びっくりしちゃったじゃん。本当は前半だけで言い止めるつもりだったのに、なんか変なことまで口走っちゃったよ。丁度ドラゴン肉は高級ステーキみたいな異世界常識を思い出しちゃったせいだよ。どうすんだよ異世界転生者諸兄、俺の名誉を返してくれよ。
そうは泣き言を言ってもここには俺しかおらんので、俺は自分の力で失くした名誉を取り戻す。
「先生、今のは冗談です。そんな反応をされると困ります」
「え……そ、そうよね。冗談なのね。もう、あんまり危ない冗談を口にしないの。ドラゴンを殺すって、そんなこと簡単に口にしてはいけません。人によってはもっとたくさん怒られることなのよ。だからもう冗談でも口にしないでね?」
「はい!」
俺は手を挙げて元気に返事する。先生はそれを見て笑顔で頷く。
「あっ、違う違う。こんな話じゃなかった。──おほんっ。ライルくん、絵を描くのは立派ですけど、さっきは授業中です。授業中は、授業をちゃんと受けないと駄目でしょう? 絵は、今みたいな休み時間や、帰ってから描きましょう。いいですね?」
「……」
「……ライルくん?」
俺は俯いたまま体を震わせる。泣いてるわけじゃない。笑ってるわけでもない。ただ意図的にそうしているだけだ。理由は簡単。返事をしないためである。だってさ、正直にお前の授業がつまらんから落書きしてたんだよ! とか言えないじゃん。この先生、今のところいい人そうだし。そんなこと言ったら逆不登校になっちゃうかもしれないじゃん。そうじゃなくても俺の印象最悪だよ。こんなこと俺が言われたらガキをぶん殴るね。教育委員会? モンペ? 知るかよ。前世はともかく今世の俺は最強になるから、殴りたい奴を殴るのだ。文句言う奴を全員殴れば、文句を言わない奴と殴られた奴しか残らない。俺に殴られた奴は俺の格下なので問題解決である。
嘘でも返事をしないのには理由がある。だってこんなことで嘘つきたくない。嘘つきのレッテルを貼られるのは御免だ。俺は正直に生きるのだ。
俺が顔を下に向けてふるふる震えていると、先生が顔を覗き込もうとしてくるので、反対側を向いて回避する。そんなこんなで時間が経ち、授業と授業の休み時間が終わる。先生は仕方なく教壇の方へ戻っていった。初等学舎の教師なんて各クラス一人固定が当然である。だから少なくともこの一年はこの女教師だ。まだ性欲が湧かないからあんま嬉しくない。男の方がおふざけで殴れるから嬉しいかもしれん。
社会の授業が始まる。歴史がどうとか倫理がどうとか言ったが、一年生からそんな小難しい内容をやるわけではない。なんかやっちゃいけないこととかルールなんかを、なんとなく生徒に思考を促しながら教えるだけである。こんな猿でも分かる人間社会での暮らし方、みたいな授業でも読み書きや算数よりはマシである。だって会話する時間があるんだもん。
教室を三つに分けて、四人グループ二つと三人グループを一つ作る。俺は今回は四人グループだ。三人のグループは毎回変わる。一人少ないって悲しいからね。
俺と一緒になったのは野郎一人に女子二人だ。
「おまえ、さっき先生におこられてたよな。何やったんだ?」
話しかけてきたのは隣に座るミレン君である。頭は茶色の坊主だ。
「授業中に描いたドラゴンを見せたら、もう描くなって。生徒の自主性を奪う偏狭な教師なんだ」
「……じしゅせいとか、へんきょーってなんだよ。おまえへんなことばつかうな」
いきなり変人扱いかよこのクソガキ。そのわずかに残った毛髪を刈り取るぞ。
「ライルくんって変わってるよね」
そう言うのは俺の真ん前の席に座るピーニャちゃん。茶髪の三つ編みだ。てかこの辺の人間はだいたい茶髪だ。俺もそうだし。異世界主人公特有の黒髪とかそういうのはない。金髪なのは他所の土地の人間か、その血が混ざった人間くらいだ。ここの担任とか。
「なんかね。ラナちゃんも、ライルくんはすごいけど、変わってるって言ってたよ」
「そうなんだ」
ピーニャちゃんに相槌を打ったのは、俺の左斜め前に座るコランダちゃんである。肩より少し長いくらいの髪をした大人しめの女の子だ。クラスで二番目に俺がかわいいと思っている女子だ。五人しかいないのに二番って。すごいのかすごくないのか。でも同年代は少ないからね、上位四割に位置する彼女は取り合い間違いなしだ。このクラスのエロガキどもも狙っていることだろう。俺は狙わん。だって俺最強になるし。村一番程度じゃ釣り合わん。宇宙一の美女を用意しといてくれ。でも触手とかは無理。そんな星は滅ぼしてやる。
「ふーん。おれの父ちゃんも、こいつはへんだって言ってたぜ。おれもこいつが走ってるの見たことあるし。おまえへんだよな?」
な? ってなんだよ。本人に同意を求めてるんじゃねえ。つーかお前の父ちゃん何言ってんだよ。6歳以下のガキにそういうこと言うか普通。許さんぞ。有害教育者に認定してやろうか。
そんなこんなで時折俺についての会話とか挟まりながら、授業は進行していった。ペチャクチャ喋ってるだけな。これどういう時間なんだ。考える力って、大自然にでも放り込んだ方が良さそうだな。本能で思考しろ的な感じの方が色々と捗りそうだ。
そして時間は流れて四時間目。ついに一日の最後の授業、体育である。これで終わりだからか、級友たちのテンションも高い。そうだよね。体育を最後にしないと疲れて眠っちゃうよね。子供だしね。その日最後の授業というが、いるのは俺たち一年だけである。他の学年は午後もあったり、普通に教室で一日で最後の授業を受けたりとしている。一年優遇措置だ。
そんなやる気を漲らせるキッズに混ざっても、俺の気分は全然これっぽっちも高まらない。過酷な修行を二年間続けた俺にとっては、授業の運動とか通学の徒歩みたいなもんだ。運動のうちに入らない。こんなのやるくらいなら今すぐ帰してくれと言いたいくらいだ。帰宅してからもっとハードな運動するからさ。
はしゃぐ子供たちの前に、比較的運動をしやすそうな格好をした担任のソーちゃん先生が現れる。ソーちゃんとはソルーシャ先生のあだ名た。俺が勝手につけた。
ソーちゃん先生は半袖になった服装で、幼気な少年少女たちに己の魅惑ボディを見せつける。大きいっちゃ大きいかもしれない。特別強調してないなら巨乳と呼べるくらい。そんな大きさだ。まあ、子供の体は小さいので平たくても大きく見えてしまう可能性もなきにしもあらず。これくらいならセクハラされて訴えて左遷返しくらったって説が有力になるだろうか。何よりそこそこ美人だしね。俺のハーレム要員査定だと審査拒否だ。俺が成長するまで未婚とか普通にキツい。見た目じゃなくてだ。だから早く結婚してほしい。生徒と教師の禁断の恋とか、教師ルートとか、6歳にはまだいらんから。そういうのは十年早い。
それなりに大きな胸を微小に揺らしながら動くソーちゃんを観察して、俺は体育の授業を乗り切った。
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