第4話 6歳ライル

「オラ行くぞー!」


 ヤクザのような怒声を上げて殴りかかるのは俺である。ライルである。そしてその俺に殴られようとしているのは、俺の幼馴染の少女ことラナである。

 俺がラナを殴る。ラナは腕を出して防御する。俺がラナを蹴る。ラナは後ろに下がって回避する。下がったラナは俺を拳で殴る。俺もそれを防御する。同じくラナも蹴ってくる。俺はそれも防御する。

 

 こんな感じで6歳の子供同士が互いに殴り、蹴り合っている。はたから見ていたらさぞ血なまぐさい光景だろう。保護者がいたら介入案件である。いないので関係ないが。

 そうして殴り合い蹴り合いの末、当然というべきか俺は幼馴染との闘争に勝利した。やったね。俺の無敗記録は継続中だ。勝利記録? そんなのは知らん。完全勝利者は敗北の数だけを知っていればいいのだ。数えなくて楽だしね。ガハハ。

 

 俺の殴打を浴びて地面に倒れ伏している敗北者ラナ。俺は敗者を痛ぶる趣味は持ち合わせてはいないので、彼女に水筒を渡してやる。それを彼女は息も絶え絶えな、弱々しい声でお礼を言って受け取る。そして上体だけを起こして飲み始める。俺もそれを見て乾いた喉に水を流し込む。今時流行らんのだ。脱水状態で気合の訓練など。死んじゃうのは嫌だからな。仮にやるとしても時期が早い。もっと基礎を築かねば過酷な修行には耐えられないよ。

 

 さて、どうして温厚で優しくて頭のいいスーパーな俺が幼馴染を武力で叩きのめしたのかというと、当然これも修行の一環だからである。

 俺はあれから6歳になった。一つ年齢が上がったのだ。他の同年代はただ漠然と過ごすだけの幼年期であり、年齢の一つ二つの変化は体の大きさと知能の発達程度の変化しかないが、俺は違う。違いを築ける男なのだ。俺はなんと、魔力の使い方を覚えてしまった。天才すぎる。神童鬼麟児ライルと呼んでほしい。

 

 魔力というのは、どうも肉体に使うと身体能力が上がるらしい。体力とか筋力とかそんなのだ。俺は魔力を練り練り試行錯誤を繰り返しているときに、必然この真実に気づいた。なんかそういうことできそうだなと思って腕に魔力を集中して纏ったら、握力が上昇したのである。その辺の石を握ったらミシミシいってる気がした。嘘だ。まだそこまでではない。正確には枝とかを重ね持って折るなどをして試した。確かに力が強くなっていた。物を持って強く握ると手が痛くなるが、そういう感覚も控えめだった。俺はビビビってきた。これが魔力チートだと。

 

 強い人類とか魔物なんかは、その身に膨大な魔力を宿している。だから個体でしかないのに、他の弱い同族を千単位で薙ぎ払うことができる。創作でよくあるこれも、俺は魔力が原因の正体だと見破った。つまりはこの超エネルギーこそが、俺を最強に足らしめる鍵なのである。だからこの日から、魔力の使用を実践する実戦も始めた。

 

 これが幼馴染ラナとの闘いの理由である。魔力の発見から数ヶ月。肉体に魔力を纏わせた俺たちは、ついに戦闘訓練へと修行を移行したのだ。

 最初は魔力の点灯にもたつきミルカより才能がないと思われたラナであるが、今でも立派に俺の修行についてきて、今では立派に俺の修行相手を務めてくれている。何が彼女をこうさせるのか。主人公的な俺と違って君は違うよね。転生者とかじゃないよね。なんでついてこれるの。根性ありすぎだよ。普通にちょっと怖い。

 

 そして初期は才能の差を見せつけたミルカも、現在ではラナに後塵を拝して二人の立場は逆転している。顔面砂かぶりミルカである。理由は普通に年齢差だ。もたついて出遅れたラナであるが、魔力の集中可視化を可能とした後は順調に成長を遂げている。コツを掴んだらそれなりに早いようだった。それに負けじと発奮するミルカであったが、彼女の成長はここで止まった。というか俺の修行が前述通り先に進んだのである。いくら修行に身を入れる俺でも、二歳も年下の妹をボコすわけにはいかない。ミルカは普通に貧弱なのだ。俺の助けがなければ修行場へのランニングも苦労するレベルである。同年齢時のラナよりはマシかもしれないという程度だ。だから彼女は見学、というか拗ねて来ないことも多くなった。修行に心身が疲れてしまったらしい。どうやら彼女はここで脱落だ。悲しいが仕方ない。子供の心代わりは早いのだ。

 

 だから俺はマンツーマンでラナと修行している。一人サンドバッグ状態だ。すまない。恨むなら強すぎる俺を恨んでくれ。才能の差は残酷なのだ。

 週休二日でほぼ毎日こうして殴り合っている。そのため俺はもちろん彼女もそこそこ強くなった。一年前の俺より強いかもしれない。まあ、俺は一年前のラナの百倍は強いけどな。今もラナより強いし。だから俺が最強。彼女の成長に焦りなんか感じてない。


 今日も今日とて修行はここでお開きとなる。以前は自宅と修行場を往復ランニングしていた俺たちであるが、行きはともかく帰りはゆったり帰ることが多い。体に負荷をかけるのは大事であるが、やりすぎは良くない。特に最近は修行内容もハード化しているので、体を適度に休める意味で復路は徒歩なのだ。心に余裕を持った俺である。また一歩、完璧超人間に近づいてしまった。


「ねえ、ライルくんは来月からの初等学舎に行く?」


 徒歩で帰宅していると、隣を歩くラナからそんな質問が飛んでくる。彼女は一年前はおどおどと気弱な面を見せる性格だったが、この一年を超える期間でそれが改善したというか、変わった。普通に目を合わせて喋るようになった。前髪も以前より短めだ。その分髪の下にあったそばかすは丸見えだが、本人は気にしていないようである。鈍くなったというか、強くなった幼馴染である。


「ああ、行くよ。行かないと母さん怒るし。親父は別にそうでもないけど」

「そうなんだ。私も行くんだ。でも、それだとこうして修行する時間なくなっちゃうね」


 俺は普通に天才だ。同年代の村のガキンチョの中で一番だ。ぶっちゃけ知らんけど、6歳児に勉強で負けるとかあり得んので一番だ。つまり俺は頭が良いのだ。

 しかしそんな天才にも、母は学校に行けという。意味がわからんね。俺はこの世界の子供の中で誰より学校に通った男だぞ。そんな俺に学校通えって、その辺のおっちゃんに学校行きなさいって言うようなもんだぞ。明らかおかしい。

 

 まあでも俺は前世の学校の記憶とか微塵も残ってない。級友とかクラスメイトとか、そんな知識や言葉は覚えているが、実際の顔や名前なんかは全く覚えていない。だから学校に本当に行っていたかどうかは微妙な判定である。おそらく行っていたが正しいかもしれない。不登校だったら知らん。

 

 それでも子供らしからぬ並外れた知能を持つ俺であるからして、今更同年代のアホガキどもと机を並べてお勉強というのは、業腹恥辱の極みである。物申す。申したぞ。駄目だった。母には勝てん。父の援護は期待できん。亭主関白なんとかしろ。なんともできないという有様である。だから俺は学校に行く。行かねばならん。


「修行は学校行った後でもできるし、休日にやればいいよ。まあ今より時間は減るが、そこは修行内容や密度でカバーしよう。強くなるのに休みなしだ」


 ラナの質問にそう答える。確かに俺もそろそろ修行内容をまた改める必要があると思ったんだよね。だって休憩時間長かったもん。体を動かして、魔力も消費してって。そんな修行を長時間、それも6歳児の肉体が耐えられるわけがない。魔力のおかげで実際にはそれなりに耐えられるが、だらだらと締まりのない修行は意味がない。やるなら短期間で効率的にやるべきだ。だから俺はこの就学期を新たな修行のための試金石とするのだ。

 隣を歩くラナが呆れた様子を見せたのは、きっと気のせいだ。




 ラナに別れを告げて家に帰った俺は、ただいまの挨拶をする。


「俺が帰宅しましたー」


 天才のお帰りである。丁重に出迎えよ。

 奥からは忠義の者がトテトテと駆け寄って出迎えてくれる。


「にいさん。おかえりーなさいー」


 妹のミルカである。舌足らずが語尾延ばしになっている。俺は汗臭い体で彼女をそっと受け止める。


「にいさんくさーい」


 傷ついた。酷すぎる。どこが忠義の者だよ。とんだ悪臣だよ。

 とういうかこの子普通に俺を裏切ったからね。修行来なくなったし。強制するものでもないからいいんだけどさ。正直寂しい。

 そんな妹のミルカであるが、俺の呼び方が『にいちゃ』から『にいさん』に変わった。にいちゃの正統進化の『にいちゃん』か派生進化の『にいさま』になるかと思われたが、普通にこうなった。


 俺は風呂に入る。一人だ。ミルカはいない。兄離れの早い妹である。

 風呂に入ってる途中、俺は今日の出来事を振り返る。いつもと同じ、変わりなしだ。俺は体だけ洗って、すぐに出た。

 

 風呂を出れば夕食である。が、タイミングよく食事が出てくることもないので、暇な時間となる。俺はリビングで遊んでる弟妹たちに近づいた。そう、弟妹である。俺には弟もいるのだ。名前はテオ。また生後一年の乳幼児である。こいつが生まれたから、ミルカの兄離れは進んでいった。恨みはないが複雑な兄である。ミルカがテオをあやしてくれるので、両親は歓迎ムードだ。しゃーないね。一歳児、それも自分の弟だから。

 一家団欒といった様子で食卓を囲んで、俺はさっさと眠るのだった。これが俺の一日である。

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