第3話 魔力の修行

 俺が真っ先に修行場に到着し、背中に引っ付いてたミルカも得意げに「とーちゃくっ!」と言い放ち、数分遅れてラナがここへやって来る。ミルカを背負った俺であるが、それは彼女が3歳であり妹であるからで、同年齢のラナには同じ優しさを見せるつもりはない。なぜならこれは修行だから。優しさは必要だが、甘えは許さない。俺と同じ修行をするなら、最低限俺と同じことが出来なければならない。修行場までのランニングは、それの初歩の初歩である。

 

 膝に手をついて大きく息を乱すラナは、ここに来るまでで体力の半分くらいを費やしたといった様子である。これでもかなりマシになった方だ。最初期なんかは普通に保たなかった。なんか疲れて嘔吐した彼女を、俺は修行を中止して家まで送り返すことになった。何してんだって感じだ。その時は泣きながら謝られたので、根に持っているというわけではないが、こんなことが続くなら一緒にはいられないと、破門状を突きつけようとした。当時ギリギリ4歳だった幼女にも厳しい俺である。

 

 唯一の友人を失う覚悟でそう言った俺であるが、結果は今に至る。最初は走破できなかった道のりも、根性見せて走り抜く。ラナはスポ根系幼馴染であった。


 途中からおぶられてただけの妹様は、上から目線で「おつかれさま、です」と水を渡す。一番お疲れなのはお前と三人分の荷物をまとめて持った俺だよ。と、少しだけ言いたい気持ちになる。訓練になるからいいけどさ。

 

 水を浴びるように飲むラナと、ついでに小さな手でゆっくりと飲むミルカ。二人が休憩している間に俺も喉を潤す。どうして先に着いた俺たちが遅れてきたラナと同じタイミングで水を飲むのか。連帯感である。大事だ。


 そうして三人ともある程度の休憩が済んだところで修行を開始する。

 修行とは何の修行か。それはズバリ魔力の修行である。魔力は魔法を使うための力? ノンノン。それだけでない。魔力は人が強くなり、また強くあるために必須のものだ。そこに魔法は関係ない。魔力は超常的なエネルギーなのだ。

 人体の神秘を超えて、宇宙の真理にまで到達しそうなこの力は、人間に超人的な力を齎すギフトである。体重120kgの人間と半分の60kgの人間。力が強いのはどちらかと聞かれたら、前世の世界の人間なら百人中百人が前者と答えるだろう。逆張り狙いの馬鹿は知らん。しかしこの世界では異なる。答えはより魔力を鍛えていた方となるわけである。生まれ持った生物的な作りを覆す、それだけの力が魔力にはあるのだ。

 

 だからといってただ魔力を増やせばいいというものでもない。魔力が増えてもそれを使うのは人の肉体だからだ。そのため体も鍛える必要がある。そう俺は結論付けた。

 そう、俺の結論である。なんか魔法の教本に書いてあったとか、魔力に詳しい大人から教わったとか、そういうわけではない。偏見まみれの独自解釈だ。でも意味がないとは思わないので、肉体負荷トレーニングと並行して行なっているのだ。だってムキムキは強いからね。


 肝心の魔力を増やす方法だが、魔力をたくさん使えば増えるらしい。らしいというのは、必ずしもそうではないからだ。中にはたくさん訓練をしても、同じ程度の訓練をした者より魔力の伸びが良いとか悪いとか、そういうこともあるようなのだ。

 この差は一体何が要因で生じるのか。俺は話を聞いて考えた。というかみんな考えるだろう。俺もその一人だった。

 異世界転生のテンプレには魔力はひたすら使い切るというものがある。赤子の頃から繰り返しこれを繰り返すことで、体内の魔力器官に負荷を与えるとかそういうアレだ。俺もテンプレであるからして、テンプレに則ってまずはそうしてみた。でも上手くいかなかった。確かにそれで増えたような感覚はあったが、あくまでその程度でしかなかった。正直あまり増えた気はしなかった。なぜダメなのか、俺はそれを考えた。考える男である。

 出した結論は解らないである。ほんとにね。そんな簡単に解ったら苦労はないよ。だから方法は変えず、過程というか手段を変えた。ただ漫然と魔力を使い切るのではなく、意識しながらそうするようにしたのだ。魔力を明確な意思を持って扱ってみたのだ。そうすると、なんだか前の方法よりも魔力が増えたような気がした。それを続けてみると、やがては以前の倍の魔力量になった気がした。理由は知らん。だが魔力への理解度がそれに関係している気がした。




 そういうわけで、今日も魔力を使った修行の時間だ。修行内容は単純だ。魔力を使ってなんやかんやするだけ。以上。


「にいちゃ。みてみて。これきれい」


 これは言うまでもなく、我が妹の台詞である。今彼女の手元には光が灯っている。白くてぼんやりとした光だ。これは魔法ではない。彼女の両親は俺の両親であるし、特別な果実を口にしたこともない筈である。だからミルカは魔法を使えない。彼女が今手に灯しているのは魔力の光である。魔力とは光るのだ。

 

 俺の考えた修行とは、つまりは自身の魔力との対話である。内なる自分と話すのだ。なんやかんやと言ったのは、特に決められた手段や手順があるわけではないからだ。各々勝手にそうしとけってだけである。そんなのがあるなら俺が知りたい。生憎と俺の家にあるそういう系の本には、大した内容は書いてなかった。秘伝なのかもしれない。だから暗中を模索状態で進むしかないのだ。

 

 そんな中、ミルカは割と順調に成長している気がする。俺が同じことを出来るようになったのは、4歳か5歳の時だ。正確に言えないのは丁度5歳の誕生日を終えた後くらいに、それが出来ることに気付いたからだ。だから知ってればもっと早くに出来た。だから俺はちゃんと才能がある。そう思い込むことにした。だって5歳児にとっては一歳の違いは大きいもん。年齢が五分の三しかないない幼女に負けたとか嫌じゃん。四分の三ならまだ耐えられる。兄はプライドの小さい男なのだ。


 ぽやぽやと指先を光らせる妹を褒めながら、俺は近くにいるラナの方も観察する。髪の上からでも判るほど難しい顔をして、自分の指先と睨めっこをしていた。

 

 彼女はまだこの指先で魔力を可視化させるという操作を行えない。ミルカよりも先に修行を開始した彼女であるが、魔力的な才能ではミルカに劣っているのかもしれない。俺は勝ってる。だって先駆者だから。


 そんなラナに俺はアドバイスを与えない。何言っていいか分かんないもん。なんとなく出来ただけの身としては、助言などという大それたことは無理なのだ。恨むなら才能のある俺を恨んでくれ。凡人の嫉妬は通常装備だからね。


「らな。ゆびさきにね。こう……ぐっと、おなかのおくからちからをこめるの」

「……」


 わざわざラナのすぐ近くまで寄って、たどたどしくアドバイスをするミリカ。妹様は、相手に見せつけるように魔力を灯していた。ミリカは気づかないのか、その行為でラナの顔の顰め具合が増した気がした。自分より二歳も年下にやられると屈辱だろう。ラナのプライドと妹の身の安全のために、俺は二人を引き離すことにした。


「ミリカ、ラナの邪魔をするな。これは修行だ。内なる自分との戦いだ。お前が口出ししてもラナの為にならない」

「はーい」


 軽く返事をして、こちらへトテトテ走って来て俺の胸元にダイブするミリカ。顔を擦り付けるように抱き寄せてくる。ヨダレとか付きそうだからやめてほしい。

 彼女を引き剥がしていると、ラナの方から視線を感じた。俺が顔を向けるとまたすぐに指先に視線を移してしまう。修行に集中しようよ。


 俺たちはこの後も三者三様に修行を続けて、昼食を食べて午後は軽く遊んだ後、夕暮れを迎える前に帰宅するのだった。




 家に帰ったからといって、修行が終わるわけではない。夜には夜の修行が待っているのだ。そう、勉強という名の修行が。この国は、政治体制は時代遅れで特権階級を置いてるくせに、なんと平民に対して義務教育を課してくるのだ。なんという国だ。本当によくわからん。

 

 かくいう俺も満6歳の再来年になる頃には、そんな学校みたいなものに通わなければならない。なんでだ。異世界ってそういうのじゃない筈だろ。なんか自由気ままに修行して知識チートしてお金稼いで、そういうのが異世界だろ。なんで義務教育があんだよ。こんなんもはや異世界じゃないだろ。異世界に返せよ。

 

 まあ義務教育とは言ったが、義務というほど強制されるものでもない。田舎のゆるい学び舎で学習の基礎を学び、この世の常識とか道徳とか遵法精神なんかを身につけていくのだ。行かなくてもいいが、行かせる家は多い。教育の大切さが周知されている異世界なのである。


「にいちゃ。もじかけました。みて」

「おー、上手い上手い。その調子で頑張ろうな」


 褒めると元気よく「はいっ!」と返事する妹を撫でて、俺も書き取りかなんかを行う。5歳児らしからぬ知能を持つ俺でも、全く未知の言語や文字を習得するのは困難だ。前世の言語知識が邪魔をするというほどではないが、楽々とはいかない。算学なんかはとても優秀な俺でも、語学は年相応とまでは落ちぶれないが、並外れてとはいかない。地道にコツコツとやっていくしかないのである。



 勉強をしたらそのまま睡眠だ。生憎とこの世界では電気はあるが、テレビはない。いや、らしい物の存在は聞いたことある。でも見たいことないので知らない。カメラはあるらしい。というわけで、我が家では夜更かししてパーリィーナイト的なのは無い。あったとしても5歳児なので寝る。風呂はちゃんと入っている。修行から帰ったら直行だ。ミリカと一緒に入ってるが、5歳と3歳なので普通にセーフだ。体を洗うと称して妹の全身をまさぐったこともあったが、正常なことに心も身体も反応しなかった。ロリコンチェッカー白である。妹に、それも3歳の幼女に反応しなくて安心した。俺はシスコンのペドフィリアではなかった。もしそうだったら遺書書いてたよ。俺の未来は守られた。


 俺は俺以外がいない部屋で、一人スヤスヤと眠りについた。

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