第2話 テンプレ要素の妹と幼馴染

 はい。異世界転生者のライルです。こちら5歳になります。


 俺の朝は早い。朝日が昇る頃にはもう起きている。早起きは三文の徳という格言がある。これは三文とかいうやっすい小銭を揶揄することはではなく、実際になんらかの利益を上げる故の言葉である。俺はそれを体現しようとしている。チリも積もればユーラシアである。

 

 俺の朝は早朝ランニングから始まる。真っ黒いアスファルトに覆われてなどない、土剥き出しだけど綺麗に整地された道。その上をひたすら走るのである。体力作りである。前世の記憶がないので自分が努力家か天才か、それとも凡人か怠け者か、そんなことも分からない身の上であるが、例えかつて何者であろうと今の俺がすることは変わらない。すなわち努力チートである。


 異世界に転生した者は、往々にして赤子の頃からなんらかの訓練を開始する。それは魔力増量だったり、実技指導だったり、山籠りだったり、常人とはかけ離れた鍛錬を行う。俺が選んだのは地道な体作りだ。魔力がある。だからなんだ。健全な精神と魔力は、健全な肉体にこそ宿る。怠けていては千里の道を一歩も進むことはない。

 であるからして、俺は未熟な子供の肉体でも耐えられる走り込みから始めるのだ。


 早朝ランニングを終えた俺は無事に帰宅する。洋風な二階建ての木造家屋が我が家である。マイホームである。家に帰った俺はまず風呂場に直行する。朝風呂である。ランニングで掻いた汗を、綺麗サッパリと洗い流すのだ。この時間はいつでも至福と言える。

 

 風呂を出た俺は臭いのしない清潔なタオルで体を拭く。体の表面に付着した水を拭き取るのである。小さな子供の体を隅々と。

 俺はショタコンとやらでなくて良かった。風呂入る度に自分の体に欲情とかやってらんない。浴場だけに。

 

 風呂を出て、新しくこれまた清潔な衣服に身を包んだ俺は、今度は居間へと向かう。我が家の食卓があるそこで、俺はキッチンの方へと行き、そこに設置された冷蔵庫を開ける。身長が足りないので専用の台付きだ。小さきは世知辛いね。その中から水の入ったポットを取り出し、中身をコップに注ぐ。キンキンに冷えたそれを、温まった体内にぐびっと流し込んだ。頭がキーンとなる。

 飲み終わり、空になったコップを、俺はキッチンの上に置いた。


「まんま日本やん……ハッ!?」


 俺は前世の生国の名前を思い出した。




 俺が転生したこの世界、というかこの国。やたらと文明レベルが高い。前世の記憶を思い出し、異世界のスタンダードを思い出した俺は、普通にビックリした。だって家電みたいなの普通にあるんだもん。しかも普通に家電だし。異世界とか魔力とか魔物とか、色々異世界っぽいのがあったりいたりするわけだが、別にこの世界の道具は魔力とかいう不思議エネルギーで動いているわけではない。普通に電気で動いている。なんでやねん。ってそうツッコミを入れたくなるが、これがこの世界の常識なのである。発電には魔力を使ってるらしい。以上。詳しいことは知りません。

 

 まあ、流石にこの世界どこでもこうした家電が当たり前に普及しているというわけではない。俺がど田舎ど庶民の生まれであるのにもかかわらず、こうして文明の利器の恩恵を享受できているのは、俺が生まれたこの国が普通に強国で、普通に大国だからだ。

 

 この国の名前はネイザール王国と言う。そう、王国なのである。立憲君主とかいうなんちゃって王国ではなく、普通に専制君主、古きらしき王国なのである。なんでこんな文明レベルは高いのに、国家の政治体制は時代遅れの君主制なんだよ。と、異世界出身者の俺はそう思わなくもなかったが、これには当然至極もっともな理由がある。この国の王家には、王族特有の特別な魔法が存在するのだ。

 

 この世界の魔法、宿魔の実を食べると使えるようになるというアレ。それは確かに真実である。だがそんな謎果実を食べなくても、この世には生まれつきに魔法を使える者たちがいる。それが王族のような由緒正しき血族だ。なんと彼らの血には魔法が宿っているらしい。比喩ではなくそのままの意味だ。


 その血に宿る魔法は、血統魔法と呼ばれている。血族にのみ受け継がれる特殊な魔法だそうだ。

 その王族にしか継がれないという特殊な魔法。これにはカラクリがある。

 それを語る前に、もう一つの例を語る。宿魔の実を食べずに魔法を宿す手段、それは遺伝魔法である。こちらは両親か親のどちらか片方が強力な魔法使いだった場合、その子供にも魔法的な力が受け継がれるというものだ。これにより、その子供は生まれながらにして魔法使いとなる。

 しかしこちらに関しては、そこまでうまい話というわけではない。確かに子供は両親と同じ魔法を使えはするが、その魔法の力は、親の十分の一とか数十分の一とかそんなレベルにしかならない。たまに数割の力を宿す天才エリートもいるらしいが、その割合はほんの僅かという。親が強いと子供も強い。確かにそう言えるが、それだけとも言える。まあ、謎果実食わなきゃならん俺よりはよっぽど恵まれてるけどな。ちくしょうめ。

 

 この話が一つ目の血統魔法に繋がる。この血統魔法が血に宿る要因は、先祖に超超強力な魔法使いがいる。それだけだ。生贄を要する変な儀式とかは必要ない、いたってシンプルなものである。

 しかしこの条件を達成するのが難しい。時代を代表するような、歴史に大きくその名を残すような、そんな実力の持ち主の子供にしか血統魔法は宿らない。それは国一番でも足りないほどだという。そんな文字通り特別な血を有するからこそ、王族は王族たり得ているのである。昔はそれのせいで王権神授的な考えもあったが、時代が進んだ多様性の結果が今である。割と論理的に権威を保っている。そんなことを言っている国もまだあるらしいがね。俺はこっちの国でよかったよ。そっちの人には悪いけど。

 

 この二つの例以外にも人が生まれつき魔法を使える例は存在するが、それはヒュウムではないので割愛する。他人種とか知らんのでね。




 このネイザール王国、平和と言ったら平和であるが、そうではないと言ったらそうである。この国は大陸の中央付近を支配している。一部国境は峻厳な山脈なんかに囲まれてもいるが、他は普通に他国と接している。そのため過去には度々それらの国と戦争している。内戦もしている。今は停戦だか休戦だか終戦だかになっているが、隣国との仲は普通に良かったり悪かったりする。

 

 そんな一応平和な王国ネイザールは、その風土と立地により着々と国力を育んできた。だから文明レベルは大陸屈指であるし、その名に恥じぬ大国と呼べる。前世の知識なら、大国として成長する要素がないじゃないか。そう思うわけなのだが、これまた常識が前世と異なる。この世界にはダンジョンがある。ダンジョンからは資源が手に入る。魔法の果実も手に入る。たまにだが宝箱もあるらしい。そういうことなので、この国はダンジョンの存在により大きく発展を遂げた。

 

 この世界では基本的にどこもそうである。ダンジョンに挑んで、強くなって、資源を手に入れる。それが国としての発展常道となっている。資源に関してはダンジョン以外からの方がよく手に入るが、それも含めてである。そしてネイザール王国は、大陸屈指のダンジョン大国でもあるのだ。ダンジョンが生まれやすいのである。詳しくは知らないのだが、ダンジョンというのは生まれたり消えたりするらしい。消えるときはダンジョンを完全踏破したときである。もっと正確に言えば、最奥に存在するというダンジョンの核を破壊したときである。そうすることでダンジョンは死を迎える。


 逆に生まれるのはどういう意味かというと、これは自然発生するのだ。不思議である。ネイザール王国がある土地には、そのダンジョンが生まれやすい条件が揃っているらしい。だからこの土地は昔から戦火の中心になりやすく、それを勝ち抜いたネイザールこそが、この地に勝者として君臨し、発展したのだという。

 

 ダンジョン内にはほぼ無限の資源が存在する。正確には全然無限ではなく、一度なにかを回収すると、それが再出現するまで相応の時間を必要とする。しかしそれが半永久的に続くのだ。天然半永久機関である。これによりネイザールは車輪のごとくダンジョンを回し、国を成長させていった。




 早朝ランニングを終えたからと、このまま二度寝するわけではない。それでは意味がないからだ。俺はこの後も訓練を続ける。訓練に休みなしだ。

 

 子供の俺には仕事はない。強いて言うなら遊ぶのが仕事だ。だから遊び呆けて、訓練呆けていても良いのである。だから俺は家を出て近くの森に行くのである。修行と言ったら取り敢えず山か森だ。過酷な環境に身を置くのが修行の基本だ

 

 俺が家出の準備を進めていると、勝手に自室に入ってくる者がいる。侵入者だ。


「にいちゃ。おはよーございます」


 我が妹である。異世界転生のテンプレと言ったら妹だ。俺の知識にはそうある。王族でも貴族でもないが、俺は確かにこのテンプレを踏襲している。運命が俺を主人公に仕立て上げようとしている。世界に愛されてるのを感じるぜ。


「にいちゃ、あいさつして」

「はいはい。おはようございます。ミルカ様」

「うんっ!」


 挨拶を返しただけで嬉しいそうに笑うのが、我が妹のミルカである。

 なぜ兄である俺が妹を様付けで呼ぶのか。それは彼女がいいとこの出で、俺にとっての義妹であるから。そんなバックボーンはありはしない。普通にこうすると喜ぶからである。正真正銘の妹である彼女は、お姫様に憧れる年頃なのである。知らんけど。


「ミルカ様。私はこれから所用がありますのでこれで失礼致します」

「はいっ! みるかもにいちゃといきます!」

「……」


 これである。この妹はブラコンなのだ。

 俺は訓練に精を出さんといかんにのに、それを阻まんと幼心で邪魔しに来るのだ。厄介な妹である。そして断れない俺も兄馬鹿である。


「……母さんの許可取ったか?」

「ままー! あたしにいちゃとおそといくー!」


 扉のすぐそばで廊下に向かって叫ぶ幼女。階下からは「はーい。気をつけなさいねー」と間延びした母の声が聞こえてくる。いや止めろよ。3歳だぞ。親としてどうなんだよそれは。育児放棄を疑うぞ。


「きょかとれました、にいちゃっ!」

「……じゃあ一緒に行くか」


「はいっ!」と、舌足らずな声で元気よく返事する妹に、俺は仕方なく同行を許した。

 ミルカがブラコンなのには理由がある。それは俺が良き兄だからである。終わり。




 昼食という名の弁当を作ってもらった俺は、母に礼を言ってそれを受け取る。まあただのパンと野菜であるが、毎日作ってもらって感謝する。上機嫌に荷造りするミルカと一緒になって弁当を鞄に詰め込む。ナイフは無しだ。危ないので。ランプとかもっといらん。

 

 準備を終えた俺たちは外へ出る。早朝ランニングぶりに外の空気を吸った俺は、既にそこにいる人物に挨拶する。


「よっ、おはよう。待たせて悪かったな、ラナ」

「う、ううん。わたしも、今きたところ……だから」


 俺がラナと呼んだ、俺と変わらぬ年頃の彼女は、俺の幼馴染と言える存在だ。ここでもテンプレを踏襲してしまった。まあ別に美幼女でもツンデレでもお淑やかでも元気っ子でもないけど。なんていうか地味だ。前髪が目にかかってるとか、オドオドしてるとか、顔にそばかすがあるとか、そういう地味系幼馴染だ。

 

 そんな彼女であるが、言動に反してバイタリティは豊富である。なんと俺の修行に付き合ってくれるのだ。理由は知らん。惚れられてる可能性はあるが、そうでもない気もする。俺が友人と呼べるのは彼女くらいなので、そこはかなりありがたい。主人公は孤高だけど、5歳児で孤高って、それただハブられているだけだ。前世の影響がある分、同年代と馬鹿騒ぎできない俺にとっては、彼女との関係は大変貴重なのである。

 

 そのラナも連れて、俺たちは仲良く修行場へ走って向かった。もちろんこれもトレーニングである。着いてこれない者は置いていくと風に誓った。途中いつもの如く真っ先にバテた妹様を背負って、これもまた修行と、妹の息遣いを耳元に聞いて俺は走るのだった。


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