第13話 2022年9月30日(2)
同期は三十名ほどいました。
私は、高校時代は素行の良くない生徒で、中学時代と違って授業に対しても不真面目でしたが、有難いことに勉強自体は得意でしたから、そこそこ優秀な成績を残し、学校からは優先して、良い企業を紹介してもらいました。
その会社で出会ったのが、久しぶりの登場となる、あの純粋な少年のような男、沢田です。あとは、成瀬という、なんと専門大学三度留年の不良。そいつと三人で、三か月に渡る研修期間を過ごすことになりました。
数日が経ったある日、早速、高校生活で学んだ「人の見下し方」が発揮されます。
三十人の内の二十人は大学卒のエリート枠で、私たち三人を含む高卒、専門卒の十人とは別々で研修を受けることになりました。
私たち非エリート枠は、それはもう、第三者の目線からみても、ひどいものでした。
私は言わずもがな、異常者ですし、成瀬は先の説明の通り、相当に変な奴です。
しかし、他のメンバー。
これがひどい。
事あるごとにテンパってしまい、人前に立つと喋ることが出来なくなる奴。(後に分かりましたが、いわゆるコネ入社だったようです)
研修期間中は一日の出来事を日誌に綴り、教育係の人に提出する決まりがあったのですが、帰宅してから○○君とカードゲームをしたら、カードを盗まれた、などと、小学生のようなことを書き、喧嘩を始める奴ら。(本当にあったことです)
私は、そんな彼らを、成瀬と沢田と一緒になって、迫害しました。(沢田はいい奴なので、率先はしていませんでしたが)
馬鹿にしまくりました。
無視に近い対応を取りました。
陥れました。
研修の講師は先輩社員やら、時には役員の人やら、様々でしたが、毎度、その講師と一緒に、週末は飲み会がありました。その場で、私たち三人ばかりが可愛がられ(先輩たちも同様に、頭のおかしい奴らは好ましくないようです)、二次会は当然のように講師と私たち三人だけが残り、悪口大会を開きます。
JR蒲田駅周辺の、学生がごった返す通りの、汚い焼き肉屋だったでしょうか。
「カードゲームって(笑)、子供じゃないんだから」
と、ホルモンを焼きながら、成瀬。
「ほんとな」
と、人間に馴染む私。
すると、その日に講師を担当していた面長で丸眼鏡の先輩が、
「まぁまぁ、人の趣味にとやかく言うのはね……」
と、大人の対応を見せてきたので、すかさず、
「じゃあ先輩は頭おかしいと思わないんですか」
と訊きました。
先輩の口元が、徐々に緩みます。
そして、
「いや、まじでキモイ」
と吹き出しました。
皆、手を叩きます。
大の大人が集まって、人の趣味を馬鹿にする。
世間とは、本当に、なんなのでしょう。
こうして文章に起こすと、最低な男の集まりに感じて仕方ないのですが(少なくとも私は書きながら自分が気持ち悪くて仕方ありません)、実際、人を見下す三人ばかりが、会社では、ゆくゆくも、評価されることになりました。
何故、世間は、あるいは常識は、人を見下すことを悪とするのに、実際の社会は人を見下す側の人間が上にいくのでしょうか。
何故、会社へ提出する日誌に、カードを盗まれた、などと書いてはいけないと分かっている側の人間は、常識があると判断されるのに、人を見下してはいけないという常識を犯すことは、許されるのでしょうか。
あぁ、分からない。
分からないけど、これでいい。
この世は実力社会。
勝ち残るために、私は人間の皮を被ったんだ。
ん?
いや、そうか。
実力社会だからこそ、まずは常識という
ひかりと出会う前の、アルバイト時代の私のように。
使えない者は、居心地悪く感じるようにして、淘汰する。
その方が、会社の利益になる。
つまり、会社員の立場で悪口を言う彼らは有益な「人の見下し方」をしていて、会社から一歩出た時は、常識人として、人を見下す人間を叩く……?
使い分けているのだろうか。
いや、まさか。
などと不意に考え込み、例の急に黙り込む癖を披露しましたが、すっかり周囲からは、クールを根底に置いた自分が認知されていたため、特につっこまれることはなく、私は酒を思いきり喉に流しました。
四人とも、日本酒をお猪口で飲んでいました。
店を出ると、相変わらず、近くの大学生たちが「ウェーイ」と言って、酒を片手に暴れています。
成人式などでよく目にする光景です。(都内で、特に大学が近い駅周辺では年がら年中目にします)
私は二十七歳になった今でも、そういった光景に嫌悪することはありません。
酒は馬鹿になるために飲むのです。
人生のあらゆる悩みを忘れるために飲むのです。
自分を棚に上げるために飲むのです。
だからこそ、酒を飲まない人は、信用しません。
酒を飲まない人は、酒を飲まなくても普段から自分を棚にあげているような、いわば私が考える「人間」に、最も近いような気がするからです。
いや、正確には、体質の問題もありますから、飲まない人、というよりかは、酔っ払いを許容しない人、でしょうか。
ましてや、目の前にいるウェーイ系の人たちは、大学生です。
いいじゃないですか。
誰だって、一度や二度は、酒で失敗するじゃないですか。
自分だって失敗したことがあるのに、彼らを見て、気持ち悪い、と、言えるんですか。
だとしたら、羨ましいです。
ともあれ、うるさいことに変わりはないので、私たちは京浜東北線に乗って、川崎駅に移動しました。
酔っ払った丸眼鏡の先輩が別の先輩を呼び、合計六人くらいになりました。
三次会にして人数が増えるという奇抜な展開に盛り上がり、仲見世通りを歩きます。
黒服のキャッチが私たちを取り囲んだので、
「じゃあキャッチのみんなでジャンケンして! 勝ったところにいく!」
と、先輩を差し置いて成瀬が言いました。彼のそんなキャラも、先輩たちには好かれていました。
一時間五千円のキャバクラに入りました。
人の見下し方を使い分けている。そんなこと、やはり、ないことが分かります。
これは、高校時代にもあったことなのですが、カラオケに関する出来事です。
今時はウタハラ、などと云うのでしょうか。
私は滅法、音痴な方で、しかもクールを演じている手前、人前で歌を披露することはありません。いや、私のようなクールキャラが、歌ってみたらすこぶる音痴で、更にノリノリで踊ってなんか見せたら、存外笑いを取れることは分かるのですが(実際、それを狙って音痴で笑いを取りにいくこともありました)、その時は気分ではなかったので、丸眼鏡とは別の、大太りの先輩から発せられた「歌えよ」という圧に対して、
「いや、歌わないっす」
と、酔っ払っていたことも相まって、また、高校時代にいた歌の上手な同級生に初めてカラオケに連れられた時に、しつこく「お前も歌ってみろよ」と、謎の脅迫をされたことを思い出し、それがひどく私を嫌な気持ちにさせ、強気に言いました。
そこそこ世渡り上手なところを見せてきた私だったので、その反応が意外だったのか、先輩は一瞬、酔いでも醒めたかのように、目を丸くしてから、
「おぉ、そうか」
と、含みのある笑いを見せてから、やっぱり生意気な態度をとった私に不快感を覚えたのか、しばらくしてから眉間に皴を寄せ、
「新入社員なんだから、盛り上げろよ」
と、またデンモクを寄せてきました。
先輩を立てるのが常識だ、と考えたのか、私の隣についていた安そうなドレスを着た女も、
「歌った方がいいってー」
と、蔑んだ目で私を見て、説教めいた口調で言ってきました。
下っ端が盛り上げるのが常識。
また、強要です。
守らなければ、見下されます。
人間は、何を求めているのでしょうか。
とにかく個性を認めない。
血眼になって、常識のある人間を求める姿が、ひどく滑稽です。
しかし、私も人間の皮をかぶり、例のカードゲームが云々の、常識の乏しい奴らを馬鹿にした身。
仕方なく、音痴を披露しますが、人間への嫌悪が沸々と湧いていたので、あえてネタ感は出さず、場を微妙な雰囲気にしました。
成瀬は滅法、歌が上手なので、私の後に歌ったときは拍手喝采が湧き起こり、
「上手いね、成瀬君!」
と、先輩に讃えられていました。
「いやいや、全然ですよ」
と、成瀬は謙遜をしていました。
ポツリと、私。
久しぶりに、ひかりと出会う前の私に戻されました。
あぁ、感情に流されてしまった、しくじった、と痛恨を極め、その日以降、先輩といくキャバクラでは積極的に笑われにいきました。
これが正解。知っているんです。
それからしばらく、数年も経てば、私の仕事も評価されるようになり、いわゆる「出来る若手」と認知された頃には、
「いや、自分歌わないっす」
と言っても、何か言われることはなくなりました。
怪訝な表情を見せられることもなくなりました。
私の品定めは終わったようです。
やはり、人間は、自然と迫害する。
利益を生まない人間の居心地を、無意識に、悪くさせるのだ。
そのくせ、やっぱり耳当たりの良い言葉は好きで、十人十色、みんな違ってみんないい、なんていうフレーズの入った歌があれば、目を閉じて、心地よさそうに歌いやがる。
あ?
大の大人になってカードゲームをする奴は気持ち悪いんでしょう?
場を盛り上げない若手は嫌いなのでしょう?
一生人を見下しながら、平和な歌を歌え! 馬鹿が!
そして私もまだまだ、人間を続ける!
私は、更に、性格が悪くなりました。
キャバクラから出て、川崎駅に向かって歩き、途中、ホームレスの、段ボールの家があったので、破壊したい衝動に駆られました。
この日は大丈夫でしたが、後に、破壊することになります。
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