第11話 2022年9月28日

 クール。


 それは、ある意味、最も素の自分に近しい性格。


 自分の根底を「陽気」から「クール」に変え、且つ、根暗と判断されないように、様々な人間を演じてみました。「クール」プラスアルファです。アルファの部分は

「陽気」などの、私的に思う「人間にいい印象を与える何か」であり、加えて、それは演技であると分からせるように、無理している感、を、少しだけ匂わせる。


 私は社会に出るまでに、人間たちに迫害されないような、人間が求める人間にならなければならない。


 本腰を入れた人間の皮被り。


 特訓開始です。


 まずは、やはり(意外性が無くて、何故だか申し訳ない気持ちになりますが)、クールプラス陽気です。


 この組み合わせは私の後年の人生において最も登場する組み合わせなのです。


 その他に登場する私のキャラは随分と人に嫌われるものもありました。


 例えばクールプラス真面目、クールプラス優男(これは最悪でした)、クールプラス知的(これも最悪でした)。


 いずれも人間の勉強と考えれば、私の様々なキャラに対して見せられた彼ら彼女らの反応も意味のあるものでしたが、そもそも私は復讐的な要素を色濃く、人間になってやる、と決意した身ですから、嫌われてしまっては元も子もない。


 高校二年生の終わりごろ、早速、クールプラス陽気の私は、程よい立場で人間を勉強することに成功しました。


 人を見下すことです。


 私は十七年の人生で、散々と人に見下されてきました。


 会話が出来ない頭のおかしい奴。

 仕事が出来ない無能。

 寡黙、根暗、気弱。


 きもちわるっ。

 

 私も見下す側にならなければならない。


 しかし、あからさまに見下してしまえば、常識という概念によってこっちが迫害されるはずだ。


 みんな、ちょうどよくやっているに違いない。


 教材は、私の目の前で繰り広げられていた虐めの現場でした。


 虐めを受けていた生徒は……、なんと呼びましょうか、話数が増えてくると登場人物も増えていけませんね。


 人間には格下相手を迫害する習性があるようですから、弱者、と呼びましょうか。

 誰だって無意識にやっていることですから、問題ないですよね。


 ダメなのでしょうか。


 思っていても、実際に人を迫害した経験があっても、弱者、と口に出したらアウトなのでしょうか。


 傷をつけてしまうから? でしょうか?


 そんな良心がある強者なら、そもそも人を見下さないでください。

 自分勝手に怒らないでください。

 自分よりも上にいる更なる強者に、妬み、という感情で文句を言わないでください。


 あれは本当に分からないのですが、芸能人の不倫を叩くとか、暴露話を聞いて盛り上がるとか、謎が過ぎます。


 暴露する方も、それを楽しんで聞くのも、本当にクズですよね。


 まぁ、呼称は「彼」にしておきましょう。


 彼は、元々は、入学当初から私がよくつるんでいたグループの一員でした。

 私の高校は基本的に出席番号順の席でしたから、ほとんどその関係で出来たグループです。6人グループでした。

 その内の3人が、中学の頃にサッカーやら野球やらのメジャーな部活動でエースをしていたこともあり、また、世間一般的にいうイケメンでしたから、クラス内でも目立つグループでした(本当にくだらないことです)。


 授業中、膝の上に携帯ゲーム機を忍ばせて、6人でひっそりと盛り上がったり、昼休みは週刊の漫画雑誌を回しながら弁当を食べ、おかずを奪ったり。


 そんな楽しい日々を二年近くは過ごしましたが、突如として、崩壊します。


 それが、6人メンバーの内のひとりが、あるいはクラスメートの他のグループからも浮上した、


「アイツ無視しようぜ。キモイから」


 です。


 彼には、少し、しつこいところがありました。

 面白くないところがありました。


 なんでしょう。


 同じネタを擦り続ける癖があるのです。


 別に、私も芸人ではありませんから、詳しくは解説出来ないですが、なんか、あるじゃないですか。


 しつこい、で攻めるなら、しつこい、と突っ込まれるように、自分もしつこいというのは分かってますよ、という言い方をするであったり、また同じことを言おうとしてやがる、と、事前に相手に分からせるような一瞬の間を空けたり、含み笑いを入れたり、なんか、そういうのがあるじゃないですか。


 または、空気を読む、というのでしょうか。


 彼はそういうのが苦手なようで、実際、私も、面白くないな、と思いながら彼の話を聞くことが多々ありました。


 ひとつ、彼と私の間で定番になっていたやり取りがあります。


 彼が、教室の席で、いつものように同じネタを(これも先生のモノマネとかだった気がします)披露し、特別似ているわけでもないですから、私はいっさいの笑いを見せません。


 私は、眉間に思いきり皴を寄せて、迫真の表情を作り、


「めちゃくちゃ面白いな、それ」


 と、心底、嘘であることを匂わせて言います。


 すると、彼は「スベリ芸」というのは多少心得ているようなので、私の対応に喜びます。


 ある種の、サービスです。


 私はそれでよかったのですが、クラスメートにとっては、いつまでもそうはいかないようでした。


「面白くない」

「めんどうくさい」

「むかつく」


 そんな評価がくだり、無視に至るわけです。


 事の発端である野球部のエース君が彼に話しかけられると、当然、無視をしますが、居心地が悪いのか何なのか、私の方にいきなり話しかけ、無視の協力を仰ぐようにしてきます。


 サッカー部のエース君が彼に話しかけられると、愛想笑いだけを残し、やはり私のところに逃げるように来て、昨日の晩御飯がどうたらとか、不自然な話題をふってきます。


 教室の周囲を見渡すと、皆、ニヤニヤしています。


 日を置かずして、彼は自分が置かれた状況を早々に察した様子で、グループの集まりに入ってくることはなくなりました。


 私はそんな光景を目にして、人の見下し方を修得したわけです。


 人が人を見下せば淘汰されます。

 最低、性格悪い、と言われます。


 しかしながら、何故クラスメートたちは虐めという行いによって人を見下しているのに、それが許されているのか。


 それは、共通の敵、という存在のおかげです。


 赤信号

 みんなで渡れば

 怖くない


 こんなネタ的な五七五を、本気でやっているのです。


 人を見下しがちな人を目にしたら、毛嫌いするくせに、ですよ。


 人を見下してはいけない。


 これは常識。


 ただし、注意書きがあるようなのです。


 ひとつ、多数決によって、対象が共通の敵であると既決されれば、見下してもよい。

 ひとつ、見下すこと自体はいいけど、口にしなければよい。


 そうすれば、あら不思議、人間世界に馴染めるわけです。


 人間は、そのようなことを学校生活で学び、社会に出るようです。

 いや、学んでいるのは私だけでしょうか。皆、本能のままにやっているようにしか見えません。


 そもそも人間は、人を見下したい欲求を持って生まれているのではないでしょうか。


 私は、コイツより優れている。

 私の方が上手だ。


 これは特に男に見られる習性です。

 

 多数決によって弱者を定めれば、自分が上であることが明らかになる。


 優越感!


 きっと、常識とは、このような愚かな人間を制御をするために、どこぞの良い人が定めたルールなのでしょう。


「人を見下してはいけません」


 その、どこぞの良い人が説きます。


 すると、


「そうだよね」「うんうん」


 人間は耳当たりの良い言葉が好きですから、自分のことは棚に上げて、同調します。


 どこぞの良い人が説いたのは「人を見下してはいけない」です。

 言葉の通りです。


 そうだよね、と、理解を示しながらも、人を見下したい本能を捨てきれない人間は、「口にしなければいい」と、都合のいい解釈をしてしまうわけです。


 いや、「常識」設営の歴史なんて知りませんけど、だからこそ、私は思います。


 常識のある人、と評価されている人間が、一番たちの悪い、嘘つき野郎です。


 そんな嘘つき野郎たちに囲まれ、私も嘘つき野郎になり、幾度となく対象が変わる虐めに参加し、高校の卒業まで青春を謳歌しました。


 ひかりとの出会いや、嘘つき野郎への変貌を経て、私はすっかり、良い人、と、評されるようになりました。


 飲食店で働いては、


「またお越しください」


 と、思ってもいない言葉を笑顔で言い、客に評価されます。すると、店長にも評価されます。


 野菜収穫で働いては、周囲の若い学生たちの慣れ合いに、わざと参加せず、せこせこと収穫数トップの座に立つと、バイトを仕切っている社員的な人に評価され、飯に誘われます。


「加藤君、高校三年生なんだろ? いやぁ、こんなに真面目な学生さん、初めて見たよ。他の連中はいつもいつも、眠そうにしているだけで、てんで使えやしない」


「高校三年生だからこそですよ。もうすぐ社会人ですから、社会に出る練習という意味で、バイトにも全力で挑んでます。まぁ他の皆は、しょうがないじゃないですか。みんなお小遣いが欲しいだけなんですから、許してやってください」


 内心、私も馬鹿にしていますが、自分からは人を見下しません。


 人間、完成です。


 学校では虐めに参加しているクソ野郎の私ですが、社会から評価されるのです。


 女が寄ってくることも多くなりました。


 最後の学園祭でダンスを披露したのですが、それを終えてステージ下に戻ると、他校の女子ふたりから声を掛けられ、連絡先を聞かれます。


 本当の自分は小学や中学の頃のような、寡黙な男児。


 高校生にあがり、クールや陽気を演じてクラスの主要メンバーとなり、人を虐め、ちょっと踊れば、まるで自分の評価が変わる。しかも、それが「良い人」。


 薄っすらと、また、人間の世界に絶望しました。



 最近持病の悪化で、執筆が止まっていました。


 今も頭がボーっとしています。


 しかし、いよいよ私の恥の全てと云える社会人の部分です。


 体調が悪くとも、書きたいので、書きます。


 恥の多い生涯の全てを語り、消えるように……。

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