第9話 2022年9月16日
酒を覚えました。
加藤家は、その血を分けて生まれた人間は等しく酒豪で、いわゆる、飲めない人間、というのはひとりとしていません。
子ら、いずれかの結婚話があがれば、まずは、
「酒は飲めるのか?」
という問いから入る、変わったしきたりがあります。
私の十七歳の誕生日だったと思います。
酔って上機嫌になった父にコップを一杯手渡され、焼酎を注がれました。
「ほら、これが酒だ、飲んでみろ」
すると、すかさず母が、
「ちょっと、まだ早いんじゃないですか?」
と言いますが、母も充分に酔っぱらっている様子で、半ば諦めているというか、本気で止めようとしている気配はいっさいなく、口だけ、そう言います。
普段、まるで無口な父が、いつも酒を飲んでは上機嫌になる様子を見て育った私ですから、酒に興味がありましたし、注がれた酒を飲まないというのは、何だか父をひどく侮辱するような気がして、くいっと飲み干しました。
喉が焼けました。
美味しくはなかったです。
いや、二十七歳になった今でも、酒を美味いものとして飲んだことはありませんが、とにかく、喉が焼けて、体のどの箇所に酒が流れ落ちたのかが鮮明に分かるほどに、滾って、内心、こんなもの人間が飲む液体ではない、毒だ、と、恐怖しました。
しかし、なんでしょう、この、酒という毒は。
喉を焼いて尚、冷めることなく、今度は全身を駆け巡り、やがて私の脳みそまでを温めていきます。
どうでもいい。
人間がみせる身勝手な怒りや、差別。
酔っている時だけは、そんな悩みが、綺麗さっぱり、私にとっては関係ないことじゃないか、と、本気で思わせてくれるのです。
毒を以って毒を制す。
そんなことわざが頭に浮かんだ頃には、私はまた一杯、二杯、と、喉を焼き続けていました。
自分のことを棚にあげる術を得ました。
それが酒です。
私だって、人間に対して罵詈雑言をぶつけるクズ人間ですから、いくら根の優しさを自負していても、何気ない会話で人を傷つけてしまうことが多々ありますし、学業や仕事の中でも失敗をすることは、あります。
自分だってそうなのだから、自分には人を怒る資格などない。
酒を飲むと、棚にあげれるようになりました。
何なら、もう、遠投です。
酔っ払って、陽気な馬鹿になって、鼻水を垂らしながら、頬に渦巻き模様、自分の名が書かれた野球ボールを適当に放り投げ、文句を言えるようになりました。
流石に、私が高校生活の中でずっと演技をしていることまでは父に語りませんでしたが(この時は泥酔するほどに飲んでいませんし)、それとなく、シラフの状態ではとても恥ずかしくて語れない人生の悩みを、語りました。
「どうして人は人を怒れるのかな」
「どうして皆、当たり前のように差別をするのかな」
父の方は随分と酔っ払っていたのに、何故か、いつもの無口に戻りました。
赤黒い顔が、不意に真顔になり、くいっと酒を飲んだら、一言だけ言います。
「やっぱり、俺の子だな」
意味はめっきり分かりませんでしたが、私は、たまらなく嬉しくなりました。
多くを語らない男は、やはり、格好いい。
そんな男に認められたようなことを言われると、嬉しい。
私にとっての理想の男は、父である。
彼は酒の飲みすぎで死んでしまいましたが、今の私には分かります。
彼もきっと、心の奥底で人間を恐怖し、酒に逃げたのかもしれません。
スルーすればいい人間の愚かさについ目がいってしまい、色々なものを勝手に背負ってしまったのです。
我ら親子は、馬鹿一家。
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