第3話 2022年9月2日

 愛知への出張を終えた私は、相変わらず、女性と関係をもっては、ち、時には騙したような形になり、騙された形もあり、散々な生活を送っていました。


 その年の年末年始、私は、故郷の北海道に帰省しました。飛行機が着陸すると、空港の中に続く仮設の通路が設置されます。そこを通る時は、いつも、冬の北海道の厳寒を思い知らされ、まるで、それこそ空港の保安検査場と似たような感じで、寒さに対する耐性検査といいますか、入場の可否を問われているような気持になります。


 年末年始の帰省。毎度、流れは決まっていて、4人の友人と集まります。一夜、二夜、ではありません。それはもう、いい加減飽き飽きするほど、毎日のように集まります。それほどに仲がいい間柄でした。彼らは、私が人間をやめてしまった今でも付き合いがある、数少ない人間たちです。


 そんな親しい間柄である彼らに対しても、私は人間に対する嫌悪感を思い知らされていました。


 しかし、彼らは、間違いなく、友人です。

 何故、思うところがありながら、友人であり続けられるのか。


 1話から2話で、私が相当の変人であり、偏屈へんくつな人間であることは理解されたかと思いますが、私はずっと、自分を演じてきたのです。それこそ同期の沢田や、今紹介した友人たち、彼らと、一応でも親しくしてこれたのは、彼らの中に、少なからず、加藤は普通の人間である、一緒にいて楽しい、という評価があるからで、また、私が会社で普通に働けている事実も、それを物語っていました。


 私は、普通の人間を演じてきたのです。(太宰治は、このことを、人間に対する最後の求愛、または、お道化を演じた、と表現してます)


 具体的に、どのように、どういった経緯で、本当の自分を隠すようになったのか。

 幼少の頃から話を始めれば分かりやすいとは、分かっていましたが、それこそ『人間失格』のパクリと、どこぞの知らない人間に言われてしまうので、まわりくどい到達になりました。


 ここにきて、語ります。

 普通の人間を演じてきたとは、どういうことか。


 それは、第2話で書いたようなことを、思想を、あまり、人に言ってこなかったことです。あるいは今後に語る、全てのことを、でしょう。


 私は異常者であり、クズですが、そう卑下してくる人間だって、同様にクズじゃないか。


 この思想を、人に言わないのです。


 嫌われるからです。


 ねぇ? 普通でしょう?


 まるで不倫を正当化するような口ぶりを、人前で、言わないのです。(今でこそ大っぴらに語っていますが)


 あくまで、世にいう「常識」に従ったのです。


 人間は、常識を強要します。


 私は、そんな強要に怯え、まるでいがぐりでも丸飲みするかのような、それほどまでに痛い思いをし、普通の人間を演じてきました。本当です。


 異常者と知られれば、排除されるからです。

 自分が自分であっては、いけないのです。これほど辛いことはありません。


 しかし、そんなことは露知らず。

 人間は、平気な顔で、強要します。

 友人たちから感じた「人間への嫌悪」は、そういった「常識」や「普通の感性」の強要によるものです。


 友人と私、合計5人。(よく、誰かが女を連れてくるので、正確な人数は覚えていません)

 これまた、誰の家だったかは忘れましたが、寒い北海道です、私たちは家の中で、トランプなり、テレビゲームなり、時折、昔話を挟みながら、平凡な時間を過ごしていました。


 夜も更けた時、ひとりの友人が、ひとりの友人と、何やら口論めいた雰囲気で、言い合いになりました。(仮にAとBとします)


 AがBに対して言うのは、こうでした。


「いつまであんな女と付き合ってんの」


 恋愛話です。

 私は、大の男が集まって恋の話をするのは、ひどく女々しい雰囲気を感じ、いてもたってもいられないほど恥ずかしい思いが湧きおこり、つい逃げだしたくなるのですが、世の中のほとんどの男は(少なくとも私が関わってきた男)、抵抗がないのが普通らしく、また、いきなり部屋から出ていくのは、それこそ狂人以外の何にも映らないでしょうから、黙って聞きます。

 恥ずかしい、と実際に口にするのもかどが立ちますし、詰みです。


 話を聞くに、Bには付き合っている女がいる。なんでも風俗の女らしく、ツイッターやらの情報によると、その女には他の男がいるかもしれない、とか。


 それをAがBに、いや、CとDも一緒になって、Bを責めます。

 皆、心配のつもりで、Bにあてた優しさによるものだと言います。


 私は、心底、どうでもいいと思ってました。

 これは、冷たい、と言われても仕方がないかもしれませんが、違うんです。


 人には人の、恋があるじゃないですか。


 男女間のトラブルの、その真実は、外野からでは分かりません。当人たちですら分からないことがあります。

 分からないからこそ、普通の感性をもって、否定するのではないかと考えています。

 

 異常者である私にも、友人を心配する気持ちは分かります。

 大丈夫か? と、問うのは分かります。

 しかし、怒りや不満を表すのは違う。


 普通の感性という天秤てんびんに、他者の恋をかけ、悪に傾けば、否定。

 疑問が湧きます。


 おかしいのは私でしょうか。

 

 また、私の「人間への嫌悪感」を募らせたのは、この疑問だけではありません。


 友人たちが、Bの女、個人ではなく、「風俗の女」に対する嫌悪を示していたことでした。(しかし、これは友人たちに限りません。職場の先輩、上司、あるいは親戚、あらゆる人が対象です)


 まるで、「当たり前の差別」です。

 普通の感性を正義と疑わぬ、「当たり前の差別」を、何度も、何度も、見せつけられます。


 風俗の女なんて、ろくなもんじゃない。

 これは、私が風俗の女と親しい仲になった時、実の親に言われた言葉でもあります。


 似たようなことは他にもあります。

 例えばブス、子連れの女。

 男でいっても、ブサイク、ニート。

 いろいろあります。


 如何に親しい友人でも、血のつながった家族でも、一流企業に勤めるサラリーマンでも、当たり前の差別を、いっさいの悪気もなく、見せつけます。(自分らが、普通の感性をもって生まれて、普通というレッドカーペットを歩いているからでしょうか)


「え? 何? お前の彼女、風俗で働いてんの?www」

「あいつ彼女出来たらしいよ」「でもブスじゃんwww」

「子連れはやめておきなさい」


 そして、そのうちの誰かが結婚をすれば、一応、満面の笑みで、こう言います。


「結婚、おめでとう」


 祝うのが常識だからでしょうか?

 ハハハ。

 笑えてきます。


 どうやら、普通の人間は、嘘八百でも、常識に従えば、一旦はいいらしいです。


 どうやら、普通の感性をもつ人間は、普通の感性という天秤に、それらをかけて、正義に傾かなければ、心の底からは祝わないみたいです。

 

 そして、相も変わらず、性に乱れる私を叩きます。


 私をクズと呼びます。


 ハハハ。


 ハハハハハハハッハハハハハハッハハハハッハ。


 安直な感想、イメージとは、やはり、覆せません。

 風俗の女は汚いのです。

 子連れの女は、モテない男が妥協して選んだ相手なのです。

 ブサイクの相手はブスなのです。


 さぁ、読者の皆さん、そういうカップルを見たら、一緒に鼻で笑いましょう!

 いつもみたいに!


 そして、私を叩け!


 ゲスの女ったらし! と!



 あと、追って登場するかもしれませんが(安直な感想によって、とても信じられないでしょうが)、私は女友達が多い方です。

 ひとり、本当に、いっさいの性的関係のない友人がいます。

 芸能界にいても何らおかしくないと思えるほどの、いわゆる美人ですが、子持ちのバツイチです。


 彼女が男と遊んでいるのを聞いた人間が、子持ちのくせに何をやっているんだ、と言ったのを聞いた時は、心底、空しい気持ちになりました。

 彼女は慎ましさを強要されるらしいです。


 普通の感性から逸れた人間は、問答無用で、悪!


 もしかしたら、悪と捉えた対象の、その全ての人生、人柄を、まさしくこの小説のようなもので把握した時、人間は反省をするのかもしれませんが、さぁ、どうでしょう。


 そもそも、そんな機会はありませんから、とにかく、安直な感想、イメージによって淘汰された普通以外の人間……、いや、ゴミ、ですか? なんでしょう。やはり、異常者?


 生きていけません。


 敗北者です。


 私は、敗北者の身として、延々と嫌悪感を募らせ、ただ、酒を飲みます。


 酔いすぎると、怒られます。


 酔っていないと生きていけない程に、この世界は、異常者にとって、辛いのですが、分かりませんか。


 それすらも……ですか?


 強要。強要。


 ……強要。

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