第10話 俺の知らないうちに世界がヤバイ事になっていた‼
人生なんてのはクソだ。世の中全部クソだ。
いつの間にか俺はそう考えるようになっていた。
受験に失敗した事が原因じゃねえ。俺はまだ負けちゃいねえんだよ。
さっきまで一緒にいたはずなのにもう紅茶の準備までしていやがったか。
人間は顔でも、動作スペックでも無え。心だよ‼心の何か深いところにあるアレが重要なんだよ‼
ズズズズ…。
【うまい棒】の食べ過ぎで喉が渇いていた俺は真っ先に紅茶を飲んだ。
「…この男、遠慮という言葉を知らないのかしら?」
プリシラは紅茶の香りを楽しんだ後、ケルヴィンに礼を言う。
はいはい。どうせ俺は育ちが悪いし、頭が悪いですよ。
少し経ってからプリシラも同様に紅茶を飲んでいた。育ちが良いと音が出ねえモンなのか、金持ちも侮れねえな。
「えへっ。ケルさん、ゴチになるっす!」
ここにいたぜ、俺の同類が。
俺の隣に座っていたリンダが両手でマグカップを掴むようにして紅茶を啜っている。
ズズズズ…。
俺も
ケルヴィンは宝石箱みたいに綺麗な小箱からクッキーを出して小さなバスケットに入れていた。
俺とリンダは手を伸ばし容赦なくバクつく。
バリバリバリ…。
うん、美味い。
「ふう。家畜が目の前で餌を食べる姿を見るのも一種の社会勉強ね」
「…。プリシラさん、辛辣っすよ」
「ハッ、何とでも言え。俺は俺で俺なんだから誰にも俺である事は変えられねえからよ」
リンダはやや青ざめ、俺は不貞腐れた。
「レオナルド、貴方にしか見えないお友達との相談は終わったのかしら?」
「ああ、それね。特に話をしても問題ないって言われたよ」
ぺしつ。
俺が指先についたクッキーの食べかすを舐めようとするとケルヴィンがおしぼりを顔にぶつけてきた。
「これ以上、当家で人の姿をした生物が家畜の振る舞いをする事は許さん」
ただでさえつり目気味だったケルヴィンが目を三角形にして怒りに震えていた。
俺は委縮しながらおしぼりで指先の汚れを拭き取る。
プリシラはどうしていたかと言うと、周囲に十個くらい【風神の槍】を召喚していた。よく見ると眉間にしわが寄りまくっている。
ズドドドッ‼
俺は為す術も無く十数本の槍に全身を貫かれた、合掌。
「実はよ、俺悪魔に襲われて一回死んでるんだ」
「…レオナルド、これ以上戯言をぬかすと塵レベルまで分解するわよ?」
プリシラは左右の掌を寄せてその中心に四角形の力場を作る。ポン、とケルヴィンが俺の肩の上に手を置く。
「レオナルド。最後のアドバイスだと思ってよく聞いておけ。お嬢様がその気になればお前の死体を隠す事など造作も無い」
「嘘じゃねえよ。俺は絶対に撤回しないからな」
プリシラ、ケルヴィン、リンダまでもが真剣な顔で俺を見ている。
ハッ、全部真実だし。
「それじゃあ質問を変えるわね。どうやって貴方は悪魔に襲われた後、生き返ったのかしら?」
「よく知らねえけど俺の身体に魔神ボルボアってのが入って命の代わりになっていていれてるらしいぜ?」
「うわあ…。すごい肝心な部分を”良く知らない”だけで押し通そうとしているっすよ。プリシラさんの元彼さん」
「リンダ?今何と仰ったのかしら?」
パチンッ‼
プリシラが指を鳴らすと球形の魔法陣が発動する。
ブオォォォ…。
リンダの頭の真上に黒い玉みたいのが出来上がっていた。
「ひぃっ‼」
ぺちっ。黒い球体からゴミのような物が飛び出してきてリンダの頬にくっつく。蠅だった。
「プリシラさん、上ジョーダンっすよ‼ジョーダンッ‼お願いだからこの蠅の巣みたいなの退けてぇぇぇッ‼」
パチンッ‼
プリシラが指をもう一度鳴らすと立体型の魔法陣はもっとデカくなった。
「この魔法陣が壊れるとどうなるかわかるかしら?貴方の頭の上に蠅が降って来るでしょうね…」
ガチガチガチガチッ‼
リンダはZ級の恐怖の為に高速で歯を鳴らす。そら見た事か、お前は悪魔より怖い女に魂を売っちまったんだよ。
「もう言いませんっ‼もう弄りませんからっ‼うきゃあああああっ‼」
結局リンダは気絶して、別の使用人が彼女を部屋に運んだ。
「相変わらずの切れ味だな、恐れ入ったよ。ところで魔神の話だけどお前ぐらい頭良い女なら名前くらいはあるだろう?」
「…。ボルボア、ねえ。悪いけど全然聞いた事がない名前ね。それ以前に現在確認されている魔神の数が少ないわ」
プリシラはケルヴィンの方を見る。ケルヴィンは紅茶のカップをカートに乗せるとお代わりを用意した。
サッ、サッ、サッ…って分身の術でも使ってるのかよ?一秒もかかってねえんじゃねえの?
「お嬢様の言う通りだ、ゴミにたかるゴミ虫の身体に付着したカビ。現在魔術師協会で確認されている魔神は十六体。そのうち十体はもう千年近く姿を現していないのだ。私も多少なりとは魔神に関する知識を持っているがボルボアなどという名前は聞いた事が無い。お前の妄想を書き連ねたノートの登場キャラの名前を当家で公開するな」
情けねえ…。言い返す事も出来ねえよ。
「信じて欲しければ証拠を見せなさい。魔神と契約したなら何か証拠があるはずよ?」
同タイミング、ボルボアから通信有り。
”レオナルド、私がこの場で顕現するというのはどうだろうか?”
ボルボアは俺を心配しているような調子で意志を伝えてきた。魔神にまで心配されてる俺って一体…。
「でもよ、お前の身体大きすぎるだろ。嬉しいけどやっぱやべえよ…」
レオナルドは自分でも気がつかないうちに声を出してボルボアと話していた。プリシラとケルヴィンは唖然とした様子で彼の挙動を見守っている。古来悪魔に襲われた者は正気を失ってしまう話も少なくない。
プリシラはとりあえず紅茶を飲んで落ち着く事にした。
「お嬢様、お気を確かに…。悪魔に襲われた者が発狂するのは珍しい事ではありませんから」
「大丈夫よ、ケルヴィン。私は冷静よ。でも本当に貴方でもボルボアという名前を聞いた事がないのかしら」
ケルヴィンは形の良い顎に手を当て、一考する。
「無いですね。私の魔界に関する知識など、せいぜい千年前。魔神たちが魔界の派遣を巡って争っていたのはもう数千年ほど前の話ですから…。原則そして魔神が外界の人間とコンタクトを取るのは
結局、二人はレオナルドが神経衰弱になったのだと思う事にした。
「本人(魔神)から許可が下りたぜ。今回はミニマムサイズで出て来てくれるってさ」
俺はボルボアと交渉して必要最低限かつ屋敷を壊さない程度のサイズで出て来てもらうことにした。
ボルボアは魔神とは思えぬほど大らかな性格でヤツの方からは特に注文は無し。
見さらせ、ブルジョワども‼俺の交渉術を‼
「ぼる―」
ボムッ‼俺の目の前に小さな爆発が生じる。次の瞬間、爆発跡の煙の中からイノシシの幼生”うり坊”みたいなのが登場。
「ボルボア…だよな?」
「ぼるぼるー」
ボルボアは誇らしげに胸を張る。
「俺の命の恩人の魔神ボルボアだ。…しし鍋にして食べるのはもう少し先にしてくれ」
俺は卑屈に笑いながら二人の姿を見る。
「これは…愛くるしいわね。何が好物なのかしら?ケルヴィン、団栗でも用意してあげて…」
プリシラは…萌えていた。目をキラキラさせて色んな角度からボルボアを見ている。今回ばかりは俺も同じ意見だ。実体化したボルボアは超可愛い。
「レオナルド、団栗とは一体?」
俺は無造作にポケットに手を突っ込む。
(どれどれ…と。おっ、あった)
俺は団栗をボルボアの前に置く。ボルボアは鼻をフゴフゴと鳴らした跡、団栗を食べてしまった。
「…これは実に美味い。こちらの食べ物とはこんな美味かったのか…⁉」
こっちも目を輝かせて喜んでいる。まあ、お
「ああっ‼ケルヴィン、早く画家を呼んで頂戴…。ボルボアさんの愛くるしい姿を写してもらわないと」
「…おいおい、血迷うなよ。お前はこの話の貴重な常識人枠なんだぜ?」
俺はプリシラの意外すぎる姿に圧倒され放しだった。
「はあ…。癒されるわ…」
一方、ケルヴィンの方は顔面蒼白でボルボアを見ている。今は驚きよりもむしろ畏れの方が強いといった表情になっている。
「おい、レオナルド。まさか本物の魔神を連れて来るとは想定外だ。アレは本当に無害なんだろうな?」
放っておけば俺の襟を掴みかねないほど焦っている。ケルヴィンは普段からスカした態度なので「ざまあ」って気分だがここまで動揺しているところを見ると俺も心配になってきた。
つくづく小者だな、俺は。
「まあ俺みたいのを助けてくれたんだ。無害っつうか懐が深いのは間違いねえだろ」
「そうか」
ヤツはそのまま黙り込んでしまった。その後、俺は上機嫌なプリシラから「しばらくは包帯を外すな」とか「定期的に屋敷を訪れて経過を報告するように」と指示を受ける。俺は魔法に関しては素人程度の知識しか持っていないので快くとは言えないまでもそれなりに納得して承諾した。
プリシラはすぐに「自室で調べものがある」と言って早急に姿を消してしまう。
プリシラから解放されて放心状態となった俺はケルヴィンに馬車で街まで連れて行ってもらえることになった。
…これからどうなるかって?俺にもよくわからねえよ。
俺の内なる”獅子”はまだ眠っている…ッ‼ ~明日世界が滅んでもおかしくはないのに~ 未来超人@ブタジル @0121
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