第9話 キモオタ・ストラッシュ

 ボスステージ、まさか僕がここにくるとはな……それもアスカさんの剣を手に。

 冒険者に憧れていた小学生の頃の僕に教えてやりたいよ。

 僕は決戦を前に感傷に浸っていた。


 《ボスステージに入りました。レベルの10倍のモンスターが現れます》


 アナウンスが鳴り響き、ステージの中央に光が集まる。煙に包まれたモンスターの影がうっすら現れる。


 来い……叩き斬ってやるぜ! 緊張で足が震える。


「気をつけろ!」

 ステージの外から不安な表情で見るアスカさん。


 任せてください。

 僕たちの愛の必殺技【キモオタ・ストラッシュ】をぶちかましてやりますよ!

 必殺技のイメージはバッチリだ。

 何年、冒険者になる用意をしてきたと思ってる! この時を待っていたんだ!


 煙が晴れ、あのモンスターが姿を現した。


 《ボスが現れました。レベル0 スライムです》


「ス、スライム!?」

 もちろん知っている。モンスターの初歩の初歩。プルプルの粘液状の体、誰もが知るザコモンスターだ。


「木本君! 気を抜くな!」

 アスカさんはスライムを見て気が抜けていた僕に言葉をかける。


「は、はい!」

 確かにそうだ。スライムと言っても、僕と同じレベルのモンスターだ。

 一筋縄ではいかないだろう……



「スライムか……普通なら楽勝だが同じレベルのモンスターとなるとどうなんだろうな……」


「ええ……同レベルのモンスターは私たちでも苦労するわよ……」

 外では格闘家と魔法使いも心配しているようだ。

 レベルの10倍のモンスター。どの冒険者も経験ないだろう。



 ステージの中央ではスライムがピョンピョンと飛び跳ねている。


「ふふ……お前も死闘を予感してるって訳かい」

 そんなことをスライムは考えているのかは分からないが、僕は敵と心の会話を交わす。


 剣を構える。鉄の剣は重く、振り回すのは簡単ではない。隙を見せたら狩られる……!

 緊張感がステージを覆う。


 膠着状態が続くボスステージ。アスカさんはたまらず僕に声をかける。

「……くっ! 木本君! 焦るな! 防具のポケットに飛び道具が入っている。それを使って様子を見るんだ!」

 アスカさんからのアドバイス。なるほど! 冒険者らしい戦い方だ! これがトップ冒険者か!


 アスカさんのアドバイス通り、僕はポケットに手を突っ込む。


 「これは……手裏剣か?」

 ポケットには手裏剣のような硬く尖った飛び道具が入っていた。


 よし、これで様子見してみるか……


 僕はスライムに向け、手裏剣を放る。


 『カツンッ』

 スライムに当たる手裏剣。


 『ピーピーッ』

 スライムは体を不愉快そうに揺らしている。


 「む!? 隙ができたか?」


 これが僕たちの戦いのゴングってわけだな……さあ行くぞ! 剣を逆手に構える。冒険者を夢見た日から何度この構えをしてきただろう。



 地面を強く蹴りだす。

 走馬灯のように今までの思い出が蘇る。

 レベル0と分かってからの辛い日々、自分ではどうしようもない闇の中を彷徨った青春時代。

 ……ふふ、全部この瞬間の為だったのかな?

 もう弱い僕はいない! 僕は勇者 木本オタフクだ!!



「木本君! いけぇぇえ!」

 アスカさんの声援がしっかりと聞こえる。思いのほか冷静な自分に気づく。スライムが止まって見えるぜ!!

 剣を強く握りしめる。


「くらえスライム! 必殺! キモオタ・ストラッ――」


『ピエェェェェッーーー!』


「!?!?」


 必殺技を放とうと走り出した瞬間、スライムが地面を転げまわる。


 『ピー……ピ……ィ……』


 苦しそうに悶えるスライム。

「な、なんだ!? ハッ!!? 進化か!? メタルスライムになる気だな!?」


 油断ならないモンスターだ。再び剣を構える僕。


 しかし、スライムはそのまま煙のように消滅した。


「……え?」

「……え?」

「……え?」

 驚く一同。


「……まさか、あの手裏剣が当たって……死んだのか……?」

 驚くアスカさん。


「……そんな。必殺技もまだなのに……」

 せっかく必殺技の練習をしてきたのに……


 僕たちはレベル0のモンスターの弱さを見誤っていたようだ。


「これがレベル0か……一歩間違えれば、逆だったかもしれねぇ……」

 好敵手の残骸を哀しい目で見つめる。


 こうして僕のダンジョンデビューは最強ギルドに見守られながら、一撃でボスを倒すという快挙で終わった……

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