第8話 ダンジョン
ヘリコプターはあっという間だった。
そりゃVIPはヘリコプターを使うわけだ。
現地にはギルド竜の牙のサポートメンバーが待っていた。
昔、『週刊ダンジョン』で見たことある面々だ。
トップランクのダンジョン冒険者、格闘家に魔法使い、それに最強剣士のアスカさん。
「お、君がキモオタ君だね」
屈強な格闘家が話しかけてくる。
「は、はい……」
うわぁ、有名な冒険者だ……サイン貰いたいな。
しかし、ここでもキモオタが定着していたか……
「ダンジョンは初めてってことだけど、俺たちがサポートするから安心してよ。
といってもこの精霊のダンジョンはちょっと特殊だけどね」
「はい。よろしくお願いします」
強くて優しい人たちだ。これがトップ冒険者……村田みたいな半端モノとはこうも違うものか。
精霊のダンジョンを前、にアスカさんが今回のダンジョンの説明をしてくれる。
このダンジョンは入るとすぐにボスステージ。
ステージに侵入する冒険者のレベルの10倍のレベルの力を持ったボスが現れる。
ステージに入るのはもちろん僕一人。他のメンバーはステージの外から見守る。
こんな豪華な冒険者を集めてもらって僕とレベル0のモンスターの熱いタイマンを見てもらうのは忍びないな……
「頑張ってくれよ、キモオタ! なんかあったら俺らが助けからよ」
「とはいっても私たちがボスステージに入ると強力なモンスターが出てきちゃうわけだからね……見殺しになっちゃうかもしれないけど」
優しい格闘家と、サラっと恐ろしいことを言う魔法使いのお姉さん。
この人も『週刊ダンジョン』に出てたトップ冒険者だな。
「が、がんばります……」
責任重大だ……期待されるのは初めての経験だ。
防具を装着し、剣を握る。
レベル0の僕でも振り回せる重さの武器を用意してくれているが、さすがに剣はずっしりと重い。
「レベル0のモンスターというのがどんなものか分からない。しかし、この剣で一撃入れられればそれだけで勝てるはずだ」
アスカさんが僕にアドバイスをくれる。
「はい……頑張ります」
「頼むぞ……」
アスカさんは心配に僕を見る。
「はい……あっ、約束も忘れないでくださいね……」
「……」
おいおい、アイドルとのデートは大丈夫なんだろうな!?
◇
いよいよ精霊のダンジョンに侵入する僕ら。
これがダンジョンか……
夢にまで見たダンジョン。僕はいよいよ足を踏み入れた。
思ったより人工的な壁に床。なんか……ダンジョンって、もっと洞窟みたいにゴツゴツしてるイメージだったけどな。
僕らが入るとダンジョン内にアナウンスが流れる。
《ここは精霊のダンジョン。このダンジョンのボスは冒険者のレベルに合わせて強さが変わります。冒険者のレベルの10倍のレベルのモンスターが現れます》
「これがアナウンス……なんというか、デパートの迷子のお知られ的な、丁寧な感じなんですね」
「ああ、こんなアナウンスがあるダンジョンは初めてだ……」
神妙な顔つきになるアスカさん。
「アスカさん……僕、震えてますよ……」
「お、武者震いか?」
「小さい頃……冒険者の戦闘動画で何度もこの風景を見てきたんです。実感しますよ。夢が叶ったんだって!」
「……そうか。……よかったよ!」
「はい! 全てこの日のためだったんですね……なんて言うか……約束の景色? っていうんですか!? へへ、すいません。ポエマーになってましたね」
「……」
一人熱くなっている僕にアスカさんは何も言わなかった。
こんな人工的な作りのダンジョンはアスカさんも初めての経験だ。
きっとそれは僕の脳内で作られた妄想なのだろう……とは。
ダンジョンに入るとすぐにボスステージに到着する。
ここまでモンスターは一体も現れなかった。
あっさりしてるな。もうっとモンスターとの死闘があるのかと思っていたよ。
せっかくのサポートメンバーに申し訳ないな。
「さあ。木本君、準備は良いか?」
アスカさんが言う。いよいよボスとの戦いが始まるのだ。
「はい……」
心臓の鼓動が収まらない。これから命のやり取りをするんだ……
「大丈夫か? 今更こんなこと言うのもなんだが、無理はしなくていいぞ……?」
震える僕を見てアスカさんは優しい言葉をかけてくれる。
「そんな……任せてくださいよ」
「危なくなったときは、必ず私が助け行く! 心配するな!」
アスカさんが僕を強く抱きしめる。
アスカさんの抱擁。こんなラッキーな状態でも流石に喜べない程の緊張状態だ。
「……しっかりしろ!」
アスカさんが檄を飛ばす。
「大丈夫だ。君なら必ずやれる!」
「……は、はい」
怯える僕にアスカさんは言う。
「……木本君、実はその剣だがな、以前私が使っていた剣だ」
「えっ?」
僕は剣に目をやる。どこにでもありそうな鉄の剣だが……
「大切な剣だがな。君に使いやすいように再加工したものだ。必ず君を守ってくれるはずだ」
「そんな……これがアスカさんの剣……?」
まさかこれが、憧れの最強剣士の剣だったなんて……
師匠の武器を使って強敵に勝つ! 少年漫画の鉄板エピソードじゃないか!
「アスカさん……僕、やれる気がしてきました……!!」
不安な気持ちは消し飛んでいた。
「ああ、行って来い!」
「アスカさんの剣……これを使って負けるわけにはいかない!」
「う、うむ……」
「僕の敗北はアスカさんの敗北になってしまいますもんね……アスカさんに恥をかかせるわけにはイカンですわ!」
「お、おお……! その意気だ!」
「行ってきます!」
僕はアスカさんの熱い思いを背中に受け、ボスステージへと入った。
来いモンスター! 僕の力とアスカさんの剣、僕たちの愛の力に勝てないモンスターなんていない!
「アスカってあんな安っぽい剣使ってたっけ?」
ギルドの仲間の魔法使いがアスカさんに尋ねる。
「え……? つ、使ってたさ……」
「……そう……」
なにかを察した魔法使い。これ以上何も言わなかった。
「……ああ言うしかなかったんだ……仕方ない……頼むよ木本君……」
僕を奮い立たせるための優しい嘘だったことを僕は知ることは無かった。
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