第4話 憧れのアイドル

「――というのが、木本君をここに呼んだ理由だ。……って君、聞いているのか!?」




「はっ! すみません!!」




 ずっと放心状態の僕にアスカ様は……いや、アスカさんは状況を説明してくれた。






 こんな近くでアスカさんと話をできる日が来るなんて……彫刻のような美しい顔、いい香りは大人のフェロモンなのだろうか?




「おい! ボーっとして、君は私の話を聞いているのか?」


 アスカさんはニヤニヤしている僕に怒る。




「は、はひぃい!」


 僕がМ属性に目覚めたのは言うまでもない。






 アスカさんから聞いた話はこうだった。




 なにやら数か月前に新しいダンジョンが地方にひっそりと現れた。




 新しいダンジョンということでギルド竜の牙で探索を始めたところ、他のダンジョンとは全く違うタイプのダンジョンだったらしい。




 そのダンジョンは入るとすぐにダンジョンの主が、つまりボスがいるボスステージから始まるというダンジョン。




 当然、最強ギルド竜の牙ならすぐにボス討伐でダンジョンクリアという流れになるかと思ったところ、突然ダンジョン内に謎のアナウンスが流れた。




 《ここは精霊のダンジョン。このダンジョンのボスは冒険者のレベルに合わせて強さが変わります。冒険者のレベルの10倍のレベルのモンスターが現れます》




 ということだった。




 こういうタイプのダンジョンは世界でも初めてのようだ。


 どうも人工的に作られた。悪意を感じないダンジョンということだが。






「自分のレベルの10倍はボスですか……それはエグイですね……」




「ああ、自分と同レベルのモンスターでも倒すのには相当苦戦する。

 上のレベルのモンスターとなれば命を落とすこと珍しくない。

 それが自分の10倍のレベルのモンスターとなると、討伐なんて不可能だろう」


 世界最強レベルのアスカさんならレベル50はあるだろう。


 レベル500のモンスターなんて考えただけでも恐ろしい。 




「そこで我々は君に目つけた。横浜にレベル0の高校生がいるという噂を聞いてな」


 アスカさんが僕を指さす。




「なるほど……」


 合点がいった。それで僕が呼ばれたのか。それにしても美しい……




「君がこの計画に参加しても大丈夫な人間なのか調べるために、君の身辺調査をしていた」




「えっ!? 身辺調査?」


 ゾッとした。そんなことまでしていたのか……全然気づかなかった。


 


「若干、過激なオタク趣味はあるようだが……まあギリギリセーフだろうという結論に至った」




「過激って……」


 え? まさか、部室での僕の奇行を見ていたのか!?




「まあ私の言いたいことは分かってくれただろうか?」




「は、はぁ……」


 もちろん、急な話で驚いてはいるが。




「木本君には、その精霊のダンジョンをクリアしてほしいと思っている。


 レベル0の君が戦えばボスのレベルも0だ。0は何倍でも0だ!


 君しかクリア出来ないダンジョンなんだ」




「なるほど……」




 急なことで気が動転している。


 レベル0の僕でも冒険者になるってことか……それは嬉しいけど……



 「今までのダンジョンとは全然違う種類のダンジョンだ。親切にアナウンスまでしてくれる。


 このダンジョンをクリアすれば、謎に包まれているダンジョンの秘密に一歩近づくのではないかと思っている。」




 幼い頃、憧れていたダンジョン冒険者。


 自分がなることはできないと諦めていた夢だ。




「世界中にダンジョンが出来てから多くの人がモンスターの犠牲になっている。


 このままではダメだ! 早くダンジョンをなんとかしなければならない」


 アスカさんの真剣な眼差しで言う。




「実はな、私の家族もな……ダンジョンのせいで寝たきりになっているんだ……」




「そうなんですか……」


 拳を強く握るアスカさん、怖い表情に変わる。




 家族がダンジョンのせいで辛い目に遭っている。


 トップ冒険者アスカさんの強さの秘密を垣間見た気がした。美しい……




「我々が全力でサポートする。当然、無理強いは出来ない。


 未知のダンジョンだ。危険な目にあう事も考えられる」




 まさかアスカさんにスカウトされる日が来るとは……


 もちろん、助けてあげたい。でも……




「す、少し考えさせてもらってもいいですか……」


 さすがにすぐに返事は出来ない。しかし……




「そうか、ありがとう!」


 笑顔になるアスカさん。




「え? 僕、考えさせて欲しいって……」




「快く引き受けてくれて助かるよ」


 アスカさんは僕の手を握る。アスカさんとの握手……これは最高に嬉しいが……




「いやいや! ちょっと待ってくださいよ」


 政府の連中は人の表情を読み取るのが苦手な傾向にあるのだろうか?




「……正直言うとな、税府が全力でレベル0の者を探し回ったが、全く見つからないんだ……君しか世界を救えないんだ!」




「僕が……世界を!?」




「ああ! 君が世界を救うんだ! 木本君!」


 アスカさんは拳を振り上げる。


 くっ! 英雄願望のある中二病の僕に一番刺さるフレーズを使いやがる!!




「もちろん、かなりの生死に関わらず報酬は約束する」


 生死に関わらず!? 僕、死ぬの!?




「で、でもすぐには決めれませんよ……両親にも相談しないと」


 僕ば高校生だ……簡単には決められない。




「その点は大丈夫だ! すでに先程、政府の人間が君の家にも挨拶に行っているよ」




「え?」


 政府の行動の早さにゾッとする。




「ご両親には快諾頂いたよ」




「そ、そうですか……」


 それはほんとに快諾してそうだな……




「頼む! なにか希望があればなんでも用意させてもらうよ」


 アスカさんは鬼気迫る勢いで僕に詰め寄る。




「な、なんでも……?」


 ゴクリ……、話が変わったぞ?


 トンデモないことを言ってるのか分かってるのか!?


 こっちは思春期真っ盛りの童貞男子だぞ!?


 なんでもなんて言われたら……




 僕は恐る恐るアスカさんに尋ねる。




「じゃ、じゃあ例えば……アスカさんと――」




「あっ、そういえば君はアイドルが好きだったな!」




「え? は、はい」


 アスカさんは僕の質問をさえぎる。




「ダンジョンクリアの報酬に好きなアイドルとデートでもするというのはどうだろうか?」


 アスカさんは僕に提案する。分かっている、きっとこの人に悪気はないのだ。




「なるほど……それも魅力ですね……でも……例えば、アス――」




「よし! じゃあそうしよう! 木本君の好きなアイドルは誰なんだい?」




「……」


 ナチュラルな鉄壁のガードを見せられた。これがトップ冒険者か……




「あーもう、分かりましたよ! アイドルなら誰でもいいですね?」




「もちろんだ! 我々、竜の牙は政府直属のギルドだ。たいていのことはなんとかなるぞ!」




 ……凄いな。これが上級国民というものなんだろうか?


 政府の命令で僕とデートをさせられるアイドルが不憫でしょうがないよ……




「じゃあ……アイドルの白野サクラちゃんとデートさせてください」




「……え?」


 アスカさんの表情が曇る。




「え? 誰でもいいって……」


 なんだ? 政府でもサクラちゃんはNGなのか?




「……ああ、そうだな。うーん……」


 さっきまでの勢いがなくなり、歯切れが悪くなるアスカさん。どうしたんだ?




「分かった……無事にダンジョンをクリアしたら……なんとかしよう」


 アスカさんは不満そうに言った。なんなのだろうか?




「……あの……先払いはダメなんですかね?」




「必ず、無事に帰ってこような!!」


 アスカさんは僕の手を強く握る。




「……はい……」


 憧れの冒険者のわがままな一面に振り回される。


 トップアスリートはわがままというが間違いないのだろう。




 しかし、冒険者になるという一度は諦めた長年の夢がこんな形で叶うとは。




「はっはっは、一件落着ってところかな?」




 緊張感無くヘラヘラと笑う鑑定士の蛸沼さん。


 お前、まだいたのか……

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