第5話 採寸

「さっそく、同意書に目を通してサインを頼むよ」

 アスカさんがテーブルに同意書を広げる。準備がいいな……


 内容は死んでも文句を言いません、的な内容だ。

 死んでしまったら文句はもちろんあるが仕方なくサインをする。


「ありがとう。木本オタフク……良い名前だな」


「……そうですかね?」

 出来ればもっと普通の名前が良かったが。


「身辺調査をしている時、君がクラスメイトからキモオタと呼ばれているのを知ってな、今どきの若者の残酷さに涙したが、ただのあだ名で安心したよ」


「なかなかハードなあだ名ですけどね……」

 アスカさん、コッチはあなたの知らないような暗い学園生活を送ってるんですよ。


「そんなことまで調べられてるんですね? ……個人情報筒抜けじゃないですか」


「ふふ、木本君、この情報化の社会じゃ個人情報は全て丸見えなのだよ」


「そういえばアスカさんは苗字はなんていうんですか? 苗字は公表されてないですよね?」

 

「……そ、それは個人情報だからな、教えられんよ」

 アスカさんは僕から目を背ける。


「……」

 そうだよな……こんなストーカー気質のある男には教えられませんよね。


 ◇


 書類やら冒険者としての手続きを終える。


「あと、ダンジョン冒険用の武器や防具を用意するから体の採寸をさせてもらうよ」


「おおっ! 武器に防具!」


「今回行く精霊のダンジョンではいきなりボス戦だからな。

 君の10倍のレベル……つまりレベル0のボスというのがどんなモンスターなのか見当もつかないが念のため用意しておこう」


 いいな! 冒険者らしくなってきたぞ! 政府から武器をもらえるなんて。


「じゃあさっそく服を脱いでくれるか?」


「え? ここでですか?」


「当り前じゃないか。いま測って、すぐに防具を用意しないとダメだろ?」

 メジャーを持つアスカさん。


「まさか……アスカさんが測ってくれるんですか?」


「ん? なにか問題あるか?

「いえ……大歓迎です」

 嬉しいような恥ずかしいような。

 憧れのこんな美人の前で裸を晒すなんて……


「で、では……」

 僕は服の脱ぎ捨てる。合法的に美女の前で素っ裸になるなんて……クセになりそうだ……


「し、失礼します」

 パンツに手をかける。


「あー! パンツは脱がなくていい!」

 慌てるアスカさん。


「あっ、いいんですか?」

 どこかガッガリした気持ちになる。


「服だけで十分だ! そんなところ測るわけないだろ!」

 顔を真っ赤にするアスカさん。可愛い……


 アスカさんが僕の体の部位を測定する。


「ウエストが……ひゃ、115!?!? センチ……っと。なんというか……私が言う事じゃないんだが……。

 もう少し瘦せたほうがいいのではないか? 健康面で心配になるよ……」

 アスカさんは豚を見るような目で僕を憐れむ。


「……わ、わかってますよ」

 くそ! アスカさんに裸を晒すと分かっていたら、ダイエットを頑張れていただろうに。


「すみません……今度までには抱かれたい体になっておきます……。」


「な、なに馬鹿な事いっているんだ!」

 再び赤面するアスカさん。意外と初心な一面にキュンとする。

 もしかして……あまり男との付き合いがないのだろうか?


「じゃあ最後に太ももを測るぞ。ここがぴったり合ってないと動きづらいんだ」


「ふ、太もも!」

 仁王立ちの僕の正面にアスカさんがしゃがみ込む。

 チェリーボーイには過激なシチュエーションだ。


「ほう、しっかりした太ももだ! 剣道をやっていたらしいがそのおかげか? カチカチだぞ」

 ……はい、カチカチです……。


 嬉しそうに僕の太ももも測るアスカさん。

 やはり冒険者だけあって強い男が好きなのだろうか?


 計測を終え、(カチカチがバレないように)そそくさと服を着る。


「今は贅肉で醜い体だけど……」

 アスカさんが僕の体を見てなにかを言う。


「醜いって……」


「なかなか鍛えられてる良い体だ。冒険者を夢みて鍛えていた甲斐があったな」


「……そんな情報も筒抜けですか」


「君の初めてのダンジョン、しっかりサポートさせてもらうからな」

 アスカさんが僕の目を真っすぐ見て言った。


「はい。お願いします!」


 こんなに頼りになるサポートはいないだろう。



「ダンジョンは次の日曜日に行くぞ。

 当日は君の家に迎えに行くからしっかり休んで英気を養っておいてくれ」


「はい! 今日からトレーニングをします! なまった体を鍛え――」

  冒険者として当然のことだ。僕は誇らしげに言う。

 しかし……


「なにバカなこと言っているんだ!」

 大声を出すアスカさん。


「えぇ!?」


「トレーニングなんて絶対ダメだ! もし、なにかの間違えでレベルアップでもしてしまったらどうするんだ! 精霊のダンジョンのボスを倒せないだろ!」


「……ああ……そっか」

 精霊のダンジョンのボスは僕のレベルの10倍になるんだった……


「レベル0の君じゃないとダメなんだ! 弱いままの君でいてくれ!」


「はい……」

 ……仕方ないことだが失礼な人だな。やっぱり白野サクラに推しを戻そうかな……


 ◇


 帰りはまた高級車で家まで送ってもらう。

 行きと違い、世界を世界を救う英雄として堂々と乗れた。


「ふふふ、この車、サスペンションがいいですねぇ」

 僕の言葉は全無視の黒スーツであった。


 家に着くと突然の息子の冒険者デビュー、それも政府直々の依頼ということで両親は慌てていた。

 僕の隠された能力がダンジョンクリアに必要だから協力をしてほしいと政府の人間が伝えたようだ。


 心配する両親。

「大丈夫だよ。強いギルドと一緒に行くんだから」


「心配ね……」。

 フンッ、報酬に目がくらんで息子をダンジョンに送り込むくせに何言ってるんだ。


「でも……オタフクがダンジョンに行けるって聞いて、お母さん嬉しかったわ」


「え?」

 そう言った母さんに僕は驚いた。冒険者は嫌いなのかと思ってが……



「冒険者は小さい頃からのオタフクの夢だったからね。

 レベルを強く産んであげられなくでごめんなさいね……」

 涙ぐむ母親を見て、僕も目頭が熱くなった。


「な、なに言ってるんだよ! 別にレベル0は父さんと母さんのせいじゃないだろ。

 ったく、なに泣いてるんだよ! 風呂入ってくる」

 僕は恥ずかしくなり風呂場に逃げ込む。


 レベル0を両親はのせいにして険悪な関係になってしまっていた自分が情けなくなる。


「ごめんね……母さん……これからは親孝行するよ」



 風呂を出てリビングに戻るとちょっとしたパーティーのようなごちそうが並んでいた。


「オタフクが冒険者になれるって聞いたから、お祝いにごちそう作っちゃったわ」

 料理を運ぶ母。こんなごちそうは小さい頃の誕生日以来だ。


「もう……気が早いよ。母さん……」

 まったく、僕のことでこんなに喜んでくれるなんて……

 こんな暖かい両親のもとに生まれ、恵まれた幸せにずっと気づいていなかったようだ。


「案外、幸せの中にいると……幸せに気づかないもんなのかな……」

 僕はつい恥ずかしいことを口走る。


「え? なんか言ったオタフク?」


「フフッ、なんでもないよ」

 いけない いけない、浮かれてポエマーになってしまった。


「すっかりオタフクは大人になったみたいだなぁ」

 父親も感慨深い表情だ。


「なにいってるんだ父さん。さあ、ご飯にしようか……

 あっ、そういえば……ミュージック〇テーションは録画しておいてくれたよね?」


「あ……」

 青ざめる母親。


「え……?」


「ご、ごめんなさい……忘れてたわ……」

 恐怖に震える母さん。


「……嘘だろ」

 今日は気になるアイドルが初登場の回だ。


 僕は立ち上がり、怒鳴り散らす。

「ふ、ふざけんなーーッ!! ババアッーー!!」


「ひぃぃいい!」


 オタクはキレると手が付けられないのだ。


 木本オタフク18歳。反抗期はまだまだ終わらない。

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