第21話 諧ルート3
敵を倒せるビジョンが一切見えないのは初めてのことだった。
「……やるじゃん」
諧は宿敵【零】と対峙しながら呟く。
敵は巨大な鎧を着た怪物だった。いつもの敵は中身がないのでこれもそうなのかもしれないが、顔の部分は鬼の形相をした黒い面で覆われていてよく分からない。腰には刀が一振り刺してあるが、それを抜きもせずただ胡坐をかいて座っている。
「……千歳くんのこと助けにいかなきゃいけないのに」
事前情報の通りこちらのスキルは通用しなかった。
いつもはなんでも豆腐のようにサクサク斬れるのにまるで歯が立たない。それでも攻撃を続けていればなんとかなるのではないかと思っていたが、ダメージが通っている様子はなかった。
向こうがほぼ攻撃をしてこないので負傷はなし。でも外部との連絡は取れないしこちらの攻撃も通らない。
諧は足を止めて構えを解く。
息を整えながら、さっきから気になっていたことを考えてみた。
この敵は、自分から攻撃してくることがない。
諧が攻撃すると反撃してくるが、こうしてただ立っていると何もしてこない。ただ正面を向いてじっとしている。
なぜ攻撃してこないのだろう。
逆に考えると、なんで普通の敵は攻撃してくるのだろうか。
たいていの敵には何か目的があって、主人公たちがそれの邪魔になるから排除しようとしてくる、みたいな感じだった気がする。コミュニケーション可能な敵だと目的がはっきりしているが、諧の場合はそうではなかったのではっきりしていない。
でもきっと、この敵にも目的があるはずなのだ。そして多分、諧を倒すことは目的ではない。
このステータスなら諧のことを捻りつぶすことも簡単だろうに、それをしていないことからも明らかだ。
では何がしたい。
「んー……わかんないから聞いてみよ! すいませーん、【零】さん初めまして、私の名前は諧って言うんですけどー!」
彼女はとても思い切りがよかった。
相手がでかくて遠いので全力の大声で叫ぶ。
「なんで攻撃してこないんですかー? ここに私を呼んだ理由が他にあるなら、教えてほしいです!」
しばし待っても返答はない。
ただ、敵の顔が少しだけ動き、諧の方に向く。目が合ったような気がした。仮面をしているから分からないけど。
それから、【零】はほんの少し顔を左下に向けた。
「んん? なんだろ……」
諧は【零】が見た方向、彼の左側を隈なく観察してみる。
自分は主人公で相手は宿敵。攻略に必要な何かがあるなら、直感で分かるはず。
左側に移動すると、【零】は顔を正面に戻した。気まずかったのかもしれない。
じっくり見ていると、なぜか敵の刀に目がいった。一度も抜かれておらず、鞘に納めたまま左腰に刺さっている。
より深く観察するため諧はそこに近づいて行った。
鞘は黒地に、ホログラムのようなきらきらした素材で模様が刻まれていた。花と葉っぱが散りばめられたデザインで、多分椿だ。柄にも似たような意匠がほどこされている。
戦っていたときは気づかなかったがおしゃれで綺麗でいいな、と諧は思う。
しかし一つ引っかかることがある。
そのデザインに見覚えがあったのだ。
予知で見た? いや、武器のあたりはぼやけていて見えなかったはず。
諧はふと、自分の刀の鞘を取り出してみた。
いつも刀はなんとなくどっかから仕舞ったり出したりできるので、あまり鞘をじっくり見たことがなかった。よく考えるとどこに仕舞っているのだろう。全然わからない。
ともかく、意識すると仕舞っていた鞘をどこかから取り出すことができるので、諧はそれを実行する。
左手を上に向けて待ち構えていると、虚空から鞘が出てきて手にすっぽりと収まった。
諧の持つ刀の鞘にも、きらきらとした細工が施されていた。
刻まれていたのは、葉っぱと蕾の模様。それは、比べてみると一目でわかるくらい宿敵の持つ刀のものと酷似していた。その蕾と葉は、恐らく椿のものだ。
息を吐く。
「……そっか。そういうことか」
分かった瞬間、諧は迷わなかった。
敵の正面に戻り、ゆっくり近づく。それでも攻撃は降ってこない。
勇気をもって、床に膝をついてから刀を鞘に納め、地面に置く。
そして手を離した。
「この刀は、あなたのものですか? そうでしたら――――お返しします。今までありがとうございました」
お礼を言ってから、頭を下げる。
そもそもこの刀を拾ったところから彼女の物語は始まった。
他の人たちも能力が突然与えられたと言っていたから気にしていなかったが、違ったのかもしれない。
諧は彼が落としたものを偶然拾っただけ。
そして、【零】はそれを返してほしいだけだったのではないか。
それでほかの敵がなんで襲ってきたのかよくわからないしなんで何も言ってくれないのかもわからないけど。
完全に推測なのでもしかしたらこれは的外れな行動かもしれない。
しかし違ったらすぐに刀を拾いなおして攻撃を再開すればいいだけの話。
割り切って身構えつつ待っていると、【零】は、小さくうなずいた。
『――――許す』
言って、右手を諧の方へ伸ばしてくる。そして刀を拾おうとした。
どうやら間違っていなかったようだ。
ほっとしながらそれを見ていて、あることに気づいて制止する。
「あっ、ちょっと待って! ちょっと待ってもらってもいい!? もう少しだけ貸してくれませんか!」
敵は動きを止めた。
「友達を、助けにいかなきゃいけないんです」
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