第20話 千歳ルート6
「……だめか」
事前に準備していた通信や脱出系の魔法も全部試したが不発に終わった。
ワープホール作成用に髪の一房も貰って持ち歩いていたのだけど、何の音沙汰もない。外とコンタクトは取れないし、壁に攻撃魔法を全力で放ってみたが傷一つ付かない。
どうやら一人でなんとかしなければいけないようだ。
覚悟を決めて宿敵と対峙する。落ちてきてから、その巨大な白い怪物は、身じろぎ一つしなかった。
――――対話をしましょう。
そんな声が、聞こえていないのにどこかから聞こえた気がした。自分の思考の一部なのではないかと思うほどそれは自然だった。
「えっと……宿敵、の人?」
おっかなびっくり話しかけてみる。
人ではないがたしかにそうだ、と返答があった気がした。
他にできそうなこともないので、その呼びかけに応じてみることにする。
「話ってなに?」
――――あなたが神と呼ぶ存在――――わたしは寿命を迎えつつある。体だけ修復しても意味はなく、本質的な意味での修復は不可能だと。
「……こっちの作戦は全部筒抜けだった?」
そうだ、となにかが答える。
――――ただしわたしたちはあなたの敵ではない。わたしたちが存在しなければ、この世界の仕組みの一部が崩壊する。
頭の中に直接響く声が気色悪くて集中できないが、必死に頭を働かせる。
「世界の仕組みの一部? って具体的にはどんなやつ?」
――――あなたたちの表現で言えば、わたしの主たる役目は主人公たちに能力を供給することだ。
そう神は言う。
「能力の供給……」
千歳は首をかしげる。最終局面になっていきなりたくさん新情報を与えないでほしいなと思った。こういうのはもっと事前にばらまいていてほしい。
「えーっと、それを信じるとして、なんで能力を主人公にあげてるの?」
――――そういう願いによって生まれた存在だから。敵を倒す力が欲しいと願ったものがいて、偶然それが叶ってわたしとなった。
突拍子もなさすぎて信じがたいが、ひとまず全部信じて話を進める。
「へー……。なんで主人公たちの能力はみんな強さとか種類とかバラバラなの? 諧ちゃんみたいな最強能力みんなにばらまけばもっと楽に勝てるよね」
――――敵が発生するのもまた世界の仕組みによるものであり、わたしたちは互いに影響しあい均衡を保っている。わたしとしても強い力をあなたたちに配布したいが、敵を供給する仕組みから干渉を受けて勝利が不可能ではない程度の能力しか供給できない。しかし逆にわたしも他の仕組みへ影響を与えていて、敵が倒せない強さにはならないよう調整している。
そんな神的存在の言葉を聞き、千歳は眉間にしわを寄せる。
「……俺とか諧ちゃんは勝てないじゃん」
――――諧の宿敵は少なくとも勝利することが可能である。ただしその方法に彼女が気づけば。
その言葉を受けて千歳は少しほっとした。勝つ方法があるなら、きっと彼女はそこにたどり着けるだろう。
神は話を続ける。
――――あなたの場合、そもそもわたしは宿敵とは違う存在であり、最終目的は討伐ではなく世界の仕組みの継続である。だからそもそも勝利の定義が違う。あなたがわたしを引き継いで世界の仕組みを維持することが、このルートでの勝利条件である。
「あー……なるほどね。俺にとっての勝利は、俺が神になって能力が供給され続けるようにすることなのか」
ふざけないでほしい、と千歳は思う。誰だ勝手に人の勝利条件を決めてくれやがった奴は。
「俺が嫌だって言ったらどうすんの?」
――――これから能力が供給されることはなくなり、また現在与えられている能力も消失する。能力の維持もわたしの役割だからだ。
「えぇ……マジか……」
千歳は絶望的な気持ちになった。
では今戦っているであろう諧からも、霧島たちからも能力が失われてしまうということになる。それは、避けなければいけないことだ。
「なんでそんな仕組みになってるんだよ。敵を生み出す仕組みなんてなくしちゃえばいいじゃん」
――――世界は様々な仕組みが複雑に絡み合って存在している。既にあるものを無くすことはできない。
千歳は下を向いて、頭を乱暴に掻いた。それからぽつりとつぶやく。
「……俺じゃなきゃいけない?」
――――現行人類でわたしを引き継ぐ素質があるのはあなただけ。私の組成をあなたに説明するのは困難だが、簡潔に言うとあなたの魂が必要となる。
こんなにもうれしくない「あなただけにしかできない」はないだろう、と千歳は思う。
「引き継いだら俺はどうなる?」
一番聞きたくないことで、聞かなくてはいけないことだった。まさか「週二くらいで通ってくれればいいよー」とはならないだろう。
千歳は拳を握りしめながら答えを待った。
――――ここで機能が寿命を迎えるまで過ごすことになる。そもそもこの空間はあなたの暮らしていた次元とは断絶されており、既にここから出る方法はない。ワープホールなどで繋ぐこともできない。
やはり、と思ったが衝撃は大きかった。まだ何か方法があるかも、と思っていたのに先は行き止まりだった。その上退路も断たれている。
そんなのズルすぎる。
ここに戦いに来たはずだった。宿敵との戦闘というよりは修復できるかの賭けのようなものだったけど、そもそも賭け自体が成立していなかった。
「……それじゃ、俺はもう死んでるも同然ってこと……?」
――――現実世界での定義に照らし合わせれば、その認識が一番近いだろう。ここは現実世界とは断絶されている。
来た時点で負けだった。
絶望的すぎてめまいがする。チカチカする視界で頭が痛くて、額を抑えて必死に耐える。
「……ほかに方法はない?」
――――ない。あなたが断れば、わたしは崩壊する。ただそれだけなので、こちらは構わない。
すがるような思いで放った質問への答えを聞いて、千歳は息を吐いた。
八方塞がりだ。
この敵が嘘を言っている可能性はもちろんある。だが、たぶん本当なのだろうと感じた。
「……嫌だ。なんで、なんで俺だけこんな……」
主人公たちに待ち受けるのは例外なくバッドエンド。
だが、それは覆せる未来のはずだった。
どんなに無敵に見える敵でも、思いがけない弱点がある。それを見つけて勝利への道を切り開くのが主人公。
でも、倒す必要のない敵の場合、一体どうしたらいいのだろう。
考えていると、ぱらぱらと何か粉のようなものが落ちてくる音がしてきた。
顔を上げる。すると、正面に鎮座している神の顔の部分にヒビが入り、顔の一部が崩落した。破片が床に音を立てて落下する。欠けた箇所を見ると、神的存在の中身は空洞のようだった。
――――もうあまり時間はない。
「マジか……」
シリアスな場面にそぐわない言葉遣いだったな、と場違いにも思う。さっきから語彙力がなくなってきてマジか、しか言っていないような気もしてきた。
あまりに現実味がなかった。ここで神になるか否かを選択するだなんて。
戦う覚悟は決めてきた。でもそれは、死にに行く覚悟ではない。
勝つ可能性があると思ったから、戦うことを選んだのだ。
「俺は、どうしたらいい……?」
――――あなたの選択を尊重する。
そんなことを言われても選べない。
神になんてなりたくない。ずっとここにいなければいけないようだし、そもそも寿命が一体何年あるのか。こんな場所に一人でいるなんて発狂しそうだ。いや、そもそも神に自我とかあるのだろうか。
分からないことだらけだが質問している時間もない。
体の崩落は徐々に広がって行っている。今は腕が落ちた。
もうこのまま黙ってみていたい。それが一番楽だろう。
だって神になってもならなくても、人間として死んでいるのは同じなのだから。
そう思ったとき、頭に浮かんだのは諧の顔だった。
ここで神がいなくなったら、諧からも能力が失われる。
そうしたら勝てるものも勝てなくなってしまう。
今、彼女の戦いがどんな進行状態を迎えているのかわからない。もしかしたらとっくに終わっていて晴れやかなエンディングを迎えているのかもしれない。
でも、もし重要な局面だったら?
神はさっき、諧は気づくことができたなら勝てると言っていた。なら、彼女はきっと勝利を掴むことができるだろう。その身に、能力さえ宿していれば。
「そっか……」
このまま死ぬのと神になるのを選ぶのとでは雲泥の差があることに気付いた。
選ばなければ、諧は負けてバッドエンドを迎えてしまうかもしれない。
しかし、神になることを選択すれば、諧を救うことができる。
千歳は一度下を向き、顔をあげた。
心は決めた。
「俺が神になって……」
そこまで言いかけて、それは絶対に言わないと卜部に約束したのを思い出し止めた。
言っても言わなくても、やることは変わらないので意味はないかもしれないけど、それでも約束は守りたかった。
「……俺は、諧ちゃんが――――みんなが幸せであって欲しいって思うよ」
千歳は銃を構えた。
祈るほかにもうできることはない。
彼女ならきっと勝てるだろう。霧島ならうまくやってくれるはずだ。他のみんなだって、諦めなければ宿敵にだって勝てる。
敵に打ち勝つための力さえ持っていれば、絶対に。
そしてきっと、みんなハッピーエンドを掴んでくれるはずだ。
だからここで敵を倒し、神になることを選ぶ。
でもこれは、千歳にとってもバッドエンドではない。
諧が宿敵を倒しエンディングを迎えてくれたら、それが千歳にとってのハッピーエンドだ。
そう思うと、勇気が湧いてくる。
魔法を構築する。適切な要素構成はすぐに思い浮かんだ。
発動する過程で、銃の先端から手あたりまでが柔らかな光で包まれていく。その光の中で、千歳は諧のことを思った。
「じゃあ、元気で」
そして彼は、宿敵を打ち抜いた。
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