第19話 千歳ルート5
それから一か月ほど経ったある日、千歳は学校から本部へ歩いて向かっていた。
三上は用事があるとかで先に帰った。じゃあさっさと訓練室に行って昨日の続きでもやるかと、寄り道もせず帰宅の途についていた。
日差しが暖かく、かといって暑すぎない快適な陽気で、やたらと空が青かった。
歩きながらまぶしい空を見上げていた時だった。
敵が現れたと、なぜか分かった。
『――――【零】出現。レベル二百』
その直後アナウンスされたのは、諧の宿敵の名前だった。
だから走った。ポケットに入れていた通信用のイヤホンを取り出してスマホと接続し、すぐさま本部へ連絡する。
「千歳です! 敵どこに出ました!?」
『それが、一瞬現れたけど消えてしまったの。諧さんの現在位置へナビゲートするから、ひとまず彼女のもとへ向かって』
「消えた? はい、わかりました」
今まで一度現れた敵が消えたことがあっただろうか。いや、よく考えると結構あった気がする。幻覚の使い手かもしれない。
結局、千歳の宿敵を先に倒す方向で作戦を組んである。強力な能力者ほどエンディングを迎えても能力が消えるまでに時間がかかるので、多分倒したとしても千歳の能力はすぐに消滅することはないだろうということになった。
だから今から千歳は諧へ会いにいき、イベントを起こして敵を出現させる。
まだ宿敵までに二体ほどいるはずなので、サクサク倒して宿敵まで進めることになるだろう。
それにしても諧の敵だってあと何体かいるはずだったのに何故こんなにも早く現れてしまったのか。疑問は残るが、今はもう前に進むしかない。
近くのビルの壁を駆け上って屋上へ。最短距離で向かう。
街中に避難警報が鳴り響いていた。追加で敵の名前がアナウンスされていっているから、混線したルートの宿敵も現れているのだろう。
『千歳くん、敵が何体も出現しているから道中気を付けて。こちらで把握している敵が近づいたら事前に伝えます』
「了解です、お願いします」
諧の元へ向かう途中、何体も敵が現れた。
最初に現れたのは大きな鷲のような敵。進路を妨害する位置に現れたそれを、翼を打ち抜いて一撃で処理する。
次に現れたのは機械の体を持つ巨人。バラバラに分解して倒す。
気が逸る。だがまだ避難が完了していないのだから、放置するわけにもいかない。
一秒でも早く会いたかった。
次に現れたのは巨大な球体状の敵。モノクロの幾何学模様が複雑に表面を動き回っていて、何かストーリー性のありそうな敵だったがそもそもどんなルートの敵なのか分からないので想像することもできない。
倒すために一旦足を止めて銃を構えたところで、横から跳んできた人がそれを蹴り飛ばした。球体はサッカーボールのように遠くに飛んでいく。
「あっ、やっちまった! 飛ばしすぎたか」
敵を蹴ったのは霧島だった。いつものジャージ姿で、器用に空中で姿勢を制御しながらこちらに向かって叫ぶ。
「千歳! 雑魚は全部無視していい。はやく行け!」
「え、でも」
霧島は千歳の隣に降り立つと、首を傾げた。
「なんだ、あたしに任せるのは不安か?」
「いえ……。すいません、お願いします」
大変な仕事を押し付けることには抵抗があったが、自分には一刻も早くやるべきことがある。それに霧島になら安心して任せられる。
千歳がお願いすると、霧島はいつも通りの快活な笑顔を浮かべた。
「他の上位のやつらも来てくれるらしいしマジで心配すんな。お前らは自分の宿敵に集中しろ」
「はい! ……あと、すいません、逃げてもいいって言ってもらったのに」
戦うことを決意してから、タイミングが合わなくて霧島には直接話せていなかった。
霧島は千歳の肩を叩く。
「何言ってんだ。お前がやりたいようにやるのが一番に決まってるだろ!」
そして球体の敵が飛んで行った方向へ跳躍する。
「あたしらはそれを全力で応援するだけだ。頑張れよ千歳!」
跳びながらそう叫んで霧島は去って行った。
「ありがとうございます。行ってきます!」
その背中にお礼を言って、千歳は再び走り出す。
そして彼女がいる場所にたどり着いた。
諧は丁度そのへんにいた敵を一体倒したところだった。
久しぶりに会うのがうれしくて、こんな状況なのに顔がほころんでしまう。目が合うと、彼女も同じなのかほんの少しだけ口元を緩めた。
千歳は彼女の前に降り立つ。
「俺は諧ちゃんのことが好きだよ」
言葉は自然に出てきた。
一瞬息をのんだ後、彼女は笑った。
「私も千歳くんのことが好き」
そして離れないように手をつなごうと左手を伸ばしたとき、諧の足元に白い穴が現れた。
「えっ」
諧が落下していく。よくわからない白い空間に飲み込まれようとしていた。こうなったらついて行って、先に彼女の方をなんとかするべきだと判断し、千歳も続いて穴に落ちようとする。
が、後ろに体を引っ張られた。
振り返る。
背後の空間に黒い四角形が浮いていて、そこからいくつもの黒い腕のようなものが生えていた。それらが千歳の体を掴み、暗闇の中に引きずりこもうとしてくる。
「くそっ」
魔法を発動して腕を退けようとするが、それは破壊できなかった。
なすすべなく穴の中に吸い込まれていく。
しばらく真っ暗闇の中を落ちていくと、少し経って下に小さな光点が見えはじめた。それは徐々に大きくなり、暗闇を覆いつくしていく。
瞬きすると、いつの間にか真っ白で奇妙な空間に出ていた。
良く目を凝らすと、空間を球形に取り囲むように白くて細長い何かがうごめいて、壁のようなものを形成しているのだとわかる。そしてその空間の真ん中に、巨大な何かがいた。
胡坐をかくような姿勢の、人型の巨大な白い像。頭部はのっぺりしていて目鼻は無く、マネキンのようだった。背中部分から枝のようなものが無数に生えて、それが壁とつながっている。
壁も像も全部真っ白なはずなのに、微妙に色が違うのか像だけがはっきり浮かび上がっているように見える。生物というより、機械に近いような印象を受けた。
感覚で分かる。これが千歳の宿敵だ。
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