第18話 千歳ルート4
「訓練、調子どーですか」
能力訓練用の部屋を借りてちまちま回復の訓練をしていると、卜部が顔を出した。
「まぁまぁかな。だいぶうまくなってきたかも」
今は破損した無機物の修復を練習している。床には紙製の箱からプラスチックの人形、古めのDVDデッキなど多種多様なものが並んでいた。
攻撃魔法などはただぶっ放せばいいから得意なのだが、繊細な作業が必要となる魔法の発動はどうにも苦手だ。
能力を使うのに大事なのはイメージなので、要は苦手だと思っていることこそが苦手な原因の根幹である。だから今はその苦手意識を払拭するために、簡単なものから段階を踏んで上達するイメージを掴んでいる最中だ。
「ふーん……」
彼女は床に座る千歳と散らばっている物の周りをぐるぐると回った。
「卜部、ありがとう。心配しててくれて」
そう言ってみると、卜部は立ち止まり不機嫌そうに眉を顰める。
「してないです、別に。予知担当として責任感じてるだけです。義務感です」
「それは卜部の責任じゃないでしょ」
研究部の予知部門では、多数の予知能力者がそれぞれの方法で予知した内容を総合して結果を出している。そのうえ予知での情報不足があったとして、それは能力者のせいではない。予知によって得られる情報は何らかの影響を受けて、最も重要な部分は取得できないようになっているとされている。
答えが不満だったのか、彼女は後ろから肩をつかんで左右に揺さぶってきた。
「責任あると思ってやってるんで」
「それは失礼しました」
要は責任感持ってやっているのにどうでもいいようなことを言われたのが不服だったのだろう。
「というわけでサービスです。何か悩みがあったら聞きますよ」
卜部は正面に回ってくると両手を開いた。
「悩みか……あー、あるある」
「えっ、あるんですか」
「無いと思ってたのになんで聞いたの?」
「まぁいいじゃありませんか。どうぞ言ってみてください。なんでもどんとこいです」
「頼もしいな」
「わかんないことは三上に振ります」
人任せだった。
「三上くんには相談しにくいんだよなぁ。……えっとさ、順当にいけば俺は諧ちゃんに……その、宿敵戦の前に伝えなきゃいけないことがあるわけじゃん?」
「あぁ、そういえば告白しなきゃですね」
言いにくいことをズバッと言ってくれる。
「そうそう。それでさぁ、なんて言ったらいいかなと思って」
「なるほど。考えなくていいです」
「え?」
あまりに端的な答えすぎて意味が理解できなかった。
「千歳は考えすぎると余計なこと言ったりしちゃうと思います。だから簡潔に素直に、思ったことを言えばいいと思います。諧さんは気取ってて装飾過多な言葉より、まっすぐな言葉を好むのではないかと」
「確かに……」
考えすぎて遠まわしでよくわかんないことを言って諧を困惑させそうだ。
「あんまりまごまごしていると諧さんの方から告白してきそうなので、もし自分からしたいというこだわりがあるなら一層注意です」
「すげぇためになるわ……ありがとう、卜部に聞いてよかった」
想像できる。自分が気持ちを整えている間に諧から告白される場面が。こだわりというほどではないが、向こうから言われるのを待っているというのも嫌なので、できれば自分から言いたい。
「こんなこと考えてる場合じゃないってのはわかってたけど気になっちゃってたから本当に助かったわ。訓練頑張んなきゃなぁ」
卜部はじっと足元に散らばる玩具や電化製品を見つめている。
「千歳は強いくせに、自信全然ないですよね」
「あー……まぁね。性格上かな」
レベルの高さでいえば国内で二位で、全世界で見ても上位の一握りであろうと言われている。とはいえこの宿敵戦にレベルの高さは関係しなさそうだし、自信には繋がらない。
「それなのに戦うことを選んだんですね」
「……あれ、卜部は俺に戦ってほしくない?」
作戦会議の時も機嫌はそこそこ良さそうだったから、戦うと選択して喜んでくれているのだと思っていた。
「ちょっとやです。だって……千歳がいなくなったらやですし」
珍しく素直で返答に困った。
卜部は間をおいて、ほんの少しだけ微笑む。
「でもちょっとうれしいです。えらいです。ほめてあげます」
「ありがとう」
「あたま撫でてもいいですか?」
いくらなんでも突拍子がなさすぎではないか。
断る理由もないので頭を差し出す。
「ど、どうぞ? 許可取らなくてもいいよ?」
「いや失礼でしょう。人の頭を勝手に触るのは」
卜部はわしゃわしゃと両手で千歳の頭を撫でた。大型犬でも撫でるような感じだった。
一通り撫でまわして満足したのか、最後に髪を整えてくれた。
「予知してあげます。勝てます、絶対」
「うん、俺もそう思う」
やるべきことはまだたくさんある。
でも心の準備はできた。あとはその瞬間を待つだけだ。
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