第16話 千歳ルート2
海堂と霧島たちに、逃げることを肯定してもらった。
それでも心に引っかかっていることがある。このまま逃げるか、それとも。
学校が終わった後、なんとなく席に座り続けていた。今日はやることもないし遊びに行ってもいい。なのに何をする気にもなれない。
教室に誰もいなくなったあと、帰ったはずの三上が戻ってきた。
「インタビュー、いいか?」
前の席に座りながら言う。
「……いいよ。珍しいね」
以前はよくインタビューされていたが、最近はなかった。
「千歳、この先どうするつもりなんだ?」
聞かれると思っていたので特に動揺はない。
「そうだね……とりあえず、次の敵が出たら時間稼ぎしてもらうよう宮沢少佐に頼もうかなって思ってるよ」
そして取り繕ってもどうせバレるので正直に言った。
「このまま戦っても勝てるとは思えないし、俺は死にたくない。……逃げてる間にいい方法が見つかるかもしれないし」
迷いはまだあるが、今のところの心情を述べた。
「諧さんのことはどうするつもりなんだ」
自分でも引っかかっているところを突かれ、息が喉で詰まる。
「それは……でも、これ以上会うわけにはいかないよ」
以前諧には、自分の運命に千歳を巻き込みたくないと言われたことがある。
今は千歳も同じ気持ちだ。
「俺の運命に諧ちゃんを巻き込みたくない」
これ以上関わったら、千歳のルートに諧が組み込まれてしまうかもしれない。もしかしたら、諧まで犠牲になってしまうかも。実際どうなるかはわからないとして、その可能性だけで吐き気がした。今更遅いかもしれないが、出来る限り対策は取っておきたい。
作戦について考えるのは軍の方に任せるとしても、実際戦闘に協力するとなれば会うしかない。
それに諧も戦うのを躊躇していたようだったし、お互いに時間稼ぎするのが一番良い方法だろう。
「諧さんは戦うって言ってる」
「えっ」
知らなかった事実に耳を疑う。あんなに避けたがっていたのに、いつの間に決意したのか。
「千歳の宿敵が勝てそうにないなら、協力したいと。役に立つかはわからないけど、って言ってた」
「そんな……」
驚きと同時に嬉しさがこみ上げる。こんなに心強いことはない。
「僕の勝手な意見を言うと、二人で協力するのが一番勝率が高いんじゃないかと思う」
「それは……そうかな?」
「むしろ、二人で協力しないと倒せないんじゃないか。千歳と諧さんのルートは混線した。その時点で、最終戦では二人いることを想定されているかもしれない。一人で挑んだら、倒せるものも倒せなくなってしまうかもしれない」
それは一理ある。柊木の宿敵戦で楓の能力が重要だったように、千歳と諧も互いに宿敵を倒すために必須の要素になっている可能性はゼロではない。
「でも……本当にそうかは分からないよね」
ルート同士の混線については情報がないのだ。混線がどのくらい宿敵へ影響するのか分かっていない。
千歳はこれまで他に混線したルートの宿敵を倒してきたが、通常の宿敵のように千歳のレベルに従って強くなることもなく、かなり易々と倒してきた。しかし諧との場合は不確定な要素がある。
恋愛だ。
多くのルートで恋愛関係は主人公たちが織りなす物語のうち重要な部分を占めてきた。
敵は恋愛イベントに伴って現れ、宿敵の大半は告白の前後に現れる。
千歳が諧と恋愛関係にあることで、他のルートより深く絡み合っている可能性があった。
ただ、それはあくまで可能性に過ぎない。
「そうだ、分からない。僕のただの推論でしかない」
珍しく強い口調で、三上は堂々と宣言する。
「僕はお前の決断に口を出す権利はない。僕は何の力も持ってないし、役割もない。ただ見ているだけの存在だ」
それが語り部の役割だった。ただ主人公の役割を観測し、記録する。そしてその記録を何らかの形で後世に残す。
「でも僕は、バッドエンドは嫌いだ。諧さんと力を合わせて、二人で敵も倒して世界も救うようなハッピーエンドが僕は見たい。……勝手なことを言っているのはわかってる。だけどせめて、全部を諦めるのだけはやめてくれないか」
彼の言葉は、すんなり心に入ってきた。それはそうだ。
千歳だってバッドエンドは好きじゃない。
「俺は正直言って戦いたくない」
強い敵は普通に怖いし、戦闘狂というわけでもない。今は強くなったから恐怖は薄くなったが、それでも三上や他の仲間に何かあったらと思うと不安だ。
「でも、諧ちゃんと……みんなとの未来を掴むためだったら、戦いたいと思う」
戦うことでしか得られないものがあるなら、臨むしかない。
戦おうとしている人がいるなら、隣に立っていたい。
「勝てる方法を探そう。みんなで幸せになれるやつ」
迷いはまだある。でも、もう覆さないと決めた。
***
「諧さんに伝えてくる。外で電話するから、ここでちょっと待っててくれ」
「おー、今? いいけど。じゃあ待ってる」
話し合いが終わった後、千歳を残して三上は廊下に出る。
教室から遠く離れた廊下の曲がり角に、うずくまる諧がいた。
三上は小さな声で言う。
「諧さん、聞こえてた?」
彼女は小さくうなずく。
「ありがとう……私の言いたかったこと、伝えてくれて」
「いいえ。僕の言いたいことも混ざっちゃったから、ちょっとニュアンスが違ったかもだけど」
三上は先に諧と話をしていて、その結論を自分の意見として千歳に伝えていた。
直接話すのでなければ問題ないんじゃないかと、宮沢からも許しを得た。正直イベントが進んで次の敵が出ることも考えられるのでかなり危険だったが、宮沢が上層部を説得してくれたらしい。千歳が時間稼ぎを望むと結界能力者の運用がかなりきつくなるので彼が決断してくれた方がいいから、みたいな理由で最終的には許可が下りたそうだ。宮沢はかなり複雑そうな顔をしていた。
「ううん、一緒だった」
諧は快活な笑みを浮かべる。
「私もバッドエンドは嫌い。千歳くんがそっちに進みそうになってるなら、私が全力で引き戻す。――――がっ! って感じで。強引に」
彼女は綱引きのような動きをする。
「諧さんならできそうだな……」
そう本気で思えてしまうから恐ろしい。
「さ、これから忙しくなるね!」
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