第13話 海堂ルート2
その後、場所を会議室に移すことになった。
かなり広い部屋の中央にでかい机があり、そのほかにいくつかのブロックに分かれて机が置いてあってたくさんの人がパソコンを操作したり話し合ったりしている。軍服やスーツ姿の人が入り混じっていた。
空上に案内され、中央の机の周りを取り囲むように置いてある椅子に座る。部屋の中はガヤガヤしていて、なんとなく居心地が悪い。
同じように席に着いた海堂は、陸にあったかいタオルで顔をごしごし拭かれていた。これまで泣きじゃくっていたせいで気づかなかったが、海堂はかなり整った顔をしていた。なぜか美形揃いの主人公の中でも群を抜いている。
全員着席すると、小太りの軍服を着たおじさんがタブレット片手に霧島へ寄って行った。霧島は立ち上がって挨拶を交わす。どうやらこのおじさんがこの現場の責任者らしい。軍服についている階級章を見るに階級は少佐だ。
霧島に紹介されたので、千歳と三上も挨拶をした。
「ご足労いただきありがとう。それでは今回の事件について、現在判明していることを説明しよう」
いかめしい顔をしておじさんが立ったまま話し出す。
「今回の敵は名称不明であるが、海堂ルートの敵であることは確実だ。仮称として、その形状からテントウムシとする」
やはり誰の目から見てもあの敵はテントウムシに似ていたらしい。なんか模様がカラフルであるという相違点はあるが。
「海堂ルートの敵は毎回討伐方法を工夫する必要がある。今回の討伐方法は解明中だが、現在は倒す順序を重視する方向性で検討している」
おじさんがタブレットを操作すると、壁に取り付けてあった巨大モニターに映像が表示される。
映っったのは、外にいるテントウムシだった。
座るのにちょうどよさそうなくらいの大きさで、全体的には黒が多いが、一部カラフルな水玉模様で表面が彩られている個体がいる。普通赤色と黒とかだろうに、青や黄色、緑などビビッドなカラーリングだ。
「テントウムシの個体の中には模様を持っているものがいて、それらはある程度の数集まって群れを成し、その周りを黒単色のテントウムシが囲っている。推測では、特定の順番で模様を持つ個体を倒すことで、その周りの黒い個体も連動して消滅すると。予知・分析ともに現状成果なし」
特定の順番でないと討伐できない敵には遭遇したことがあるので、それはありえそうな話だなと思った。あの時は眷属を全て倒さないとメイン敵にダメージを与えることができず、しかも眷属はすぐ復活するので大変だった。
予知能力はほとんどのルートで最終戦しか予知できないため、中ボスクラスで成果なしなのは珍しいことではない。例外は予知能力者本人が所属するルートくらいだ。
「霧島、千歳両名には緊急時の対応と、討伐方法判明後の迅速な討伐の支援を中心にお願いしたい」
「承知しました。お任せください!」
霧島は丁寧語ながらいつもの調子で答える。千歳も同意した。
「海堂は……その調子ではまだなんだろうな」
おじさんが海堂にちらっと視線を向ける。海堂はうつむいて視線をそらした。
「こういう状態なので、しばし待機で頼む」
そういって立ち上がり部屋を出ていく。
「すいません俺のせいで……生きててすいません」
海堂はごりごり額を机にこすりつけて謝罪してきた。
「気にするなって! この仕事やってると待機時間のほうが長いしな。最大三日くらい待ったことあるぞ!」
霧島が励ます。それはガチだ。千歳も頷いて同意を示す。
バッドエンドになりがちなストーリーを無理やり回復や引き延ばしで勝利まで持って行っているため、敵討伐には時間がめちゃくちゃかかることが多い。
「よければ一緒に考えようじゃないか。あたしも頭を使うのは苦手分野だけどね」
「ありがとうございます……」
というわけでみんなで考えてみることになった。
口火を切ったのは霧島だ。
「最初に聞きたいんだけどこれ、倒す順序、全通り試すのはダメなのか?」
彼女が挙げたのはしらみつぶしの方法だ。
「それも考えたんですが、模様のパターンが多いので、全部試すのはかなり厳しいんです」
テントウムシの模様は色と水玉の数の組み合わせで七種類あるらしい。
緑色の点が一つのやつ。茶色の点二つ、白い点三つ、青い点四つ、金の点六つ、赤い点七つ、青色の点八つ。
「七種類だと七の階乗か? てなると……5040通りってことか」
霧島はスマホをいじって何やら結論を出したが、何がどうなってそういう結果になったのかは理解できなかった。タブレットで資料を確認した空上が頷いているので合っているのだろう。
「一通り1分だとしても……5040分で84時間かぁ。ちょっときついかな」
「研究部の方に試算してもらったんですけど、私達の能力切れの問題もあるので、実際にはその倍はかかりそうです」
「ふんふん。5040掛ける7で、35000体近く倒さなきゃいけないんだもんな。でも二人で分ければ17000体くらいか。いけそうじゃないか、千歳?」
いきなり話を振られたのでちょっとびっくりしたがすぐに気を取り直す。
「おぉ、はい。なんなら俺一人でやってきてもいいですよ。多分考える方はあんまり役に立たないし」
頭脳労働よりはそっちの方が役に立つだろう。もし誰もいい案が思いつかなかった場合のバックアップとして走らせておくのは悪いことではないと思う。
「それに全部試さなくても、途中で倒せる順序見つかるかもしれないですよね」
「あぁ、やってみる価値はあるよな。倒し方工夫すればもっと早くできるだろうし」
「確かに。倒す順に並べてもらったりしたらもっと早いですよ」
「弱そうだし誰かに協力してもらえないかな。提案するだけしてみようか」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
海堂が制止するので千歳は口を閉じた。
「た、倒す順序が大事かもっていうのもまだ俺の思いつきだし、そんな大変なことしてもらっても……無駄かもしれないし」
「無駄なことないだろ。少なくとも順序が大切じゃないことが分かる」
条件を絞るのは大事なことだ。少しでも考える材料を増やせればそれでいい。
「で、でも……」
「海堂くんが気にする必要は全くない。なんでかっていうと、あたしはじっとしてるのが苦手なんだ」
霧島は真剣なまなざしを海堂に向けたまま言った。
「だからぶっちゃけここで考えているより何かしていたいし、まぁ気晴らしの運動に行くとでも思ってくれよ。な、千歳」
「そーですね。俺も能力ぶっ放してる方が好きです」
うじうじ考えているよりはずっとそっちの方が性に合っている。
「……じゃあ、お願いします」
「おう、任せとけ!」
というわけで全パターン試してみた。
霧島の提案は検討の後に採用された。どうせ虫の数が増えすぎて街から溢れないように調整する必要があるので、少し手間をかけてでもやってみようということになったそうだ。
千歳は五階建てビルの屋上にいた。落下防止の柵から半分身を乗り出し、下に向かって銃を構えている。
道路には相変わらず黒いテントウムシがうごめいているが、真下の一角だけ四角形に切り取られたように空白がある。その部分だけ結界が張ってあるため入って来られないのだ。
その四角形の真ん中で、カラフルなテントウムシが積み重なってバランスの悪い塔のようになっていた。小学生の時、色々な形の椅子を順番に積み重ねていって、崩したやつが負けみたいなゲームをやったことがあるなとふと思う。
『千歳さん、準備はよろしいですか』
オペレーターの声がイヤホンから聞こえた。都市が違うので当然オペレーターの声も違うのだが、なんだかむずがゆい。
「あっ、はーい。大丈夫です」
『それでは作戦開始します。テントウムシの塔へ攻撃してください』
「了解です。えーっと、【破裂】【貫通】【撃て】」
千歳が魔法を発動させると、銃口から光が発せられてテントウムシのタワーを上から撃ち抜いた。光が当たるとテントウムシは破裂し消滅する。
その直後、テントウムシの塔が同じ位置に現れた。千歳は同じ要領でそれを倒していく。
今回採用された作戦は、「倒す順序に積み重ねた敵を千歳・霧島が一気に倒す」である。
念動力系の手を触れずにモノを動かせる能力者に、テントウムシを倒すべき順序に積み重ねてもらう。そうして出来たテントウムシタワーを瞬間移動能力者が千歳たちの元へ移動させ、千歳たちが一撃で倒すという手順だ。
事前に魔法の威力や構成を試し、上から順番に敵が死んでいくように調整した。あとは積む順序を変えていけば、千歳は同じように魔法を発動して撃ち抜くだけで全パターン試せるわけだ。
調査の結果、テントウムシはどんなに移動したとしても元居た群れの近くでリスポーンすることが分かっており、群れの方を軍の人が監視してくれているのでどのタイミングで群れが消えたかで正解が分かる。
動体視力に優れた能力者がちゃんと順番通りに討伐できているかチェックしてくれているし気楽なものだ。唯一問題があるとすれば、
「三上……これすげぇ退屈」
あまりに単純作業すぎてつまらないこと。これだったらまだ海堂と一緒に会議室で検討していた方がマシだったかもしれない。
「それは僕もそうだよ」
隣に立つ三上は柵に寄りかかって下を見ていた。見ているだけなのもまた退屈だろう。
「なんか、歌でも歌ってよ」
「やだよ」
「じゃあ落語でも披露して」
「そんな趣味ないの知ってるだろ……動画でも見るか?」
「さすがに目を離すわけにはいかないんだよなぁ」
よそ見していても問題ないけど、外したら怒られそうなので嫌だ。
「これ何パターンやるんだっけ?」
「霧島さんと半々だから、2520パターン」
「にせんごひゃくにじゅう……うわー聞かなきゃよかった」
数字で聞くとすごく途方もない気がしてしまう。
かなり効率化を頑張ってくれているようで五秒に一パターンは試せているため、今夜中には終わるだろう。
「能力の容量は大丈夫なのか?」
「あー、よゆーよゆー。多分」
一般的に能力には容量が決まっていて、酷使しすぎると一時的に使えなくなる。スマホ使いすぎると通信制限がかかるようなものだ。一定時間休憩をはさむと回復する。
しかしレベル100を超えたあたりからどんなに能力を使いまくっても限界が訪れることはなくなっていた。研究班の人によると能力容量が莫大すぎて使い切るところまで至らないのだという。霧島も同じようなものだろう。
「むしろ大変なのは積み重ねる方じゃん?」
テントウムシを搭にするのは結構骨の折れる作業だろう。念動力はわりとポピュラーな能力だし類似した効果を持つ能力もかなりあるが、第三都市にどのくらいいるのかわからない。交代要員が少ないとかなりきつい仕事になる。
「だろうな。千歳そっちも手伝ったらどうだ?」
「なんでそうなんだよ。三上くんが手伝っておいでよ。積むのなら素手でもできるでしょ」
「……お前な、あの虫レベル5はあるんだからな。死ぬわ」
千歳にとって普通の昆虫と脅威度が変わらないので忘れていたが、無能力者はレベル一の敵でも相手にしたら死ぬのだ。
「よっしゃ、最後の一パターン!」
千歳はラストのテントウムシタワーを処理すると、その場にへたり込んだ。
「あー疲れた……この体勢きつい!」
魔法の発動より下を向き続けるのがつらかった。
『お疲れ様です。現在状況確認中です。しばらくお待ちください』
「はいはい。待機します」
少々の休憩をはさんで四時間くらい。それでも日付が変わる前には終わった。
「……お疲れさん」
三上が渋い顔で見下ろしてくるので、千歳は首を傾げた。
「どうした?」
「いや……お前。まぁ、霧島さんの方が当たり引いてる可能性もあるけどさ……」
「あ」
目標数を達成することが目的になってしまってすっかり頭から抜けていた。
本来の目的は、リスポーンしないように敵を倒す順序を発見することだったのだ。
「そっかぁ。俺の方は駄目だったってことか」
途中で正解を見つけられたらそこで作戦を終了しているだろう。最後までやり切ったということはつまり、見つけられなかったということだ。
「霧島さんが言ってた通り、駄目だったっていうのも一つの成果だけどな」
「ですねー。しかしふりだしに戻ったわけか」
この方法で解決すれば一番良かったのだが、これで駄目なら他の方法を考えなければならない。
つまり、実質彼の思いつき待ちということになる。
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