第11話 千歳ルート1

 その後、卜部に言われて宮沢と連絡を取り、改めて本部で話をすることになった。

 先に卜部が宮沢に予知のことについて伝え、次に宮沢と千歳が話す段取りだ。

 彼女との話を終えて会議室にやってきた宮沢の表情は明らかに堅かった。


「卜部の話では、千歳君は宿敵を倒すことはできるが、その敵がこの世界の神とされる存在であったため、君が犠牲となり世界を代わりに担うことを選ぶ結末が見えたらしい」


 当初見えていたのは、宿敵を倒せている未来だった。

 しかしそれが結末ではなく、続きがあったというわけだ。卜部が予知で見えるのは今まですべてエンディングのワンシーンだったので、続きがあるとは誰も考えなかっただろう。

 他人事だったら「アニメでED《エンディング》の後にCパートがあるやつね」とか言えるが、そんな軽口を叩く気分にはなれない。


「予知の結果が変わることはよくある。イベント的な要因でも、心理的変化などの要因でもね」


 今回はおそらく、きちんと決意したことが原因だ。あんなことしなければよかったのかもしれない。もっとふわふわした心境でいれば、こんな残酷な未来を知らなくてもよかったのかも。


「でもこれは悪いことじゃないよ。もしあのまま最終戦に臨んでいたら、何の対策も立てられなかった」


 慰めるようにそう言われると少しほっとした。確かに宮沢の言う通りだ。

 対策を立てられる。それは、現状で唯一とも言える希望だった。


「敵というよりは神、といったほうが正しい。世界でも例の少ない、対神的存在ルートだ」

「うわぁ……」


 隣で三上が情けない声をあげ、はっとしたように口をつぐんだ。彼はよく主人公とそれを取り巻く事例について調べているので詳しい。

 詳しくなくても千歳だって知っていた。


 この世界には神と呼ばれる存在がいる。それが本当に人間のイメージするような神様なのか違うのかはよくわからないため神的存在と呼んでいるそうだ。


 神的存在は世界の根幹を担っているのではと推測はされているが、実際にどんな役割を担っているのか、その存在が何体いるのかなど詳しいことは全然わかっていない。しかしこれまでに何例か主人公たちの宿敵として設定されていたことがあったはずだ。


 そのルートの一番の特徴として、を要求されることが挙げられる。


 世界の継続を願うなら自分を捧げろと求められるのだ。実際に見たことはないが、外国でそういうことがあったという噂を聞いたことがある。


「千歳くんも耳に入れたことがあるだろうが、対神的存在ルートではある選択を迫られるらしい。――――世界を救うことを選ぶか、あるいは選ばないか」


 これまでの事例において、予知で得られた情報に世界がどうのだのといった文言が盛り込まれていたから、このルートの主人公たちは世界を救うために自分を差し出す必要があるのではないかと考えられているらしい。


「不勉強ながらあまり対神的存在ルートには詳しくないんだ。だから今は曖昧なことしか分からない。これから情報収集するから待っていてね」


 宮沢は自分が知らないだけと言ったが、情報が曖昧な理由は多分他にもあるだろう。


 対神的存在ルートの噂は、学校で怪談のように語られることがある。

 彼らは一人で宿敵戦に挑み、そしてそのまま誰も帰ってきていないのだと。

 出入り不可能な隔離型の異界で宿敵戦に挑み、そして帰ってこない。もしその噂が事実なら、その戦いについての情報があるわけがない。


 そして世界を救うのに自己犠牲が必要だとしたら、今世界が平常に動いている以上、彼らは犠牲になることを選んだのだ。

 この平穏こそが、千歳の希望を粉々に打ち砕く。


「勿論、これから我々で対策を考える。だから安心して――――とまでは言えないが、諦めず頑張ろう」

「あ……はい」


 宮沢は熱心に言ってくれたのに、腑抜けた返事しかできなかった。


 ***


 寮の自室に帰ってもまだ呆然としていた。

 地に足がついていない感覚がする。何をしていてもずっとふわふわしていて、現実を正しく認識できている気がしない。


 千歳はベッドに腰掛けてぼんやり考える。

 戦えると思った。宿敵に厄介なところが見当たらないので舐めていたのもあるが、それでもきちんと戦うことを決意したのだ。

 しかし自分の宿敵がこの上なく厄介なことが分かり、多分死ぬ・あるいはそれとほぼ同等の状態になることが高いと判明した。


 それでもまだ、自分は戦うと言えるだろうか。


「……いや、無理だろ……」


 口が動いて言葉を吐き出す。


 だってそもそも戦うとかいう話じゃない。戦うだのと言えるのは、まだ生き残る可能性が少しはある場合だけだ。


 こんな状況じゃ、戦う意志があるかどうかは、死ににいく覚悟があるかというのとほぼ同じ意味だ。

 そんなことを考えていたら、ふと諧も似たような状況に置かれているのだと気づいた。


 ずっと一人で戦ってきたのか。


「うわっ……」


 勝手に口から声が出た。


 すぐにスマホを手に取ると、何も考えずにメッセージアプリを起動した。そして諧の画面を開いて手が止まる。トーク画面に映っていたのは諧がずいぶん前に送ってきたアイスの写真だ。普通丸いのに珍しい星型のやつが入っていて、それで送ってきてくれたのだ。千歳はそれにすごいとかいいなとか返していて、そのくだらなさがやけに喉の奥に染みる。


 今、一番話したい人だ。相談したいし、今までの言葉を謝罪したい。

 でもそれはできない。


 千歳は電源を落とす。

 諧と話したら、イベントが進んでしまうかもしれない。千歳がこれまで倒してきた自分のルートの敵は四体ほどなのでまだ余裕があるが、必ず六体以上いると決まっているわけではない。


 もしかしたら宿敵戦に突入してしまうかもしれない。そうしたら、自分は犠牲になることを選ばなければならないだろう。

 スマホを握りしめる。


 自分の決意は本物ではなかった。

 何かを決めることが、こんなに怖いと知らなかった。

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