第10話 柊木ルート3


 指示通り現場でピエロとにらみ合いを続けていると結界能力持ちの人が来てくれて拘束を代わってくれた。長時間魔法を維持し続けるのは苦手分野なので速めに交代できて助かった。


 このピエロは拘束系の能力に耐性がないらしく、問題ないようだったので千歳も一度休憩にいくことにする。

 長丁場になりそうだ。宿敵戦は大体そうなので覚悟はしていたが少々しんどい。


 広場から少し離れた建物の屋上に、軍の人が椅子や補給用の食料を用意してくれていたのでありがたく受け取る。ここからでも広場がよく見えた。

 キャンプ用みたいなゆったり座れる折り畳み椅子に座って飲み物をあおると全身から力が抜ける。


「あー、これうまい。三上も座んなよ」


 三上は何か考え込んでいるようだったが、人が立っているのに座っていると落ち着かないので座るように言った。


「あぁ……うん」


 椅子は五つほど並べて置いてあり、三上は千歳の一つ隣に座る。レモン風味の炭酸をちびちび飲みながら、先ほどの戦闘を思い返した。


「しかし、さっきのなんだったんだろ。防御、間に合ったと思うんだけどな」


 障壁を無視する攻撃を放てる可能性もないではないが、あの後使ってこなかったので多分違うだろう。


「回避不能攻撃じゃないか? ストーリー上、柊木が怪我をすることは確定していた」

「……そっか、忘れてた」


 どんなに千歳たちが強くなったとしても回避できない攻撃がある。

 それは、すでにストーリー上で攻撃の成功が確定している攻撃だ。


 どういう理屈なのか知らないが、そういう攻撃はめちゃくちゃに頑張って防御しても当たる。千歳の魔法でも打ち消せない攻撃や、諧のスキルでも切れない攻撃は何度か遭遇したことがあった。


「じゃあ怪我するのになんかの意味があるってことかぁ……」


 分かっていても歯がゆさが勝る。守るのが仕事なのに守り切れなかった。

 友達が傷つくのは何度見ても慣れない。もしものことがあったら、なんて恐ろしくて考えたくなかった。全体報告を聞くに治療は順調のようだし、死亡確定ではなさそうなのが唯一の救いだ。


「お前のせいじゃないだろ」


 言ってほしいことを彼に言わせてしまったようなむずがゆさがあった。なので軽く流すことにする。


「分かってる。それより、怪我が流れに組み込まれてるのって、やっぱ覚醒パターン?」

「基本はそうだろうな」


 窮地に陥ることで主人公たちは新たな力に目覚めたりパワーアップしたりする。それを覚醒と総称している。

 しかし、そういった覚醒パターンとこのサポート体制ばっちりで早めに治療するやり方とは相性が悪い。


 要は、ピンチに陥り火事場の馬鹿力のごとく未知の力に目覚める前に、千歳たちは主人公を救い出してしまうわけだ。

 さっきだって、もう少し待っていたら柊木がなんらかの力に目覚めていた可能性がある。勿論普通に死んでいたかもしれないので軍としては救助しないわけにいかないが。


「参ったなぁ。覚醒必須じゃないといいんだけど」


 覚醒することで純粋に出力が上がるだけだったら時間をかけて回復しつつ攻撃を繰り返すことで対処できるが、元の能力の発展形的な力に目覚める場合だと厄介だ。そしてその力が討伐に必須だとさらに面倒臭いことになる。


「分析結果を待つしかないな」


 今、研究部が第二形態について分析したり再度予知を行ったりしているはずだ。

 その結果が出次第、今後の方針が決まる。

 



 しばらく休憩していると、千歳は宮沢から呼び出され、現状について簡単な説明を受けた。その後彼と共に治療施設に行き、方針について宮沢と柊木たちが話すのに同席することになった。


 外見はほぼ土産物ショップな施設の中に、ベッドが何台も並べられている。ここは外面を商店に偽装した治療施設だった。ちなみにそういった施設に見えないよう偽装している理由は、普通に遊んでいるときに戦闘を想起させる要素を見ると気が滅入る人もいるからだそうだ。


 いくつか並ぶベッドのど真ん中のものを柊木が使っていた。

 かなり回復したようで、ベッドのリクライニング機能を使って体を起こしている。そのすぐ横に丸椅子を使って宮沢少佐と楓が座っていて、あとの仲間は他のベッドに腰掛けたり近くに立っていたり思い思いの場所にいる。


 千歳と三上はその様子を、部屋の隅っこのほうで見ていた。


「調査の結果、宿敵の討伐には覚醒が必須であることが分かった」


 柊木に、宮沢が告げる。


「じゃあ……もしかしてもう一回腹ぶち抜かれろってことですか……」


 柊木がうなだれながら呟いた。彼自身も千歳のように様々な主人公たちのサポートをしているので、すぐに思い当たったのだろう。


「そうだが、君の考えとは多分違う。覚醒が必要なのは楓さんだ」


 瞬間、柊木が目を見開くのが分かった。


「討伐には楓さんが能力に目覚め、君たちが協力して戦うことが必要だと、予知で判明した」


 千歳たちの想像は少し外れていた。


 新たな能力に目覚める必要があるのは柊木ではなく楓だったのだ。

 無能力者だった人物の覚醒が最終局面付近において発生するのは珍しいが前例はある。


「柊木君の宿敵、デスパレードで厄介なのは幻覚や幻惑の能力だ。そして楓さんはそれらを無効化する能力に目覚める。そういう分析結果が出ている」


 やはり柊木は視覚補助系統の能力を持っていなかった。

 千歳なら簡単に幻覚だと見抜ける攻撃も、彼には本物に見えてしまう。先ほど戦っていた感じでは幻覚能力のバリエーションが多かったので、それが見抜けないのはかなりきついだろうというのが千歳の感想だ。


「幻覚を看破するためには視覚系の能力が必要だが、探してみたが他人にそれを付与できる能力者はいなかった」


 柊木たち戦闘員にバフを付与することで補えないか宮沢は検討したそうだが、さすがにそこまで出来る能力者はいなかったそうだ。


「現時点でこちらから提示できる案は三つ。一つは想定されているストーリー通り、楓さんに覚醒を促し戦ってもらう。この案では楓さんの危険が大きいという問題がある」


 楓は完全に戦闘未経験だ。不慮の事故が起きないとも限らない。


「もう一つは楓さん抜きで柊木くんたちだけで戦う。この案の問題点は、楓さん抜きでの攻略が可能か未知数であること。幻覚を見抜ける能力者に指示してもらえば補うことは出来そうだが、さらに問題が出てくることも考えられる」


 楓に発現するのは幻覚の無効化なので、見抜けるだけでは切り抜けられないこともあり得る。攻略が絶対に不可能とまではまだ言い切れないが、勿論「詰む」ことも考えられるわけだ。


「最後の案は、第三者に討伐を委託すること。ここにいる千歳くんと、あと何人か呼んできて倒してもらう。こちらの案でも問題点は同じで、本当に討伐が出来るか分からないところ。でも、第二案よりは可能性が高いというのがこちらの見解だ」


 なんとなく視線を感じる。実際に戦った感触では千歳の魔法は通用しそうだし、おそらく討伐は可能だ。諧と協力するのは無理でも、他の能力者と力を合わせればより安全・確実に出来るだろう。


 混線の問題があるため軍としては自力で倒すことを推奨したいだろうが、今回はすでに柊木が大きめの怪我をしており、さらに戦闘経験のない楓を前線に出す必要がある。


 子供たちが死ぬのは絶対に避けなければならない。


 その方針は千歳も理解しているし自分だって友達が死ぬのは見たくない。だから柊木たちが望めば戦ってもいいと考えていたし、事前に宮沢から意思を確認されたので了承した。宮沢は気にしてくれているが、宿敵戦ならば混線の問題はそこまで心配しなくてもいいだろう。


「今後どうするか話し合いたいんだが、まずは柊木くんと楓さんの意見を聞かせてもらいたい。ゆっくり考えていいからね」


 これまで似たような状況になった時、さっさと千歳たちに倒してもらうことを望んだグループもいれば、話し合った末に自分たちで頑張ることを選んだ人たちもいた。変則的だと意見が分裂して、一部のメンバーと千歳が協力して倒した例もある。


 多分柊木が出す結論はなんとなく分かる。彼は楓を危険にさらすことを許さないだろうし、頑固なところがあるので自分一人でも戦おうとするのではないだろうか。


「俺は」

「先に私から言ってもいいですか」


 何か言いかけた柊木を楓が遮った。

 柊木が頷くのを見て、彼女は話し始める。


「私は、正直うれしいです。今までみんなだけを戦わせて自分が何もしていないのが心苦しかったから」

「何もしてないって、そんなことないだろ」

「ってみんなが言ってくれるのが分かるから超心苦しかった。マジで」


 楓は真顔で言った。それから視線を下げる。


「今日の遊園地もあんま楽しくなかったし、正直このままだと今後気まずい」

「そうすか……」


 あまりに赤裸々なので柊木はコメントに困ったようにつぶやいた。少々可哀そうになってくる。

 楓は力強く顔を上げ、柊木を一心に見つめる。その横顔に迷いはなかった。


「だから私は戦いたい。迷惑かけるかもしれないし、怖いけど。柊木くんたちと一緒に戦いたい」


 柊木はしばらく黙ってから、


「……まぁ、俺が言ったからって意見を変えるような人じゃないよな」


 諦めたように、でも少し嬉しそうに呟いた。

 楓はにっと歯をむいて返す。


「柊木くんだって私が止めたって戦うでしょ」

「なるほど、お互い様だわ」


 柊木は小さく笑うと、楓に向かって手を差し伸べた。楓はその手を握り返し、同時に周りを見回す。


「みんなはどう思う。……私、戦ってもいい?」

「楓ちゃんがそうしたいんだったら文句ねーよ!」


 仲間の一人、笹原がそう言うと、他のメンバーも口々に同意した。

 楓は顔をほころばせてから、宮沢に顔を向ける。


「これが私たちの結論です。あ、でもやってみてマジで私が足引っ張ってどうしようもなかったら方針を変えるかもです」

「分かった。その方向で作戦を検討してこよう」

 

 

 しばらくして作戦が決まった。

 覚醒を促すため、もう一度先ほどの状況を再現する。そして覚醒後、短期間能力の訓練を行い、そこから再度詳しい作戦を立てて戦闘を再開する。


「……結局俺の腹にもう一回穴が開くわけだ」

「ご、ごめんね柊木くん……やっぱやめる?」

「いーえ。二人で倒すんだろ?」

「うん。倒したい」

 作戦を聞いた二人はそんなことを話して、準備を始める。

 


 ***

 


 ピエロと柊木が対峙し、彼の後ろに扇状の陣形を組んで仲間たちが立つ。そこから距離を取ったところに千歳もいた。

 ピエロが攻撃態勢に入ったところで、千歳は隣にいる楓に報告する。


「攻撃来るよ!」

「――――わかった!」


 楓が全身に力を入れ能力を発動させる。

 すると、彼らとピエロを取り囲むように半透明の黒い布が現れた。それは螺旋を描くように空に向かって増殖すると、それこそサーカスのテントのように周囲を覆う。


 ピエロがクラブをどこからともなく出現させて投げた。それらは最初数百個に見えたが、布がはためくと幻覚が消えて十数個になる。


 仲間たちでそれを処理し、柊木がその隙にピエロに一撃を加える。


 楓の能力は幻覚の無効化。軽く調べた限りでは「舞台に幕を下ろす」能力で、それゆえに能力のエフェクトが幕のような黒い布なのではというのが研究部の推測だ。


 彼女は初戦闘であり能力を使えるようになって間もないのにその安定性は見事だった。最初は発動にムラがあったりするものだが全く申し分なくてすごい。


「おっしゃあ! いいぞ柊木くん、もっとやれ! 攻撃頭にぶち込んじゃえ! ピエロのクソ野郎に吠え面かかせてやれ!!」


 あと応援もすごい。



 柊木がデスパレードに最後の一撃を叩きこむと、物語は終焉を迎える。

 歓声があがり、千歳は肩から力を抜いた。


『千歳くんお疲れ様。異常がないか確認するのでもう少しそこにいてね』

「了解です」


 戦闘は空が白んできた頃に終わった。途中柊木の治療に時間がかかった影響で長くかかったが、楓が覚醒してからは早かった。


 その後しばらく待機していても第二弾の敵が現れたりはしなかったため解散となった。


 三上と合流して遊園地の出口に向かって歩きながら、千歳はずっとぼんやり考えていたことを整理する。


 自分には本当に戦う覚悟があるのか。


 楓の言葉を思い返す。彼女には覚悟があった。そして適度に力が抜けていた。人に頼ったほうがいいときは頼ったほうがいいと知っているのだろう。


 戦えるなら戦う。それが難しかったら人に頼る。

 言葉にすると情けないように見えるが、それが正解なんじゃないかと思った。


 覚悟はいる。でもそれは運命と心中する覚悟ではない。

 一人で、あるいは仲間だけで戦う時代ではない。軍の人たちも手伝ってくれるし、ほかのルートの主人公たちだって、頼めば手伝ってくれるだろう。勿論諧だって手伝ってくれるだろうし、だから千歳も諧のことを手伝ってあげたいと思う。


 この事実を知っていれば、戦えるような気がした。




 もうすぐ出口につくところで、うずくまっている人がいるのに気づいた。そして特徴的な銀の髪色から、それが卜部であると分かる。


 気分でも悪いのかと声をかけようとしたとき、彼女がばっと顔をあげた。

 かなり顔色が悪く、唇が真っ青に染まっている。そんな彼女をこれまであまり見たことがなかったので動揺しながら千歳は声をかける。


「卜部、どうした?」


 彼女はふらふら立ち上がり、千歳にしがみついてきた。倒れそうだったので、支えるように彼女の両腕に手を添える。卜部が人に頼るなんてよっぽど体調が悪いのだろうかと心配していると、突然声が聞こえた。


「だめ」

「え、何が? 治療班の人連れてくるよ」


 もう撤収し始めているだろうがまだ誰か残っているはずだ。駄目だったら本部のほうの治療室に連れて行ったほうがいいだろうか。

 心配して掛けた声に、「ちがう」と卜部は首を振る。


「千歳、戦っちゃだめ。……ごめんなさい、わたしの予知が間違ってたんです」


 その言葉に、急に心臓がばくばくと脈打った。


 彼女の腕をにぎる手に力が入る。続きを言わないでくれ、と叫び出したい気分だった。それなのに、聞きたくて止められない。


「千歳の宿敵は神様だったんです。倒せるけど、でも、倒したら千歳は代わりに神様にならなきゃいけなくなる」


 唐突すぎて、彼女が何を言っているか半分以上わからなかった。


「絶対に戦ったらだめ。……戦ったら、千歳は死んじゃう」


 卜部の肩は震えていた。それとも自分の手が震えているのか、自分でも判断がつかなかった。

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