第9話 柊木ルート2
『柊木、楓は予定通り中央エリアに移動。各員、配置準備』
離れたところに円形の広場があり、そこに二つの人影が見える。
千歳と三上は、広場を取り囲む三階建て程度の建物の上で、物陰に隠れながらそっと様子を伺っていた。
遊園地の中心であるここで、柊木は告白する予定だ。普通の遊園地だったらダンスショーやパレードが行われる場所だが、ここでは戦闘のためにスペースが確保されている。
この遊園地は内部での戦闘を想定して設計されているため、障害物や足場として張りぼての建物がいくつも並んでいる。千歳のいる建物も中に入ることはできない。
遊園地の雰囲気を損なわないためにかお菓子をモチーフとした装飾がなされていて、千歳たちが隠れているのも屋上にあるチョコレートが描かれた看板の裏だ。万一のとき盾にできるように結構強固な素材で出来ているらしい。
柊木たちが向かい合ったのを見ると、千歳はそこから目をそらした。告白シーンは見ないのが礼儀だった。どちらかというといずれは自分もその立場になるはずなので自分が見られたくないなら人のも見ないようにしよう、という暗黙の了解である。
カメラで監視はされているはずだが、音声は記録されず作戦後には映像も破棄されるため、最低限のプライバシーは配慮されている。
いつもはちょっと見てみたいなという気分になるが、正直今日は、見ようという気にはならなかった。
さっき三上に言われたことが頭の領域のほとんどを占めている。
「大丈夫か? 今日なんか口数少ないけど」
「あー……確かに俺って自分が戦うことについてあんま考えてなかったかもなーってずっと考えてて」
「うわぁ、マジでタイミング悪くてごめんな。今日言うべきじゃなかったわ」
「いや別に……早く言ってくれてよかった」
よかったのだろう。考えなしの自分に気づくことができて。
大体、なぜ戦わなければならないのだろう。
神様だとか運命を司る的な何かに押し付けられた戦いなら、戦う意義とはなんなのだろうか。
この世界はおかしい。一部の人間にだけ勝手に力を与えて勝手に過酷な運命を用意して戦わせる。その対象は誰でもいいだろうに、運の悪いことに自分に白羽の矢が立ってしまった。
訥々と考えていると、プレッシャーが中心エリアから感じられた。
建物の影からそっと顔だけ出して覗くと、さっきまで無かったピエロのバルーンのようなものが突如として広場の中央に現れていた。
中に入って遊ぶタイプの遊具に近く、ずんぐりむっくりの丸い胴体に不釣り合いの長い手がついている。笑っている顔なのになぜか目が笑っていない気がして怖いし、遊具のようなのに表情が微妙に変わったり手が動いたりするので違和感がすごい。
あまり強そうには見えないが、宿敵なので油断することはできない。異界を構築しないタイプの敵のようだ。
「ピエロかな……? そういや柊木くんのってどんな敵なんだっけ」
「少しは資料を見ろ」
直前に確認しようと思っていたのに考え事をしていて忘れてしまった。柊木はかなり強い能力者で、これまで積極的に手助けしたことはないため記憶が薄い。
ため息をつきながらも三上は説明してくれた。
柊木ルート【デスパレード】。柊木とその友人たちはある日異形のピエロから殺人サーカスの団員として勧誘され、それを断ったためサーカス団の一員である怪物たちに追われることになった。
「サーカスっぽい空中ブランコとかナイフ投げ、猛獣使いなんかをモチーフとした能力使う敵が多くて、宿敵はピエロだって予知で言われてたけど……なんか変だな」
そういって三上は眉間にしわを寄せる。
「だよね。……弱すぎる」
『【デスパレード】出現。レベル95』
遊園地中のスピーカーから声が聞こえる。これは分析結果のアナウンスで、同時に警戒を呼びかけるものでもあった。外では同時に避難警報も流れているだろう。
「いや、95は別に弱くないだろ……」
三上が引き気味に言う。
「そうだけど! でも確か柊木のレベルって90ちょいじゃなかった? 宿敵にしてはレベルが近すぎるでしょ」
「そういう意味か。確かにそうだな」
宿敵とは20ほどレベルが離れるのが通例だ。柊木はこの都市でもかなり上位の能力者であり、宿敵はレベル110くらいだろうと思っていた。
「資料ではレベル解析不能ってなってたな。ってことは、第二形態あり?」
三上がスマホで資料を確認しながら言う。
「かもね」
第二形態は、一度倒した敵が変形・強化により強くなるやつのことである。主人公たちの油断を誘うため、もしくは命の危機に瀕した敵が死に物狂いで助かろうとするために起こるといわれている。とはいえ本当にそうかはまだ分からない。
指示を待っていると、柊木が能力を発動したのが見えた。全身が白い光で覆われ、それが弾けると赤を基調とした燕尾服に服装が変わっている。
柊木ルートではみんな変身して戦う。その衣装は勝手に決まっていて、全員サーカス団員や劇団員が着ていそうなきらびやかで舞台映えする派手な服だ。
千歳は変身しないタイプなので分からないが、変身する能力者は大体それを嫌がっている。恥ずかしいらしい。以前、柊木に「変身するのかっこいいじゃん」と言ったらすごい顔でにらまれた。
『中心エリア南西、
笹原は柊木の仲間の一人だ。デートには関わっていない彼らも遊園地内でずっと待機していたはずだ。彼らと柊木の合流を阻む形で眷属が発生しているのだろう。眷属なんてカッコつけた正式名称だが要は雑魚敵だ。ただ、一体一体は処理できても、数が多いと厳しい状況になる場合もある。
そのまま待っていると指示が届いた。
『千歳くん、まず非戦闘員である楓さんの保護を最優先でお願い。ただし何らかの要因に寄与する可能性があるので、一緒に今の待機場所あたりで待機しててね』
「はいはい、千歳了解です」
それは事前に聞いていた手筈通りだ。
「雑魚敵討伐のほうは大丈夫ですか?」
『現状問題ありません。長引けば救援を頼むかもしれないけど、そのときはまた連絡するからよろしくね』
「オッケーです。楓さん保護に行きます」
千歳は三上をその場に残し、屋上をいくつか経由して中央広場へ向かう。
楓は戦闘能力を持たない。しかし彼女が単独でいた時にも敵が現れたことがあるため主人公の一人として登録されており、この都市での生活を余儀なくされている。中心人物である柊木と恋愛関係を構築したことから非戦闘員系ヒロインであると結論付けられた。
このタイプのヒロインの類例は時折存在する。バトル系なのに戦闘能力を持たず、しかし人間関係に関わっているこの手の人物は、意外と最終局面で重要な役割を果たすことがあるため軽々に遠方の安全地帯へ連れていくわけにはいかない。
かといって現場に放置していて怪我でもしてしまうと組織の責任問題になるため、戦っている近くで誰かが守りつつ待機してもらうというのが一般的な流れである。
到着すると柊木が楓を後ろにかばいながら戦闘していた。敵の攻撃はそれほど苛烈ではない。ピエロのバルーンが両手を振り下ろしてきたり、口から紙吹雪やプレゼントボックスを飛ばしてきている。かわいいプレゼントだが中身は爆弾のようで、柊木は飛んでくる途中でトランプを投げ当てて誤爆させていた。
ピエロの中からは時々作ったような笑い声が聞こえてくる。遊んでいるようにしか見えなかった。
「楓さーん。あっちに連れてくよう指示されたから来たよ」
呼ぶと楓がこちらへ振り向く。
「千歳くん。分かった、ありがとね」
少しこわばった顔で頷くと駆け寄ってくる。ちらりと柊木が顔を向けたのが分かった。
「千歳、よろしく頼んだ」
「おー、柊木も頑張って!」
楓を連れてその場を後にする。先ほどいた場所まで戻り、念のため障壁を張って防御を固めておく。
彼女はその間、一心に柊木を見つめていた。
「……心配?」
「ちょっと。でも大丈夫、信じてるから。柊木くんなら絶対勝てるって」
楓は気丈に笑って見せる。
「俺もそう思う」
柊木なら多分倒せるだろう。第二形態があったとしても、事前の情報から彼も警戒しているはずだし、何かあっても治療や休憩などのサポートを受ければ問題ないはずだ。
そしてその時はあっさり訪れた。
柊木が投げたナイフが当たると、敵は風船が割れるようにして破裂した。白い煙幕があたりに立ち込める。
千歳が視覚補助魔法を発動して周辺を観察したところ、風船の割れたところに人型のピエロが立っているのが見えた。
本部のほうでも分析やら観測やらの能力者に警戒させているからわかっているだろうが、念のため銃を構えつつ報告する。
「宿敵内部に人型発見。ピエロっぽいのです。第二形態かも」
そのピエロは、少し溜めるような動作を取ったあと、柊木の方へすごい勢いで走り出した。
「柊木!」
当然彼も警戒しているだろう。しかし、彼は視覚補助系統の能力を持っていただろうか。
千歳は多種多様な魔法を使うことができるし諧も様々なスキルを持っていて大体の場合に対応可能だが、普通の主人公が使える能力は一種類だ。
身体能力強化は全員にかかっているので動体視力などは向上しているが、あくまで通常人類の延長程度でしかなく、透視するには別途固有の能力が必要となる。
持ち場を離れて彼の救援に向かうべきか、迷っている間にもピエロは柊木に近づいていく。おそらく見えてはいないが、彼は気配を感じてかピエロの方を向いた。
千歳は魔法を発動して柊木の正面に障壁を張る。
ピエロは柊木に向かってジャグリングで使うクラブを投げた。
柊木はすんでのところでそれを避ける。
――――が、柊木の背後に落下する軌道を描いていたはずのクラブが、不自然に旋回して彼の背中へ向かって勢いを増して飛んでいった。そして外側がばりばりと剥がれて中にあったナイフが露わとなる。
大丈夫、まだ間に合う。
千歳は柊木の背後にも障壁を張った。タイミング的には十分に間に合っていた。
なのに、ナイフは障壁に当たる直前に半透明になり、通過するとまた実体に戻って、そして柊木の脇腹を抉っていった。
「えっ!?」
驚いて手が止まりかけるがこれはまずい。
千歳は楓の周りに入念に障壁を張ると走り出す。柊木の救出に行かなければ。
『千歳くん、柊木くんの救援をお願い。できれば宿敵を拘束して、柊木くんを回収して治療班に引き渡して』
「了解です」
全速力で柊木の元へ向かい、ピエロとの間に割り込む。普通の人間と同じくらいの体格だが、無駄にデカかっただけのさっきの形態より各段に強そうだ。
倒さないよう調節して、ピエロを風属性の魔法で吹っ飛ばす。
「柊木、大丈夫!?」
振り返って叫ぶ。大丈夫もクソもないが意識確認のために。
彼はうつ伏せに倒れながらも小さくうなずいた。
生きているなら治療班が助けてくれる。千歳は少しだけ安心した。
出血はかなり多そうだが、主人公たちの体は強化されていて多少の怪我では死なない。千歳も回復魔法が使えないでもないが、苦手分野なので宿敵の相手をしながらでは発動が難しいしこんな重傷を治したことはないからかなり怪しい。ピエロを拘束して治療班へ柊木を送り届けたほうが早いだろう。
すでに煙幕は晴れてきていた。
拘束系の魔法を発動しようとしたところで、ピエロはすぐに体勢を整えてクラブを複数投げてきた。数十個飛んできたように見えるが、その大半は幻覚によるものだとすぐに分かる。
障壁を張り、本物のいくつかを撃ち落とすために魔法を発動する。
「【粉砕】【追尾】【散弾】【撃て】」
銃の先端から発せられた光は途中でいくつかに分裂してクラブを破壊していく。今度はちゃんとこちらの能力が通用したようでほっとした。しかしまだピエロは次弾を用意している。
拘束魔法は発動にちょっと時間がかかってしまう。展開している隙がないわけではないが、柊木を守り切れるか不安だ。通信で連絡を入れる。
「ちょっと隙がなくて拘束できなさそうです。柊木を回収に来れる人っています?」
『今確認する……治療班の人が回収に向かってる。戦闘能力はないけど、千歳くんが守ることはできる?』
「回収する間攻撃相殺しとけばいいんですよね? 多分……さっきみたいな障壁透過する攻撃がなければ」
『そう……柊木くんの救助をこれ以上遅らせるわけにはいかないから、千歳くんはそのまま通常の攻撃を防ぐことに集中して。防御担当者も同行させます』
「はい、了解」
対策を練っている時間はない。瞬間移動系の能力者もいるが、怪我をしていると空間移動の負担がでかいので使えないはずだ。普通に移動させるしかない。
指示通りピエロを柊木から離れた位置に誘導する。一つの取りこぼしもないように攻撃を相殺するのは骨が折れたが、救助が来るまできっちり完遂した。
柊木が運ばれていったのを確認してから、少々強めにピエロを吹っ飛ばし転ばせ、その隙に拘束魔法を展開する。
「【停止】【つなぐ】【鎖】【地面】【発動】」
念入りに要素を詰め込んで引き金を引くと銃がほのかに緑色に光り、直後ピエロの足元が連動するように同じ色の光を放つ。ピエロが動きを止め、地面から生えてきた鎖にぐるぐる巻きにされる。最後にその周りへ保険として障壁を張って、息をついた。
「拘束完了です」
『お疲れ様。今そっちに結界能力者が向かっているからそのまま警戒しつつ待機していて。そのあと楓さんの保護に戻ってもらうからね』
「あ、はい」
休んではいられない。やることはまだ山積みだった。
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