第8話 柊木ルート1


 観覧車というのは、遊園地の一部でありながら隔絶された雰囲気を持っている気がする。

 千歳は観覧車に乗りながらそんなことを考えた。


「では始めましょうか。諧さんの宿敵討伐計画の検討」


 正面に座った銀色の髪を持つ少女が滑らかに言う。


「うん……それはいいけど。卜部うらべ、なんで観覧車でやるの?」


 千歳がそう問いかけると、卜部は手に持っていたタブレット端末から顔を上げた。

 銀色の髪を二房みつあみにして後ろで団子にした丁寧な髪型で、目は鮮やかな紫色。ブレザータイプの制服を着ている彼女は、静かに眉を寄せた。


「は? 私が乗りたかったからですけど」


 卜部は心底不思議そうに首を傾げる。確かにそれ以上の理由はない。


「別に問題はないでしょう。柊木ひいらぎさんのデートが終わるまで待機中なのですし、好きな乗り物に乗っていていいと宮沢から聞いています」

「うん、問題ないよ。聞いてみたかっただけ」


 合流したら理由も言わずに観覧車まで引っ張って連れてこられたので何か特別な理由があるのかと思っただけだ。


『柊木・かえで両名、遊園地園内へ入場』


 丁度その時、耳につけていたイヤホンから全体向けの報告が聞こえる。


 卜部が窓から遊園地入口の方に顔を向けたので千歳もそれにならう。かなり距離はあるが、遠視魔法を発動すれば入場ゲート付近で並んで歩く柊木と楓の姿が見えた。


 柊木たちもまた、主人公の一人である。

 彼らは今日、ここで告白することで恋愛イベントを意図的に進行させ、宿敵を出現させ討伐する。その補佐として、千歳たちは呼ばれていた。

 

 恋愛イベントの最終段階として一般的なのが告白だ。


 イベント進行型の場合、宿敵は大体告白の前後に現れる。思いが高ぶった瞬間突発的に敵が出現するパターンもあるが、両想いであると薄々勘づいていても何も起こらない場合、告白後に宿敵が現れることがほとんどだ。


 その場合、告白のタイミングを調節することで万全の準備を整えたうえで最終戦に臨めるメリットがある。


 この遊園地は対策都市内に用意されているデートスポットの一つだ。生活圏から離れた場所に建造されていて、恋愛イベント進行型の主人公たちはデートスポットのどこかで告白することが推奨されている。


 普段は多少従業員が働いているが、今日はすべての職員が退避してほぼ無人。元々アトラクションは自動か遠隔操作で動作可能なので遊ぶのに不便はない。


 さすがにムードがなさすぎるとかわいそうなので、デートしてから告白できるような計画になっている。そもそも気分が乗っていないとイベントであると認識されず宿敵が出現しないこともあるので、その辺は考慮されているそうだ。

 最終的に夕方ごろ告白する手筈だが、万が一のことを考えてデート開始の昼から遊園地内で千歳たちも待機するよう要請されていた。好きに遊んでていいので特に不満はない。


 卜部もまた仕事でここに呼ばれている。

 彼女は予知能力者で、予知に変化がないかここで確認する役割を持つ。予知能力には様々な形式があるが、彼女は周囲にいる人・物の未来に関して予知の精度が高いため現場に来る必要があるのだ。


「研究部から諧さんの宿敵に関するデータを持ってきました。セキュリティ上、さすがにデータ本体は渡せないのでこれで見てください」


 そういって卜部は手元にあったタブレット端末を差し出してくる。


「ありがとう」


 受け取って画面を見ると、PDFで何枚もある長い文章が表示されていた。目がチカチカする。


「千歳は長い文章読むの嫌と言うだろうから要約して説明します」

「ありがとう。本当にありがとう」


 仕方なかったら読むが基本的に長文は苦手だ。国語のテストとかイライラする。タブレットは三上に渡した。彼は本を読んだりするのが好きなのでテキストのほうがいいだろう。


「諧ルートは、西洋甲冑など多種多様な鎧状の外見を持つ敵が出現します。彼女は偶然道端で刀を拾ったことをきっかけとして特殊能力に目覚め、得た力をもって敵を討伐するルートです」


 千歳の始まりも似たようなものだった。突然目の前に敵が現れ、なぜか特殊な力に目覚める。彼の場合は敵から逃げているときに転び、その時空から降ってきた謎の雫が右手に落ちた瞬間、魔法の力に目覚めた。都市にいる他の友達から聞いても同じような感じだったので、かなり一般的な流れだろう。


「これまで倒した敵は四体――――これは眷属を除いた数ですが。予測では、あと二体か三体倒した先が宿敵であろうと言われています。宿敵の名称は【れい】」


 敵にはメインの少し強い敵と、眷属と呼ばれる部下的位置の雑魚敵がいる。眷属の数はかなりルートによって違うが、メインの敵は五、六体のことが多い。


「予知結果をもとに諧さんの宿敵を分析したところ、現時点では討伐不可能であろうというのが研究部で主流の意見です」


 卜部は感情のこもっていない声で結論を早々に告げる。

 彼女に感情がないわけではないし、思うところがないわけでもないだろう。卜部自身も諧と交流があり友人関係にある。ただ、予知能力者である彼女は様々な人の未来と、その結末を見てきている。


 各ルートで出現する敵の情報は、まず予知系の能力者が予知した情報を念写や精神感応系能力者が外部に抽出し、その結果を分析系能力者が処理することで得られている。


 予知能力は、分析系能力と本質的には同じとされていて、世界の情報を記録した何かから情報を引き出しているらしい。その世界の記録は【アーカイブ】と呼ばれている。予知能力者は未来の情報を引き出すのが得意で、分析能力者は過去か現在の情報を引き出すのが得意であるという違いだけだ。


 予知能力者は多数存在するが、見え方やその情報量が違うだけで統合すればすべて同じ結果になる。

 そして未来が分かるといっても、現時点で一番可能性の高い未来が分かるだけで、覆せることもある。敵に負ける光景が予知されていても勝てることは多い。


「ステータス全項目カンストで推定HPもかなり高く、さらに諧さんの能力【正々堂々】は効かないとされており、上位互換の能力を持っています。各種デバフの耐性も高そうで、現状の戦力では打つ手がありません。もっとも、まだ予知なので情報の精度は完璧ではありませんが」


 覚悟はしていたがかなり厳しい条件だ。特に諧の能力が効かないのはきつい。


「弱点がある可能性もあるよね」

「大体そうだよな。レベル高い敵だと、針の穴を通すような弱点を見つけるのが攻略の鍵になってる」


 千歳の意見に三上も同意してくれる。


 大方予知では弱点の情報は出てこない。いくら分析したところで事前に知ることの出来る情報には限りがあるのだ。アーカイブには引き出せる情報に制限がかかっていると言われており、主人公側が有利になりすぎないようバランスを調整する法則があるのではと推測されているが現状では真偽不明だ。


「多くのルートと同じように、諧さんの場合でも現場で弱点をたどっていく形になるとは思うのですが、あまりに強すぎる、というのが研究部の危惧している点です」

「それは諧ちゃんがすごい強いからじゃなくって? 俺の敵も俺がレベル上がるほどレベル上がってってるらしいし」


 宿敵というのは戦闘開始時点で主人公よりもレベルが高く各段に強いというのが常識だ。諧はこの都市で一番強いので、その敵も強くて当然だろう。


「いえ。あまりに勝ち筋が見えないので。負け確定戦闘ではないかと言われています」

「あ……」


 二の句がつげなかった。


 負け確定戦闘は、必ず主人公サイドが負けてしまう戦いの通称である。

 他のルートの主人公が協力した場合でも、何らかの要因で絶対に倒すことができない敵がいる。千歳も一、二回経験があった。


「いやでも、宿敵でそんなことある? 中間くらいに出てくる敵なら倒せないこともあるけど、だって」


 通常、負け確定戦闘はその次の戦闘での勝利の布石として発生する。主人公たちが実力不足をかみしめたり、新たな技の開発の必要性に気づいたりするきっかけのために存在していると言われていて、普通そこで負けても死ぬことはない。


 でも、宿敵が倒せなかったらどうなるのか。


「研究部では、バッドエンド確定ルートである可能性が高いとの考えています」


 バッドエンド。その言葉に頭がくらくらした。


 予知の結果がバッドエンドであることは多いが、それは覆せることがほとんどだ。

 しかし確定してしまっているルートもある。どんなに全員で力を合わせても勝利の道筋が見えない。自己犠牲、相打ち、道連れ。そういった結末を迎えたルートは、数は少ないが記憶に焼き付いている。 


 ――――こんなに強くなったのに勝てない。

 そう諧が言っていたことを思い出す。


 この事実を知っていたから、彼女は諦めていたのか。


 思わずうつむくと、卜部が立ち上がってから千歳に顔を寄せてくる。何事かと思って顔を上げたところで、卜部は千歳の後ろの窓に手をついた。


「だからこれから勝つ方法を考えるんでしょう。アホですか」


 そう言うと彼女は小さく笑う。いつもあまり顔に感情を出さないので珍しい。


「うん、そうだな。考えよう」


 落ち込みすぎても時間の無駄だ。今できることを考えるのが最も建設的である。


「ところで、この壁にドンってする最近あんまり見ないやつはどうして?」

「一回やってみたかったので。流行っているときにやるのは癪でしょう?」


 流行りが終わってからやるほうがもっとアレだと思うが、その言葉は飲み込んだ。

 卜部は座席に戻って話を続ける。


「予知では、彼女は一人で戦っています。詳しいところはわかりませんが、千歳が協力すればどうにかなる可能性もないではないでしょう」

「そっか。俺が本格的に手伝うことで未来が変わることもあるよね」

「当然です。とはいえ混線している可能性が高いのに予知が変わっていないので、千歳は手伝えないということも考えられますが」

「……励まそうとしてくれてたんじゃないの?」

「普通に思いついたことを言ってるだけですが」


 隣で三上は笑いをこらえていた。多分卜部は励まそうとしてくれていて、同時に思いついたことも言っているのだろう。


「まぁ、未来が変わるように、頑張って策を練ろう」


 こうやって積極的に行動していれば、予知のほうにも反映されるかもしれない。予知の仕組みや、行動の反映され具合などはまだよくわかっていないのだ。

 未来はまだ確定していない。



 それから観覧車三周して議論を行ったが有力な案は出なかったし、大体の案は研究部の方で検討されているものだった。三上が少し酔ったかもというので観覧車を降りる。


「ではいったん休憩にしましょう。私はあれに乗ってきます」


 卜部はそういってジェットコースターを指さした。


「休憩になるの? それ」

「好きなので。千歳もご一緒にいかがです? 五周する予定ですが」


 あまりジェットコースターに魅力を感じない質なので断っておく。そもそも千歳が魔法を使って全力で走ったほうがスピードが出るので。

 卜部はよっぽど乗りたかったのか、小走りでジェットコースターに向かっていった。

 三上がベンチに座って天を仰いでいたので声をかける。


「大丈夫ー? なんか飲み物買ってこようか」

「おぉ……よろしく。スポドリで」


 三上は青白くなった顔をこちらへ向けた。


「てか、千歳に聞きたいことあったんだけどさ」

「え、何」

「諧さんのことは大事だけど、お前自身は大丈夫なのか?」

「俺が大丈夫か……?」


 何が言いたいのか考えていると、三上はさらにかみ砕いて教えてくれる。


「諧さんが戦うってことはお前も同時に宿敵と戦うことになるかもしれないんだよ。ちゃんと心の準備できてるのかってこと」


 言われるまで、その部分がさっぱり抜け落ちていることに気づかなかった。


「と……とりあえずスポドリ買ってくるね」

「あ、うん。タイミング悪かったわ、ごめん」


 その場を後にして自販機を探しつつ考える。


 確かに彼の言う通りだ。諧の敵がこれまで通り時間経過により発生するなら関係ないが、恋愛イベントによって発生するのなら宿敵が出現させるのに告白が必要になるだろう。


 諧の恋愛相手は千歳だ。ならば同時に千歳も告白イベントを迎えることになるのだから、千歳の宿敵も出現する可能性が高い。彼もこれまでは時間経過型だったため本当にそうなるかはまだ分からないが、考慮しておくべきだろう。


 そんなこと、諧のことで頭がいっぱいで何も考えていなかった。


 自分はまぁ倒せるだろうしなんとかなると思っていた。千歳の宿敵は現在の分析結果ではステータス的にもそこそこで、予知では宿敵を倒したシーンが見えていると報告を受けている。


 でも、自分の宿敵について一つ引っかかっていることがある。

 それは、あまりに何の問題もなさすぎることだ。


 予知では通常主人公が宿敵に負けたところが見える。なのに、千歳の場合には極めて珍しいことに勝利している。

 何かおかしい。それでもハッピーエンドになると思っていた方が気分がよかったから信じていた。

 だが、自分に戦う覚悟が本当にあるのか?


 そう改めて問われると、自信がないことに気づいてしまった。

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