第7話 諧ルート2
『諧さん、クッキーもらったんだけど食べない?』
「えっ、食べる!」
休日、三上から電話をうけた諧は、一も二もなく即答した。
これじゃあさすがに食欲に負けすぎてはいないか、と思ったが断わることはできなかった。食欲には勝てない。
この都市に住む学生は例外なく寮に住んでいるが、三上と諧では所属している寮が違う。
保安上の関係で、上位の能力者は本部拠点か予備拠点にある寮のどちらかに住むことになっており、一位の諧と二位の千歳は戦力を均等にする関係で違う寮に住んでいる。
で、千歳の語り部である三上は千歳と同じ本部拠点併設の寮に、諧は予備拠点の寮にいた。設備に差はないが位置的にかなり離れている。
「じゃあ私が取りにいくよ」
とはいえ、諧が走って行ったらすぐだ。
『こっちに来て千歳と鉢合わせすると困るから僕が行くよ。割と近くにいるから』
「あ」
そっか、と納得してお願いする。
しばらくして三上が寮の部屋までやってきた。連絡が来ると扉を開けて招き入れる。
「三上くんわざわざありがとねー」
「いいえ。たまたま本屋に行きたかったからさ。クッキーの無料券、宮沢さんから貰ってたの思い出したからちょうどよかった」
三上はそう言いながらクリーム色の菓子店の袋を差し出してくる。嬉しすぎてすぐ受け取った。
「やった! 私も貰ったけどすぐ交換して食べちゃったからうれしいなぁ」
軍の人は福利厚生の一環なのか都市内で使える無料券をよく貰うらしく、戦闘を手伝っているご褒美で結構くれる。特に宮沢は甘いものが得意ではないらしいのでよく横流ししてくれるのだ。
二人分のお茶を淹れて一緒におやつにすることにした。クッションと小さいテーブルを出して床に座る。
菓子折りの包装を解くと色とりどりのクッキーが顔を出す。
クッキーはいい。サクサクしてて。
「おっ、いろんな味が入ってるやつだ。私これ好き」
「僕も。この、ジャムが乗ってるやつ? 好きだわ」
「私も一番好き!」
三上のくれたクッキーは贈答用っぽいアソートタイプの缶に入ったやつだった。赤いジャムの乗ったのは四つ入っていたので平等に二つずつ分け合う。
「三上くん、私……っていうか私達のこと心配して来てくれたの?」
諧と千歳の関係性についてのことだ。
「そういうわけじゃないよ。僕は、インタビューに来ただけ」
インタビュー。語り部である彼は、時折そんな言葉を使う。
「諧さんさえよければ、今の心境を聞きたいなって。千歳がいると言えないこともあるだろ?」
でもそれは言い訳のようなもので、彼はきっとふつうに心配して様子を見に来てくれたのだ。気を使ってるアピールされるよりは自分本位の理由で来たのだと言い訳してくれるほうが嬉しいので追及はしない。
「うーん、多分誤解されていると思うんだけど……私は全然勝つのを諦めてないんだよね」
彼のことを信頼して、諧は本心を伝える。
「おぉ、まぁそうだろうと思ってたけど」
「どころか今すぐ宿敵戦に臨んでもいい」
三上はそれを聞くと後ろにちょっと仰け反った。
「強気だなぁ!? えー……じゃあどうして千歳に会わないようにしようって言ったの?」
「それは……ほ、本当に秘密だよ?」
念押しするようにそう言うと、三上は真面目な顔で「勿論」と頷いた。
二人しかいないのに諧は自然と声を潜める。
「私は、千歳くんのことが心配なの。だってあの人、すごい頑張ってくれようとしちゃわない?」
「あー……ちょっと分かる」
「でしょ!? 一生懸命なのは良いことだと思うしありがたいんだけど……なんていうの、こう、私をかばって死にそう!」
「まぁ、確かに……諧さんがピンチになったらそれくらいはしそうかもなぁ」
三上は苦い顔でうなずいた。
諧にとって一番の懸念点はそこだった。
「一人だったら別に今戦ってもいいよ。私は限界まで頑張るし、自分の身に関しては責任とれる。けど、千歳くんに何かあっても責任取れないよ……。でもこれ、本人にすごく言いづらくて」
「言えないよな。本人も……ショックを受けると思うし。純粋だから」
「だよねー……。でも絶対手伝ってくれるでしょ。手伝ってくれること自体は嬉しいから、作戦が思いついたらぜひ二人で戦いたいとは思ってるよ? だから勝てる確信が持てるまでイベントを進めたくなかった。でも、本人に正直に理由を言えないから、勝てないって思ってるっていうことでとりあえず通そうかなぁと……」
勝つ自信はある。でも百パーセントとは保証できない。それなのに千歳を巻き込むことに不安がある。でもそれを本人に言いづらい。
色んな思いが混ざって、なぜか微妙に複雑な状況になってしまった。
「はぁ……そういうことか。諧さんが弱気なの珍しいと思ってたから、なんか腑に落ちた。宿敵が宿敵だから諧さんが弱気になっても無理はないかなとは思ってたけど」
「私はどんな状況になってもハッピーエンドを諦めないよ」
クッキーを口に放り込んで紅茶で流し込む。口の中で幸せな味がした。
「だって、そうじゃなかったら嫌だもん」
絶対に幸せをこの手につかみ取ってみせる。その自信があった。
「……さすが諧さん。恰好いいよ」
「ありがとう。……でも本当に千歳くんには内緒だよ?」
「約束は守るよ。あ、記録には書いてもいい? 千歳には見せないからさ」
「いいよー。ねぇ、三上くんはなんで記録書いてるの? 書かなくても別にいいんでしょ?」
秘密を知られてちょっと恥ずかしくなってしまったのでついでに聞いてみた。
語り部は本来観測した物語を何かのかたちで残す役割を持つけど、今は記録を残しても軍に渡さないといけないのであんまり意味はない。
「いいんだけどね……そうだな、なんとなくそうすべきだって感じるからかな」
三上は考えるように顎に手をあてた。
「語り部の使命、みたいな。最後まで見届けて、それを残しておきたいって思ったんだ。特に何の意味もなくても、そう思ったことは尊重したい……かなと」
それを聞いて諧はなんとなくうれしくなってしまう。
「三上くんも恰好いいじゃん!」
彼の肩を叩きたい衝動に駆られたがこらえた。気を付けないと骨を粉砕してしまうので。
「そうかな……どうも」
諧は自分の意志を貫いている人が好きだった。意味があってもなくても、考えて考えて自分のしたいことをしようとする人が好きだ。
千歳は特別意志の強いほうでは多分ないのだろう。でも強くあろうとしていて、そこに愛おしさを感じる。
しかし今は、彼のことを思い出すと少し寂しくなってしまう。
「千歳くんどうしてる? 元気?」
「元気だよ。あぁ、明日会うから写真でも撮ってこようか」
「明日って日曜だよね。遊ぶの?」
「ううん、仕事。遊園地で」
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