第6話 諧ルート1

「まず千歳君に聞きたいのだけど、君が一昨日遭遇したという敵、あれは一人でいたときに現れて、たまたま異界に入り込んだ諧さんと撃退したと聞いていたけど、合っているかな?」


 大幻獣を討伐した翌日の午後、千歳は上司である宮沢少佐に呼び出され、本部拠点の会議室にいた。


 よく面談などに使われる小さい部屋で、長机が一つとそれをはさんでパイプ椅子が置いてあるだけの簡単なつくりだ。宮沢と向かい合う形で、千歳と三上が座っている。


 主人公とそれに対応する事象については、災害の一種として国営軍が管理にあたっている。バトル系の主人公が集められているこの対策都市の運営から事件発生時の避難誘導、主人公たちへの指示出し、強い能力者の派遣から通常兵器による戦闘補助まで様々な役割をこなしている。


 その中で、高レベル能力者の管理責任を担っているのがこの宮沢少佐だ。


 普段は穏やかな人で怒られることはあまり無いが、今は怒られそうな気配がビリビリしている。こらえているだけでもう内心怒っているのだろう。怖い。


「えっと……すいません、嘘つきました。本当は諧さんと一緒にいました」


 そして怒られるのは自業自得である。千歳は先日仏像っぽい敵と出くわしたことについて虚偽の報告をしていた。


 諧と一緒にいたと言ったら、軍のほうから会うのを控えるように言われるだろうし、会っていたことを咎められるだろうからと黙っていたのだ。正規の報告書はどうしようかと思っていたら先に嘘のほうがバレてしまった。


 宮沢は表情を変えなかったが、肩がぴくりと動いたのがわかった。


「うん……まず嘘をついたのはよくないよね」

「すいません」


 千歳は頭を下げる。


「都市には監視カメラもあるけど、君らのことを信頼しているからチェックするようなことはしてない。だから、何かあったらちゃんと報告してほしい。お願いできるかな?」

「はい……すいません」

「すいませんでした」


 三上も一緒に頭をさげてくれた。


「うん、次からちゃんと報告してくれればいいから。それで、そういうことがあったのは何度目なの?」

「こないだので三回目です。あ、昨日のも入れれば四回で」


 昨日の、諧の敵が現れた件。あれは二人きりというわけではないが、状況的に二人での会話がトリガーとなったと考えるのが自然だろう。


「そうか……諧さんの敵は時間経過型だと思っていたけど、状況が変わった可能性があるね」


 敵は恋愛などのイベント発生時に現れる他、時間経過によって発生するパターンも存在する。特に諧のルートはほかに仲間がおらず彼女一人なので、イベントで発生することはなく、敵を倒してからある程度時間が経過すると次の敵が現れる時間経過型だ。


「つまり、二人のルートが混線した可能性があるってことだ」


 本来他ルート同士での人間関係でイベントは発生しない。例外はルートが混線した場合だけだ。


「でも俺、諧ちゃんの敵を倒したことはないですよ」


 ルートが混線する原因として一番多いのは他ルートの敵を倒すこと。諧の敵は彼女が速攻で倒すので、手を出しているはずもない。


「そうだよね。そのあたりは前にこちらでも確認したから問題ないと思う」


 宮沢は何か言いにくいのか、喉の奥でつっかえているような話し方をした。


「じゃあ恋愛感情によって混線した可能性が高いってことですか?」


 三上がそういったとき、宮沢がどうしてぼやかしたのか分かった。

 千歳はちょっと恥ずかしさを感じる。自分で言うのはもっと恥ずかしいから三上が言ってくれてありがたいのだけど、それでも気恥ずかしい。


「今までそういう事例は報告されていないと記憶しているけど、その可能性もあると思う。研究部に調査してもらうから、何か分かったらこちらも報告するね」

「あ、はい……よろしくお願いします」

「ただルートの混線に関しては事例があまり無いからわからないだけで、他の要因もあるのかもしれない」

「俺らがいろんなルートに混線してるから、ってのもあるかもしれないですね」


 ルートが混線する問題は、ここ数年で発見されたことだ。それが判明したのは千歳と諧が他ルートの敵を倒しすぎてしまったことが原因だった。


 何年か前はちょうどいくつかのルートの主人公たちが怖気づいて戦闘を放棄し、代わりに諧と千歳が敵を討伐していたのだ。

 それまで問題とならなかったのは、通常は各ルートの構成員内で対処した方が早いから。


 主人公たちの能力は、そのルートで発生する敵の弱点となっている。他ルートの主人公を持ってきて倒させるより、怖気づいていたとしても頑張ってケツ叩いて戦わせた方が早いし安定性も高かったため、他の高レベル能力者が手伝ったとしても戦闘を補助する立場にとどまっていた。


 しかし、千歳と諧が現れてから状況は一変する。

 諧の能力は「自分の攻撃が通用するよう相手を変化させる」もので、千歳は「様々な属性を組み合わせて相手の弱点を突く」ことができる能力を持つ。

 二人の能力はどんな敵であっても通用するものだったし、実際あらゆる敵を簡単に討伐することができた。そのため軍の方も二人を有用に運用する方向へ切り替えたのだ。


 そのせいで混線が起こり、諧と千歳の前にも他のルートの敵が現れるようになってしまった。先日現れた仏像状の敵も本来の千歳と諧の敵ではない。

 このことが判明してから、できる限り自分の敵は自分で倒すという方針に戻すことになったのだ。


「その件については、本当に申し訳なく思っている」


 宮沢は苦々しい表情で頭を下げた。


「あ、別に謝ってもらいたかったわけじゃなくて。てか指示したのは宮沢さんじゃないし。可能性として挙げただけです」


 それが起こった頃は別の人が指揮を執っていた。宮沢たちは責任を感じているっぽいが、何も分かっていなかったのだから仕方ないと千歳は思っている。

 それにこれまでは、混線したといっても大体の敵は弱いので問題なかったのだ。現れたとしても適当に倒せばいいだけの話だった。


「そうか。二人は色々なルートに混線しているから、その辺も原因として考えられるね。この分野に関しては分かっていないことが多いからなんともいえないけど」


 主人公たちに関しては科学的アプローチでは研究が困難だ。研究者たちが頭をひねって調査してくれているらしいが、まだ成果は十分にあがっていない。


「当面の間、諧さんとは顔を合わせないように注意してね。仕事の方はこちらで調整するし、学校は別だから問題ないよね?」

「えっ。でも俺、諧ちゃんと一緒に宿敵倒す方法考えようって約束したんですけど」

「それは……できればやめてほしいな」


 いきなり暗礁に乗り上げてしまった。気づかなかっただけで、合理的に考えれば会ってはいけないというのは当然だ。だって敵が出るかもしれないのだし。


「諧さんの宿敵っていうと……そうか。直接会ったり連絡を取ったりするのはやめてほしいけど、間接的に結果を共有するくらいだったらいいよ。それが一緒に考えるってことになるかわからないけど」


 宮沢も諧の宿敵について事情を知っているため、察して助け船を出してくれた。


「じゃあ僕が仲介します。千歳と諧さんがそれぞれ考えて、意見を取りまとめて僕が双方に伝えるってかたちなら大丈夫ですか?」

「そのくらいだったら問題ないだろう」


 代わりに、何か変化があったらすぐ中止して報告するようにと言われた。


「はい、ありがとうございます。三上もありがとう」


 二人のおかげで諧との約束は果たせそうでほっとした。


「諧さんの宿敵についてはこちらでも検討しているから、何か分かったら諧さんに伝えるよ。で、三上君経由で伝えてもらうってことで」

「よろしくお願いします。あの、諧ちゃんは多分一人で戦うって言ってると思うんですけど、俺のことも検討に入れておいてほしいんです。一人じゃ駄目でも、俺の能力があったら倒せる……かもしれないし?」


 千歳の想像だが、諧は一人で戦う前提にしてほしいと軍の方に頼んでいると思う。


「確かに諧さんは一人でやりたいって言ってるね」


 そしてその予想は的中していた。


「でも、当然千歳君――――だけじゃなく、この都市すべての戦力を考慮にいれて検討しているよ。我々の仕事は一人でも多くの子供たちを救うことだから」


 はっきりとした口調でそう言われると、少し頼もしい気分になる。


「といっても敵に通常兵器は通用しないし、君たちに任せる部分がかなり多くて申し訳ないんだけど……。未だに手探りな部分が多いし、万全とは言いきれないが全力を尽くすよ」


 そこまで正直に言ってくれるのが宮沢らしいところだ。


「はい。よろしくお願いします」


 本当に方法が見つかるかはわからないが、できることをやってみるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る