第5話 八房ルート4

 戦いは夜明けまで続いた。


 戦って、休んで、もう一回戦っての繰り返し。千歳たちも交代で休憩を取ったくらいに長い時間が経っていた。


 大幻獣がレベル50なのに対して八房たちはレベル30程度。レベルが同じなら一対一で対等に戦えるというのが目安であり、複数人でも20差に挑むのは厳しい。宿敵とのレベル差としては平均的で、このくらい苦戦するのは珍しくない。


 ましてこの大幻獣は、討伐方法や攻撃が単純な代わりに高い耐久という特性を持っているようだ。時間がかかって当然である。もしかしたら他に倒す方法があるかもしれないがそれは軍の人達が考えてくれているはずだし、地道な攻撃が有効なら今はじりじり削っていくのが最善だ。


 大幻獣には少しずつダメージが入ってきていて、夜明けごろにはその身にまとっていた紫色の電撃のような光が弱まってきて、息づかいが荒々しくなっていた。


 もう何発目かもわからないブレスをいつものように撃ち落とすと、じんじんと手が冷たくなってきて軽く手を振った。魔法を体内で生成しているせいなのか、氷魔法などを連続で使っていると手が冷たく感じることがある。軽くさすって温めれば問題ない程度だが。


 早く休憩したいと思いつつ千歳が時間稼ぎを行っていると、八房たちが帰ってきた。しかし全員顔色が悪い。回復を受けているので傷はきれいに治っているが、気力はどうしようもないのだ。


「おー、八房お疲れ。大丈夫?」


 聞いてもしょうがないのに言ってしまった。八房は渋い顔で頷く。


「まぁなんとか。時間かかって悪いな」

「全然! 気にしないでよ」


 気にしていないように装ったが、本当は少し思っていた。「俺が倒そうか?」と言ってしまいたいと。


 宿敵ならここで物語はエンディングを迎えるはずだし、影響は最小限だろう。とどめを刺すのは八房たちに任せて、限界ぎりぎりまで敵に攻撃をぶち込んでもいい。実際、何回かはどうしようもなくなってそうしたことがある。


「どんなに時間がかかっても、俺はーーーー俺たちで倒したいんだ」


 顔色は悪かったが、八房の目は死んでいなかった。強い光が宿っているように感じる。

 千歳は大きくうなずいた。


「応援するよ。最後まで頑張って」


 何度目かわからない後ろ姿を見送る。


***


 そうしてその時はやってきた。八房が渾身の一太刀を浴びせると、大幻獣が大きな悲鳴を上げて倒れ、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。土埃が舞う。


 その体は紫色の細かい光の粒になり、地面に吸い込まれていく。空に立ち込めていた暗雲がざっと割れ、そこから青空が見えて光が差し込むと荒地に花が咲いた。


 一面の花畑になったところで、八房たちが歓喜の声を上げた。


 どうやら討伐に成功したようだ。千歳もほっと肩をなでおろす。

 その光景の中で、千歳は帰ろうとする諧の後ろ姿を見つけ、そこに駆け寄った。戦っていた間、ずっと考えていたことがある。それをここで伝えておきたい。

 今言えなきゃ、ずっと言えないだろうから。


「まって諧ちゃん!」


 彼女の腕をつかんで引き止める。振り返った彼女の顔は引きつっていた。


「ち、千歳くん、ちょっと待って」

「やっぱり俺、諧ちゃんと一緒に戦うよ」


 八房たちを見ながら考えていて思った。


 諧には仲間がいない。通常各ルートは五、六人の主人公たちで協力して敵を倒していくが、それはあくまで平均であり人数は前後する。千歳自身も一人だ。


 それはもともと一人だったのか、それとも仲間と出会う前にこの対策都市に来てしまったせいで出会う運命が狂ってしまったのかはわからない。

 でも、運命なんかじゃなくたって、共に戦うことを選ぶことはできるはずだ。


 みんなでちからをあわせて戦えば敵を倒せる。そんな安っぽくて子供っぽい童話の教訓じみたことを言うつもりはないが、一人よりは二人のほうがいいに決まっている。


「倒せる方法を一緒に考えよう。それで思いついたら絶対手伝う」


 諧に手を振りほどかれる。身体強化の精度は彼女のほうが高いので仕方がない。

 それでも、もう一度つかんだ。今度は手を。


「思いつかなくても無理やり手伝うから。ほら、考えたほうが安心でしょ」

「そういう問題じゃ」

「俺は諧ちゃんのこと諦めたくない。……こんなのが運命だっていうなら、絶対に変える。変えよう」


 意志の強い彼女を説得するには、こっちも強く意志を持たなければだめだ。その思いを込めて堅く手を握る。

 初めて目があった。彼女の目はきらきら光っているように見えた。


「千歳くん……やばい」

「え?」


 返答が駄目でも嫌でも無理でもなくやばいだったので反応に困った。


 その時、空からパキ、と音がして、上から小さな青い花びらが降り出した。それでようやく何がやばいのかを悟った。


 諧から手を離す。

 異界が崩壊していっている。さっきの音は前兆だった。フラワーシャワーの中、周囲の風景が何もない荒野からビル街の真ん中へと変わっていく。

 異界の中だから接触しても大丈夫だと思っていた。しかしその崩壊が予想以上に早かった。


「来る」


 その一言と同時に、背後で気配が沸き上がる。急いで振り返ると、ちょうどそこに甲冑が現れた。

 

 人間の三倍ほどの身長を持つ、西洋風の甲冑。ただし、展示物ではありえないことにぎこちなく動き始める。


 見たことのあるタイプの外見だ。中身が見えない、装甲だけに見えるデザインの敵。そして敵のデザインはルートごとに異なる。


 これは諧の敵だ。


 完全にやってしまった。これは自分の失態だ、と千歳は猛省する。

 先ほどの説得と接触で、イベントを引き起こしてしまったのだろう。異界がまだもつだろうと思っていたが甘かった。


 通常宿敵が出現するまでには六回ほど中規模な敵を倒すことが必要で、諧の宿敵が出現するまでには猶予があったはずだから、まだ宿敵ではないだろう。とはいえ段階が進んでしまったということであり、それで許される問題ではない。


 甲冑の足元に鉄色の立方体が現れ、それがぱたんと内側から割れて展開図のように開いた後、一面一面が増殖していって足元に広がっていく。やがて四角形が千歳たちの方まで埋めつくすと、端の方が直角に上空へと向かって立ち上がり大きな立方体を形成しだす。


 異界の展開だ。千歳と諧、甲冑が異界の中に閉じ込められる。


「ごめん、諧ちゃん」


 銃を抜きかけたが、諧がそれを手で制止した。


「ううん、千歳くんのせいじゃない」


 諧が地面を蹴る。すでに刀を抜いていた。

 刀一本で甲冑の装甲を破れるかなど、彼女には関係ない。


「――――スキルセット【正々堂々】」


 そう唱えた後、刀を横に薙いで甲冑の胴体を両断してみせた。


 包丁で豆腐を切るようにやすやすと切れたそれは、上下がずれて上半身部分が地に落ちる。中身は真っ黒な気体で満たされていた。


 諧はスキルと呼ばれる能力をいくつか切り替えて戦う。

 特に中心となる能力は【正々堂々】で、これは「どんな相手・攻撃でも、自分の攻撃が通用するように変質させる」スキルである。

 刀に能力が付与されているイメージのため斬っている瞬間のみ変質しているので外見からはわからない。原理的には刀による攻撃が通用する物質であればなんにでも変質させられるのだが、感覚的に相手とより近い性質のものへ変容させる方が楽らしい。敵の場合は普通の動物へ変化させていると以前聞いたことがある。

 「人型だったら人間だと思って斬ってるよー」となんか怖いことを言っていたのを千歳は場違いにも思い出していた。


 この能力故に彼女に斬れないものはなく、倒せない敵はない――――その宿敵を除いては。


 諧が着地すると同時に、異界も崩壊する。展開するのと逆方向に収縮していき、元の立方体に戻るとすっと消えた。


 今の敵はたぶんレベル60くらいだろう。

 通常は主人公より少し上のレベルの敵が現れるが、諧は強くなりすぎてしまったために彼女よりも弱い敵が出現する形になってしまった。

 それは、以前他ルートの敵も討伐しまくっていた影響だった。その時はまだ体制が完全には整っておらず、研究も進んでいなかったので今よりもっと積極的に敵を討伐していたのだ。

 レベルは討伐した敵の数と質によって上がると言われている。結果的に低レベルモンスターでレベル上げした形になってしまった。


「……こんなに強くなったのに、まだ勝てないんだよ」


 諧が小さい声で言う。

 宿敵だけは絶対に主人公たちよりもレベルが高い。個人情報なので諧の宿敵に関してあまり詳しいことは知らないが、千歳の宿敵も彼がレベルを上げるのに比例してレベルが高くなったので多分諧も同じだろう。


 そのうえ、普通に強くなったところで宿敵は簡単には倒せない。レベルが高いほど倒すための特殊条件がある可能性が高くなる。もちろん意外な弱点があることも多い。


 だが、絶対に倒せない敵である可能性もゼロではない。


 そのルートの関係者が全滅するとなぜか敵は自然に消滅する。なすすべなく全滅してしまい、いまだに解法が見つかっていないルートも存在すると聞く。


「俺はそれでも、勝つ方法があるって信じてるよ」


 そうじゃなきゃどうやって生きていけばいいのか。


「……私も信じたい」


 諧はぽつりとつぶやいて、小さい笑顔を浮かべた。


「やっぱり、一緒に考えるだけ考えてもらってもいい?」

「勿論」


 二人で勝つ方法を考えるところまではこぎつけられた。しかしまだ、そもそも勝利できる可能性があるのか、そしてその方法を見つけられるのかなどの問題が残っている。

 やることは山積みだし前途は多難だ。

 それでも、少しだけ前に進んだ気がした。


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