第4話 八房ルート3

 千歳たちは異界の境目をくぐった。


 なんの抵抗もなく中に入る。一歩異界の中に足を踏み入れると、土を踏んだ感触がした。

 異界の中は、枯れた草の生える広大な荒地だった。外から見た大きさよりも内部空間が明らかに広いというのも異界の特徴である。

 空に黒と赤が混じった暗雲が立ち込める不穏な空間の中心に、巨大な狼がいた。学校の窓から見えたのと同じ外見なので、あれが今回の敵【大幻獣】だろう。


 その正面あたりに何人かが固まっているのが見えたのでそこへ向かう。到着する前にそのうちの一人が手を上げた。


「おーい千歳くん、こっちこっち」


 それは諧だった。千歳がそちらへ駆け足で近寄ると、諧が周囲の人たちに話しかける。


「じゃあ揃ったし八房くんたちは撤退してね。その間は私達にまかせて!」

「……悪いな諧さん、千歳。よろしく頼む」


 その人だかりの中に八房がいて、諧と千歳に力なく頭をさげた。

 千歳と同じブレザータイプの学生服に身を包んだ彼は満身創痍だった。強化素材で作られているのに制服はぼろぼろで、腕のあたりにざっくりと大きな切り傷がある。体力の方も限界なようで肩で息をしていた。


 八房とその仲間たち六人が退場して異界の外へ出ると、中に残ったのは千歳と諧、三上だけになった。


 気まずい。さっきまで一応なんと声をかけたらいいか考えていたのに頭が真っ白になってしまった。それは諧も同じようで、わたわたと両手を落ち着きなく動かしている。刀を持っているので危ない。


「えー……えっと、じゃあいつも通り、なんか、時間稼ぎする感じで、いいんだよね?」

「あ、うん。そうそう。よろしくね」


 千歳が業務内容の確認をすると、諧はあからさまにほっとしたようだった。

 安堵したのは彼も同じで、それではいけないとは思うのだがいざ対面すると問い詰めにくかった。


 二人はぎこちなく別れ、それぞれ大幻獣と対峙する。

 幻獣類の攻撃パターンはここに来る道中で確認してきた。噛みつく、突進などの物理攻撃と炎属性のブレスだ。防御として能力耐性のある障壁を利用するらしい。拘束系や結界に耐性があるためそういった方法での足止めは不可能。注意なのはブレスで、これは三上に当たったら困るので撃ち落とす。


 ちょうどその時大幻獣が溜めの動作をしたので、ブレスを撃ってくるだろうと判断し迎撃する準備を始める。


 バトル系の主人公たちのほとんどは何らかの超常的な力を扱うことができる。それらは大まかに【能力】と呼ばれているが、その詳細や認識の仕方は各人で異なる。

 千歳は多種多様な要素を組み合わせて発動する【魔法】の使い手だ。


「【氷】【冷却】【追尾】」


 平たく言うとただの攻撃魔法にオプションをたくさんつけて状況に応じた使い方ができる。よく使うのは、相手の攻撃を分析してそれと相反する要素を魔法に組み込むことで相殺する手法だ。今回は相手が使ってくるのが炎属性なので氷や冷却など冷たそうなイメージの要素を使っている。あと確実に撃ち落とせるように追尾機能も付け加えた。

 要素の名前をなんとなく声に出しているが、彼の認識なのでかなり要素の区分は曖昧であまり系統だっていない。感性の問題なのでそれでも特に問題はないのだ。


 魔法は体内で生成され、それを打ち出す形で放つ。そのイメージをしやすくするためと、複数の要素を組み合わせるのに便利なのでモデルガンを加工して使っている。魔法使いの杖の代わりだ。


 銃を握る右手の先で魔法を構築し、構築した魔法を銃の中にため込む。そして大幻獣が千歳に向かってブレスを打ち出したのを確認すると、引き金を引いた。


「ーーーー【撃て】」


 銃の先から青色の光がレーザーのように放たれる。それは湾曲する軌道をとるとブレスに当たり、きれいにブレスを打ち消した。


 この動作の繰り返しと、あとは適当に突進してきたのを避ければよいので楽な仕事だ。厄介な攻撃をしたりしない素直な敵っぽくてありがたい。無論弱いとはいえ宿敵なので、今後問題が発生する恐れもあるので油断はできない。


 千歳は後ろにいる三上に話しかける。


「三上くん外に出てたら? 今日の仕事、単純作業だから見てても役に立たないと思うよ。危ないし」

「迷惑だったらそうするけど、何が役に立つか分からないからとりあえず見ておきたい」

「別に迷惑ではないけど」

「じゃあここで見てる。そんなに心配しなくても大丈夫だ。【語り部】は死ににくいから」


 三上は主人公でもなければ能力者でもない、語り部という特殊な役柄だ。


 この世の創作物には、本物の主人公たちの戦いを描いた作品がいくつも紛れ込んでいる。戦った本人たちが書き残したものも勿論存在するが、語り部が残したものの方が多いと言われている。


 語り部は様々な主人公と偶然出会い、共に事件に巻き込まれてしまう体質を持つ。無尽蔵に事件を引き寄せるのだが、特定の主人公の物語を観測し記録しようと心に決めるとなぜかそれが突然止む。そのため語り部に認定されると観測する主人公を決めるように勧められるそうだ。


 三上は千歳の物語を記録すると決めた語り部だった。もっとも、記録を残したとしても以前のように創作物として世に出すわけにはいかない。個人情報の問題もあるし、何より主人公たちの能力に関する情報は国家機密となっており、記録は軍の中で保存されるのみである。それでも三上は真面目に観測を続ける。てきとうに手を抜いてもいいのに、なぜか。

 いくら語り部は物語を見届けるまで死亡する確率が極めて低いといっても、彼自身はなんの能力も持たないので危険なことは間違いないのだ。


「まぁ……わかった」


 なんとなく抗いがたく、千歳は三上がこの場に残ることを了承した。


「それより、今回は割と余裕ありそうだな」

「うん、そうだね。レベル低めだし」


 むしろ倒さないようにするのが気を遣う。

 と、なぜか三上は突然大きく息を吸い込むと叫んだ。


「諧さん! 千歳が話あるってよ!」

「おい! 何やってんの!?」


 彼の行動にぎょっとして叫ぶ。


「よく考えたら一番安全に二人で会って話せるのって異界の中だろ。今話し合うのが一番いいって」


 敵が生成した異界の中では別の敵は出現しないというのは定説だった。確かに仕事で諧に会っても敵が出たことがないし、一番危険が少ないのは今なのかもしれない。ただし心構えは一番できていないのだが。


 判断をつけかねていると、諧が神妙な面持ちでこちらに近づいてきた。


「……そうだね、はやく話し合ったほうがいいよね」


 彼女からも同意が得られてしまったので、なし崩し的に話し合いが始まる。

 千歳も腹を決めた。いつまでも逃げてはいられない。


「でも私の意見は変わらないよ。もう、二人で会って遊んだりしない。仕事のときはこうやって会うこともあるだろうけど、それ以外は避けるし仕事のほうも宮沢少佐に頼んで調整してもらう」


 そういってから、諧は大幻獣のブレスを刀で切り伏せた。

 凛とした視線を向けられてたじろぎそうになるのをこらえ、一歩踏み出す。


「諧ちゃんが俺を遠ざけようとするのは、宿敵を倒せないと思ってるからだよね?」


 ぴくっと彼女の肩が動く。


 主人公たちは最初に敵と戦って以降、イベントや時間経過によって敵が目の前に立ちふさがり続けるわけだが、それが一生続くわけではない。

 今までの統計上、宿敵と呼ばれる最後の敵さえ倒せばそれ以降敵が出現することはなくなる。これを「エンディングを迎える」という。


 仲間と親交を深め、徐々に強くなる敵を倒し、最大の敵に打ち勝つ。そして愛する人と結ばれてハッピーエンド。物語の中でも現実でも幾度となく繰り返されてきた王道ストーリーだ。


 ただし、ハッピーエンドを迎えるには宿敵を倒す必要がある。

 そして、諧の宿敵の情報は未来予知によってある程度分かっていた。


「諧ちゃんの宿敵はありえないくらい強い。それで、諧ちゃんは……勝てないと思ってる。それでも俺が一緒に戦うって言うのわかってるから、距離を置こうとしてるんじゃないかな」


 あらゆるステータスがカンストし、さらには彼女を確実に上回る能力を持っていると以前聞いたことがある。


 予知では断片的な未来しか見えないが、見える未来のほとんどはバッドエンドだ。予知の結果は本人にしか知らされないため諧の結末について千歳は知らないが、たぶん彼女も例外ではないだろう。


「俺は戦うよ。諧ちゃんが嫌って言っても。どうせいつかは戦わなきゃいけないんだから、勝つ方法を一緒に考えようよ」


 千歳自身の宿敵は、不明な情報も多いがステータス的には倒せそうである。

 だから、本当は気軽に勝とうなどとは言いたくない。勝てないかもしれないことに一番悩んでいるのは彼女なのだし、外野からとやかく言われても困るだろう。

 それでも自分の思いをしっかり伝えておきたかった。


「……勝つ方法考えてくれるのは嬉しいけど、一緒には戦いたくない」

「どうして? ……お、俺が弱いから……?」


 千歳のレベルは150、対して諧は151である。数字的には負けているけれど彼女と肩を並べられるくらいには強いと思っているのだが、そんなに頼りないだろうか。

 諧は慌てたように空いている手を横に振る。


「違うって! それは、一緒に戦ってくれたら心強いけど……でも、勝てるかわからないし」

「大丈夫だよ、二人だったら勝てるって」

「そんなの……わかんないじゃん!」


 諧は悲痛に叫んで、顔をゆがめた。


「二人で戦って、もし千歳くんに何かあったらと思うと……怖い。だから嫌なの」


 諧が千歳を拒絶するのは、彼女のやさしさからだった。

 ぐっと奥歯をかむ。彼女の優しさを尊重したいけど、それは千歳の意に反することで、しかも彼女は死に向かおうとしている。


 現状、能力者たちの中でレベル最高位は諧だ。二位が千歳で、その下はもっと離れている。千歳を拒絶するなら、彼女は誰からの支援も受け付けないだろう。


「じゃあ諧ちゃんは、俺が宿敵倒せなくて困ってたら放置しておく?」

「え? それは助けるけど……」

「ほら一緒じゃん! 放っておけるわけないよ」


 友人が、好きな人が死のうとしているのに、そしてそれに次ぐ力があるのにのんきに見守ってなんていられない。


「それはそうだけどぉ……でも無理なものは無理だから!」


 もはや論理性とかどうでもよく意思だけを押し通そうとしてくる諧。やはり恐れていた通りだ。

 彼女に首を縦に振らせるには一体どうしたらいいのか。膠着状態のまま大幻獣の攻撃をしのぎつつ話し合いを続けていると、八房たちが戻ってきた。


「お待たせ、千歳」

「八房お疲れー。頑張れ!」


 大幻獣に近づいていく八房たち六人を見送ると千歳たちは後方に引っ込んだ。

 万が一の時に備えて待機しつつ、また交代の時期が来たら速やかに交代するのが仕事だ。何時間かかるかわからないが、これが討伐完了するまで続く。


 千歳たちなら簡単に彼らの敵を倒せてしまうのに倒さないのには理由がある。それは、主人公たちの運命が複雑に絡み合ってしまうことを防ぐためだ。


 本来、主人公たちは数人単位のグループに分かれて、特定の敵と戦う運命を背負っている。

 それこそ、本や漫画で一作ずつ別のストーリーが編まれているように、彼らが織りなす運命もまたそれぞれ独立のものだ。主人公たちが辿る運命をルートと呼び、千歳ルート、八房ルートのように中心人物の名前を冠して呼称することが多い。


 しかし、別々のはずのルートが交わってしまうことがある。それが一番起こりやすいのが、「異なるルートの敵を討伐する」ことだ。例えば諧ルートの敵を千歳が討伐したら、諧ルートに千歳が取り込まれ千歳の前にも諧ルートの敵が現れたり、宿敵と戦わなければならない状況になったり、あるいはバッドエンドを共有したりしてしまう。このようにルートが交わることを【混線】と呼ぶ。


 諧は、千歳を自分のルートに巻き込み同じようにバッドエンドをたどることを恐れているのだろう。混線する原因はまだはっきりとは解明されていないから、余計な接触を絶つのが一番確実だと考えていそうだ。


 しかしそれで千歳が納得するはずがない。


 きっと千歳が困っていたら諧は迷うまでもなく協力してくれる。たとえ自分が死ぬかもしれなくても。そんなのは彼女も分かっているだろうに、立場が逆になったら協力を拒絶するなんて不公平だ。

 もやもやしたまま、しかしこれ以上なんと言ったらいいのかわからず、八房たちの戦いを見守った。

 

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