第3話 八房ルート2

 千歳は夕暮れに染まる街を走っていた。

 もっと正確に言うと、建物の上を屋根伝いに走って目的地へ向かっている。


「千歳、絶対落とすなよ!」


 三上は千歳に荷物のように抱えられながら叫んだ。


「落としても助けるからそんな心配しなくても大丈夫だって」

「そういう問題じゃないんだよ……!」


 小脇に抱えられた三上が唸る。よっぽど千歳が信頼ならないらしい。


 バトル系主人公のほとんどは、超能力や魔法などの固有の特殊能力と身体強化能力の両方を持っている。しかし三上は主人公ではなく無能力者なので、移動のときは大体抱えて運搬しているのだが毎回やいやい言われる。


 足場にしていた屋上から跳躍し、道の反対側のビルへ着地する。それを繰り返すことで街を縦断していく。

 本部拠点につくとすぐに現場へ行くよう言われたので、一番速いルートで八房たちの戦っている場所へ向かっていた。街には人気がなく、すでに避難が完了しているようだった。


 この街全体が、主人公たちのために作られた【対策都市】である。


 主人公たちとその敵が繰り広げる物語には数多くのバリエーションが存在するが、その中でも広域攻撃により街まるごと壊滅する・手当たりしだい市民を殺しつくす敵が出現するなど広大な範囲に被害の及ぶケースが問題であった。


 一人の主人公が失敗することで一つの都市が壊滅状態になってしまっては市民へのダメージは勿論、主人公への心的ダメージも計り知れない。そこで、壊滅しても問題のない都市をあらかじめ作ろうというのがこの対策都市のコンセプトだ。


 国営軍の主動で過疎化によりゴーストタウンと化していた地方都市を改造し、地下通路やシェルターを完備して住民の避難をスムーズにした。公共施設や商店などの機能も出来る限り自動化し、都市内に住む一般市民が最小限になるよう調整している。構想段階では不可能とされていたが、建築方面に優れた能力を持つ主人公がいたため実現に到った。


 建物や道路には自動修復機能もついており、大きな戦いがあっても次の日にはほぼ平常運転だ。他の街からは離れた位置にあり、また周囲に結界を張ってあるので最低でも被害がこの都市内で食い止められるようになっている。


『千歳くん、今はどのあたり?』


 最短距離を突っ切って移動していると、耳につけていたワイヤレスイヤホンから声が聞こえてきた。


「えーっと、Cブロックあたりです。もうちょっとで到着します」


 通信相手は軍所属のオペレーターだ。主人公に関連する事件への指示は、国営軍の対策部隊の人たちが担当することになっている。


『了解。細かい位置の指示は必要?』

「大丈夫です。見えるんで」


 顔を上げると、その先には青白く光を放つドームのようなものがあった。ビルに阻まれて下半分は見えないが、おそらく地面にお椀を伏せたような形になっているだろう。お椀というか先端が少しとんがっていて、たまねぎっぽい形状である。


 あれが今回の敵、大幻獣の作り出した【異界いかい】だ。

 敵は異界と呼ばれる閉鎖空間を作り出してその中に閉じこもるか、あるいはなにもなしに暴れまわるかのどちらかの行動をとる。今回は前者で、あのドームの中でみんな戦っているそうだ。最初現実世界に出現していたので後者かと思っていたが、その後異界を作り出したらしい。自分の存在を広域にアピールするようなことは、宿敵にはありがちな行動だ。


 異界の中は外部から隔絶された異空間になっていて、中でいくら暴れても外に被害が及ばないため千歳にとっては今回のパターンはありがたい。いくら建物の損害はすぐ直るとはいえ、ばかすか壊すのは気が引ける。


『現場についたら宮沢みやざわ少佐から指示を仰いでくださいね』

「はいはい、了解です」


 もうすぐ到着なので一段ギアをあげて飛ばすことにした。

 両足の先端に意識を向け、魔法を構築する。


「【風】【跳躍】【補助】」


 発動したのは跳躍を補助する風系統の魔法。

 踏み切るのとタイミングをあわせて高く飛び上がる。これなら一息で届くだろう。風を切る感覚が心地よくて好きだ。


「おい! 高く跳ぶときは言ってからにしてくれよ!」


 しかし三上が嫌がるからあまりやらないようにしている。


「ごめん。お、着くよ」


 手前側のビルを飛び越えると、四車線の広い道路が下に見える。少し離れたところで、道路上に青い異界が展開されていた。

 それは近くで見ると花開く直前の蕾の形をしていた。地面から生え、天に向かって開くような綺麗な形状の異界だ。遠くから見た時たまねぎだなと思った自分の感性が少々恥ずかしくなる。


 人がいない場所にめがけて着地した。


「千歳君、三上君。お疲れ様」


 三上を地面に下ろしていると後ろから声をかけられた。


「お疲れさまです、宮沢さん」


 振り返るとそこに宮沢少佐がいた。黒い軍服に身を包んだ、爽やかな雰囲気の中年男性だ。千歳にとって立場上は上司だが、気さくな担任の先生のように思っている。


「現状を報告するね。八房君たち主要メンバーが大幻獣と交戦中。だがかなり苦戦している。そこで一時撤退と回復による立て直しを行いたい。千歳君たちには、中に入って撤退の支援と彼らが戻るまで戦況を保つ役割をしてもらいたい」

「いつもの感じですね。わかりました」


 能力も敵の種類も異なる主人公たちだが、その運命について一つの共通点がある。


 バッドエンドが多いことだ。

 いわゆる敗北ルート。宿敵に完敗し、メンバーの誰かもしくは全員が死亡、最悪の場合には都市や国家が壊滅する可能性さえ存在する。対策のために都市を建設するほど警戒しているのはこれが原因だ。そして現在では、主人公たちが負けないように外からの支援を徹底的に行っている。


 基本主人公たちは五・六人でグループを形成し、共通の敵と戦う。物語の主人公が、似たような系統の能力を持つ仲間と共に力をあわせて似た系統の敵を倒し最終的にラスボスを倒すのと同じように。グループは発現した能力の形式と、偶然あるいは必然的に目の前に現れ戦わざるを得なくなる敵の種類、それに人間関係を考慮して分類される。


 そしてなぜか、終盤に現れる宿敵はそのグループ全員で力を合わせてなんとか倒せるか倒せないかくらいのレベルに設定されているのだ。

 だからそのままでは時の運により勝ったり負けたりしてしまう。

 他国で一つのグループが大敗北した結果大都市の壊滅を引き起こし世界中に主人公たちの存在が知らしめられるまで、主人公たちはギリギリの戦いを強いられていた。グループの構成員が全滅すると敵が自動的に消滅することも多いため、観測されていないだけで相当数バッドエンドをたどった主人公たちもいたであろうと言われている。


 敵は魔法や超能力といった超常的な力を使う上、耐性の関係で通常兵器がほとんど通用しない。しかし主人公たちが国の管理下にある以上、勝つか負けるかドキドキしながらヒロインのように応援しているわけにはいかない。


 死傷者を極限まで減らし絶対に勝利することを目指し、導入されたのが「回復サポートの充実」と「圧倒的強者の投入」である。


 大体一グループに一人はいる回復手段持ちに協力してもらい、怪我したら早めに離脱して回復してもらうことで最悪の事態を防ぐ。ゲームでよくある、プレイヤーだけが回復アイテムを使えるメリットをいかして回復・蘇生しまくって無理やり勝つ戦法と似ている。


 そして全主人公の中でも特に能力の高い者を選抜し、回復時の交代を支援したり戦闘の補助を行ったりしてもらう。推奨はされていないが、最終手段として直接敵の討伐を行う場合もある。主人公たちのレベルは宿敵のレベルと相関しており、最終的に倒す宿敵のレベルが高いほど主人公たちのレベルが上がりやすい傾向にある。勿論ストーリーの進行段階によっても異なるが。


 大幻獣のレベルは50で、八房たちのレベルは30程度。

 千歳のレベルは現在、である。


 多くのゲームと同様に、レベルが高いほど基礎的なステータスも高く、特殊能力においても高い威力と有用性を持つ。なので正直千歳なら大幻獣ですら一撃で倒せるが、ちゃんと自分の宿敵は自分で倒さないと不都合が生じる。そのため当人たち――――今回で言えば八房たちに倒してもらうようサポートするだけに留めるのが定石だ。


「いつも負担をかけて悪いね。よろしく頼むよ」

「お安いご用です」


 口に出してからちょっと失言だなと思った。八房たちにとっては命をかけた戦いなのに、安いとか言わないほうがいい。


「先に諧さんが異界に入っているから二人で協力してね」

「あ。はい、頑張ります」


 やはり諧も投入されていた。宮沢少佐に挨拶してから異界へ向かおうとしたとき、後ろから声を掛けられた。


「そうだ。昨日君が討伐してくれた敵について報告書を提出してもらってないな」


 いつもと同じやわらかい声なはずなのに、なぜか小さい釘をいくつも刺されたような気分になった。

 昨日----つまり、諧と会ったときに出た敵のことだ。


「あとで私に直接報告してもらえるかな? よろしく頼むよ」

「……了解です」


 断りたい気持ちでいっぱいだったが、頷くよりほかに選択肢が与えられていなかった。千歳にとっては大幻獣よりも宮沢や諧の方が怖い。

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