第2話 八房ルート1

 翌日、千歳は教室の自席につき、スマホをにらんでいた。さっきから諧に何かメッセージを送ろうと書いては消している。なかなか文章が決まらない。


「千歳、帰らないのか?」

 悩んでいると、前の席に座っていた少年、三上みかみが振り返って話しかけてきた。


「三上こそなにしてんの」

「日誌書いてた」


 もう終わったけど、と机の上にあった学級日誌を取り上げてひらひらと振った。


「三上くん、ちょっと助けて」

「なんだよ」

「実は昨日、諧ちゃんにもう会うのやめようって言われてさ。どうしたらいいかなって」

「あぁ、とうとう言われたか」


 彼も千歳たちの事情を知っているので、とくに驚くことなくうなずいた。


「どうしたらいいって言われても、一般的に言ったらどう見ても会わないほうがいいだろ。ていうかそろそろ色んな人から怒られそうだと思う」

「それは……まぁ、そうなんだけど!」


 会わないほうがいいというのは千歳も同意見だ。この件に関して上司への報告を怠っているのでたぶんこの後怒られるだろうし、諧と三上のほうが正しいというのはわかっている。


「でも、俺は諧ちゃんと会って話したり一緒に遊んだりしたいよ……」

「……【主人公体質】、マジで厄介だな」


 この世界には、主人公が存在する。


 それは「全ての人間は自分の人生における主人公」といった学校の標語的な意味ではなく、物語のように不可思議な出来事に巻き込まれる人物という意味である。

 主人公はあらゆる事件に偶々居合わせる。


 地球を破壊せんとする魔神に遭遇したり、目の前で殺人事件が起こったり、あるいは怪奇現象、血で血を洗う恋愛闘争に巻き込まれる。そして超能力に目覚めて敵を打倒し、圧倒的な推理能力で事件解決、もしくは機転によって危機を回避、または戦略と純真によって闘争に打ち勝ったとき、その人物は主人公であると認定される。


 主人公とそれを取り巻く事象について明らかになったとき、それが小説・漫画・アニメなど創作物内のストーリーラインや設定と酷似していることがわかった。その後、これまで流行した創作物の中に、現実に起こった事実をもとに作成されたものがいくつも含まれていることが判明した。


 つまり、現実と創作世界のルールが酷似しているのではなく、現実をもとに作られた作品が流行ったために現実のルールが創作世界に反映されていたのだ。便利なので、主人公関連の事象を取り扱うにあたり、創作上での用語が流用されている。

 ちなみに本来主人公は物語の中心人物を示すが、そうなると中心人物以外を脇役やサブキャラと呼ぶことになり、それは可哀想だろうと関係する人物は総じて公式には【主人公】と呼称される。


 主人公か否かは科学的に判定する手段がまだ無く、現在のところ状況によって判断するしかない。巻き込まれる事件の傾向から、創作ジャンルに沿って五つのタイプに分類されている。


 恋愛、ホラー、コメディ、ミステリ、そしてバトル。

 千歳はバトルジャンルの主人公であると診断が下されている。

 そしてこのジャンル特有の問題として、「人生のイベントが進行するとそれに伴い強敵が出現する」というものがある。


「諧ちゃんは恋愛イベントをこれ以上進めたくないんだろうな……【宿敵】と戦うのを避けたいから」


 千歳は諧のことが好きだ。そして多分向こうも同じように思ってくれているのだろう。そうでなければ、ただ友人同士で会っているだけで敵が出現したりはしない。

 だからこそ、これ以上関係を進展させたくないと諧は考えているのだろう。恋愛イベントが進み二人の仲が深まるほど、物語はクライマックスに向かっていく。そして最後には倒すべき宿敵が出現する。


 そして諧の宿敵には、特殊な事情が存在する。


「こんなとこで変な策を練ろうとするより、本音でちゃんと話し合ったほうがいいと思うけどな」

「無慈悲な……話し合いで勝てると思う?」


 諧は弁舌が立つわけではないがとにかく意思が固いので、説得は容易ではない。


「思わない。でもそれ以外に方法があるか?」


 全く三上の言う通りだ。


 千歳が返事をしようとしたとき、教室の窓の向こうで光がはじけた。

 まばゆい閃光に一瞬視界を奪われ、すぐに自動補正が発動して正常になった目で窓の外を見る。


 遠くのビルの上に、巨大な狼が出現しているのが見えた。その全身を包む真っ白な毛は紫色の光を帯びており、顔には歌舞伎の隈取のような青い紋様が刻まれている。

 そして口を開くと、吠えた。


 音は聞こえない。だがその咆哮によって建物も体も、すべてが震えた。

 それが収まってから、教室内のスピーカーにノイズが走り、女性の細く澄んだ声が響く。


『――――【大幻獣ファルナ】出現。レベル五十』


 ついでシェルターへの避難を呼びかける放送が流れる。

 千歳は窓から三上に視線を戻す。彼はさっきの閃光のせいでまだ目がチカチカしているのか、顔を手で覆っていた。


「大幻獣って誰の敵?」


 肌感覚で自分の敵ではないとわかる。デザインに既視感があるが、誰の敵かまでは憶えていない。


「確か、八房やつふさの敵じゃなかったか?」


 八房はクラスメイトだ。この街にはバトルジャンルの主人公たちが集められており、その多くが高校生である。そのため知り合いの敵である確率が比較的高い。


「そっか、そうかも。八房ってレベル低めじゃなかった? 五十だと宿敵かな」

「かもな。呼び出し入った。本部行こう」

「マジで?」


 スマホを確認してみると、確かに対策本部拠点への緊急招集がかかっていた。

 大幻獣は八房とその仲間たちが倒さねばならない敵だが、最悪の結果にならないよう高い戦闘力や有用な補助能力を持つ者が手助けする規則になっている。

 帰り支度を手早く済ませ、急いで教室を出た。


「お前が話し合いで勝てるとは思わないけど、会話は勝ち負けじゃないからな。思ってることちゃんと伝えてしっかり話し合えば……なんか奇跡が起きていい解決法が見つかるかもしれないじゃん」

「そこは嘘でも断言してよ」


 三上も奇跡でも起きないとこの問題は解決しないと思っているわけだ。

 千歳が呼び出されたということは、おそらく諧も現場に来るだろう。

 気が重いまま廊下を進む。

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