主人公はハッピーエンドをつかめない

真樹

第1話 プロローグ

「私達、もう会わない方がいいと思う」


 目の前に座る少女からそう言われたとき、千歳ちとせは動揺して呼吸がうまく出来なくなった。

 いつかはこんな日がくると思っていた。でも実際に面と向かって告げられた衝撃は大きい。


かのうちゃん、そんなこと言わないでよ。……俺は、もっと一緒にいたい」


 なんと言おうか迷ったが、切実な気持ちを彼女に伝えた。


「私だってそうだよ!」


 諧は慌てたように勢いよく椅子から立ちあがる。ファストフード特有の安っぽい椅子がその拍子に床へ倒れ、静かな店内に音が響いた。


「でも……千歳くんだって気づいてるよね」


 諧は少しだけ下を向きながら、泣き出す寸前のような声をあげた。

 千歳は口元を固く引き締める。彼女の言う通りだ。

 本当はずっと前から気づいていた。それでも彼女と居たかったから、目をつぶってきたのだ。

 彼らには、一緒に居られない理由があった。


 千歳は意を決し、徐々に顔を上げる。今まで出来る限り視界へ入れないようにしていたものを、確認するために。

 白い机の上に並ぶ食べかけのポテトとジュース、諧の着ている制服、肩まで伸びた髪――――そして背後の外壁にぽっかりと空いた、穴。


 その穴の向こうに、二つの巨大な手が見えた。千手観音像の背中から生えていそうな土色の無機質な手は、穴の端を掴むと紙でも引き裂くように容易く壁と屋根を壊してみせた。

 屋根が壊れることで、今まで隠れていたその生物の全貌が露わとなる。


 一言でいうと動く仏像。かがんでいるから正確にはわからないが十階建てのビルぐらいの全長があるだろう立像だ。普段動くところを見ないものが動いていると違和感がすごい。

 諧も振り返って仏像の様子を確認してから、指で示しつつ訴えてくる。


「ほら、会うたびめっちゃ敵出てくるじゃん! 絶対もう会わないほうがいいって!」


 二人が抱える問題。それは、彼らが【主人公】であること。

 彼ら主人公の前には悪鬼羅刹魑魅魍魎、西洋ファンタジー的モンスターから概念存在まで、多種多様な敵が出現する。そして現れた敵を倒すことが運命づけられているのだ。


「……でもさ、まだ偶然かもしんないじゃん? 偶然、俺たちが二人で会って話してたときに現れただけ――――」


 千歳がしどろもどろになりながらも弁解をしようとしたとき、仏像が二人に向かって手を伸ばしてきた。

 あまり強い敵ではないので話を続けることを優先したが、さすがにまずかったかとベルトに装着していた銃へ手をのばす。それを引き抜き構える頃には、もう諧が動いていた。


 彼女はいつの間にか召喚した一振りの刀を持ち、仏像に向かって跳躍すると雑技団のような身軽さで仏像の腕を駆け上り、肘のあたりで切断してみせた。

 ごっ、と音がして切り落とされた腕が床に落ちる。切断面も石そのもので、本当に中まで彫刻のようだった。


「じゃあ千歳くん、今まで二人でこうやって遊んだときに何回中何回敵が現れたか数えてみてくれない?」


 諧は元いた位置に着地し、刀を鞘に納めながら言う。


「……三回中三回だね」

「百パーセントじゃん」

「いやでもほら、ガチャ引いたとき三回連続SSR引く確率もゼロじゃないよね? そういうレアケースだってことも」

「千歳くん」


 たしなめるようにじっと見つめられ、無茶な言い訳をひっこめた。

 二人っきりで会うたびに敵が出るのは偶然ではない。敵はおおよそ【イベント】に沿って、なぜかふさわしい場面で出現する。


 今回のそれは、間違いなく恋愛イベント。


 千歳は諧のことが好きだ。そして多分諧も同じ気持ちなのだろう。だから、仲を深めようとするたびに敵が出現する。

 その事実は嬉しいが、それに伴うデメリットが発生する時点で素直に喜べない。

 仏像がもう一方の手を諧に伸ばしてきたので、千歳は銃口をそちらへ向け魔法を発動した。


「【粉砕】【撃て】」


 銃口から発せられた青色の光が仏像の腕に当たると、手が粉々の破片になって崩れ落ちる。続いて仏像の頭部あたりに狙いを定めると、同じ魔法を構築して撃ちだす。今度は頭部が砕け、仏像は後ろに倒れてそのまま動かなくなる。


「でもさ、別に敵が出たっていいじゃん。こうやって二人で倒していけばいいんだから」


 なんとか彼女を説得できないかと思いつくことを言ってみるが、諧は首を横に振った。


「私は、私の事情に千歳くんを巻き込みたくない」


 その言葉に、なんと返したらいいのかわからなかった。


「だから、これ以上関わらないほうがいいと思う……。引き止めちゃってごめんね、先に敵倒したほうがいいよね。まだ残ってるだろうし」

「いや、全然。どうせ異界の中だから被害とかでないしね。でもさっさと片づけちゃおうか」


 敵が現れる前に中高生たちで混み合っていた店内は、突如として無人となっていた。

 感覚からして異界――――敵が作り出す固有の隔離空間に連れてこられたのだろうと思っていたから話を続けてしまったが、何があるか分からないのだから早めに倒しておいた方がいいだろう。


 それに、少し考えを整理する時間がほしかった。


「うん。……あ、ごめん。その前にポテト食べちゃっていい?」


 こんな重苦しい雰囲気なのに、なぜか諧はいつも通りだった。

 倒れていた椅子を直してから座ると、何事もなかったかのようにテーブルの上のポテトに手を伸ばす。

 さっきまで自分の話していたことを忘れたのかと疑いたくなったが、これはただ単に食欲ともったいない精神が勝っただけだろう。


「……俺も食べようかな」


 一体一体は強くないが、遠くから似たような敵がぞろぞろとこちらへ近寄ってきているのが見えている。数が多いのでそこそこ時間がかかるだろうし、腹ごしらえは大事だ。

 二人してポテトとジュースを口の中に急いで突っ込む。

 食べ終えると立ち上がった。目が合うと、彼女は少しうつむいた。

 千歳は沸き上がった感情をぐっと喉の奥に押さえこんだ。


「また後で、話の続きをしよう」

「……うん」


 続きは敵を倒したあとで。

 そう合意し、彼らは戦いへ向かった。

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