第6話 一体、どうすれば

「魔物を排除せよ」

 次々と襲ってくる同胞たちから逃げ続けて数時間が経った。森の中でドラセナはようやく走るのをやめた。

 ローレンス城から東に十五キロ。バッカードの泉には満月が浮かんでいた。透き通る森の泉の前で両膝をつき、喉の渇きを潤す。重すぎる頭を屈強な下半身で支えつつ、ドラセナは水面みなもに向かって口を近づけた。

 ゴクリゴクリと喉が鳴る。カラカラに乾いた体に水が染み渡る。

 それから目をそっと開けた。

 ──やはりか……。

 水面に自らの顔が反射していた。漆黒の毛色にトレードマークの額の流星。それはまさしく愛馬・トゥレネの頭だった。

 もっとも、ドラセナは全く驚かなかった。この数時間の出来事を通して、悟っていたからだ。

 自分は馬人間になったのでは──と。むしろ、ようやく追い回された訳が分かったことに安堵感さえあった。

「魔物を殺せ!」

 皆がそう叫んでいた。水面に映った自分の顔を再度凝視する。

 「ふっ」と笑いがこぼれる。

 ──確かにこれではウマリティ童話に出てくる漆黒の魔物そのものではないか。

「神・ディファロスよ」

 何度も呼びかけたが反応ない。

 ──神にも見放された。

 本気でそう思った。

 水を飲み終えると疲れがどっと溢れてくる。ドラセナはその場で寝転がる。新緑の森の合間から見える空に向かって問う。

「俺は一体どうすれば良いんだ」


 ちょうどその頃。ローレンス城内は大混乱に陥っていた。

「ドラセナは、まだ見つからんのか?」

 マーカム王もさすがに動揺の色を隠せない。語気も自然と強まる。それもそのはずである。

 ・放牧地への隕石の飛来。

 ・直後の漆黒の魔物の出現。

 ・ドラセナとトゥレネの失踪。

 ・刻々と迫り来るサロルド軍。

 立て続けにこれだけのことが起これば、さすがに動揺しない方がおかしい。

「ドラセナは既に敵国の軍門に下り、裏切ったのでは?」

 一部の家臣は陰でそう囁く。

 ならば我々も?──。疑心暗鬼の嫌な空気が城内に漂っていた。

「マーカム王様、申し上げます!」

 早馬はやうまで帰還した兵の声が王の間に響く。

「サロルド軍は次々と主要砦を陥落。二十キロ東の距離まで近づいております! 夕刻にはここローレンス城に到達します!」

 片膝をついて捲し立てるように言った。

 予想遥かに上回るペースでの進軍だった。王の間を鉛のように重い空気が包む。

 ──腹を括れ。総大将は我だ。

 マーカムは唇をギュッと噛み締める。

「敵に備えよ! 戦支度いくさじたくをせよ!」

 マーカムは士気が下がり続けている家臣団にげきを飛ばす。

「御意」

 形だけの返事をして、思い足取りで王の間から出ていく家臣団の背中を見送るとマーカムは脱力する。天井を仰ぎ、ポツリと呟く。

「ドラセナよ、我は一体どうすれば良いのじゃ……」

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