第11話回復

「熱出したって聞いたから見舞いに来たぞ~」


 今朝僕はいつものように登校しようとベッドから降りた。しかし力が入らず床の上に崩れ落ちた。咳も鼻水も出ないのに寒気がした。体温を計れば41℃。学校を休み一応医者に行ったら診断はただの風邪だった。ああよかった。


「授業、ちゃんと出ました?」

「ハルマが出ろっていうから全部出席したよ」

 いつものミニスカセーラー服姿のヒサメさんは僕の枕元でリンゴの皮を果物ナイフでむいていた。切り分けてから塩水に漬けると変色しないことを知ってたのか。妙に感動。


「ほら、口開けてあーんしな」

 指でつまんだリンゴのひときれを、照れくさそうに僕の口許に運ぶヒサメさん。

「おいしいか」

「はい」


 この角度から見上げると、あごのラインがきれいだなと見とれてしまう。ヒサメさんも黙って僕の顔を眺めていた。


 バタンと部屋のドアが開いた。

「お友達だっていう女の子が見舞いに来てるよ」

 母さんの声。すっと警戒の目を向けるヒサメさん。公立中学校制服。やはり入鹿コロネだ。


「ご病気だって聞いたからお見舞いに来ましたぁ」

 彼女はマスクメロン中心に盛り合わせたフルーツバスケットを片手にさげていた。

「君、無傷なの?」

「今日から元気に魔法少女からやり直しで~す」


「ってことは」

 戦慄しながら口を挟むヒサメさん。スカートをたくし上げ、パンツをずり下げる入鹿コロネ。なるほど、魔法のバトンが消えている。


「『あれ』はマスコットのドルゴーのもとに帰って行ったのですが……」

 パンツを引き上げスカートのすそを直した彼女はコンパクトミラーを取り出し僕に見せた。

 見ればアパートの部屋で所在無げに膝を抱えるドルゴーの姿が。


「あのコは心に傷を負ってしまったのでしばらく自宅静養中。あたしも当分普通の女子中学生として暮らします」

「うん、それがいいと思うよ」

「でね、あたしのママが」

 ヒサメさんを押しのけるようにベッドの枕元に座り込んだ入鹿コロネは言葉を続けた。


「『イケメンをカレシに選んだら不幸になるわよ』っていうんです。だからカレシになってください」

「告白されて嬉しいけど、か、悲しいな」


「あの、コロネちゃん?見ての通りハルマ熱出して寝てっから込み入った話はまた次の機会に」


 たしなめるヒサメさんをよそに入鹿コロネはぐいっと僕に顔を近づけた。

「熱なんて吸い取ってあげるっ」

「んんっ」

 無抵抗状態で女子中学生に唇を奪われる僕。息が、息が出来ない。


「ぷはぁ」

 僕から離れ、上体を起こした彼女が息を吐き出すと、僕から吸い取られた熱がピンク色の泡状になって宙に浮かび、そして消えた。

「サキュバスに、これが出来るかしら」

 頬を赤らめ、目をうるうるさせながら入鹿コロネは勝ち誇った。


「今あたいがハルマに食べさせてるリンゴって、アダムとイブさんが食べたリンゴと同じ種類のモンだぞ、言っとくけど」

「なんでイブさんだけ『さん付け』なの?」

「あたいの母ちゃんもさん付けしてっから」

「あたしのママと同じぃ」

「知り合いの知り合いだったのかよ。やりにくいな」


 ふたりの軋轢が弱まったところを見計らい、僕は口を開いた。

「コロネちゃん、あんまり遅くなるとご両親も心配するだろうから」

「ご、ごめんなさい、ちょっと図々しかったですわね。熱は?」

「確かに下がったみたいだ、ありがとう」

「よかった、それじゃまた~」 


 女子中学生は帰宅。再び僕とヒサメさんはふたりっきり。


「実は、硬くなってるんです」

「効き目が早いな。でもあたい、この家では搾精しねえぞぉ」

「いや、いわくつきのリンゴ食べさしてなにいってるんですか、責任取って下さいよ」

「前にも言ったろぉ?搾精した帰りにハルマの母ちゃんと顔合わすの嫌だって」 

「そんなあ」

 僕は涙目で上体を起こした。


「あたいもダイエット再開したし、無理すんな、男子高校生らしくひとりでしていいぞ」

 ピンク色のツインテールをなびかせ、ヒサメさんは帰って行った。僕は初心に立ち返り、Vtuber水間ナミちゃんの非公式18禁動画のひとつ「プールサイドで歌いながらマジックハンドとイチャラブ」で抜いた。(続く)

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